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最強の職業教育~スイスの職業教育の概要とその効果~

財務総合政策研究所総務研究部総務課長 佐藤 栄一郎*1

1.はじめに

スイス 1位 / 日本 42位

これは、World Economic Forum(WEF)が各国の競争力をランク付けする「The Global Competitiveness Report 2019」における「(高校、大学等の)卒業生の知識、技能(Skillset of graduates)」の順位である。同レポートの総合ランキングだけを見ると、スイスが5位、日本が6位と国際競争力全体としては僅差であるが、卒業生のスキルの面では、日本はスイスに大きく水をあけられている。

なぜ、このように両国における評価に大きな差があるのだろうか。例えば、日本と比べてスイスの大学の質が高いからといった考え方があるだろう。Times Higher Education(THE)は、論文引用、教育、研究の観点から13の指標を用いて大学をランク付けする「World University Rankings」を公表しているが、2020年の結果では、多くのアメリカ、イギリスの大学が上位を独占する中で、連邦工科大学チューリッヒ校が13位にランクしており、このほか、連邦工科大学ローザンヌ校、チューリッヒ大学、バーゼル大学が100位以内にランクインしている(日本は東京大学が36位、京都大学が65位と2大学のみが100以内にランクイン)。九州ほどの面積しかなく、人口も日本の10分の1以下のスイスにおいて、100位以内の大学が日本以上にあることには驚きである。

他方、本稿では、大学レベルも含めた義務教育以降の「職業教育」に注目してみたい。後ほど詳しく述べるが、スイスでは義務教育を終えた学生のうち、6割以上が企業での実習と学校での勉学を両立する職業教育・訓練(VET:Vocational Education and Training)に在籍している。他方、日本では7割以上が学校において主に普通教育を受ける高等学校普通科に在籍しており、義務教育後の両国の教育事情に大きな違いがあることが分かる。

スイスのVETについては、特に雇用の面でプラスの効果をもたらすといった観点から優れた制度であるとの評価があり、リーマンショック後の世界的な景気低迷期に若者の雇用情勢が悪化する中でとりわけ注目されるようになった(SCCRE, 2018)。チューリッヒ北東の都市ヴィンタートゥアでは、2014年以降、職業専門教育訓練に関する国際会議(International Congress on Vocational and Professional Education and Training)が開催されており、行政、教育、企業、国際機関などの関係者を交えた議論や経験の共有が図られている。

本稿では、このような観点から、Hoffman et al.(2015)がヨーロッパの中で「最強」と評したスイスのVETをはじめとする職業教育を概観した上で、その効果について述べていくこととしたい。

2.日本の教育制度の概要

スイスの職業教育を概観する前に、日本の教育制度についても簡単に紹介しておこう。

現在の学校体系の基本部分は戦後間もない頃、教育基本法と学校教育法の制定を通じて構築された。すなわち、義務教育期間を6年から9年に延長し、6-3-3-4制の単線型体系を構築するなどの見直しが行われた。その後、高等専門学校(昭和36年)、専修学校(昭和51年)、特別支援学校(平成18年)の創設など、時代の要請に応える形で様々な見直しが行われ、現在の学校体系に至っている(図1 日本の主な学校体系)。

スイスも同様だが、日本において学生各々の希望などに応じて進学先が大きく変わっていくのは中学卒業以降である。すなわち、中学卒業後の進路については、高等学校、高等専門学校(高専)、高等専修学校などの進学、そして就職に分かれる。このうち、高等学校については、国語、地理歴史、公民、数学、理科、外国語などを中心に学ぶ普通科のほか、農業、工業、商業、水産、家庭、看護、情報、福祉などの各専門学科、普通教育及び専門教育の選択履修を通じ総合的に教育を行う総合学科に分かれる。

実際の中学卒業者の進路状況について文部科学省「学校基本調査(令和元年度速報)」を見ると、就職者は全体の0.2%に過ぎず、99.1%は進学しており、このうち高等学校への進学は97.7%と大部分を占めている。また、高等学校の在学者ベース(全日制)でみると73.2%が普通科に在籍しており、以下、工業科(7.5%)、商業科(5.9%)、総合学科(5.2%)と続いている。戦後の学校体系の見直しによって、中学卒業以降の選択肢は多様になってきたものの、普通教育を行う高等学校普通科が大きな部分を占めているのが現状である。

次に、高校卒業者の進路状況を見ると、就職者は全体の17.7%である中、54.7%が大学、短期大学等、16.4%が専修学校専門課程(専門学校)へ進学している。大学の学科別の学部学生数をみると、社会科学系が32.1%と最も多く、工学系(14.6%)、人文科学系(14.0%)と続いている。他方、短期大学の場合、教育系が36.6%と最も多く、家政系(17.6%)、社会系(10.3%)と続いている。専門学校の場合、看護系をはじめとする医療関係が31.2%と最も多く、文化・教養関係(21.3%)、工業関係(15.0%)と続いている。

3.スイスの職業教育の概要

(1)全体像

日本の教育体系を簡単に見たところで、次にスイスの教育体系について見てみよう。

スイスの教育機関体系のおおまかな仕組みは図2 スイスの主な教育機関体系のとおりであり、日本の(1)小学校にあたる初等教育(Primary)、(2)中学校にあたる前期中等教育(Lower Secondary)、(3)高校等にあたる後期中等教育(Upper Secondary)、(4)大学等にあたる第三期教育(Tertiary)の4つの構造で成り立っているが、その特色が目立つのは後期中等教育以降で重視されている職業教育である。前期中等教育を終えた学生の進学は、普通教育または職業教育に大きく分けられる。

(2)後期中等教育の職業教育

前章でも述べたとおり、日本では、中学卒業者のうち99%以上が進学し高校在学生の7割以上が普通科に在籍している状況であるが、スイスでは日本の高等学校にあたるバカロレアスクール(Baccalaureate Schools)に在籍する生徒は19.5%、中等専門校(Upper Secondary Specialized Schools)に在籍する生徒は5.3%(専門バカロレア含む)しかおらず、61.5%が職業教育・訓練(VET:Vocational Education and Training)に在籍している(2017/2018年)。なお、女性比率をみると、後期中等教育全体で47.2%となっている中で、中等専門校で71.8%、バカロレアスクールで57.0%と比較的大きくなっている一方、VETでは41.3%と比較的小さくなっている。

〈職業教育・訓練(VET)〉

VETに進学する生徒は、中学在学中からキャリアアドバイスを受けたり、インターンや就職フェアに参加したりしながら、企業との実習契約のための準備を進める。人気の職種、企業に応募が集中する傾向にあり、学生は通常10以上の願書を提出する(Hoffman et al., 2015)。訓練生の選抜においては、中学校在籍中の成績や願書・面接の内容などが考慮され、適性検査が課される場合もある。

VETでは約230に及ぶ職種が用意されており、中でも実習生が多い分野が「商業・経営」「卸・小売」「建築・土木」「看護・産科」などである(2018年)。当然のことながら、VETでは各職種向けの専門的な教育を受けていくこととなるため、多くの学生は中学卒業時に将来のキャリアを決定することとなる。このように人生の早いうちから事実上自らのキャリアを決めなければいけないのは酷のように思えるが、アンケート結果によれば、「とても満足」「満足」を選んだ者が9割以上となっている(LINK, 2017)。

VETの期間は3~4年である。VETには、学校において座学と実習を行うコース(学生数21,879人(2017/2018年))があるものの、多くの学生は学校での座学と企業での実習を繰り返すコースを選択している(同202,678人(同))。特徴的なのは、週5日のうち、座学が1~2日、実習が3~4日と後者中心のカリキュラムになっていることである。なお、座学のカリキュラムについてジュネーヴの技術職業教育センター(CFPT)の時計学校を例にとると、普通科目(一般知識、英語、物理、体育)と専門科目(時計理論、基礎知識、素材知識、電子工学等)で構成されている。これに加え、座学と実習における学びを補完する講座も設けられている。

実習生には賃金が支払われる。賃金額について法律の規制はなく、基本的に労使の契約で決定されるが、他方で、関係機関が基準額を提示しており、総じてこの額が企業によって尊重されている。例えば、ヴォ―州の時計業の基準額(2019年)を見ると、1年目は月額545フラン(前期)及び815フラン(後期)、4年目は1360フラン(同)及び1630フラン(同)となっている*2。職業訓練の経験を積むほど賃金も上昇する仕組みとなっている。

カリキュラム終了時に条件を満たせば連邦職業教育・訓練修了証(Federal VET Diploma)が交付される。また、2年で卒業する短期のコースもあり、こちらを修了した学生には連邦職業教育・訓練証明書(Federal VET certificate)が交付される。さらに、後に述べる専門大学への入学資格である連邦職業バカロレア資格(Federal Vocational Baccalaureate)の取得のためのコースも用意されている。これは、上記の3~4年の実習期間中に同時並行で習得するか、期間後1年(全日制の場合)をかけて習得するかの選択肢がある*3。さらに追加の試験によって総合大学(Universities)への進学の道も開かれている*4。

SCCRE(2018)はVET終了後の訓練生の動向を調査した分析を紹介しており、それによれば、およそ3分の2は実習を行った企業を1年以内に去っており、この傾向はとりわけ零細企業で強い。他方、転職したからといって賃金水準に必ずしも悪影響があるわけではない。例えば、Müller et al.(2015)の分析を紹介すると、転職であってもそれが同一産業内の転職であれば賃金への影響が有意に見られないが、産業間の転職となれば賃金の低下が有意に見られるとしている。このことから、スイスのVETによって得られる資格やスキルは、同一産業内であれば企業間のモビリティが強いものととらえることができる。

〈中等専門校〉

中等専門校の履修期間は3年で、VETとは異なり学校における座学と実習がメインで行われる。国語(第一、第二)、外国語、数学、理科、社会、美術、体育などの普通教育を行いつつ、教育、医療・保健、社会福祉など7つの分野、またはその組み合わせによる専門教育を行う機関である。その意味で、中等専門校は、第三期教育において特定の専門分野を学ぶための基礎的な事項を習得する段階としてとらえることができる。

中等専門校の特徴として挙げられるのが、留年、退学が多いことである(FSO, 2018)。2013/2014年のデータによると、2年次に進級できた学生は76%に過ぎず、VETやバカロレアスクールと比較して低い水準にあるが、この要因の一つとしてVETに転学する者が多いことが挙げられる。なお、留年する学生の割合は8%程度であり、バカロレアスクールとほぼ同水準にある。

カリキュラム終了後には最終試験が行われる。少なくとも6科目を受験しなければならず、また、そのうちの1科目は専門分野のものでなければならない。これに合格すると、専門校修了証(Specialized School Certificate)が交付される。また、VETと同様、履修後に1年間のバカロレア準備コースが用意されており、これを修了すれば専門バカロレア資格(Specialized Baccalaureate)が付与され、専門大学への道が開かれる。なお、追加的な試験に合格することを条件に、総合大学へ進める点もVETと同様である。

(3)第三期教育の職業教育

〈専門大学〉

スイスには伝統的な総合大学以外に8つの公立と1つの私立からなる専門大学(Universities of Applied Sciences)がある。その歴史は比較的新しく、1998年に設立されてのち2008年から修士課程が新設された。なお、専門大学に博士課程はないが、他の大学と連携することで提供することは可能である。

専門大学は、主に連邦職業(専門)バカロレア資格の保有者がさらに高度な教育を受けることを希望する際の受け皿としての機能を有する。バカロレアスクールの卒業生も入学することが可能だが、その際には関連する分野における少なくとも1年間の職業経験が必要となる。

学士課程は、全日制の場合は3年間である。また、修士課程は1.5~2年間である。「経営」「技術・IT」「社会福祉」など様々な学科があり、授与数ベース(2017年)でみると学士は「経営」「技術・IT」「社会福祉」、修士は「音楽、演劇その他」「経営」「技術・IT」の分野が多い。

次項で述べる高等教育訓練校とは異なり、専門大学はカリキュラムにおいて学問的な教育が重視されることに特徴がある。専門大学の学生には、技術・ITや生命科学の分野を主として総合大学からの転学者も多数存在する。

〈高等教育訓練校〉

第三期教育には専門大学の他に、州立または私立の高等教育訓練校(Professional Education and Training Colleges)がある。これは、「看護」「経営」「社会福祉」「宿泊・レストラン」などの分野をはじめとして、実践的なカリキュラムを提供することに特徴がある。主に、連邦職業(専門)バカロレア資格を持たない、VET及び中等専門校の卒業生の受け皿となっている。また、バカロレアスクール卒業生も入学は可能だが、通常、職業経験があることが必要となる。期間は、実習も含めて全日制の場合は少なくとも2年間である。

実践的な課題や口頭・筆記試験を通じて評価が行われ、修了すると連邦上級高等教育資格(Advanced Federal Diploma of Higher Education)が付与される。当該資格の保有者は専門大学の同分野の学士レベルに編入学することができる。

〈連邦(上級)高等教育試験〉

上記の専門大学、高等教育訓練校という通学を伴うコースとは異なり、試験を受けることで資格を獲得する道も開かれている。それが連邦(上級)高等教育試験である。受験資格は通常VET修了者で複数年の勤務経験をもつ者であり、また、上級試験を受験するには、前もって一般試験を合格しなければならない場合がある。

したがって、連邦(上級)高等教育試験は、既にある程度の勤務経験がある者がさらに知識を深めるための試験と位置づけることができる。一般試験はおよそ220職種、上級試験はおよそ170職種が用意されており、試験は毎年1~2回実施される。試験前の準備コースが公立・私立の教育機関や産業団体によって提供されているが、必ず受講しなければいけないものではない。

試験に合格すると、連邦(上級)高等教育試験資格((Advanced) Federal Diploma of Higher Education Examinations)が付与される。とりわけ上級試験は1933年の職業専門教育訓練法(Federal Vocational and Professional Education and Training Act)の中で定められたことに始まった古くからのもので、伝統的に特定の産業においては「マスター試験」と呼ばれており、一般試験と比較して過酷な試験である。なお、人気が高い分野は、一般試験は「人事管理」「経営学・技術管理」「警察」、上級試験は「補完医療」「監査」「農業」である。

4.職業教育・訓練の効果

(1)職業訓練の効果を高めるためのポイントとは?

冒頭でも述べたように、労働者の「スキル」の面で日本はスイスに大きく水をあけられている状況であり、その理由の一つにVETをはじめとする職業教育があると考えられる。同制度を採用するスイス、ドイツ、オーストリアでは、若者の失業率が低く、また、資金面で産業界が大きく貢献しており、国の財政健全化にもつながるといった観点から、とりわけリーマンショック以降、世界中から注目されるようになった。

具体的に、同制度のどのような点がスキルの向上に貢献しているのだろうか。Renold et al.(2018)は、職業訓練を行う上でのカリキュラムの作成・実施・改善における企業の関わりが重要であると述べている。経済・産業動向に必ずしも詳しくない学校側だけの都合にあわせた職業訓練では、労働市場が求めるスキルとミスマッチが生じ、最悪の場合、学生が時代遅れのスキルを身につけてしまうおそれもある*5。Renold et al.(2018)は、職業教育への企業の関りなどいくつかの重要なポイントを指標化し各国比較を行っているが、その中でスイスがオーストリアと並んで最も高い評価を得る結果となっている。

企業がカリキュラムの作成や実際の職業訓練に深く関与し、実習生が身につける能力と労働市場が求める能力との間にミスマッチが起こりにくくなっており、このような仕組みによって、若い実習生が実習終了後に即戦力として就職することが比較的容易となり、若年者失業率の低さにつながっていると考えられる。

(2)企業はなぜ職業訓練に協力するのか?

したがって、今後もVETを維持していくためには、企業の協力が不可欠であるが、そもそも企業はなぜ職業訓練に積極的に協力するのだろうか。例えば、Kuhn et al.(2019)は、公共サービスの提供における民間の役割を重視する社会的規範が、企業の協力を後押ししていると指摘している。もちろんそのような要素も考えられるが、企業の大きな目標が利益の追求であると考えれば、経済的な誘因も不可欠であろう。すなわち、職業訓練には、実習生やトレーナーへの人件費に加え、実習のための機械や器具の準備、行政手続きなどに伴う多額の費用がかかる。したがって、職業訓練は、実習生だけでなく、企業にとってもこのような費用を上回るメリットがなければ成り立たない。

この点、Gehret et al.(2019)は企業のVETに関する費用対効果を分析しており、スイスの制度は平均的に、実習生が企業にもたらす便益が、企業が負う費用を上回るとしている。具体的には、3年間のVETによって1契約につき総費用が83,420フラン、総便益が93,860フランと、差し引きで10,430フランの純便益を生み出している。

なぜ、便益が費用を上回る結果となっているのだろうか。これについては様々な要因が考えられるが、例えば、(1)実際の業務・生産ラインや生産性の高い業務における実習に多くの時間を割いていること、(2)既存の労働者の代替として実習生を活用することに反対する労働組合からの圧力が強くないこと、(3)実習後の転職が珍しくないため実習生を効率的に活用するインセンティヴが強いこと、(4)実習後に得られる資格が魅力的であれば実習生はある程度低い賃金であっても受け入れることなどが指摘されている(Wolter et al., 2006 ; Dionisius et al., 2009 ; Muehlemann et al., 2014 ; Lerman, 2019 ; Gehret et al., 2019)。また、実習中は赤字であったとしても、高スキル労働者を外部から新たに採用するには多大な費用がかかることから、企業内訓練を充実させ囲い込みすることが、長い目で見ればむしろ望ましくなるといった分析もある(Muehlemann et al., 2014 ; Blatter et al., 2016 ; Moretti et al., 2017)。

実習生が企業の一員として一定程度の成果をあげてくれることに加え、高齢化によって外部からの人材確保がますます難しくなることを踏まえれば、企業にとって職業訓練には相応のメリットがあると考えられているのかもしれない。

(3)学生にとって職業訓練にどのようなメリットがあるのだろうか?

前項において、企業の便益は費用を上回る点を紹介したが、裏を返せば、その分が実習生に賃金水準の抑制を通じて負担を転嫁しているとも解釈できる。安い給料で働かされているだけではないかといった疑念が実習生には生じないのだろうか。彼らにとってVETにどのようなメリットがあるのだろうか。

〈職業訓練vs就職〉

この点について、実習後に即戦力として容易に就職でき、相応の賃金水準を享受できるといったメリットがあり、必ずしも実習生の負担超過になるというわけではないという議論がありうる。他方、そもそも3~4年の職業訓練の間に一般の労働者とほぼ同じように働くのであれば、最初から就職して職業経験を積んでいくほうが望ましいのではないだろうか。

この点については、Korber(2019)が分析しているが、職業訓練を受けた者の方が、義務教育後の修了資格がない者よりも生涯を通じて雇用や賃金の面で有利になると指摘している。VET修了者に授与される連邦職業教育・訓練修了証は国家によって認証されている資格であり、また、企業特殊的な資格ではなく産業特殊的なものであるため、同一産業内であればこの資格によって自らの技能を証明することができる。したがって、資格保有者はより良い労働条件を求めて企業を選択することができる点で有利と言えよう。また、企業側が資格保有者を学習能力が高く自律性が高い者と判断するためのシグナルとして用いている可能性もある。VET資格保有者は無資格者と比較して、スタート地点において有利な立場にあると考えられる。

〈職業訓練vs普通教育〉

また、職業教育は普通教育と比較しても、何らかのメリットが期待できるのだろうか。

例えば、SCCRE(2018)は、専門大学、高等教育訓練校における教育は、総合大学を通じた教育と比べてそん色なく卒業生の賃金水準の向上に貢献しており、とりわけ女性に対する専門教育の効果が高いと紹介している。また、後期中等教育におけるVETについては、バカロレアスクールと比較して賃金向上の効果が低いとしているが、多くのVET修了者は卒業直後に就職している一方、多くのバカロレアスクール修了者は大学に2.5年(平均)在学した後に退学しており、この時間的なロスを踏まえれば、前者の効果が高くなるという試算も紹介している。

なお、Hoffman et al.(2015)は、大学における進級が難しいことが職業教育を選択する者が多い理由の一つと指摘する。すなわち、総合大学の初年度終了時に行われる進級試験が、およそ半分の学生しか合格しないほどの厳しい試験であるため、普通教育を敬遠し職業訓練を進路として選択するのではないかと指摘している。

〈技能の陳腐化〉

IT化などの技術革新をはじめ世界の経済社会構造は急速に変化している。したがって、特定の分野に強い職業訓練の卒業生が身につけた知識・技能に対する需要が、生涯にわたって維持されるとは限らない。そうであれば、このように技術の変化が早い時代においては、変化への適応力を高めると考えられる普通教育の方が、長い目でみればメリットが大きいといった議論もありうる。

Hanushek et al.(2017)は、職業訓練を受けた実習生は即戦力として比較的容易に働き口を得ることができるが、技術革新の進捗によって中高年期の雇用が不安定になり、また、賃金水準が不利になるという関係があると分析している*6。この他にも、職業訓練を受けた者が身につけた技能(人的資本)の陳腐化が早いといったことなど、同様の関係を指摘した分析は多い(Weber, 2014 ; Forster et al., 2016 ; Hampf et al., 2016 ; Korber et al., 2016 ; Golsteyn et al., 2017)。このような結果を踏まえ、例えばHampf et al.(2016)は、現状の雇用状況だけをみて、将来の経済構造の変化を無視した政策立案について懸念を表明している。

他方、イギリスのデータを用いて分析したBrunello et al.(2017)は、最終学歴が後期中等教育の場合、職業訓練を受けた者と普通教育を受けた者の間で雇用の面での差は見られず、加えて、第三期教育の場合、年齢を重ねるごとに前者の優位性は縮まるものの逆転するまでには至らず、優位性に変わりはないとしている。また、賃金の面では普通教育を受けた者が優位になるものの、職業訓練を受けた者の賃金の変動(リスク)が小さい傾向にあるので、(リスク回避的であれば)効用の面では必ずしも劣っていないと指摘している。

〈継続教育〉

このように分析は様々だが、いずれにせよ職業訓練を受けた者が中高年期において経済的に不利な状況に陥らないよう何らかの対策をとることが重要である。すなわち、若い頃に身につけた知識や技能の維持・向上、あるいは経済環境の変化に対応した新しい知識や技能の習得のための継続教育が不可欠となる。

諸外国と比較してスイス国民の継続教育の参加率は極めて高くなっている(図3 継続教育の参加率の国際比較(2016年))。その理由の一つとして、企業のサポートが考えられるだろう。従業員10人以上の企業でみると、80%以上が従業員の継続教育のために何らかのサポートをしており、3分の1が先に述べた連邦(上級)高等教育試験の準備コースをサポートしている(SCCRE, 2018)。

他方、継続教育を受けている従業員は、第三期教育修了者など高学歴の者に集中している。FSO(2017)によれば、第三期教育修了者の継続教育への参加率は8割程度であるのに対し、義務教育修了者は4割程度、後期中等教育修了者は6割弱と、大きな差が生じている(2016年)。その理由としては、高い知識と技能を必要とし、したがって高学歴者が多い研究者、技術者、経営者などは、知識と情報のアップデートが日々求められ、継続教育の必要性が高いことが考えられる。また、従業員の継続教育への参加は、個人の希望よりも、むしろ企業の必要に応じて決められることが一般的であるが、この場合、より教育水準の高い従業員が選抜されがちとなる(SCCRE, 2018)。

このようなことから、高学歴でない者は継続教育の必要性を感じなくなり、受講する動機が薄くなってしまっているおそれがある(FSO, 2017)。また、前項でも述べた通り、普通教育を受けた者が職業教育を受けた者と比較して、キャリアの後期において雇用・賃金面で優位になるのは、前者が継続教育に積極的だからではないかとの指摘もある(SCCRE, 2018)。

5.おわりに

“連邦及び州は、自らの任務を遂行するにあたり、普通教育と職業教育が平等な社会的認知を得られるよう尽力しなければならない”

スイス憲法第61a条3項にはこのように普通教育と職業教育を同等に取り扱う旨が明記されており、いかにスイスでは職業教育が尊重されているかが分かるであろう。また、これまでも述べてきたとおり、職業教育は企業と実習生の両者にとってある程度メリットがあり、実利の面からも広く受け入れられているものと考えられる。

人口が少なく、面積が狭く、資源に乏しいスイスでは、人材こそが強みである。今後もスイスの職業教育は国の将来を握る重要なものとして、数々の議論、研究の対象となり、そして改善されていくであろう。

*1) 本稿の作成にあたり、掛貝祐太氏(慶應義塾大学)、山田昂弘氏(財務総合政策研究所)、佐野春樹氏(財務総合政策研究所)から貴重なコメントを頂戴した。ここに記して感謝の意を表したい。なお、本稿の内容はすべて筆者個人に属し、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではなく、また、本論文における誤りはすべて筆者個人に属する。

*2) ヴォ―州ホームページ参照(https://www.vd.ch/fileadmin/user_upload/organisation/dfj/dgep/dgep_fichiers_pdf/Normes_indicatives.pdf)(令和元年12月16日アクセス)

*3) さらに、7、8月に年一回行われる連邦職業バカロレア試験を受験する選択肢もある。

*4) VETから総合大学への進学者のうちの大部分は、過去の実習分野とは関係のない学部へ進学している(例えば、卸・小売分野で実習を受けた学生が必ずしも経済学部や経営学部を選択しているわけではない)。例えば、ジュネーヴでは76%の学生が実習分野とは異なる分野の学問を選択している(Ducrey et al., 2017)。

*5) 他方、Renold et al.(2018)は、単に企業だけの都合に合わせた実習も望ましくないとしている。この場合、企業が求める以上の職業経験を提供しなくなるおそれがあり、実習生がより高度な技術を学ぶ機会を失いかねないとしている。したがって、学校と企業がバランスよく職業教育にかかわることが重要であると指摘している。

*6) Hanushek et al.(2017)は、職業訓練制度が充実しているデンマークやドイツにおいて上記のトレードオフ関係はより明確になるとしているが、他方で、経済成長が緩やかであるスイスについては同関係が見られず、職業訓練を受けた者の方が普通教育を受けた者よりも生涯賃金の面で優位にあると分析している。これは、経済成長が高いほど技術革新も起こりやすく、比較的適応能力のある普通教育を受けた者が重宝されるからではないかとしている。

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