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巻頭言:世界を旅してつかむ世界の「常識」

テレビ東京『Newsモーニングサテライト』キャスター 佐々木 明子

とにかく海外を取材したいと思っている。夏休みも必ず未知の国を旅している。日々世界経済とマーケットを報じているが、知らない国の事をしたり顔で伝える事に後ろめたさを感じているからかもしれない。だからこそ自分で創る旅にこだわっている。お膳立てされた視察旅行やツアーでは「真実」はなかなか見えてこないからだ。結果的に過酷な旅程になるがその度に自分の常識がいかに「非常識」かを痛感し、認識を新たにする。

3年前、インドのモディ政権のデジタル革命を取材した時のこと、あまりの光景に息を飲んだ。カーストが根強く残る中で、不可触民、人間とみなされない路上生活者があふれ「野良牛」と共にゴミをあさっていた。経済成長が期待される「アジアの巨象」の現実を撮影しようとしたら現地のコーディネーターに「これは映さないで欲しい」とカメラを遮ぎられた。掘建て小屋にいたやせこけた老人へのインタビューもやんわり止められた。その取材の後、私は激しく抵抗する夫を合流させそのままインドを旅することにした。移動は電車や地元のバスだ。車窓から見る光景は想像を絶した。線路脇に延々と広がるスラム、ゴミの山、裸の子供が緑色の川で水をくみ、手や足の無い人々が物を求め絡んでくる。強烈な異臭。ここは私たちと同じ世界かと、言葉を失った。

07年の食料危機時、世界最貧国といわれるハイチを取材した。生きる事すら困難なこの国は教育が遅れトイレの概念がない。町のど真ん中で突然しゃがみ込んで用を足すので汚物とゴミの山だった。取材中、私も「トイレならそこで」と道ばたで降ろされそうになった。だからこそインドモディ政権が「トイレの普及」を最優先課題にしたことも理解できた。発展途上国が先進国入りするには、安全で衛生的で人間の尊厳を保てるトイレ、それが必要不可欠なのだ。専門家は数年後インドが中国に取って代わると言う。確かに人、人、人、驚愕の人口密度と熱量はそれを感じさせるが、果たしてあの苛烈な人間の格差を克服できるのか、「聖なる神」として道路で寝そべり大渋滞を引き起こす「野良牛」たちを排除できるのか、懐疑的な想いを抱かされた旅の一つだった。

去年の夏はイスラエルとパレスチナへ。複雑な歴史と共にユダヤ、キリスト、イスラム3大宗教の深い「信仰の世界」だ。幼稚園がカトリック系だった私は、困った時の神頼みはすれども、中東の民族と宗教はあくまで読み物から得た知識でしかなかった。灼熱の中訪れたユダヤ教の聖地「嘆きの壁」では、涙を静かに流し一心に聖書を読み続ける多くの信者達がいたし、パレスチナにある「生誕教会」ではキリストが誕生したとされる地下のその場所に口づけをしようと何千もの人が何時間もすし詰め状態になっていた。その圧倒的な信仰心を前に、とたんにいたたまれなくなった。結局私は見物客だ。必死の思いで神の地にたどり着いた信者達を前に、なんとぶしつけで薄っぺらな存在なのか。コーランが物悲しく流れる街で、信心とは何か、そして自分は何者なのかを自問自答し続けた。

今、世界は未曾有の危機に直面している。コロナの感染拡大を封じ込めるために各国、過去最大の対策を矢継ぎ早に打っている。しかし、私が見たあのインドの貧困層、そして強い宗教心から密集をも厭わない信者達、いずれもウイルスが飛び火すればひとたまりもないだろう。アメリカが自国主義に傾く中、世界は団結してそれを乗り越える事が出来るのだろうか。