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ファイナンスライブラリー:嶋田 博子 著『政治主導下の官僚の中立性 ―言説の変遷と役割担保の条件』

慈学社出版 2020年4月 定価 本体5,800円+税

評者

渡部 晶

本書は、社会が激変する中での政治に対する「公務の中立性」とは何かについて、著者の長年の実務経験や膨大な言説分析、諸外国との比較の成果として世に問われた。

著者は、1986年人事院入庁後、在英国長期在外研究員(Oxford大学M.A.(哲学・政治・経済))、総務庁人事局参事官補佐、外務省在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官、立命館大学大学院公務研究科教授、人事院事務総局総務課長、同給与局次長、同人材局審議官等を経て、現在、京都大学公共政策大学院教授(人事政策論)として活躍している。

本書の構成は、序章 新人官僚は何を誓ったのか、第1章「公務の中立性」という言葉はどう理解されてきたか、第2章「公務の中立性」への批判はどこに帰着したか、第3章他国の「公務の中立性」はどう伝わってきたか、第4章「公務の中立性」はどうすれば守られるのか、終章政治主導下の「公務の中立性」とは、である。各章末に付される詳細な注も味わい深く、必読だと感じる。

序章では、国家公務員は「中立」を守る誓いを要求されることを示した上で、政治主導の時代にこの誓いを守るとは行政官がどう行動することかを解明することをめざしているという本書の狙いを明らかにする。

第1章では、講学上の常識とされる「公務の中立性」は、政策の執行においては「一切の価値判断を交えないこと」で明確であるが、価値判断を要する政策立案の場面では、「政官双方にとって『中立性』はまったく常識ではない」ことを、著者の面談と、数千件の国会の議事録の読解から明らかにする。国会では「超然」「遮断」「誠実」「従属」「逃避」という5つの相反する解釈が混在するため、制度改正に向けた議論はかみ合っていない。また、現在の幹部行政官は、「中立性」を「超然」「遮断」と解して、自分の役割は「政権への誠実」であって「中立性」ではないと答えるが、こうした「誠実」は5つの中立性の一つでもある。

第2章では、平成期における公務員制度改革においては、「政権との一体化」(従属)か「専門家の誠実か」という価値観対立があったことを見出す。また、「人事行政の中立」という言葉が濫用され、「公務の中立性」の議論と混同されがちだったことも問題の本質を見えにくくしたとする。結果として、有識者の提言で期待された『専門家の誠実』を損なうほど『政』が突出する改革となったとする。近年、総合職として採用された職員について、政治に対する受け身の役割認識が浸透している、との考察が目を引いた。

第3章では、政治主導の成熟期に入ってきた現在、政官の適切なバランスについて、国際的な相場観も踏まえた冷静な検討が可能ではないかという観点から、英米独仏における「公務の中立性」をめぐる各種制度をみていく。その上で、いずれの国の制度においても、選挙の審判を受ける政党政治では体現されない役割として何を国民が託すのかという、「国民生活にとっての『中立性』」の意味と結び付いていることを示す。それは独仏では、普遍的公益、英では、客観的事実や証拠、米では執行の公平なのだ。対照的に、日本では、「中立性」が単に役所の既得権のための理屈と考えられ、国民にとっての意味は見落とされたとする。

第4章は、日本では政治主導の参考とされた英国における中立性確保に向けた取組について詳細な検討・考察を行う。「中立性」は「speak truth onto power」として公務の中核的価値の1 つとされ、紛れの余地がないほど明確に規範化されているにもかかわらず、下院特別委員会の膨大な報告書によれば、大臣との日々の関係を維持するために「賢く口をつぐむ」行動がみられるという。

終章では、序章の問いについての回答が示される。「中立性」の解釈は他国と違って確立していないために「従属」要求にも転じ得ること、英国型での「客観的事実と理知に基づく直言」型の合意の可能性、そして、直言を守るためには、行政官の自覚任せではなく、政治側への外部けん制、自重の明言の必要が示される。「truth to power」のような社会にとっての価値を示すわかりやすい言葉の必要性、万能の機械ではなく感情を持つ公務員に「事実と理知」を担わせるための社会からの支持の必要性が指摘される。

本書を読みつつ、評者は、明治以降の官僚制に、「(官武一途庶民ニ至ル迄各其)志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス」(五箇条の御誓文)の展開をみた好著「近代日本の官僚」(清水雄一朗著 中央公論社)を想起した。「明治は遠くなりにけり」で官途以外にも様々な途ができた。しかし、令和の世においても政官関係のあり方は、国政の行方に直結するのだ。

令和の時代の公務員の将来、政官関係について関心のある方々に嶋田教授の力作の一読を強くお勧めする。