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ファイナンスライブラリー:『デジタルアーカイブの理論と政策~デジタル文化資源の活用に向けて』

柳 与志夫 著

勁草書房 2020年1月 定価 本体3,000円+税

評者 渡部 晶

本書は、デジタルアーカイブ学会の事務局をその講座(DNP学術電子コンテンツ研究寄付講座)で引き受けている、東京大学大学院情報学環特任教授(図書館経営論、文化情報資源政策論)の柳与志夫氏が、デジタルアーカイブ構築・利用のための基本的考え方と、今後の政策形成の方向性を論じたもので、これを論じた初めての本格的理論書と銘打たれる。

柳氏の「文化情報資源と図書館経営」(勁草書房 2015年2月)については、本誌2016年4月号の当欄で紹介した。その最終章(第14章)は、「図書館経営論から文化情報資源政策論へ」であり、我が国の図書館と図書館情報学が停滞の中にあり、文化情報資源という大きな文脈で、その価値を再生できるとしていた。その後の実践活動や考察の軌跡をたどれる。

本書の題名に出てくる「デジタルアーカイブ」であるが、まず、もともとは、月尾嘉男氏が提案した和製英語だったという。本書第8章に紹介されている「デジタルアーカイブ整備推進法案(仮称)骨子案」(衆議院法制局)(2018年5月に超党派からなるデジタル文化資産推進議員連盟総会で示されたもの)では、「知的財産データを含む情報の集合物であって、特定の知的財産データを電子計算機を用いて検索できるように体系的に構成したもの」と定義されている。さらに、「知的財産データ」とは、「電磁的記録に記録された知的財産に関する情報であって、歴史上、芸術上、学術上、鑑賞上又は産業上価値のあるもの」である。

また、本書の副題になっている「文化資源」とは、広義には「文化的・社会的活動によって生じた成果物(モノ、人材、制度、情報・知識)を保存・組織化し、公共的に再利用可能とした資源」であり、本書では、「情報資源」としての側面を強調している。そして、「情報資源」とは、「情報が、(1)組織化(あるルールによる秩序化)されている、(2)何らかのメディアに定着されている(電子化を含む物質化)、(3)原則、誰にでも利用できる(一般公開かメンバー限定か、有料か無料か、は問わない)、(4)資源化を担う個人または組織が存在する(価値化の保障)、(5)ある程度の恒常性を保障する仕組みとそれに基づく信頼性がある(安定性)、(6)それを利用して新たな価値を創造することができる(再資源化)、の六要件を満たしていることを意味する、という(本書「補論」より)。

本書の構成は、三部構成になっており、第<img style="vertical-align: text-top;" src="/common/images/no_01.gif" alt="ローマ数字1" height="13" width="13">部 「デジタル文化資源」の発見(第一章 我が国における文化・知的情報資源政策形成に向けての基礎的考察、第二章 デジタル文化資源構築の意義、第三章 デジタル文化資源の可能性)、第<img style="vertical-align: text-top;" src="/common/images/no_02.gif" alt="ローマ数字2" height="13" width="13">部 電子書籍/電子図書館からデジタルアーカイブへ(第四章 我が国の電子書籍流通における出版界の動向と政府の役割―現状と今後の課題、第五章 電子書籍と公共図書館―デジタルアーカイブという可能性、第六章 デジタルライブラリー論再考―その系譜と文脈、補論 対概念の関係について)、第<img style="vertical-align: text-top;" src="/common/images/no_03.gif" alt="ローマ数字3" height="13" width="13">部 デジタルアーカイブの理論化と政策化に向けて(第七章 デジタルアーカイブとは何かーその要件を考える、第八章 公共政策としてのデジタルアーカイブ)である。各部の冒頭に、「まえがき」がおかれ、各章について著者の狙いなどが簡潔に記される。

第<img style="vertical-align: text-top;" src="/common/images/no_01.gif" alt="ローマ数字1" height="13" width="13">部第一章の初出は2003年だが、EUの文化情報資源政策を分析して、わが国のこれからの同政策の課題を抽出することを目的としたものだ。いまだに、当時の課題のほとんどが残されているという指摘にはびっくりさせられる。第二章・第三章では、デジタルアーカイブの核となるデジタル文化資源の特性と活用が論じられている。

第<img style="vertical-align: text-top;" src="/common/images/no_02.gif" alt="ローマ数字2" height="13" width="13">部は、電子書籍や電子図書館が歴史的にどのようにデジタルアーカイブに関係しているのか・していないかを考察している。図書館情報学の碩学である根本彰・東京大学名誉教授が、17世紀バロック期に微積分学の基礎をつくった万能の天才ライプニッツ(ハノーバー宮廷の司書を務めていた)が構想した「普遍百科事典」が今インターネットとGoogleの組み合わせとして実現されようとしている、との認識を示している(根本彰・齋藤泰則編『レファレンスサービスの射程と展開』序文)。国会図書館館長を務めた長尾真氏の構想が結果として現実の政策に活かされなかったこと、出版デジタル機構の初志とは違う動向などが的確に叙述され、なんとも「日暮れて道遠し」の日本の現状に切歯扼腕するのは、評者がこの分野の素人だからなのであろうか。

なお、デジタルアーカイブが、デジタルライブラリーの考え方の延長線で発展してきていて、アーカイブ(広義の史資料館、便宜上ミュージアムを含む。一点物の現物の収集・保存を基本とする。)とはもともと関係がない、という点に留意が必要だ。評者が思うに、この点の理解が世間で得られていないことが、デジタルアーカイブの普及にネックになっているように感じる。

第<img style="vertical-align: text-top;" src="/common/images/no_03.gif" alt="ローマ数字3" height="13" width="13">部は、本書のための書下ろしである。第七章では、「デジタルアーカイブ」概念とその理解が最近の進展の中で混乱しているという認識から、2010年以降のデジタルアーカイブを主要テーマとして論じた代表的な著作を参考に、デジタルアーカイブの基本的概念・構成と枠組みを整理して、今後の方向性を探っている。デジタルアーカイブは、単なる情報システムやデータベースではなく、情報・知識世界において一定の役割を果たすべく期待された社会制度のひとつであることが理解される。

第八章では、まず、デジタルアーカイブの政策課題として、(1)デジタルアーカイブ概念の明確化と普及、(2)デジタルアーカイブ設置の促進と制度整備、(3)法規整備、(4)政策主体の多元性と協力体制、(5)教育制度の整備、(6)新しい情報技術の適用、(7)産業振興、(8)存続と信頼性の確保、が提示される。その上で、コミュニティレベルでのデジタルアーカイブについては好事例もあるものの、海外に比しての、国レベルのデジタルアーカイブ政策形成は遅れていると断じる。そして、現時点の日本での政策形成の1つの到達点としての、「デジタルアーカイブ整備推進法案(仮称)骨子案」が取り上げられる。「この法律は、デジタルアーカイブが新たな知的財産の創造及び軽罪活動の重要な基盤となるものであることに鑑み、デジタルアーカイブの整備の推進に関し、基本理念を定め、国、地方公共団体及び事業者の責務を明らかにし、並びにデジタルアーカイブの整備に関する推進計画の作成その他デジタルアーカイブの整備の推進に関する施策の基本となる事項を定めるとともに、デジタルアーカイブ整備推進協議会を設置することにより、デジタルアーカイブの整備に関する施策を総合的かつ効果的に推進することを目的とすること」とされる。柳氏は、この基本法骨子案は、「その具体的提案内容の是非は別として、本書で挙げた政策課題すべてに対応している点で、国レベルの政策として十分検討に値する内容となっているのではないだろうか。」と高く評価している。

評者としては、デジタル文化情報資源の、使っても減らない「非競合性」という特性に関連して、マクロ経済における「経済成長」の議論との関係を指摘しておきたい。2018年のノーベル経済学賞受賞者であるポール・ローマ―・ニューヨーク大学教授の受賞テーマは、「イノベーションが持続的な成長を生み出す源泉と考え」、「生産活動や研究開発を通じて生み出される知識やアイディアの増加が、正の外部効果を持つことで経済全体の生産性を向上させ、それにより持続的な経済成長が実現される過程を明快に描き出した」というものだ(福田慎一東京大学教授「ノーベル経済学賞に米2氏 持続可能な成長の姿示す」2018年10月16日付け日本経済新聞朝刊)。そのため、その知識・アイディアが社会資本として共有・蓄積される健全な仕組みが重要となる。

日本では、上述のように、これまでの知識・アイディアについて、デジタルアーカイブでの十全な活用に至っていない。しかし、デジタル文化資源が持つ正の外部効果は極めて大きいと思われる。「非競合性」という特性や、そのスピルオーバーについて賢明な考察が行われ、この「デジタルアーカイブ」をいかに公共政策でマネイジしていくかが、本書を通読して、我が国の持続的な成長に大きく関わることを確信した。停滞する我が国のTFP(全要素生産性)についても、このあたりにブレークスルーの糸口があるのではないだろうか。