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各地の話題/「ファイナンス」平成30年9月号

小豆島

《島に新しい病院が出来ました》〜離島における既存病院の統合〜

四国財務局 理財部 融資課 上席調査官

越野 康二

1.はじめに

日本最初の書物「古事記」には、伊邪那岐(いざなぎ)・伊邪那美(いざなみ)の二柱の神が、日本の大八州(おおやしま)に続いて10番目に国生みしたのが「阿豆枳辞摩(あずきじま)」…のちにその島は「小豆(しょうど)島(しま)」と呼ばれるようになったといわれています。

「小豆島」は瀬戸内海国立公園の中心地・播磨灘に位置し、島の行政区分は香川県小豆郡に属し、西北部に位置する“土庄町(とのしょうちょう)(小豆島部分のほかに豊島(てしま)等を含む)”と南東部に位置する“小豆島町”の2町から成り立っており、島の人口は約2万8千人で、県内で最も高齢化率の高い地域となっています。

産業面では、400年の伝統を持つ醤油製造をはじめ、佃煮製造、手延べ素麺などの食品製造業が中心で、また、地中海とよく似た気候から、日本におけるオリーブ発祥の地としてオリーブ栽培が盛んで『オリーブと言えば小豆島』と言われるようなオンリーワンの地位を確立しています。

観光面では、土庄町には「世界で一番狭い海峡」としてギネス認定されている「土渕海峡」、潮の干満により沖に浮かぶ余島までの道が現れたり海に消えたりする「エンジェルロード」があり、小豆島町には映画・『二十四の瞳』の舞台となった「岬の分教場(旧小学校校舎)」、約2,000本のオリーブ畑に囲まれた白いギリシャ風車が特徴的な「道の駅・オリーブ公園」などの有名スポットがあり、年間100万人を超える観光客が島を訪れています。

写真 道の駅 小豆島オリ−ブ公園 ギリシャ風車

2.離島医療

小豆島には2つの公立病院がありました。その一つは土庄港付近にあった『土庄中央病院(土庄町)』で、脳神経外科、救急、その他9の診療科と116床の病床を有する病院で、もう一つは草壁港付近にあった『内海(うちのみ)病院(小豆島町)』で、放射線科、リハビリテーション科、その他9の診療科と196床の病床を有する病院でした。

船でしか渡れない離島(フェリーで片道1時間程度)のため、緊急に島外搬送を必要とする患者については、高松港に停泊している救急艇又は香川県の防災ヘリを利用して高松市内の病院(県立中央病院など)への搬送を行っていました。

3.医師不足…統合に向けて

平成21年以降、島内の医師の数は減少傾向にありました。これは平成16年に医師の研修制度が変わり、研修医自身で研修先を選択出来るようになったため、症例が多く様々な分野で専門医の資格が取れる“大都市の大病院”への流出が要因でした。内海病院では医師の減少に伴い、心筋梗塞等に関する常勤の専門医がいなくなり、ヘリコプターでの島外搬送の際は、同行する医師と病院に残る医師双方に負担が増えていました。

医療水準の維持が難しくなる状況を受け、香川県も小豆医療圏の将来を案じ、香川県医師会、香川大学、香川県等の医療関係の専門家で検討委員会を作り、協議を重ねた結果、「公立病院を1つにして、国や県の支援を一本化し、医師や医療スタッフ、医療機器を集約することで経営基盤の安定化を図り、病児・病後児保育室や院内保育所を開設するなど、島で安心して産み育てられる子育て支援策充実にも繋がる。」との結論が出されました。

4.『小豆島中央病院』の設立

(財政融資資金の活用)

香川県地域医療再生計画に基づき、小豆医療圏域における2つの公立病院を再編することになり、平成28年4月1日に『小豆島中央病院』が開院されました。この新病院建設及び医療機器整備に際して財政融資資金の活用要望があり、四国財務局において財政融資資金の借入申し込みを受け、病院事業として約26億円の貸付を実施しています。

事業団体 小豆島中央病院企業団

貸付対象事業 病院事業

事業内容 新病院建設及び医療機器整備

総事業費 約92億円

財政融資資金貸付 約26億円(平成24〜27年度借入額)

新病院は13の診療科と234床の病床を有し、周産期、人工透析のほか、救急、結核、感染症などの医療も提供しており、“地域に寄り添う病院”として島内での医療完結に向け、救急医療の充実・高度化を図っています。

病院関係者の話では、「医師不足に関しては、まだ十分ではないものの、香川県及び香川大学の全面的な支援により、統合前と比べると確保しやすい状況にある。また、企業団側も医師住宅や福利施設等を整備し、受け入れ体制を整えている。特筆すべきは、不在であった外科の常勤医が開院に合わせ確保出来たことであり、これはまさに島内での医療完結に向けた第一歩となったと考えている。」とのことでした。

5.おわりに

病院の統合により、“島はひとつ”という意識が強まっています。

建設準備段階で問題視されていた交通の便(遠距離)については、島で唯一の公共機関である路線バスの料金を大幅に値下げするなど、行政側も一緒に考えながら、患者が通院しやすいような取り組みが行われています。

また、小豆医療圏域において地域住民が住み慣れた地域で尊厳を持ち、生き生きと暮らせるよう、総合的かつ一体的なサービスの提供と関係機関の連携を図ることを目的に、新病院を核とした『小豆医療圏地域包括ケア連絡会』が平成28年7月に設立されており、介護・健康・医療等に関する勉強会や予防教室を開催するなど、町を超えて連携した活動が行われています。

古き時代、伊邪那岐・伊邪那美の二柱の神が生み出したる島にて、新しい病院が生み出されました。生まれ育つ…そのプロセスに財政融資資金が活用されたことに、我々は誇りを持つとともに、今後も地方創生、地域活性化に繋がる事業の実現に資することが出来るよう、地域の方々の御意見や御要望に耳を傾けていきたいと思います。

※写真提供:小豆島中央病院企業団

※寄稿者の役職は平成30年6月現在のものです

伊賀市

「忍者市の挑戦」忍んでも忍びきれない伊賀忍者の里

伊賀市(忍者市)観光戦略課 課長

川部 千佳

1.伊賀市の紹介

伊賀市は、三重県の北西部に位置し、北は滋賀県、西は京都府、奈良県と接しています。また、大阪、京都、名古屋の中間地点という立地優位性を有し、名阪国道、新名神高速道路などにより、それぞれの都市から車で約80分でお越しいただくことができるほか、JR、近鉄、伊賀鉄道、三重交通バスなどの交通機関により近畿圏、中部圏からのアクセスが容易です。

当市は、京都・奈良や伊勢を結ぶ大和街道・伊賀街道・初瀬街道を有し、古来より飛鳥、奈良、京都など都に隣接する地域として、また、交通の要衝として、江戸時代には藤堂家の城下町や伊勢神宮への参宮者の宿場町として栄えてきました。このような地理的・歴史的背景から京・大和文化の影響を強く受けながらも独自の文化を醸成し、伊賀流忍者や俳聖松尾芭蕉、観阿弥・世阿弥や横光利一のふるさととして、また、吉田兼好ゆかりの地としても広く知られています。

また、豊かな自然と農林業の景観や温泉などの自然資源、修正会で知られる観菩提寺正月堂などの社寺仏閣や歴史的建築物、伊賀上野城・伊賀流忍者博物館・芭蕉関連施設などの歴史文化資源、ユネスコ無形文化遺産に登録されている上野天神祭をはじめとする地域の歴史ある祭り、また手組み紐が全国生産の大半を占める伊賀組紐や1250年余りの伝統を誇る伊賀焼等の伝統的工芸品産業など、独自の文化を形成してきた伊賀特有の資源が数多くあり、歴史文化の薫る地域となっています。

写真 伊賀市「忍者市」宣言 伊賀市観光大使いが☆グリオと伊賀市長(写真:伊賀市提供)

2.忍者を活かした観光まちづくり

このように多種多様な観光資源を有していることから「藤堂藩の城下町」「松尾芭蕉生誕の地」「観阿弥生誕の地」と伊賀には多くの言葉が冠せられますが、今、一番注目を集めているのが「伊賀流忍者発祥の地」伊賀ではないかと思います。

「NINJA」は、今やクールジャパンの象徴として、世界に通用するコンテンツとなっています。そして、全国各地で忍者を活かした取り組みが行われてきています。当市はみなさんご存知のとおり、歴史にも裏付けされた伊賀流忍者発祥の地であり、戦後すぐから先人が「忍者」を取り入れた観光地づくり、人づくりに取り組んできており、その精神は現代へと引き継がれています。そこで私達の伊賀市は、他の地域と一線を画す忍者の本流だということを広く発信するために、また、市民の皆さんにもこの伊賀市が忍者発祥の地であることを改めて認識いただき、市民一人ひとりが忍者の歴史文化や精神を継承し、官民一体となって忍者を活かした観光誘客やまちづくりを進めていくことをめざして平成29年2月22日に「忍者市」を宣言しました。

また、同年4月28日には、「忍びの里 伊賀・甲賀―リアル忍者を求めて」と題して、滋賀県甲賀市と伊賀市が共同申請していた「伊賀忍者・甲賀忍者」が日本遺産に認定されました。国から伊賀が本物の忍者の里だと、お墨付きをいただくことができたようで大変うれしく感じています。伊賀には、戦国時代を感じる中世城館跡が多く残り、忍者たちが修練の場とした山々が里を囲み、結集し合議の場とした鎮守の杜など、現代においても忍者の気配を感じることができる歴史遺産が、そこここに多く残されています。これを機に、たくさんの方に忍者の里を訪れて頂き、リアル忍者のストーリーを体感して頂けるよう趣向を凝らし、国内はもとより世界に向けて、その魅力を発信していきたいと思います。

また、昨年7月には三重大学が「国際忍者研究センター」を開設され、今年2月には「国際忍者学会」を設立いただくなど、これまでアクションやイメージが先行していた忍者を学問的に研究していただいたり、忍者の真実を探求するような機会も増えてきました。

さらには昨年8月には日本航空株式会社(JAL)と三重県、三重大学、伊賀市が相互の連携を強化し、伊賀市の持つ歴史的背景、環境特性を活かした地方創生事業を推進するため「忍びの里 伊賀」創生プロジェクトを立ち上げました。これは「忍びの里伊賀」をフィールドとした「忍者の心・技・体」を体感できるプログラムを展開していこうというものです。具体的な取組としましては、「忍者が駆け抜けた山を走る」をコンセプトに、900人規模の「忍者トレイルランニングレース」を開催しています。また、忍者が多く住んでいたと言われる北伊賀の丸柱地域等において、当時の風景と変わらない伊賀の里山の生活を体験し、滞在する「ほんまもん体験」など新たな取組とともに、従来の取組に磨きをかけながら、訪れた人が満足できる多様な観光地づくりを進めていきたいと考えています。

写真 忍者トレイルランニングレース(写真:伊賀市提供)

3.忍者を入り口・切り口に

忍者が注目されているこの好機をとらえ、事業者の方々や市民の皆さんなど、あらゆる主体と連携しながら、「忍者」というキーワードを入り口、切り口にして、伊賀のたくさんの観光資源、地域資源をもっと知っていただき、多くの方にこの地を訪れていただき、市民の皆さんに果実を得ていただけるよう、一味同心、伊賀市全体で一丸となって取り組んでいきたいと考えています。

影の身から表舞台に躍り出た「伊賀忍者」の里。今後も注目いただきますようお願いいたします。

世界に躍り出た「伊賀忍者」!!

地方創生コンシェルジュ

東海財務局津財務事務所長 林 敬治

誰もが知る「忍者」を観光戦略の入り口とし、「忍びの里 伊賀」創生プロジェクトをはじめとするコト消費を充実させた伊賀市は、これまで以上に国内外から注目されることでしょう。

忍びきれなくなって世界に躍り出た伊賀忍者が、地域活性化の切り札として忍術を磨き上げ、地域一丸となって、更なる発展をもたらすことを期待しています。

写真 【三重県伊賀市】

財務省の政策