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各地の話題/「ファイナンス」令和2年2月号

山鹿

「歴史から温泉まで幻想と癒しのまち」山鹿

山鹿税務署 総務課長 川﨑 桂司

 はじめに

山鹿税務署は、明治29年に熊本県鹿本郡を管轄区域として設置されました。その後、5回の管轄区域変更を経て、現在は山鹿市のみを管轄しています。

山鹿市は、熊本県の北部に位置し、豊前街道を中心に栄えた宿場町です。東は菊池市、西は玉名郡、南は熊本市、北は福岡県八女市及び大分県日田市と境をなしています。

豊かな自然環境の下、良質な温泉、古代から近代に至る歴史・文化遺産、伝統工芸・芸能、豊富な農林産物などが自慢です。

 管内の名所

〔山鹿温泉・さくら湯〕

山鹿市には長い歴史を持つ山鹿温泉、熊入温泉、平山温泉、菊鹿温泉、鹿本温泉があります。県下一の湧出量を誇り、良質で肌ざわりがやわらかな温泉は「美人の湯」ともいわれています。

山鹿温泉「さくら湯」は、寛永17年(1640年)の肥後細川藩の山鹿御茶屋にその歴史の端を発し、明治初期の「山鹿温泉大改築」以降、明治31年(1898年)の道後温泉の棟梁による大改修等を重ねながら、昭和48年(1973年)に惜しまれつつ取り壊されるまで、山鹿温泉の元湯として市民の生活の中にあった温泉でした。

その「さくら湯」が時を越え、日本の伝統工法による九州最大級の木造温泉として平成24年に甦りました。昔の面影そのままに、唐破風のある南北の玄関や十字にクロスした独特の屋根の形など、江戸期の建築様式を可能な限り再現しています。

写真 「さくら湯」外観

写真 「さくら湯」内観

〔八千代座〕

江戸時代の参勤交代路であった豊前街道沿いには、明治の芝居小屋「八千代座」(国指定重要文化財)や山鹿灯籠民芸館等の歴史ある建造物が立ち並び、古き良き時代の面影を今に伝えています。

「八千代座」は、明治43年(1910年)に旦那衆と呼ばれる山鹿の実業家たちによって建てられた芝居小屋で、ドイツ製のレールを使った廻り舞台や桝席・花道など充実した機能を持ち、江戸時代の歌舞伎小屋の様式を今に伝えています。

見上げれば天井を鮮やかに彩る旦那衆たちの店の広告の再現や大型の真鍮製のシャンデリア、ほのかな灯りをともす提灯など、明治から続くロマンを感じさせる空間を味わえます。「八千代座」は、「さくら湯」と並ぶ中心市街地の2大シンボルです。

写真 「八千代座」外観

写真 「八千代座」内観

〔山鹿灯篭まつり〕

和紙だけで作られる「山鹿灯籠」は、平成25年12月に『国指定伝統的工芸品』の指定を受けました。毎年、8月15・16日に開催される「山鹿灯籠まつり」では、頭に金灯籠を掲げた浴衣姿の女性たちが、ゆったりとした情緒漂う「よへほ節」の調べにのせて優雅に舞い踊る「千人灯籠踊り」があり、幾重にも重なる灯りの輪が、見る人を幻想的な世界へと誘います。

〔チブサン古墳〕

山鹿市は、「チブサン古墳」に代表される数多くの装飾古墳群や邪馬台国時代の県内最大の集落遺跡である「方保田東原遺跡」、大和朝廷によって築かれた「鞠智城」など、多くの国指定史跡を有しています。

「チブサン古墳」は、古墳時代後期(今から約1500年前)に造られたお墓です。

古墳は前方後円墳で、その内部に割り石を積み上げて造られた部屋(石室(せきしつ))があります。その石室の奥に石の棺おけ(石棺(せっかん))が置かれています。

石棺の壁には赤、白、黒の三色で、丸や三角、菱形などの図が描かれています。

保存状態がとても良好で、日本の装飾古墳を代表する古墳の一つです。

〔鞠智城(きくちじょう)〕

「鞠智城」は今から約1300年前に、大和朝廷が築いた山城で、全国でも珍しい八角形の鼓楼が特徴です。当時、東アジアの政治的情勢は、非常に緊張していました。日本は、友好的であった百済を復興するため援軍を送りましたが、663年の「白村江の戦い」で、唐と新羅の連合軍に敗北しました。このため、事態は急変し、直接日本が戦いの舞台となる危険が生じました。そこで九州に、大宰府を守るために大野城(福岡県)、基肄城(佐賀県)、金田城(長崎県)が造られました。鞠智城は、これらの城に食糧や武器、兵士などを補給する支援基地でした。

 おわりに

管内には、まだまだ紹介しきれない名所がたくさんあります。

豊かな自然が残る山間部には、美しい景観や渓谷、キャンプ場をはじめ、トレッキングなどを楽しめる場所もありますので、是非一度、ゆっくりと山鹿市にお越しください。

古き良き時代に、新しいものが融合した、とっておきの時間が待っています。

〔写真提供:山鹿市〕

佐伯

「ホッ」とする街 佐伯

佐伯税務署 総務課長 伊勢 宏

 はじめに

佐伯税務署は、全国に税務署が創設された明治29年11月に佐伯税務署として設置された後、臼杵税務署との統合・分離を経て、昭和22年8月に現在の名称となりました。

管轄地域は、以前は1市5町3村でしたが、平成17年の市町村合併により現在の佐伯市となり、面積も約903.11km2となるなど、九州で一番広い面積を有する市となりました。

管内の主要産業は、豊後水道の豊かな海の下、ブリやヒラメを中心とした養殖業や造船・水産加工業が活発となっています。

 管内の名所

〔豊後二見ヶ浦〕

佐伯市の名勝にも指定されている「豊後二見ヶ浦(ぶんごふたみがうら)」は、高さ17mの男岩(写真右側)と高さ10mの女岩(写真左側)が、長さ65m、直径75cm、重さ2tのしめ縄で結ばれている夫婦岩で有名です。

このしめ縄の長さは日本一であり、1994年にはギネスブックにも掲載され、夫婦岩の間の中央から日が昇る様子は絶景であり、初日の出のスポットとして人気を博しています。

〔唄げんか大橋〕

1993年7月、大分県と宮崎県の県境近くに位置し、ダム湖百選に選ばれた北川ダムのダム湖に架かる橋として開通しました。

「唄げんか大橋」というユニークな名前は、互いに相手を揶揄するような攻撃的な歌詞を特徴とする地元の民謡『宇目の唄げんか』という子守唄にちなんで命名されたものです。

この子守唄は、近くの炭鉱に働きに出た夫婦の下に子守奉公として集められた娘達の唄が原型で、子供を背負った娘達が川岸などに数名集まり二群に分かれて歌い合ったと伝えられており、つらい子守仕事のストレスから攻撃的な歌詞になったと言われています。

逆Y字型の2本の主塔と扇状に張られた100本のケーブルによる幾何学的な造形美と周囲の豊かな緑や静かな湖面とのコラボレーションが、優れた景観を作り出しており、一見の価値があります。

〔空の公園〕

天気が良い日にはとても見晴らしが良く、高台から日本三大リアス式海岸と呼ばれている関アジ・関サバの一本釣りが盛んな「大分県豊後水道」をはじめ、遠くは四国の山々までを一望できる絶景スポットです。

 管内のグルメ

〔ごまだしうどん〕

黒潮の影響を受けて多くの魚が集まる豊後水道に面した佐伯市は、城下町として栄えた江戸時代から「佐伯の殿様 浦でもつ」と呼ばれるほど、海の幸に恵まれています。

「ごまだし」は、観光客向けに売り出された食材ではなく、元々佐伯の漁師の家庭で、冷蔵庫もない時代にエソが豊漁で食べきれないとき、保存食として編み出されたものです。

このエソは、小魚が多いものの、身に豊潤な旨味を含んでいて、最高級の練り物製品の材料として重宝されており、胡麻や醤油を加えながらすり潰して作られるのが「ごまだし」と呼ばれる調味料です。

その「ごまだし」を茹でたうどんの上に載せて熱いお湯を注いだ料理が「ごまだしうどん」で、佐伯市を代表する郷土料理となっています。

近年は食の多様化や保存技術の進展によって、家庭で「ごまだし」が作られることも少なくなりましたが、2007年には農林水産省が実施した「農山漁村の郷土料理百選」で「ごまだしうどん」が選ばれたことにより、ご当地グルメとして再び脚光を浴びています。

〔佐伯寿司〕

瀬戸内海の海水と太平洋から流れてくる海水のぶつかる豊後水道は、プランクトンが豊富なため、餌を求めて多くの魚が集まります。

豊後水道で水揚げされる魚介類は、タイ・ヒラメ・サザエなどの高級なものから、アジ・イワシなどの庶民的な魚まで様々で、その種類の多さは日本一と言われており、寿司ネタのほとんどを地元で仕入れることができるため、新鮮な魚で寿司を握ることができます。

この鮮度抜群な魚と職人の技を集結して美味しい「佐伯寿司」が生み出されており、県内外から多くの方が「佐伯寿司」を目当てに訪れています。

 おわりに

佐伯市は、春夏秋冬、1年を通じて豊かな自然に恵まれ、山や川、海に囲まれた温暖な土地柄は、人々を暖かく包むとともに、穏やかに時間が流れているような情緒を感じることができます。

多数の観光・グルメスポットが点在する魅力的な場所となっておりますので、是非一度お越しください。お待ちしております!

鹿児島

おじゃったもんせ!「歴史と文化の街」へ~鹿児島~

鹿児島税務署 総務課長 松尾 幸司

 はじめに

鹿児島税務署は、鹿児島市と離島である鹿児島郡三島村(薩摩半島の先端から南南西約40kmの位置にある3島からなる村)及び鹿児島郡十島村(12島が南北に約160kmに渡る日本一長い村)の一市二村を管轄(管内面積:680km2、管内人口約60万人)しています。

明治29年に開庁し、その後、昭和23年の伊集院税務署への分離や平成13年の庁舎移転を経て、現在に至っています。

管内は、年間平均気温18℃と温暖な気候と九州新幹線、鹿児島本線及び日豊本線といった鉄道や南西諸島・関西方面への海上交通の基点から、南九州の交通及び物流の拠点であり、陸上・海上・航空交通の中心地となっています。

また、雄大な桜島や波静かな錦江湾など自然に恵まれ、島津77万石の城下町として栄えた歴史情緒あふれる都市です。

 管内の名所・話題

市内中心部のいたるところに「明治維新」という近代国家への大変革に導いた、西郷隆盛や大久保利通をはじめとした鹿児島・薩摩の偉人達の銅像がありますので、その一部をご紹介いたします。

〔若き薩摩の群像(写真左)〕

鹿児島市の玄関口・鹿児島中央駅を降り立つと、江戸時代の末期に国禁を犯して海外留学を果たし、新生日本を建設する原動力となった薩摩藩士17人の英国留学生をモチーフにした「若き薩摩の群像」の像碑が出迎えてくれます。

17人の銅像のなかには、東京開成学校(現在の東京大学)初代校長の畠山義成像や札幌麦酒醸造所を建設した村橋久成像などがあります。

〔川路利良像(写真右)〕

川路利良は、禁門の変にて戦功を挙げ、西郷隆盛の推薦で欧州の警察を視察した後、日本初の警察制度を構築し、初代大警視(後の警視総監)に就任した「日本警察の父」です。銅像は、鹿児島県警察本部前に設置されています。

なお、皆与志町の生家近くのバス停は、川路にちなみ「大警視」と名付けられています。

このほか、大河ドラマの主人公となった「天璋院篤姫」像、連続テレビ小説で「五代ロス」と称された「五代友厚」像のほか、鹿児島の総氏神様とされる照国神社の境内に鎮座する島津藩第11代藩主「島津斉彬」像など、維新の歴史に思いを馳せながら巡ることができます。

〔西郷(せご)どんだけじゃない!鹿児島市〕

2018年、明治維新150年事業の一環として「維新dancin’鹿児島市」のスペシャルムービーが公開され、現在、Season2が話題となっています。

市内高校の新体操部員が西郷(せご)どんや愛犬ツンに扮し、管内の名所を巡ってパフォーマンスをするもので、一見の価値ありの映像となっています。

 鹿児島グルメ

鹿児島のご当地グルメの代表格である美味しいものをご紹介します。

〔黒豚〕

鹿児島と黒豚の歴史は400年と古く、豊かな自然の中で、さつまいもを含んだ飼料でのびのび育てられた肉質は「柔らかく、歯切れがよく、旨みがある」と県内外で評価が高い逸品です。

「とんかつ」や「しゃぶしゃぶ」の専門店も多く、このほか豚骨料理も地元の人に広く愛されています。

〔白くま〕

戦後間もない昭和24年に販売された当時は、蜜かけのようなシンプルなかき氷でした。その後、練乳やトッピングを加えることによって、現在のベースとなりました。

上から見ると、トッピングの配置が動物の白熊の表情に似ていることからその名前が付きました。

今や南九州の夏の風物詩として、多くの人が涼をとる定番グルメとなっています。

〔鶏刺し〕

鹿児島を代表する地鶏「黒さつま地鶏」は、日本三大地鶏の一つにも数えられ、生のままの旨みをお酒(焼酎)と一緒に飲みながら食するのが一番です。また、鶏肉だけを売る鶏肉専門店も多数あり、どの店も「鶏刺し」が人気となっています。

〔さつま揚げ〕

錦江湾と称される大きな内湾があり、水産資源も豊富な鹿児島の郷土料理で白身魚や青魚のすり身を塩・砂糖・酒などで味付けし、油で揚げたものです。

各専門店が創作さつま揚げに力を入れており、鹿児島に来たら外せないお土産の一つです。

ほかにも、黒毛和牛や和菓子の「軽羹(かるかん)」、鹿児島ラーメンや太陽をいっぱい浴びた桜島大根、桜島小みかんなどの農産物もたくさんあります。また、管内の三島村には全国でも珍しい公設公営の焼酎蔵があり、ここでは本格焼酎「焼酎みしま村」を醸造し、2019年5月から販売を始めています。

 おわりに

管内には、世界文化遺産に登録された「旧集成館」等や仙巌園(島津別邸)、自然の海とつながった水路にイルカが飼育されている水族館やコアラのいる動物園、桜島の恩恵を受けた数多くの温泉など老若男女の皆さんが歴史や文化を楽しめるところがたくさんありますので、是非、「かごんまにおじゃったもんせ(鹿児島にいらっしゃい)!」

[協力:鹿児島県高等学校体育連盟・鈴木武]