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夏季職員トップセミナー(安宅和人氏、令和元年8月2日開催)

講師 安宅 和人 氏(慶応義塾大学環境情報学部教授/ヤフー株式会社CSO)

演題 “シン・ニホン”AI×データ時代における日本の再生と人材育成

 

1.はじめに

安宅です。よろしくお願いいたします。

本日は、3つの構成でお話ししたいと考えています。1つ目は私から見た世の中の変化の話、2つ目はその変化の動きの中での日本の現状、3つ目はこうした変化を踏まえて、リソースの面で私が考える日本の課題は何か、ということです。

2.私から見た世の中の変化

(1)産業革命級の変化の過程に

ア.碁の世界で人間がコンピュータに負ける

2016年にイ・セドルという碁の世界の魔王とまで言われた人が米Google傘下の企業が開発したAlpha GoというAI、コンピュータに負けました。これは歴史的な瞬間だったと思います。

翌年、当時の世界ランキング1位の19歳の天才児柯潔(カ・ケツ)までもがAlpha Goに負けました。

これは人類の敗北なのです。IQが200くらいあってもおかしくない連中が二人立て続けに負けるということはただごとではありません。産業革命級の変化の過程にある、というのが私の見解です。

情報の爆発に伴い、また計算関係の激増とアルゴリズムの進化により、かなりの情報処理が自動化できるようになりました。簡単に言うと、情報の識別系と予測系及び目的が明確な実行系はほぼ自動化します。識別系に関しては、音声であろうと画像であろうとほぼ人間を完全に超えた状況です。ちなみに、現在ではもう口の動きだけで何を話しているのか分かる状況で、機械に読ませると9割まで判別できる状況になっています。

あらゆる産業において、これらの識別能力あるいは予測能力、実行系というのが組み込まれていくのはほぼ確実です。産業革命時に肉体労働、手作業からの開放という大きな変化がありましたが、現在の情報産業革命は、人間を数字入力や情報処理作業から開放する、つまり、もう一回人類は解き放たれるというのが私の見解です。

イ.ヒト・モノ・カネからヒト・データ・キカイヘ

4年ほど前にハーバード・ビジネス・レビューに書いた論考があります。産業を、モノ・カネといったハード系(製鉄、クルマ、半導体など)とデータ・キカイ系(ビッグデータ、AIなど)に分けて考えると、いわゆるオールドエコノミーであるハード系とニューエコノミーであるデータ・キカイ系が急激に融合していく瞬間にある、というのが今の時代観です。

ウ.世界の重心がアジアに戻る局面

もうひとつ重要な話だと思うのは、世界のGDP構成比推移です。2〜3百年前は世界の経済的な重心は常に中国かインドだったわけですが、その後は急激にシェアを落としていきました。でもこれが過去数千年間なかったスピードでアジアに重心が戻って来ている。これは非常に歴史的瞬間であると思います。遠からず中国のGDPが1位になる見通しであり、既にデータ×AI視点で見た先端的な取り組みは中国が先端になっていることも加味すると、遠からず我々も中国語を学ばなければならなくなる日が来るでしょう。

(2)富の生まれ方の変化

ア.規模が富に繋がらない時代

私が面白いと思うのは、富の生まれ方の変化です。2年ほど前ですが、電気自動車を製造するTesla(テスラ)の時価総額が世界最大級の自動車メーカーGMの時価総額を超えたというニュースがありました。これは衝撃的です。そもそも作っている車の数が100倍以上違っている中で、しかもザ・オールドエコノミーの代表格であるクルマ産業で起こったからです。

これに類することはあらゆる産業で起こる可能性が高い。言うならば見えるモノの「実数軸」の時代、すなわち大きさが事業価値を生む時代から、見えないモノの「虚数軸」の時代、すなわち新しい技術を使ってアップデートできるかどうかがものすごく大きい事業価値につながる時代に変化しつつあるのです。

そしてここで大事なのは、夢を描いて形にする力です。

イ.主要先進国は人口調整局面に突入

では、なぜスケール(事業規模)が効かないのでしょうか。その一つの理由は、世界の人口が強い調整局面に入っていることだと考えられます。先進国及び中国が消費の中心となるわけですが、そこが人口調整局面を迎えている。米国も移民さえ止めれば2025年から2030年の間に減り始めると言われています。『Factfulness』(ハンス・ロスリングほか著。日経BP 2019;表題の意味はデータや事実に基づき世界の現状を正しく見ること)的にはインド、アフリカもいずれそうなる可能性が高い。これが現在、かなり大きいスケールでシェアを持っている企業にとっては負のトレンドとなります。

(3)必要な人材モデルを時代に即して刷新

ア.どのような人材が必要になるのか

必要な人材も変わってきています。今まではN倍化(大量生産)人材、アップデートの人材が大事だった時代で全く新しいことをやっていると変人扱いされた時代でした。これからは、新しいことをやらないとまとまった価値にならない時代に入っています。

このように未来を生み出していくということは、夢や課題を技術で解決して、デザイン的にパッケージングしていくということです

そうなると、今までの競争型の人材というよりも、新しいことを仕掛けようと思う人やいろいろなものを繋ぎ合わせてやろうと思う人がカギになってきます。一人ではそうしたことをやろうとしても極めて難しいので、様々な分野に相談できる人がたくさんいるというのが重要になります。

イ.データ×AI文脈ではどうか

よく言われるような、「AI対人間の対立」というようなことはナンセンスであり、実際はAIとかデータを使いこなせない人と使いこなせる人との勝負になることはほぼ確実だと思います。

ちなみに現在、中国では、中等教育段階で深層学習に至るところまで教育を開始しています。AIやデータを使いこなせる人を生み出せるかどうかが国家レベルの勝負どころになってきているのです。日本がそういうことができているかというと、ほぼ未着手なのが実情です。

AI-readyな人材を生み出すことができないでいることは大きな課題です。

ウ.社会を生き抜くための基礎教養の変化

今までの基礎教養、すなわち人を使う側と使われる側を分ける力は「母国語なり世界語で考えて伝える」プラス「問題をきちんと設定して解く」という力だったと思うのですが、ここに、さらに「データやAIを使い倒すリテラシー」が加わってくるのが我々の子、孫たちの世代の基本になると思います。

よく「プログラミングではないのか」という議論があります。プログラミングは大事ですが、世の中を変えているベースの力はむしろ情報科学、データサイエンス系です。これは数学と統計の言語で書かれており、プログラミングとは直接関係がありません。

データサイエンスで大事なこととして、1点目は統計学です。統計的にものを考える力がないと、データをハンドルするのは難しいのです。

2点目が線形代数です。現在の深層学習モデルは変数が数千万から億単位のものがザラです。それを扱うには行列・テンソルで多次元ベクトルを扱うしかないのです。

3点目が偏微分等を中心とした微積分であり、これら3点が重要です。

これほどの重要性があるにもかかわらず、日本では理系学生にすら高校で行列も教えない大変まずい教育課程になっているぞとデータ業界関係者で問題提起をしていたら、ようやく復活することになり、少しほっとしています。いずれにせよ日本はかなり遅れた教育モデルとなっている状況です。

エ.データ×AIと人との新たな共存

先ほどから申し上げている情報の識別系、予測系、実行系が自動化されていくと、データ×AIと人との新たな共存の形ができてきます。

多くの人間の仕事は、総合的に見立てたり、方向を定めたり、人を奮い立たせるなど人間力を発揮する方向に向かっていく。データ×AIの力を解き放ち、共存していくことで、人間は情報の価値を見極めて人間らしい価値を提供することに集中することができるようになると考えられます。

オ.データ×AI時代における人材育成

これまでは、どちらかというと人はマシンとして育てられることが重視されてきました。つまり、機械が得意なことをこれまで人間は頑張ってきたのですが、データ×AI時代ではそれではダメです。

まずは第1に、国民一人一人のベースリテラシーを上げて、未来のマインドを育てることが重要です。

第2に、大学や大学院において専門家をしっかり育てる必要があります。これは多言語的な人です。情報系だけでなく応用領域的な人たちを育てなければいけないのです。そのためには横断型のプログラムにせざるを得ない。例えば繊維のことをやりながら情報科学もやる、ということをやらないと、いつまでも我々の服はアップデートされません。

第3に、次世代のリーダー層の育成というのがどうしても必要になります。それを育てるための国家プロジェクトも重要です。

でもこれらをすぐに開始しても10年から15年かかるので、間に合わない。12年前に生まれたスマホが世の中を刷新したことから分かるとおり、通常の5倍速と言われる私たちの業界では、15年前は太古の時代なのです。つまり、国家を上げて人材育成に取り組むことは「国家百年の計」的に重要ですが、これだけでは間に合わない。今のエンジニアをテコ入れすることと、ミドル層、マネジメント層のスキルを刷新していただくことがまず必要になります。これでも間に合わないというのが私の見解であり、おそらく海外の才能をしばらく輸血して、明治維新の時のようにしのぐ、なかば時間を買うことが必要だと考えています。

3.日本の現状

次に本日の2つのテーマである日本の現状に関する私の意見についてお話します。

(1)科学、技術、テクノロジー分野での急速な劣化

ア.企業の時価総額のランキングの変化

いわば企業の成績表とも言える時価総額のランキングを見ると、2007年時点ではガソリン、石油を売っている企業、銀行、メーカーといったところが上位で、日本企業ではトヨタが10位にいました。

これが2019年になると、様変わりです。スマホの上に乗っかり、データ×AIを使いこなすところが時価総額上位のほとんどなのです。

トップ10内には中国のテンセントとアリババがいて、22位にサムスン(韓国)がいるのですが、日本企業のトップはトヨタが50位くらいにいるという衝撃的な状態です。企業レベルでは、日本は中国や韓国にすら負けたことを認めざるを得ない状況です。

イ.日本の生産性は1960年代の立ち位置

GDPを見ますと、日本は3位です。でもトレンドがあまり良くありません。人口8千万人しかいないドイツにまもなく追い付かれかねない。

一人当たりGDPのランキングを見ると、日本は現在30位くらいですが、私が大学生だった1980年代末、日本は5位、G7国の中では1位でした(現在は6位)。現在の日本の一人当たりGDPの世界でのランキングはだいたい1960年代くらいの水準です。日本がこれまで積み上げてきた多くの部分が吹っ飛んでしまっている状況です。

どこで差がついたのでしょうか。一人当たりGDPの実数で見てみると、ほとんどこの15年間で差がついてしまったことが分かります。世界的に生産性の向上、付加価値の増加が起きているときに日本はその波に乗れなかったのです。

ウ.欧米に劣る産業別の労働生産性

産業別の労働生産性をドイツ、英国、フランス、米国と比べてみると、日本のフラッグシップ的な産業である自動車や電気などを見ても生産性は1位ではありません。どの分野がというより、ほぼ全ての分野でまとまったギャップがあります。農林水産業に至っては、生産性が米国の40分の1以下で、ドイツ、英国、フランスと比べても10倍以上違っています。

みなICT(情報通信技術)のせいだというのですが、GDP全体に占めるICTのGDP構成比は日米であまり違っていません。ただし、GDPの伸びを見ると日本はICTに極端に依存していることが分かります。つまり、日本はICTがなかったらこの20年GDPが伸びていなかったという驚くべき状況です。一方、米国を見ると、ICTももちろん伸びていますが、それ以外の産業も、土木系を除いて大体伸びています。

技術革新期に各産業が成長していない、また、生産性で一人負けしているのです。しかし、考えようによっては、伸びしろしかないとも言えます。生産性で各国を抜き去るというよりも、並ぶだけで相当にまとまった伸びしろがある、これだけで相当の立ち位置の回復が可能なのです。

エ.科学・技術論文数でインドに負ける

科学・技術論文数で見ると、2016年に中国の論文数は米国を抜き去りましたが、同年、日本はインドに抜かれました。3年前のデータですらそういう状況であり、これは相当にまずい状況です。

昔からある学問、例えば物理分野の大学ランキングでは東京大学が世界のトップ10に入っていて、これはこれで素晴らしいことです。しかし、現在世の中を変えているのは情報科学とか計算機科学の方です。計算機科学分野において同じくトップ10を見ると、中国の精華大学が1位であり、中国が4校、シンガポール、米国が2校、他はサウジアラビアとフランスから1校、日本は135位にやっと東京大学が出てくるという衝撃的な状況です。この新しい世の中を変えている分野に関して日本は完敗です。

結果的に大学全体の世界ランキングも急激に落ちており、15年前まではアジアトップであった東大も現在アジア6位と言う状況で、我々は、科学、技術、テクノロジーの部分における日本の国力は急激に劣化していることを受け入れなければなりません。

(2)AI×データ戦争に勝つための条件

ア.3つの成功条件

AI×データ戦争に勝つためには、3つの大きな成功要件があります。

1点目は、どこからでもデータが取れて、様々な用途に使えること。2点目は、データを回す技術と処理力です。コスト競争力も含まれます。3点目は、それを回す人、エンジニア層及びサイエンティスト層です。

イ.勝負にならないデータ量

1点目のデータ量については全く勝負になっていません。Yahoo! JAPANは日本では大きいのですが、グーグルとか中国の百度(Baidu)とは検索利用者数が一桁違います。e-コマースについて楽天は日本では大きいものの、アリババやアマゾンと利用者数が一桁違う。SNS系でももはやミクシィをフェイスブックと比べる人はいないでしょう。

チャットでは、LINEも大きいのですが、やはりテンセントなどと比べると利用者数が一桁違う。このようにフロントエンド系のビジネスで日本は勝負になっていません。

しかも、そのデータを利活用したサービスの多くに関しても、日本では産業保護的な規制がかかってできません。Uber、Airbnbも自由にできません。環境的にも自動走行車やドローンを自由に動かせられる状況では全くありません。

ウ.データ処理のコスト:高い電気代

2点目はデータの処理力です。データはサービスさえ持っていれば自動的に手に入ります。従ってデータのコストの多くは、処理コスト、すなわち電気代です。

データセンターにかかる産業用電気代を日本と米国で比べると、5倍、10倍違うという驚くべき状況です。コスト競争力が全くありません。中国の電気代はさらにずっと安いと言われています。データ量がものすごい勢いで増えているときに電気代が高すぎるせいで日本はまた後れを取る可能性があります。このデータ処理コストの高さは国家的な競争力課題と言えます。

エ.エンジニア層の課題

3点目は人です。あいにく直近のデータがないのですが、中国はICTエンジニア数で既に米国を追い越したと言われています。日本は、米国だけでなく、中国やインドに数で負けていることも問題なのですが、更に問題は中身です。世の中を変えているビックデータやAI系のものを実装できる人が日本では全然足りていないのです。日本のICTエンジニアはSIer(システムインテグレーター)におけるプログラマー的な人が中心になっており、我々の業界では、日本は主要国の中でデータ×AI人材が最も手に入らない国と言われています。

オ.足りない理工系学生数

私は、日本での人材不足の大きな理由の一つは理工系学生の数が足りないことだと考えています。なぜなら日本では高校2年以降、理系の人しか理数素養を学ばないのが普通だからです。

韓国は人口が5千万人しかなく、少子化も日本以上に進んでいるのですが、1学年当たりの理工系学生卒業生の数は日本より年間10万人以上多い。韓国やドイツは技術立国という意識が強いせいか、大卒の3分の2近くが理工系であるのに対して日本は2割ちょっとしかいないのです。

デ−タサイエンスの学部も最近まで全然なくて、深い分析訓練を受けた大卒の数も少ないままとなっています。ようやく2017年に滋賀大学にデータサイエンス学部が一つでき、横浜市立大学なども始めた状況です。

また日本の新卒は、どんなに優秀な大学を出ていても理系の院卒を除けば、課題設定がちゃんとできない、分析とは何かもわかっていない、統計学も知らない、プログラミングも情報処理もできない、ないないづくしの状態で世に出てくる人が大半です。それを職場あるいは大学院で鍛え直しているのが日本の実態です。

言わば、日本の若者たちは持つべき武器を持たずに戦場に出て行っているようなものです。

カ.サイエンス層・専門家層の現状

サイエンス層・専門家層に関しては、日本にはそもそも数がいませんし、どこにいるのか分からない、仮に見つかっても実社会の利用に関心がある人が少ないのです。日本に必要なのは、内向きのオタクではなく、世界を変えようとするハッカーやテックギーク(tech-geek)です。

キ.ミドル層・マネジメント層の問題

ミドル層・マネジメント層についても大きな問題を抱えています。彼らはGMすらTeslaにひっくり返された強烈な下剋上の波、チャンスが来ていることをわかっていません。また、この層にこそ存在しているべき、ビジネス課題とサイエンス、エンジニアリングとをつなぐアーキテクト的な人がほとんどの会社でいないのです。さらにスキルを刷新しなければ生き延びることができないのにそれも分かっていない上、学ぶ場がない。

このままでは日本は、邪魔なオジサン、「じゃまオジ」だらけの社会になって、大変なことになります。データはない、技術もない、人もいない、ということで、日本は、この新しい世界において世界と勝負になっていないのです。私は166年前の黒船来航の時に近い状況だと考えています。日本は実数軸の側では勝ちましたが、新しい虚数軸側ではこのような状態になってしまいました。

(3)日本のキボウ

では日本はどうしていけばいいのか。私は3,4年前に経済産業省の産業構造審議会の新産業構造部会でこの問題を考えていました。「希望がないわけではない、まだ十分やりようがある」というのが私の見解です。

ア.産業革命の三段階(大局観)

産業革命というものを大きく振り返ってみると、3つのフェイズがあると見ることができます。新エネルギーと技術がどんどん出てきたフェイズ1、高度な応用ということで、モーターとかエンジンがどんどん小さくなっていき、その結果、車や家電など様々な応用がたくさん出てきたフェイズ2、こうしたものがつながりあって複合的なエコシステムができてきたフェイズ3です。

こうした大局観で振り返ってみたときに、日本はフェイズ1では何も行っていません。当時、日本では9割以上の人が田んぼを耕していて、残りの人も刀を振り回しており、ついには当時最大の企業であった幕府が“倒産”します。“倒産”後、国をやり直すことになり、いくつかの戦争を経て、フェイズ2でぶっちぎり、最終的には、誰も見たことがない複雑な系の新幹線だとか、ファミコンとかを作ってフェイズ3でも世界を刷新したのです。こうした歴史から分かることは、日本はフェイズ1には参加しておらず、フェイズ2、フェイズ3での勝者であるということです。応用を次々と仕掛け、つなぎ合わせて何かやることで勝ってきた、こういうことが得意な国だということです。

イ.フェイズ2とフェイズ3が勝負

主たるインターネットサービスが立ち上がってもう25年ほど経っていること、機械学習などの言葉が人口に膾炙しつつあることを見ても、現在、データ×AIに関してはフェイズ1が終わろうとしている可能性が高いと思います。しかし、今のところ、ほとんどの物体なり空間はスマート化、つまりデータ×AI化していません。あらゆる産業のスマート化はこれから一気にやってくるのです。これがデータ×AI世界のフェイズ2になります。

今、この流れの中、実社会のものがどんどんアップデートされる過程にあり、実用途側で相当のプレゼンスを持っている日本にとっては大きなチャンスです。

ここでうまく進めていくためには、ある種の妄想、夢を描く力が重要となります。あまり意識されていませんが、この妄想力に関し、我が国では相当に長い間、英才教育を行っています。漫画の「ドラえもん」や「攻殻機動隊」をみてもわかるように、妄想の量では他に負けていません。

フェイズ2、フェイズ3を見据え、妄想して仕掛ける、どんどんチャレンジしていく、というのがとても重要な点です。

映画「シン・ゴジラ」にとても印象的なセリフがありました。政府高官が「この国はスクラップ&ビルドでのし上がってきた。今度も立ち上がれる。」と言うのです。もう一回やり直そうよ、ということなのです。そこがポイントではないかと思います。

4.リソースの面から考える日本の課題

本日の3点目のテーマであるリソースの話に移ります。

(1)変革期に見合ったリソース配分が重要

ア.国力に見合ったR&D投資ができていない

米国はトランプ大統領就任後、科学技術系の予算が劇的に増加しています。

一方、我が国の科学技術予算は、ずっと減少基調であったことはご案内のとおりです。今は少し持ち直して、10数年前に戻ったような感じです。それでも、米国と日本のGDP差は米ドル建で4.1倍です。しかし、科学技術予算の差は大体4.6倍ぐらい開いています。GDPが2.8倍の中国とは3.7倍の差が開いており、国力に見合ったR&D的な予算の突っ込み方ができていないことは明らかです。

イ.教育:まったく競争力のない予算

米国のいわゆるトップ大学の幾つかと日本のトップ大学である東大、京大を比べてみると、学生1人当たりの予算、大学の総支出は3倍から5倍違います。それにも関わらず、そのうちの人件費比率がまた驚くべきことにさらに低い。要はまともな給料が払われてないということであり、スタッフもちゃんと確保できないという状況です。

実際、日本の大学教員の給料レベルは数十年に渡って据え置かれています。世界的に大学教員の取り合いが起きているせいもあり、一方、米国は日本の倍ぐらいになっています。結果、日本の誇る一流大学から続々若手の教員が流出しています。この技術革新期にありながら、データ×AI系の国研の予算も削られています。また、人間の才能の取り合いは教員レベルだけではなくて、実は大学院でも起きています。

中国を含め主要国でPh.D.を取るためにカネが掛かる国はありません。しかし、日本は全部自分で払う必要があります。日本学術振興会特別研究員(学振)になるか、特別な奨学金でももらわない限り、働くか借金しなければならず、学振をもらうと学費を払えと言われ、余計回らなくなります。負担に耐えかねて海外の大学への人材流出が生じています。結果的に、このような歴史的な技術革新期でありながら、科学技術を生み出す最も中心的な人材である博士課程取得者の数が減るという世界の主要国でも異例な状態になっています。

ウ.必要と考えられるR&D強化策

必要と考えられるR&D強化策について考えてみます。

●初等・中等教育

AI-readyな人材を生み出すべく初等・中等教育を刷新しなければなりません。特に国語は刷新した方がいいでしょう。慮りの力を育てる前に、論理的に物を考える、分析的に人に伝える、ということを育てる必要があります。

データ×AIについては単なるリテラシーになるので、理文に関わらず統計数理、線型代数、微積の基礎を道具として教えておかないといけません。

これらの上で、これからの妄想力の時代に従った教育をやってほしいのです。さらに言うと意味や価値を感じる力の時代に向けた教育が必要です。マシンとしての育成は価値を生み出す力を削ぐのでやめていただきたいと思います。

加えて、教員も含めて社会人のスキル再生の仕組みは絶対に必要です。このように変化が激しく、かつ長生きする時代に若いときに受けた教育だけで残りの人生を乗り切ろうとする、社会で意味のある人材であり続けるのは非現実的です。

●高等教育や科学・技術開発

高等教育や科学・技術開発について言うと、基礎予算を削って戦略予算とするというのはもうやめたほうが良いでしょう。賃金が削れないため、これをやると人員削減、年金のいらない契約に書き換えるといった苦痛度の高い選択肢しか残りません。限られたリソースであり、社会の宝というべき大学の教員・研究者が雑用まみれになるだけです。

主要な研究者の待遇を世界水準に上げないと、このままでは本当に日本にはB級の教員、B級の大学院生しかいなくなります。

R&Dをしっかり行うには、結局Ph.D.レベルの訓練を経た自立的にR&Dを推進できる人材が重要であり、米国などと同様のPh.D.養成グラントなどが重要になります。

エ.リソース配分を過去から未来へ

一般会計予算と社会保険料を統合して見ると、170兆円とかなりの規模となっており、この国にお金がないわけではないことが分かります。しかし、その内訳を見ると、真水というべき通常の国家予算が26兆円程度しかありません。社会保障費が120兆円近く存在し、70兆円前後の社会保険料とその運用益ではまかないきれていないからです。

すなわち国家功労者である引退層(高齢者)に費やす費用と過去の社会保障費の残債(国債)の支払いが重過ぎる。言い換えればレガシーコストであるシニア層と過去への支出が大半であることが大きい。一方で、未来を担う層は、全く良い思いをしていません。結果、待遇の差が生まれ育ちで決まってしまう社会になりつつあり、半ば江戸時代に逆戻っている大変残念な状況です。

人材モデルが昔のままであること、歯止めの効かないシニアへの支出のために未来と成長に向けたリソースを充てることができていないこと、こうしたことが原因となって、日本では負のサイクルが働いています。結果的にこの時代に必要な人材も全く足りていないし、生まれるべき産業も生まれない。

これを逆にして、人材モデルを刷新するとともに、過去とシニア層への恩義を尽くしながらも、あらゆる知恵を絞って支出をリーン(lean)にし、未来に向けてリソースを充てるべきです。

(2)運用基金Endowmentの構築

米国の主要大学は、東京大学を1とすると300とか700とかという途方もないような規模の基金を運用しています。だからこそ安定的な運用益を生み出すことができ、これがそれぞれの大学の収入の最大要素になっています。

日本も国家百年の計の観点から、国家レベルの運用基金Endowmentを構築しましょう、というのが私の提案です。すなわち、トップ研究大学及び主要国研については、強化費用として運用基金を10兆円ぐらい準備して、それを世界トップレベルの人材、機関に任せ運用する。そしてここでプールされる教育機関、研究機関への寄付に対する免税措置を行うのです。冒頭のお金は国から入れ、運用もまとめて行うが、基金はそれぞれの機関が更に集められるようにする。企業側がマッチアップして寄付する税的な仕組みも埋め込むべきです。

基金の運用益については、半分ぐらいを予算化して、そのうちの半分は教員やサポートスタッフの人件費に回し、残りを施設のリノベーションや人材育成グラントに回していくのです。

(3)年数兆円で未来は変わる

これまで申し上げてきた、研究者の待遇改善、Ph.D.学生の育成グラント、初等・中等教育の刷新、大学交付金・国研予算の確保、研究開発予算の増額、こういった費用は合計で年間2兆円程度です。だから社会保障費約120兆円のうち1割か2割削減しろという話ではないのです。1パーセントか2パーセントの話なのです。

5.おわりに

最後に、国及び財務省への期待というのがあります。10年以上のスパンで物事を考え、本当に仕掛けられる機関は国だけです。そのため手なりでは普通に起きないようなことをぜひ仕掛けていただけるとうれしいなと思います。

戦略の第一ステップは、世の中を俯瞰して細々とした視点を超えて構造的に考えて、勝ち筋を考えて一貫したアクションで落とし込むことです。For the Nationという視点でぜひ育てていただけるとありがたいなと思います。

素敵な未来を残そうと思ったときに、みんなが同じ方向に向いていることが重要で、かつ、どういう世界を作っていこうという意識や気持ちが大事だと思っています。是非ともそのような視点で未来を仕掛けていただきたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。

講師略歴

安宅 和人(あたか かずと)

慶応義塾大学環境情報学部教授/ヤフー株式会社CSO

東京大学大学院生物化学専攻にて修士課程修了後、マッキンゼー入社。4年半の勤務後、イェール大学脳神経科学プログラムに入学。2001年春、学位取得(Ph.D.)。2001年末マッキンゼー復帰に伴い帰国。マーケティング研究グループのアジア太平洋地域中心メンバーの一人として幅広い商品・事業開発、ブランド再生に関わる。2008年よりヤフー。2012年7月よりCSO(現兼務)。全社横断的な戦略課題の解決、事業開発に加え、途中データ及び研究開発部門も統括。2016年春より慶応義塾大学SFCにてデータドリブン時代の基礎教養について教える。2018年9月より現職。

内閣府「CSTI 基本計画専門調査会」委員、「官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)」運営委員、経団連「未来社会協創TF」委員なども務める。著書に「イシューからはじめよ」(英治出版)など。

財務省の政策