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巻頭言:「人が動きたくなる」言葉の本質

インクルージョン・ジャパン株式会社 取締役 コピーライター 梅田 悟司

「企画を通す」「相手を納得させる」「気持ちよく飲み込んでもらう」

長年仕事をしていると、このようなコミュニケーション・スキルが上達していきます。もちろん、業務において無用な摩擦を生む必要はありません。しかし、「その場を穏便に済ませる」ことを重視する余り、「通す」「納得させる」「飲み込ませる」といった手段が目的化してしまうのです。

空気を読む・忖度するといった言葉が横行する現代は、コミュニケーションの主役は聞き手にある時代と言ってもいいかもしれません。しかし、本当にそれでいいのでしょうか。本稿では、コミュニケーションの主役を話し手、つまり、自分に取り戻しながらも、独りよがりにならない方法について論じていきたいと思います。

私は以前、広告会社でコピーライターとして勤務していました。多くの方が知っているコピーでは、缶コーヒーのジョージア「世界は誰かの仕事でできている。」などを書いています。その後、ベンチャー・キャピタル(VC)の経営メンバーとなり、大志を抱くベンチャー企業の生み出す製品やサービスが持つ、特性や社会的意義を言語化することを生業としています。

私が言葉を生み出すうえで、肝に銘じていることがあります。

それは「人を動かすことはできない」という前提に立つことです。

広告を例にすると分かりやすいのですが、メディアを通じて生活者に「買ってね」と伝えたところで、製品やブランドを購入してくれる人は皆無です。そこで、より深く理解してほしい一心から、自分のいいところを並べ立てたらどうでしょうか。逆に「ウザい」と感じられ、嫌われる可能性すらあります。つまり、人を動かそうとするほどに、人は「動いてなるものか」と頑なになるのです。冒頭の「通す」「納得させる」「飲み込ませる」を含めた、人を動かそうとする態度や言動は、往々にして逆効果を生む危険性をはらんでるとも言えます。

その代わりにできるのは「人が動きたくなる空気をつくる」ことだけです。「動いてもいいかな」と感じてもらい、自らの選択として、動きたくなる流れを生み出すのです。

両者の違いを的確に捉えた言葉をご紹介しましょう。『星の王子様』で有名なアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの言葉です。

『船を造りたいのなら、男どもを森に集めたり、仕事を割り振って命令したりする必要はない。代わりに、広大で無限な海の存在を説けばいい』

説明や説得するのではなく、いかにして納得してもらうかが分かりやすく表現されています。

こうした「動きたくなる空気」を生み出すために有効なのは、自分の生み出した企画やアイデアが、実現された世界と存在しない世界の「差」を探し当てることに集約されます。企画やアイデアが生み出し得る、解像度の高い未来像さえ共有できれば、詳しい説明や説得など不要です。まるでその未来を見てきたように、イメージできている状態に達することが重要なのです。

「そんな差なんてないよ」と感じるのであれば、まだ伝えるのではなく、考えを深める段階にあるサインです。サン=テグジュペリの言葉を借りるならば、広大で無限な未来の姿を説けるまで、自分自身との対話を続けるのみ。その繰り返しのなかで、人が動きたくなる言葉が生まれるのです。