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2019年予算と黄色いベスト運動から見たフランスの今

在フランス日本国大使館参事官 有利 浩一郎

1.はじめに

昨年6月号から本年3月号のファイナンスに、160年前や75年前のフランス関連の話を連載してきたが、現在フランスで何が起きているかという話も大事だと思うので、2019年予算の話を中心にフランスの今を語ってみたい。

フランスの最近の動きで皆さんが印象深いのは、やはり昨年11月以降の「黄色いベスト運動」ではないかと思う。凱旋門をバックにシャンゼリゼ大通りをデモ隊が進み、発煙筒や催涙ガスの煙が立ち込め、革命前夜ではなかろうか、という映像・画像が日本でもたくさん流れていたので、日本から「今、パリに行って大丈夫なのか」と多くの問い合わせを頂いた。ただ、特筆すべきはこのデモは土曜日にしか行われないので、日曜日から金曜日は何の騒ぎも起きないという点である。だから、革命前夜という感じとはちょっと違ったし、筆者は、パリに来る人たちに「デモ隊は土曜を避ければ心配ありません。むしろ、スリ・泥棒に本当に気を付けてくださいね。」と言い続けてきたのだが(パリ市内では、ポケット・バッグから財布・携帯電話がいつの間にかなくなる、横に置いた荷物がこつ然と消えるというのは日常茶飯事)、そうはいっても、今回の運動が近年まれに見る規模の運動であり、政権運営に少なからず影響を与えたことは間違いがない。

仏国の体制や風習では、人民が皆政治に関ろうとし、民間に権力があり、政府に威力が薄く、民心が沸騰し易く、それが激動する時に常に政府を突き上げ、制度を転換させようとする*1。これは、現代フランスについての筆者の観察ではなく、約150年前の1870年、パリに留学に来ていた渡正元(わたり・まさもと)が、フランス皇帝ナポレオン3世が普仏戦争で捕虜となりフランスが共和制に変わった瞬間を見て書き記した言葉であるが、この言葉が今でも妥当してしまうのが、フランスという国である。

2.フランス2018年予算のおさらい

フランスの2019年予算の話をする前に、マクロン政権発足後初めての2018年予算の話をおさらいしておきたい。筆者は、これまた2017年11月号のファイナンスに、「マクロン政権の誕生、そして初の予算編成」と題して予算案段階の2018年予算についての解説記事を書いたが、その後、議会で修正が加わったこともあり、ここでもう一度取り上げる。

まず、フランスの予算は、日本における予算と税制改正法などを一括した「予算法」(loi de finances、直訳は「財政法」だが、財政の基本を定める日本の「財政法」と混同するため敢えて「予算法」と訳す)として法案の形で提出され、審議、採決がなされることをまず述べておきたい*2。

2018年予算法案は、2017年9月27日に議会に提出され、同年10月以降、国民議会(下院)及び元老院(上院)の審議・修正を経て、12月21日に成立している*3(第二読会の国民議会の修正案を元老院が否決したため、首相の要求に基づき国民議会が最終議決して成立)。また、同時にマクロン政権期間中の5年間の財政の道筋を定める財政プログラム法案*4も成立している。なお、この審議の過程で、2017年の補正予算法案が2本議会に提出され成立しているが、特に、オランド政権下での配当課税を巡る訴訟に敗訴し多額の税還付を余儀なくされたため、財政規律維持の観点から、2017年の年末近くなって、2017年の利益に対する法人税率を大企業に関していきなり5%〜10%も上げてしまう規定を第1次補正予算法案に盛り込み、議会もこれを短期間のうちに可決成立させたのは筆者にとってかなりの驚きであった。

(参考1)2017年第1次・第2次補正予算法の概要

○ 第1次補正予算法:11月14日成立、12月1日公布。欧州司法裁判所によりEU指令違反、仏憲法院により違憲とされたオランド政権下での「配当への3%課税」の還付財源の一部を確保するため、2017年のみ、法人税率を、通常の33.33%に対し、売上高10億ユーロ超の法人に対して38.33%、売上高30億ユーロ以上の法人に対しては43.33%に引き上げる臨時増税を規定(当時、この増税を行わないと、財政赤字対GDP比3%超えの恐れがあると言われていた)。

○ 第2次補正予算法:12月21日に成立、12月28日公布。執行中の2017年予算の執行状況に合わせた予算の補正を行うほか、所得税の源泉徴収制度の2019年1月1日からの導入、延滞税の利率引下げ等を規定。

(参考2)2018年予算法及び今後5年の

財政プログラム法の概要

(1)経済の転換のための投資・イノベーションの促進のための措置の実施(金融所得に対する統一税率30%の導入、連帯富裕税の不動産富裕税への改組、法人税率の引下げ)

(2)家計の購買力の向上のための措置の実施(住居税の減税、一般社会税の税率引上げにより財源を確保した上で従業員負担分の失業保険料・健康保険料の廃止)

(3)財政赤字対GDP比3%以内のEUの目標を2017年から達成見込み(決算時には▲2.7%を達成)

(4)大統領任期の5年間で、債務残高対GDP比の約5%低下を見通すとともに、欧州でも最高水準にある歳出対GDP比の約3%低下及び国民負担率の約1%低下を目標に設定

この2018年予算のうち、昨年末からの黄色いベスト運動との関連で重要なのは次の3つの税制・社会保障制度改正である。

1点目は、一定以上の資産を所有していると毎年課税される連帯富裕税の課税対象から投資促進のために金融商品を除き、不動産のみに課税するよう不動産富裕税への改組を行った点である(なお、これとは別に相続税も存在することに留意が必要)。この改組については、マクロン大統領の選挙公約に掲げられていたものの、富裕層優遇として問題視され、議会においても世論への配慮の観点から、最終的に不動産富裕税と同様の課税をヨット等にも拡大する修正を盛り込んでいる。

2点目は、やはりマクロン大統領の選挙公約に掲げられていたサラリーマン負担分の健康保険料・失業保険料(所得の3.15%相当)の廃止である。これは、給与・事業収入や年金・失業手当等の社会保障を含むあらゆる収入に課税される一般社会税の税率引上げを財源としており、いわば、国民皆の負担で労働者の負担を下げ、労働者により報いる考え方をとったものであり、給与・事業収入等に対する税率は7.5%から9.2%へ、年金(単身者の場合手取り月約1,300ユーロ以上)に対する税率は6.6%から8.3%へと引き上げられた(6割の年金等生活者に影響、年金を月約1,300ユーロもらっていない人の税率は3.8%に据え置き)。さらに、保険料負担の廃止が2018年1月と10月の2段階で行われたのに対し、一般社会税の増税は2018年1月に一気に行われたため、増税が負担減よりも先行し、2018年は約40億ユーロ(約5,200億円)の一時的な負担増が国民に生じてもいた*5。

3点目は、ガソリン・軽油等に対するエネルギー産品内国消費税率の引上げである。フランスは、地球温暖化対策の観点から、同税における炭素比例部分を2014年に設け、2030年までに二酸化炭素1トン当たりの課税を100ユーロまで引き上げることを目指しており、2018年の税制改正では大統領任期末の2022年までに1トン当たり86.2ユーロまで引き上げるべく5年連続の税率引上げを定め、増収額は2018年引上げ分だけでも37億ユーロ(約5,000億円)とかなりの額に上っていた。さらに、マクロン大統領の選挙公約では安い軽油の燃料税率をガソリンの燃料税率にあわせていくことも掲げられており、それに沿って、軽油の税率の引上げ幅はかなり大幅なものとなった。

なお、軽油やガソリンの税率引上げ分に付加価値税20%分が上乗せされるため、実際の影響は税率引上げ分の2割増となることにも留意が必要である。この2割増の分まで含めると、5年間の税率引上げ幅は軽油1リットル当たりで40円、ガソリン1リットル当たりで20円に上ったが、2017年秋の議会審議段階では(元老院で2018年の増税は認めつつ2019年以降の増税を削除する修正はあったものの国民議会ではそれは通らず)環境対策のための政策であることもあって、それほど大きな問題となることはなかった。

3.フランス2019年予算法案

フランスの2019年予算法案は、2018年9月24日、議会に提出された。政府の説明では、2018年予算が最も緊急な部分を取り扱ったのに対し、2019年予算法案は、財政再建、統治権力・エコロジー転換への投資、最も脆弱な人々に対する支援及び改革アプローチの加速といった点に関する政府の約束を確認するものとなったとしており、次の措置が盛り込まれていた。

(参考4)2019年予算法案・社会保障財政法案に盛り込まれた措置

(注)下線は12月の経済社会緊急対策等に伴いその後修正・改正されたもの又は改正案が議会に出されているもの、太線はその他の修正(減員)があったもの、波線は憲法院で違憲とされたものであり、留意が必要。

(1)国民負担の軽減:住居税減税(▲38億ユーロ)、2018年予算で段階的引下げを行った失業保険料・健康保険料軽減措置の平年度化効果、超過勤務所得に対する社会保険料の免除(▲6億ユーロ)

(2)労働の優遇・企業の魅力向上:若年者・失業者職業訓練(25億ユーロ)、低所得労働者向け手当(活動手当)引上げ(最低賃金水準の労働者で月額20ユーロ増)、弱者保護・就業対策に集中するため、社会的手当全体では2019・2020年を通じ引上げ率を0.3%に抑制、競争力・雇用税額控除(CICE)の社会保険料軽減への転換、法人税率引下げ(33.33%→31%、▲24億ユーロ。なお、2018年予算法で規定済)

(3)国民の物理的・社会的保護:成年障がい者手当(AAH)引上げ、老齢最低保障手当(Minimum Vieillesse)引上げ、国防分野の予算・定員の増・司法分野の予算・定員の増・治安分野の予算・定員の増

(4)未来への準備:軽油に係るエネルギー産品内国消費税軽減税率の原則廃止、低所得世帯のエネルギー購入を支援する「エネルギー小切手」の増額、研究・高等教育予算の増額

(+5億ユーロ)、公共放送改革の実施、政府定員の見直し

財政再建についても、この時点では、2019年の実質経済成長率1.7%を前提とし、

(1)国民負担率(対GDP比)は、2018年見通しの45%から2019年に44.2%への低下を見通し、

(2)歳出対GDP比は2018年見通しの54.6%から2019年に54%への低下を見通し、かつ、

(3)財政再建については、2019年は財政赤字対GDP比▲2.8%(競争力・雇用税額控除(CICE)の社会保険料軽減への転換に伴う一時的要因を除けば▲1.9%)*6と、EUの▲3%以内の目標の達成を見込み、2022年には▲0.3%の準均衡状態への到達を見通していた。

4.黄色いベスト運動

マクロン政権が誕生してから筆者が驚いたことの一つは、業種横断的なストライキや大規模デモが激化する場面がしばらくなかったことであった。例えば、

(1)2017年秋の労働法改正(企業別協定が産業別協約に優先される範囲の拡大、不当解雇時の賠償金額の上限設定など)の際に労働組合が組織したデモやストライキがそれほど激化せずに終わったこと、

(2)サラリーマンの健康保険料・失業保険料廃止の財源としての一般社会税の引上げに反発し、保険料廃止の恩恵を受けないまま増税の影響を受ける高齢者が2017年9月、2018年3月、6月とデモを行ったが、他への波及を見せず小規模にとどまったこと、

(3)政府のフランス国鉄(SNCF)改革に反発して、4つの労働組合(CGT、CFDT、UNSA、SUD-Rail*7)が、2018年4月から6月までの間、2日ストライキ・3日通常運行というサイクルでのストライキを組合員に指示し、かなりの数の列車運行が取りやめられたものの、国鉄改革は止められず、フランス国鉄のサービスの質の低下を見てきた国民の同情も集められず、他業種にストを波及させることもできず、7月に入ってUNSAとCFDTがストライキから離脱し、残り2つの労働組合も7月に散発的なストライキをするだけでヴァカンスシーズンに入ってしまったこと

を見るにつけ、もしかするとフランス社会が変容し始めているのかもしれないとも思っていた。確かに、マクロン大統領誕生の背景にあったのは、フランス政治の長い間の軸であった既存右派・既存左派の支持層に必ずしも与しない人々が増えてきていたことにあり、それと軌を一にして、労働組合の組織力やその一般大衆への訴求力も落ちてきたように感じられる。マクロン政権誕生後、しばらく業種横断的ストライキや大規模デモが少なかったのは、得てしてこれらを組織してきた労働組合の力が落ちたことに由来すると思われ、そういう意味ではフランス社会は変容してきていると思われる。

しかし、あくまで、既存のデモの組織者が支持を得られなくなって小康状態になっていただけで、デモなどの運動に不満を訴えるという考え方自体が変容したわけではなかったというのが、今回の黄色いベスト運動*8の発生を通じて筆者が至った結論である。

そして、特徴的だった点として、(1)この運動が地方発で呼びかけられて始まったものでありパリ発ではなかったこと、(2)労働組合や政党などの既存の組織ではなく複数個人の自然発生的な呼びかけに端を発した運動でありむしろ既存の組織は蚊帳の外におかれたこと*9、(3)連絡を取る手段としてFacebookなどのソーシャルメディアが使われ真偽不明な情報も多く統制のとれた運動にはならなかったこと*10、(4)こうした背景で始まった運動であるだけに正当性ある代表者が存在せず政府が交渉しようにも交渉相手が見つからなかったことが挙げられる。

さて、黄色いベスト運動の直接のきっかけは、10月半ばをピークに生じた原油価格上昇に伴う燃料価格の上昇であった。特に増税幅が大きかった軽油では2017年末から10月半ばにかけて、1リットル当たり0.25ユーロ(32円)、ガソリンでも0.16ユーロ(21円)の価格上昇となって、2018年に増税がされていたことと、翌2019年にも増税が予定されていることに関心が集まったのである。筆者にとって驚きだったのは、この2019年の増税は、前述のとおり、既に2018年予算法で2017年末に決まっていたにも関わらず、ほとんどの黄色いベスト運動参加者に加え、一部閣僚までが2019年予算法案に盛り込まれていると勘違いしていたことである。逆に言えば、いかに2017年秋の2018年予算法案審議の際に燃料増税が議論にならなかったかが分かるのである。

なお、皮肉なことに、運動が本格化した11月17日頃には、ピーク時に比べ1リットル当たり軽油は0.07ユーロ(約9円)、ガソリンは0.12ユーロ(約15円)値下がりし、さらに価格下落は続いていたのに、12月にかけて毎週土曜日の黄色いベスト運動はさらに激化していったのである。これは、この運動における要求が燃料価格・燃料税の問題に限られていたわけではなかったことも一因である。例えば、連帯富裕税の課税対象を不動産のみに限って不動産富裕税としたことは富裕層優遇の政策として批判されていたし、地方の道路(ロータリーや料金所)を封鎖していた人たちの中に少なからず高齢者がいたのは前述の一般社会税増税への反対を唱えるためでもあった。納税すべき企業が納税を行っていないとしてインターネット系企業への

課税強化の主張も強く唱えられた。さらに、財政問題にとどまらず、1958年以来の第5共和制を終わりにして第6共和制に移行すべきだとか、市民のイニシアティブによる国民投票を行うべきといった主張も出て、国の政体の在り方の問題にまで黄色いベスト運動の主張が及んでいくのである。

11月17日、11月24日の2回のデモまでは、マクロン大統領を初め政権側は譲歩しない構えであった。これは、軽油・ガソリンの燃料増税は気候変動対策・環境対策から必要であり、また、その撤回が約40億ユーロ(約5000億円)*11すなわち対GDP比▲0.2%の減収をもたらすため、2019年の財政赤字が3%を超える恐れがあったためと思われる。さらに、労働法改正やフランス国鉄改革に当たり、組合側に譲歩せずに改革法案を議会で成立させた成功体験があったことも、黄色いベスト運動への譲歩を躊躇させた原因の一つだったかもしれない。このため、11月27日のエコロジー転換のための演説では、マクロン大統領は、むしろ、環境問題への対処のための燃料増税の必要性を説き、国民の理解を求めた。しかし、12月1日のデモでは、黄色いベスト運動参加者以外も混じって広範囲にわたり略奪・放火行為が行われ、また、国民の黄色いベスト運動への支持も高いままであり、政府としても何らかの譲歩が求められる事態となった。このため、12月4日、フィリップ首相が2019年1月引き上げ分の燃料増税を6ヶ月延期する方針*12を発表するも運動参加者の納得は全く得られず、5日には大統領府筋の情報として2019年の燃料増税完全撤回の方針が伝えられ、翌6日にはフィリップ首相がこの増税完全撤回の方針を再確認*13するも12月8日に黄色いベスト運動のデモとともに再び略奪・放火行為が展開され、ついに12月10日、マクロン大統領が自ら演説し、運動の鎮静化を図ることになるのである。

5.経済社会緊急対策

いつも1時間は演説を行い、話が長くて難しいと言われることもあるマクロン大統領は、この日はわずか13分で演説を終えた。分かりやすさの観点から一定の効果があったと思われるこの短い演説で、同大統領は、フィリップ首相が表明した燃料増税の撤回に加え国民の収入を増やす購買力向上対策を表明する一方で、投資促進のため富裕税の対象から金融資産を外した改正は元に戻さないとも表明し、「国民の購買力向上」「投資促進・企業競争力向上」という同大統領の主要原則も維持する形をとった。また、税の在り方、気候変動問題、国の組織論、移民問題など国の重要な問題を、議会に限らず、自治体の長を対話者としながら大統領自身がフランス中で自治体の長と会って議論するような「大会議」を実施することも表明している。

このマクロン大統領の演説を受け、政府は12月19日に議会に「経済社会緊急対策法案」を提出し、同法案は21日(金)に成立して、年末の26日に公布されている*14(参考5 経済社会緊急対策に盛り込まれた購買力向上対策等、財源措置は参考6 経済社会緊急対策のための主な財源措置)。

これらの対策に必要な財源は100億ユーロ(1.3兆円)で、一定額の財源措置を講じるものの、2019年の財政赤字対GDP比は、2019年予算法案の▲2.8%から▲3.2%に悪化する見込みとなったが、上述の競争力・雇用税額控除(CICE)の社会保険料軽減への転換に伴う単年度の特殊要因(▲0.9%分の悪化)を除けば、実質的な財政赤字は▲2.3%と政府は説明しており、財政再建との関係でも、財政赤字対GDP比3%以内との方針を維持した形となった。

さらに、3月26日にはフランスの国立統計経済研究所(INSEE、インセと呼ぶ)が2018年の財政赤字対GDP比を▲2.5%と公表した。2018年末時点の予測から0.2%改善しており、単年度の特殊要因を勘案しなくても▲3.2%とされた2019年の財政赤字対GDP比が▲3.0%に収まる可能性もある。

写真 2018年11月24日の黄色いベスト運動(凱旋門脇の光景)

6.2019年予算法の成立

2019年予算法案は9月24日の議会提出の後、10月9日、憲法上先議とされる国民議会で第一読会が始まり11月20日に採決、続いて元老院に送付されて第一読会が行われ12月11日に採決されたが、両院の案文が不一致であるため12月12日に両院協議会が開催されるも合意案文の作成に至らず、国民議会で第二読会が行われ12月18日に採決(ここで燃料増税撤回についての第一読会での元老院の修正を容認)、続いて元老院の第二読会が行われ12月19日に国民議会の案文を否決したため、首相の要求に基づき12月20日に国民議会が単独議決して2019年予算法が成立した*15。

一般予算の歳出歳入を2018年予算法、2019年予算法案及び2019年予算法で比較したのが(参考7 一般予算の歳出歳入)である。2019年予算法で決まった歳出は、

(1)一般予算における一般政策経費が3,327億ユーロ

(2)予算上政策経費に計上せず(したがって予算法による歳出統制の枠外で)賃料・協力金・寄付金などの負担金収入を歳出に直接充てる「負担金対応支出」が53億ユーロ

(3)地方自治体向け譲与が406億ユーロで、EU向け譲与が214億ユーロ

の合計4,000億ユーロ(52.0兆円)となっている。

一方、歳入は、

(1)所得税が704億ユーロ、法人税が314億ユーロ、エネルギー産品内国消費税が131億ユーロ、付加価値税が1,292億ユーロ、その他の税が293億ユーロ

(2)税外収入が125億ユーロ

(3)賃料・協力金・寄付金などの負担金収入が53億ユーロ

の合計2,914億ユーロ(37.9兆円)となっている。そして、この歳出と歳入との差額である一般予算の財政赤字は1,087億ユーロ(14.1兆円)となっている*16。

2019年予算法案と最終的な2019年予算法を比べると、一般政策経費が39億ユーロ増加しているが、このうち26億ユーロ分は、経済社会緊急対策における低所得者向け活動手当の引上げなど活動手当の増加である。一方、歳入は53億ユーロ減少しているが、このうち38億ユーロ分は、燃料増税の撤回による影響となっている。このように、黄色いベスト運動への対策が2019年予算に大きな影響を及ぼしたことが分かる。

なお、2018年予算法と2019年予算法を比べると、付加価値税収が1,546億ユーロから1,292億ユーロへと大きく減少している。これは、競争力・雇用税額控除(CICE)の社会保険料軽減への転換その他の措置により不足する社会保障財源を賄うため、2019年予算法において付加価値税収の26%分*17を社会保障財源に割り当てその分が一般予算の財源に入らなくなったことによる*18。フランスでは、あらゆる所得に課税され国民が広く負担する一般社会税・社会保障債務返済税がすでに大きな社会保障財源となっているが、これに加え、付加価値税(消費税)の4分の1超が社会保障財源に充てられることになったことは、非常に興味深い。

ここで、税制改正・社会保障制度改正による国民負担の増減影響額についても見ておきたい。2019年予算についても政府による予算法案・社会保障財政法案の提出時点で、政府から増減影響額の表が示されたが、議会修正を経て最終的に成立した予算法・社会保障財政法をベースにこの表が作り直されることはなく、また、予算法成立後の当初予算・税制の姿を議会や政府において分かりやすく解説した文書もほぼ存在しないため、議会での修正内容をしっかり調べないと最終的な予算・税制改正・社会保障制度改正の全容を把握できないという問題がある。

そうした制約の下、2019年予算法案提出時の増減収影響額の表を予算成立時までの情報を勘案して筆者において修正した2019年予算法の増減収影響額の表は(参考8 主な税制改正等の2018年及び2019年における影響額(単位:億ユーロ))のとおりである。なお、ここには、本年3月6日に議会に提出され未成立のデジタル大企業課税法案によるデジタル事業課税及び大企業に対する法人税率引下げ1年延期に伴う税収増も加味している。

さて、この表を見ると2019年予算では、経済社会緊急対策が措置されたこともあり、家計向け117億ユーロ、企業向け187億ユーロの合計304億ユーロという大規模な負担減が行われているように見える。しかし、

(1)対家計影響額の中で最大の負担減項目である「一般社会税増税を財源とした失業保険料・健康保険料サラリーマン負担分廃止」41億ユーロの負担減は、前述のとおり、2018年に保険料引下げに財源確保が先行し負担増になった影響が剥落しただけの単年度限りの特殊要因であるし、

(2)対企業影響額の中で最大の負担減項目である「競争力と雇用のための税額控除の社会保険料軽減への転換」204億ユーロの負担減も、前述の通り、単年度限りの特殊要因であって2020年にはその効果は継続しない(2020年予算法案の提出時に同じ表を作ると、2020年にはその分が負担増と表示されることになるはずの)ものである。

フランスはOECD統計によると国民負担率が対GDP比45.5%(2016年)と極めて高く(日本は30.6%)、その引下げが課題となっているが、この245億ユーロを除けば、平年度ベースの負担減は59億ユーロ(対家計は76億ユーロの負担減、対企業はむしろ17億ユーロの負担増)にとどまると見ることもできる*19。

7.社会保障財政の改善

かつて、フランスは社会保障財政の赤字に悩まされ、1991年にほぼすべての所得に対して一律に課税を行う一般社会税を導入したのに続き、1996年に社会保障債務返済金庫(CADES、カデスと呼ぶ)を設立して社会保障の累積債務を承継させ、新たに一般社会税と同様の課税ベースである社会保障債務返済税を導入して社会保障債務の返済に充てることとし、2009年には一般社会税の一部も社会保障債務の返済に充てることとした。さらに、医療費など社会保障給付の抑制にも取り組んでいる。

社会保障財政に関する政府の目標は、(1)2020年における社会保障財政収支全体の均衡及び(2)2024年における社会保障債務残高ゼロとなっているが、社会保障財政収支の改善は近年急速に改善しており、2020年には一旦黒字になることが見込まれている(参考9 社会保障制度部門別収支の推移(単位:億ユーロ))。また、社会保障債務残高は、社会保障債務返済金庫に承継された総額2,600億ユーロの債務のうち2019年末までには1,710億ユーロが返済される見通しであり(参考10 社会保障債務残高の推移(単位:億ユーロ))、同金庫は2024年末までに債務の全額を償還し終わる予定としている。

このように、債務償還分を含めると、近年のフランスの社会保障財政は、既に黒字化しており、かつての赤字体質に比べかなりの変貌を遂げている。

8.フランス経済

フランス経済は、2017年5月のマクロン政権発足後しばらく成長率は高めで推移し、9%台だった失業率は8%台に低下していたが、昨年に入り成長率は年初から鈍化、失業率低下は8.8%程度で足踏みする展開を見せていた。実は、(参考11 実質GDP成長率と寄与度分析)のとおり、昨年第3四半期には、一旦、設備投資・消費に回復が見られたが、黄色いベスト運動の影響で第4四半期はいずれも低調となった。一方、失業率は2018年第4四半期に久々に8.5%まで低下を見せたところである(失業率はいずれもフランス本土の値)。

2019年のフランス経済は、黄色いベスト運動の影響をうまく脱出して昨年第3四半期のような設備投資・消費の回復がもたらされれば、昨年末決定の経済社会緊急対策に伴う景気刺激効果とあわせて経済成長率の回復が期待される。例えば、2018年の企業利益をフランスの主要株価指数であるCAC40の対象企業について見てみると2017年には及ばないまでもかなりの高水準であったし、家計について言えば黄色いベスト運動で悪影響を受けた消費や信頼感指数の反発が本年1月に既に見られている。

こうした中で、昨年第4四半期に見られた失業率の低下が継続するかどうかは、経済成長と政治の安定にとって大きなカギである。また、6で述べたように、2019年は企業向けに特殊要因として単年度限りの大幅な負担減が生じる一方、2020年はそれがなくなり負担増要因となることから、本年中に経済成長の巡航スピードを取り戻せるかどうかが、マクロン大統領の政権運営の一つのポイントになるのではないかと思う。

9.終わりに

発足後、矢継ぎ早に改革を行い、注目を集めたマクロン大統領であったが、黄色いベスト運動の発生・激化とそれに伴う支持率の低下により、その政策を継続できなくなり改革推進のモメンタムを失うのではないかという局面もあった。しかし、昨年12月の経済社会緊急対策においても「投資促進」「購買力向上」「財政再建」の主要政策の旗を下ろさず大統領の政策の一貫性を何とか維持し、1月半ば以降、5で述べた「大会議」の枠組の下、国内外で約1万の会議を開いて国民の意見を聴き、特に大統領自ら地方自治体の長を集めた会議などに精力的に顔を出してその場で出た疑問に対して余すところなくその場で回答するといった対話も行っており、大統領の支持率は徐々に回復傾向にある。また、この「大会議」の実施が、フランスで5月26日に投票が行われる欧州議会選挙に向けた大統領与党の「共和国前進」*20及び「民主運動」の実質的な選挙運動としても機能しているとの見方もあり、この両党が2割強の支持率を得て欧州議会選挙のフランスの候補政党の中ではトップに立っているという報道もある。

ただし、黄色いベスト運動はいまだ毎週土曜日に継続し3月17日には再び過激化するなどする中、3月半ばに終了した大会議の結果をどのように政策に活かすかについての報告書を4月にどうまとめるかや、欧州議会選挙で実際にマクロン与党がどのくらいの議席を得られるかということも今後の政権運営を占う上で重要であろう。筆者は2017年11月の記事で「フランス人の中には、規制緩和や投資促進といった形で経済を好転させるのは不公平を助長するだけで、政治の第一の役割は公平性の確保や必要な再分配を行い人がより良く生きられる社会を作り出すことにあると思っている人たちが少なからずいる」と書いたが、黄色いベスト運動を再燃させないためには、マクロン大統領の政策が失業率の低下などを通じて公平性の確保や必要な再分配に役立っていると示せるようにすることも重要かもしれない。

(参考3)2018年予算法で定められていたエネルギー産品内国消費税率引上げ(1ℓ当たり)

(付表1)一般予算ミスィオンごとの予算額(支出額ベース)*21〔※はミスィオンに該当しない〕

(付表2)附属予算・特別会計の予算額〔計上額がゼロの6特別会計は掲記していない〕

*1) 渡正元著、横堀惠一校訂現代語訳「巴里籠城日記」。原文は「佛の國體(こくたい)は其土風人民擧(こぞっ)て政治に關係し、草莽(そうもう)に權ありて廟堂(びょうどう)に威力薄く、動(やや)もすれば民心沸騰し、其激動するに當(あたっ)ては常に政府を衝いて制度を轉(てん)換せしめむとす。」(カッコ内は筆者が補足)

*2) さらに、日本とは異なり、社会保障については社会保障財源(一般社会税など社会保障財源となっている税収と社会保険料収入)が政府の会計を通過せず社会保障給付を担う金庫に直入し、予算法の範囲には含まれないことから、別途、社会保障の部門ごとの歳入見積及び歳出目標並びに社会保障制度改正を定める毎年度の社会保障財政法案が議会に提出され、議会の審議・採決に付される。

*3) 2018年予算法(2017年12月30日付法律第2017-1837号)LOI n°2017-1837 du 30 décembre 2017 de finances pour 2018。

*4) 2018年から2022年までの財政プログラム法(2018年1月22日付法律第2018-32号)LOI n°2018-32 du 22 janvier 2018 de programmation des finances publiques pour les années 2018 à 2022。

*5) この問題は当時あまり大きく議論にならなかったが、これは、この負担増が、個別措置としてはかなりの大きさ(当時の見積は37億ユーロ)だったにもかかわらず単年度の一時的影響であるとして、2018年予算法案の政府説明資料における国民負担増減一覧表では欄外注記され国民負担増減には合計されなかったこと、また、政府が、民間の給与所得者だけを見れば2018年1月から負担減(一般社会税率引上げが所得の1.7%に対し、保険料減免が所得の▲2.2%)となり購買力の向上につながると説明していたことにもよると思われる。

*6) CICEとは最低賃金の2.5倍までの賃金支払(2.5倍を超える場合はその全額がCICEの対象から外れる)につきその6%分の税額控除を企業に認める減税措置。2019年から社会保険料軽減に切り替えることとされたが、2018年分の税額控除は2019年に行われるため、国にとっては、2019年分の社会保険料軽減とダブルで減収となり、財政赤字対GDP比の一時的悪化要因(▲0.9%)となっている。

*7) CGTは「労働総同盟」を指し中小企業及び行政に組合員が多い最左翼とされる全国系の労働組合、CFDTは「フランス民主労働同盟」を指し最近CGTを上回りフランスで最大となった全国系かつ穏健派の社会改良主義的労働組合で、この2つはフランスの5大労働組合の一角をなす。UNSAは「全国独立系組合連合」を指し、元々独立系・非業種横断系の組合が集まってできたものでCGTやCFDTに比べると規模は小さい穏健派の社会改良主義的労働組合である。SUD-Railは「連帯統一民主・鉄道労働組合」を指し、鉄道関係組合員で組織する独立系組合でジュペ政権が国鉄改革後退を余儀なくされた1995年の大規模国鉄ストの際に創設され、やはり最左翼に位置するとされている。

*8) 「黄色いベスト」を使うというのはなかなか良く考えられたアイデアではあった。というのは、「黄色いベスト」は2008年10月1日から自動車運転者に携行が義務付けられ、自動車を持つ人ならだれでも持っていたものであり、しかも価格も1着数ユーロと極めて安価であるためである(2008年7月30日のデクレ第2008-754号による道路法典R416-19条の改正により「車の運転手は緊急停止に続いて路面又はその周囲において動かなくなった車両から外に出ることになったときには、規則に従った高い可視性のあるベストを着用しなければならない」という条項が追加され、2008年10月1日から運転の際に蛍光色のベストの携行を義務付け)。

*9) 黄色いベスト運動に参加していた人達に聞くと、政党は自分たちの利益を代表せず労働組合も主要マスメディアも政府に買収されており信頼ならないと口々に言っていた。

*10) 2月にマクロン大統領の出身地アミアンを訪ねた際、やはり黄色いベスト運動のデモに遭遇したが、聞いてみると2つのデモ隊がデモをしており、お互いの仲は悪いとのことだった。

*11) 2018年予算法で規定された2019年分の燃料増税(約29億ユーロの増収)のほか、2019年予算法案では特定の軽油使用者に対して認められていた燃料課税の軽減税率の廃止(約10億ユーロの増収)も盛り込まれており、これらを合わせ約40億ユーロの増税となっていた。

*12) 2019年予算法案における2019年の財政赤字は対GDP比▲2.8%で、2019年の燃料増税は対GDP比0.2%であったため、増税を撤回すれば財政赤字対GDP比3%超の恐れがあった。一方、6ヶ月延期であれば半分の0.1%の悪化で済むため、財政赤字対GDP比が▲2.9%に収まるという計算がこの6ヶ月延期の方針の裏にあったことは想像に難くない。

*13) フィリップ首相は「2019年予算(法案の審議)において元老院が(自動車燃料に対する)税の引上げの削除を採決したが、その税が再導入されることはない」と発言し、元老院が行った修正(2018年予算法で盛り込まれた増税の2019年以降の税率の削除、2019年予算法案における燃料課税の軽減税率廃止条項の削除)を受け入れることを表明。ちなみに、この増税が撤回された後のフランスの税率と比べても、(付加価値税又は消費税を考慮しないで)日本の軽油に係る税率はフランスの半分未満、日本のガソリンに係る税率はフランスの3分の2未満の水準である。

*14) 経済社会緊急対策法(LOI n°2018-1213 du 24 décembre 2018 portant mesures d'urgence économiques et sociales)。

*15) 2019年予算法(LOI n°2018-1317 du 28 décembre 2018 de finances pour 2019)。なお、2018年補正予算法(LOI n°2018-1104 du 10 décembre 2018 de finances rectificative pour 2018)が11月26日に議会で成立し、12月11日に公布されているが、ここでは、2018年の一般予算につき74億ユーロの歳入補正増、9億ユーロの歳出追加の結果、65億ユーロの収支増の補正が行われている(付属予算と特別会計も合わせると57億ユーロの収支増)。

*16) 附属予算と特別会計も合わせると1,077億ユーロ(14.0兆円)の赤字。

*17) 2019年予算法第96条により改正された社会保障法典L131-8条第9号に規定。なお、2018年も付加価値税収の5.93%分が社会保障財源に充てられていた。

*18) 我が国は大部分の税収が一般会計を経由するが、フランスでは特定財源として使途が決められた税収は、我が国の譲与税のように「一般予算」を経由することなく支出を行う会計又は金庫に直入するため、一般予算だけを見ていても税収の全貌は把握できない。

*19) 2019年予算法案の議会提出時に、対家計・対企業あわせて248億ユーロの負担減と発表されたことから、我が国でもフランスが大規模減税を実施すると報道されたが、単年度限りの特殊要因だった245億ユーロ分を考慮すると、実は平年度ベースの負担減は3億ユーロのみと見ることも可能であった。

*20) 共和国前進はフランス語だとRépublique en marcheで、2017年の大統領選挙期間中はEn marche!と呼ばれていたが、これは略すとEMで、Emmanuel Macronの頭文字になっていたという話がある。

*21) フランスの予算の「ミスィオン」は歳出の議決項目であり我が国では項に当たるが、その数は32とかなり限定されている。また、ミスィオンごとに支出額(Crédit de paiement)のほか債務負担行為限度額(Aurorisation d’engagement)の議決も得ることになっている。計上の方法はかなり異なるが、考え方としては、我が国の国庫債務負担行為のそれと同様の考え方に基づいている。

財務省の政策