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ファイナンスライブラリー:『コロンビア商人が見た維新後の日本』

ニコラス・タンコ・アルメロ 著/寺澤辰麿 訳

中央公論新社 2019年12月 定価 本体2,400円+税

評者 中原 広

1871年(明治4年)は、8月に廃藩置県が行われ、9月に断髪令が発せられた年である。著者ニコラス・タンコ・アルメロは、同年12月24日、岩倉使節団が出港した翌日に横浜港に降り立った。本書は、コロンビア人の苦力(クーリー)手配商人ニコラスの日本旅行・滞在記であり、1888年にスペインで出版された。コロンビア人が初めて日本についてスペイン語で書いた原著を、130年余を経て昨年、元コロンビア大使の寺澤辰麿氏が翻訳され、我が国に紹介されたものである。

本書によればニコラスの日本滞在は1か月余なのだが、彼の日本に関する知識の広さ、日本に対する観察の深さには驚かされる。例えば、日本の文明の進展を紹介する章では、垂仁帝御代の陶磁器製造法導入、欽明帝の御代の仏教伝来、推古帝の御代の曇徴による製紙技術の伝授などの記述があり、日本人の我々でも滅多に耳にしない古代の天皇の諡号や高麗から来日した僧の名前などが続々と登場する。また、江戸時代の統治構造については、「『将軍』が統領であり、…天皇は、一種の幻影あるいは陰画的存在であって、政府の中で直接行動することはなく、正に屏風として、神秘思想と瞑想に没頭する宗教上の人物であるという政治機構」と、本質を把握している。そして幕藩体制について、「日本が、独裁的権力の下で、悲惨な状況にあったと考えることは間違いである。それとは逆に、人々は、保護と保障を享受した。…奉行の権限は制約されており、決して犯すことのできない法令に従って権限を行使する。」と指摘している。

こうした日本についての広範な理解は、訳者の指摘するとおり、1871年の初来日後、原書刊行までの17年間に複数回来日した経験を踏まえて本書が執筆されたからであり、また中国に長く滞在してそこで日本に関する情報を入手していたからだろう。徐福伝説の記述などを読むと後者につきその感を深くする。

訳者は本書の特徴として「当時の日本の庶民の生活に根差す習俗、迷信、エピソードなどが多く取り上げられており、正規の歴史の本にはない切り口が見られる」点を挙げている。筆者も同感であり、本書の興味深いところである。例えば風呂屋の描写では、「広間の周囲にある廊下で、腰帯であり同時に入浴時のスポンジやタオルとしても使える『手拭い』で体を拭く。そして、なんと奇妙なことか、…我々のやり方とは逆の手順で拭き始めるのだ。足から、そして下から上に体の各部分を拭き、最後に顔を鼻の先まできれいにする、というか、正確に言えば、不潔にする」とある。また、食事に関しては、「日本人は一日三回食事をし、摂取する食事をほとんど変えない。一般的に日本人は大食漢であり、…その主要な食品は、キノコ、野菜、海産物、米、穀物の粉をクリーム状にしたスポンジケーキのような豆腐である」とある。なお、中仙道経由の大阪旅行について記した別の章では、「(日本人は)我々の素晴らしい料理よりも嫌悪感を催すような彼らの『御膳』の方を好む」としている。因みに、ニコラスは中仙道の道中でも、日本食はほとんど食べず、人力車で持参したフォアグラや牡蠣などの缶詰類やワイン、ブランデーで食事をしたようだ。

日本の家庭生活については、「日本人は、非常に家庭的で、家庭生活を大変好む。すなわち夜はほとんど外出しないし、家族全員が集まって楽しい会話をして夜の時間を過ごす。通常女たちは刺繍をし、一方父親は、物語や小説などを大きな声で朗読し、家族全員口を開けて、熱心に耳を傾ける。また、…『碁』というものを10時まで打ち、各自それぞれの寝床に下がる」と説明している。他方、宴会については、「盛大な宴会の場合には、鶏肉や卵を食べ、またふしだらな娼婦である『芸者』を雇って宴会の間、歌舞音曲を演じさせ…楽器は『三味線』といい、…とても調子の狂った不快な音がする。歌謡は、身の毛のよだつようなひどいもので、想像しうる最も不快な悲鳴か耳障りな叫びである。…(日本酒を)飲み続けると皆が酔っ払い、その宴会は文字通り酒池肉林に変貌してしまう」と、実に容赦ない。

こうした書きぶりは、偏見というよりは、彼の階級意識によるものと解すべきかもしれない。本書の最終章である帰国の旅の記述の中では、「教育のない人」への軽蔑と嫌悪が表明されており、船中で知り合った同民族であるスペイン人二人を「誠実で危険はないが、愚かでとんまな人で、その無礼な振る舞いで周りの人を飽き飽きさせる」と評し、彼らを戯画化して描いている。

訳者はニコラスの日本人観について、「キリスト教的視点からの日本人の宗教観・倫理観欠如に対する批判と、日本人は物真似が得意で創造性に欠けるという指摘は、ほかの外国人の観察に比べて格段に厳しいように見える」と指摘する。そして訳者は、背景として、コロンビアが典型的なキリスト教国家であったことと、物真似してでも欧米に追いつきたいという当時の日本の潮流を挙げる。筆者は、これに加えて前述の階級意識も挙げたい。

日本の家屋や調度についての記述中、ニコラスは、「日本人は、あの中国人よりも慎ましさや遠慮の観念に乏しく、…生来の羞恥心に欠ける。真の倫理観のない宗教と躾の悪い教育が、この国民の生活習慣におけるだらしなさと、その住民の恥も品格もまったくない動物のごとき生活との原因であるに違いない」と述べる。頑なな国粋派の筆者などは、思わず拳を握りしめてしまう。しかし考えてみれば、コロンビアの裕福な家庭に生まれ、初等教育をニューヨークで中・高等教育をパリで受けた当時最高級のインテリであり、中国人苦力のハバナのサトウキビ農園への手配で富を築いていたニコラスが、明治初期の東京の長屋暮らしの庶民の生活を、上流階級の視点で観察したのであるから、宗教とか躾云々を別にすれば、ある意味で自然な感想なのかもしれない。

さて、現代の日本人からすれば驚きを禁じ得ないニコラスの日本人評価の紹介をもう少し続けたい。日本の芸術については、「日本に着いて最初に気が付いたことは、この民族のありのままの気品、趣味と繊細さ、思いやり、およびすべての住民に共通しているように思える美的な素養である」と書き起こすのだが、結局は「この民族の生来のものと思える独自の特徴」と「真の芸術との間にはとても大きな違いと距離が存在し、この真の芸術こそが、まさに日本にないものである」と断言している。

日本人の能力やものの考え方については、筆者の血圧がさらに上がるような見解を披露している。曰く「日本人は、生まれつき怠惰で無気力であり、…中国人と異なり、浪費家であり、生きていくためだけの金を稼げば、満足している。…独善的でうわべだけを繕い、…穏やかさと優しさを装って、心の奥底の怒りを隠し、インディオのように、狡賢く、下心があり、また、恨み深い」。曰く「日本人は、どんなにも模倣能力があり、吸収能力が高いとしても、知能が高いとは信じられない。若者は、勉学に没頭し…、新しいことを知ることに懸命であるが、事柄を深く追及する能力に欠け、全体を把握することをせず、どうでもいい細かなことにこだわる。…価値の高い天賦の才能は、創造し、発明するものであり、我々恵まれた人種の特別の能力である」という調子である。コロンビアと日本の現状や、現時点における日本人に対する世界の一般的評価に照らせば、大いに違和感があるが、事実として、明治初年の時点においては、日本人は海外の人からこのようにみられていたということを、我々は本書から学ぶべきであろう。

頑なな国粋派の私は、飲んで帰宅すると、近隣の国々や発展途上の国々に関して、時間軸を考慮しないで、「模倣だ」、「怠惰だ」、「恥を知らない」、「行儀が悪い」と、くだを巻いては家人から注意を受けるのだが、これからは、150年近く前のコロンビア商人の日本人評価をまず思い出すことにしよう。

最後に、この興味深い130余年前の旅行記を、現代の我々にも読みやすい平易達意の文章に翻訳された訳者に心から御礼を申し上げたい。また「訳者解説」、「訳者あとがき」での、コロンビアの歴史や時代背景、そしてニコラスに関する補足説明は、簡潔にして行き届いたもので、私のような門外漢の読者にとってまことに有難いものであった。「あとがき」の中で訳者は、明治5年の芸娼妓解放令の契機となったマリア・ルス号事件とニコラスの商売との関係を指摘している。ニコラスが手配した苦力たちが、明治5年7月に横浜沖に停泊するマリア・ルス号に閉じ込められていたのではないかとの訳者の推理は大いに首肯できる。この推理も本書を一層興味深いものにしている。