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コラム 経済トレンド 71

貯蓄率の再上昇と展望

大臣官房総合政策課 調査員 杉山 渉/葭中 孝/尼崎 謙/田村 怜

本稿では、2015年より再度増勢に転じた貯蓄率について、主に勤労世帯の収入・支出の動向から考察を行った。

家計金融資産の全体感

・家計金融資産は2018年末には1,843兆円と、1997年末と比較して558兆円増加している。内訳をみると、現預金の占める割合はやや低下しているものの、依然として最も大きい割合を占める。また、株価の上昇等を背景に、足もとでは有価証券の割合が拡大している(図表1.家計金融資産推移、図表2.家計金融資産 内訳変化)。

・金融資産で最もシェアの大きい資産は預貯金であるが、その動向を貯蓄率の推移で確認すると、1994年以降右肩下がりに低減し、2014年に一旦マイナス(支出が所得を上回る)となったものの、翌年以降に再度プラスに転じた動きが確認される(図表3.貯蓄率)。

収入の変遷(1)

・家計の収入と支出の推移を見ると、2000年代においては、デフレやリーマンショック時の労働者減少などを反映して可処分所得が伸び悩み、消費支出が増加したことで支出が所得を上回って推移してきた。近年では、可処分所得が増加に転じており、所得の伸びが支出の伸びを上回っている(図表4.所得・支出対比)。

・収入面について、近年の所得の種類別の推移をみると、雇用者報酬がリーマンショック以降は増加しており、足もとでは高い水準で推移している一方、自営業者の収入等を含む混合所得、利子・配当等の財産所得が伸び悩んでいるため(図表5.種類別所得推移)、可処分所得の合計額は、1994年当時より低い水準となっている。

・所得のうち預貯金から得られる利子所得は低下基調にあり、金融緩和などを通じた低金利環境が長期化していること等が背景にある。一方、財産所得の中でも、配当所得は上昇傾向にあるが、これは主に企業の配当性向が高まっていることが要因となっていると考えられる(図表6.利子・配当推移)。

収入の変遷(2)

・先述の通り雇用者報酬は増加基調にある。このうち、正規雇用者の給与水準は、リーマンショック後に復調し、賞与等も所定内給与と同様の動きとなっている。一方、非正規雇用については、2013年以降に所定内給与の水準が増加しているが、賞与の水準は所定内給与ほど伸びていない(図表7.正規雇用給与水準推移、図表8.非正規雇用給与水準推移)。また、労働者に占める非正規労働者の割合は、2006年32.9%から2018年37.9%へ増加している(図表9.正規/非正規雇用形態比重推移)。

・収入に対する社会保険料負担比率は全体として増加傾向にあり、一人当たりの可処分所得が目減りする要因となっている(図表10.社会保険料負担)。

支出の変遷

・1994年以降、家計最終消費支出(名目値)は、緩やかに増加している(図表11.家計最終消費支出 推移と内訳)。

・1994年から2018年の間に、家計最終消費支出は全体で約40兆円増加しているが、このうち約15兆円は「持ち家帰属家賃」の増加である。これを除いて、消費の構成比率の変化(図表12.持ち家帰属家賃を除く家計最終消費支出の構成変化)を比較すると、「住居・電気・ガス・水道」の割合が上昇しており、また、パソコンや携帯電話の普及に押し上げられた「通信」への支出が増加している。他方で、「アルコール飲料・たばこ」、「被服・履物」や「娯楽・レジャー・文化」の支出割合は低下している。

労働力人口の変遷並びに消費性向

・女性と高齢者の雇用者数は増加しており、労働力人口も増加している。1994年初めから2019年末にかけて、15~64歳の女性は約240万人、65歳以上の高齢者は約514万人増加した(図表13.労働力人口推移)。同期間において、15~64歳の男性の労働力人口は約341万人減少しており、女性・高齢者の大幅な増加がそれを補っている。この背景には、保育施設の充実などが進む中で女性の労働参加率が上昇してきたことや、年金支給開始年齢の引上げや定年延長による継続雇用が行われる中で、高齢者の労働参加率が上昇してきたことが考えられる(図表14.労働力率推移2004年対比変化)。

・女性や高齢者の雇用者数の増加は、マクロの消費性向にも影響を与えていると考えられる。共働き世帯の消費性向は片働き世帯よりも相対的に低く、また高齢有職世帯は無職世帯より消費性向が低い。そのため、節約志向等とは関係なく、マクロの消費性向が低下し、貯蓄率が増加することとなる(図表15.世帯属性別消費性向)。

貯蓄率の展望

・2015年以降における貯蓄率のプラス転化は、女性、高齢者による労働参加により各世帯の総所得が増加した一方、支出は住宅等個別項目での増加があったものの、全体では所得ほど増加しなかったため、再び所得が支出を上回る構造に変化したことが主な要因として考えられる。

・今後、日本においては、高齢者の割合がさらに増加する(図表16.国内人口推計及び高齢者比率)。ライフサイクル仮説に基づけば、家計は老年期の消費に備えて貯蓄を行い、その後貯蓄を取り崩すため、高齢者の割合が増加するという人口分布の変化は、貯蓄の減少に直結することになる。消費実態調査を用いた研究によれば、これまでも、65歳以上の高齢者の貯蓄率は、近年低下する傾向がみられている(図表17.世帯主年齢別貯蓄率推計)。今後、世帯類型ごとの所得と支出に大きな変化がなければ、マクロでみた貯蓄率は、徐々に低下していくことが予想される。