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シリーズ日本経済を考える81 国際生産ネットワークに関する学術研究の進展

財務総合政策研究所総務研究部 研究員
小見山  拓也*1
1.はじめに
国際的な生産工程の分散は、我が国を中心とする東アジアにおいて広く進展している。機械産業をはじめとする多くの日系多国籍企業は、東アジア諸国に製造拠点を設け、部品・完成品の貿易を活発に行っている。すなわち、完成品の輸出・輸入に止まらず、さまざまな国で製造した機械部品を別の国へ輸出して完成品を製造する、といった複数の国をまたぐ生産工程が広く利用されているのである。このような国境を越えた生産工程の形態は国際生産ネットワークと呼ばれている。
日本企業による直接投資*2は2000年代以降急速に拡大しているが、その一部は国際生産ネットワークの拡大に伴うものだと考えられる。国境を越えた生産工程の分業化・ネットワーク化をもたらす直接投資が拡大したのは、輸送技術や情報通信技術の発展が要因である。このような直接投資はネットワーク型直接投資と呼ばれ、主に東アジアにおける国際生産ネットワークの構築に大きな貢献を果たしている。
国際生産ネットワークの拡大に伴い、経済学的な視点からの分析が数多くなされてきた。現在進行形で発展しつつある国際生産ネットワークの理論・実証分析について、最新の論点を踏まえながらサーベイすることには大きな価値があると考える。
本稿の目的は、直接投資に関する理論的概念を整理した上で、主に東アジアにおいて構築されている国際生産ネットワークにかかる諸論点について近年の先行研究を交えながら議論することである。特に、生産工程のネットワーク化にかかる不確実性とそれに対するネットワークの安定性・頑健性という観点に注目して議論を展開する。
以降の節は、次のように構成されている。2節は、海外直接投資概念に関する理論的考察とネットワーク型直接投資の拡大についてデータを概観しながら確認する。3節では、国際生産ネットワークの構築を解明するために発展した「フラグメンテーション理論」の概要を説明する。続く4節では、生産工程のネットワーク化が直面するリスクについて問題提起を行う。5節では、4節での問題提起に対応する近年の先行研究を紹介し、最終節にて結びとしたい。

2.直接投資と国際生産ネットワーク
2.1 直接投資の分類
本節では、日本の直接投資の分類と、主に東アジアにおける国際生産ネットワークの形成過程についてデータを通じて確認する。はじめに我が国の直接投資の動向を確認しよう。図1 海外直接投資残高推移は日本の直接投資残高の推移を示している。図からは、直接投資残高は2004年頃までは40兆円弱で推移していたものの、2005年以降徐々に増加し、そして2017年末には180兆円弱まで到達したことが確認できる。このように日本の直接投資が拡大した理由は様々であるが、主な要因としては円高や貿易障壁の存在、政府による開発援助などが挙げられる*3。
そもそも企業が海外に生産拠点を移転するのはなぜだろうか。まずは企業が海外直接投資を行う動機について理論的背景を踏まえつつ確認しよう。伝統的な海外直接投資の議論においては、直接投資をその目的に注目して「水平的」直接投資と「垂直的」直接投資の2つに類型化することが多かった*4。水平的直接投資は、海外に国内とほぼ同様の生産・販売工程を複製した拠点を設けるために行う海外直接投資を指す。これは先進国向けの直接投資によく見られ、貿易障壁や輸送費を考慮し、輸出を選択するよりメリットがある場合に行われることが多い。すなわち、貿易コストや輸送費の節約を目的とする直接投資と言えよう。一方垂直的直接投資は、生産段階を分割し、労働や資本のコストなどの格差をうまく利用して生産コストを抑制すべく国際間分業を行う直接投資を指す。労働集約的な生産工程を賃金の安い途上国に移転する際に行われることが多い。以上のように水平的・垂直的ともに、主にコスト削減という観点から、輸出ではなく直接投資という企業行動を選択したことがわかる。
上述の通り、伝統的な分類は、理論的には本国と進出先の2国モデルを前提として考えられてきた。しかしながら、実際の企業行動を想定したとき、必ずしも上述の理論で説明できるわけではないということが近年の研究で明らかになってきた。後述するが、近年の製造業に関する貿易は完成品より部品・中間財が品目の中心となりつつある。松浦(2015)によると、特に、「現地・日本・第三国から中間財を調達し、最終財は現地・日本・第三国に販売する」、というタイプの貿易が増加している。すなわち、従来の自国と外国の2国に加え、第3国からの調達・輸出という選択肢を含めた関係性が構築されるようになったのである。このような貿易を行うための海外拠点を設ける直接投資をBaldwin and Okubo(2014)はネットワーク型直接投資(Networked FDI)と呼んだ。彼らはこのネットワーク型直接投資が日本企業を中心に拡大していることを指摘している。拡大している理由については、清田(2015)は、輸送技術や情報通信技術の発展が、1990年代後半以降各生産工程間をつなぐ際に発生するコスト*5を低下させた結果、生産工程の分散化が進んだ点を挙げている。この生産工程の分散化に関する理論は3節にて詳細を述べたい。
上述のネットワーク型直接投資が拡大した結果、現在日本企業の生産工程は東アジアを中心に世界各地へ拡大し、各生産工程は国境を越えて貿易を通じて繋がるようになった。このような形態を取るサプライチェーンを国際生産ネットワークと呼ぶ。ネットワーク型直接投資は、直接投資と貿易とが複雑に結びつき、投資国・投資受入国に加えて第3国も含めた関係性の中でサプライチェーンを構築する点で、伝統的な直接投資とは異なる側面を有していると言える。
2.2 国際生産ネットワークの形成
ここで、上述の国際生産ネットワークを可視的に捉えることを試みたい。木村・安藤(2016)は、東アジアの国際生産ネットワークにおいて核となっている機械産業に属する部品・中間財貿易のデータを用いて、国際生産ネットワークの形成を確認するアプローチを取っている。木村・安藤(2016)によると、東アジアにおいて1970年の段階では機械類の完成品輸出を大量に行っていたのは日本のみであり、他の東アジア諸国は主に完成品中心の輸入偏重型の傾向を示していた。しかし、1980年代に入るとシンガポール、香港、韓国などからも完成品を含む機械類輸出が増加し始め、1990年代にはマレーシア、シンガポール、香港、韓国、タイの機械部品輸出率も上昇した。そして2000年代以降は上記の国々に加えて中国、フィリピンでも機械部品を輸出・輸入の双方を行うようになったことが確認できる。この機械部品輸出の増加と輸出入双方の拡大が、生産ネットワーク拡大の証左であることが指摘されている。
図2 東アジア各国の対世界機械貿易の総貿易に占める割合(2010年)は木村・安藤(2016)を参考に、2010年における東アジア各国の対世界機械貿易の総貿易に占める割合を示している。また、各国の機械貿易の輸出入における完成品と部品の比率も表している。図2から、2010年代には、東アジアにおけるほとんどの国の機械貿易に占める部品の割合が大きく、機械部品の輸出・輸入の双方が行われていることを確認できる。
このように、東アジア諸国は1980年代以降、一方向かつ完成品の貿易を中心とする関係性から、双方向の部品・中間財貿易を特徴とする関係性へと移行していったことが木村・安藤(2016)では指摘されている。近年、Kimura and Ando(2005)、Baldwin and Okubo(2014)をはじめフラグメンテーションや生産ネットワークに関する実証分析は盛んになってきている。これらの研究からも、アジアの貿易で大きな位置を占めているのは中間財・部品貿易であり、特に機械産業でその傾向が強いということが確認されており、図2で示した傾向と整合的であると言える。従来は、途上国‐先進国間の貿易は一次産品と工業製品といった産業間貿易、他方先進国同士の貿易は産業内貿易において観察されるという前提で多くの実証分析が行われてきた。一方で、東アジアでは途上国‐先進国間、あるいは途上国同士の間で工業製品の産業内貿易が増加している点がとりわけ特徴的であることもこれらの研究は示唆している。

3.フラグメンテーションの概要*6
本節では、前節で述べたネットワーク型直接投資の拡大が国際生産ネットワークの構築を促進した背景について検証する。国際生産ネットワークの形成過程に関する一定の概念枠組みを提示したのが、Jones and Kierzkowski(1990)によって提起され、Kimura and Ando(2005)によって拡張されたフラグメンテーション理論だと言われている。欧州においては経済統合に伴い、生産形態として産業集積が促進されたと認識されている。一方、東アジアでは、国境を越えた工程間分業が発展してきたと言われている。この工程間分業の形成メカニズムを説明するのがフラグメンテーション理論である。
この理論において重要となる概念が、生産ブロックとサービス・リンク・コストである。生産ブロックとは、ある製品の生産工程の一部分を切り出したものと定義する。木村・安藤(2016)によると、この生産ブロックは狭義の生産機能を持つものに限定されない、すなわち、「研究開発あるいは財務など一定の機能を単位とするものや、卸売・小売といった流通を担うもの」も含む概念であると言われている。フラグメンテーションは、各生産ブロックを国境を越えて分散配置させる。この分散配置された生産ブロック同士を結び付けるものがサービス・リンクであり、部品・中間財の輸送や連絡等の作業が該当する。したがってこのコストには部品等の輸送費や電気通信費などが含まれるが、これらをサービス・リンク・コストと呼ぶ。
フラグメンテーション理論は、利潤最大化を目的とする企業のコスト削減という合理的な行動を仮定したとき、各生産ブロックにおける生産コストを削減できること、および輸送コスト等のサービス・リンク・コストが十分に低いこと、という2つの条件が満たされると、企業は生産のフラグメンテーション(すなわち、生産工程の細分化に伴う生産活動拠点の分散立地)という選択肢を取る、と説明する理論である。このフラグメンテーションは、1980年代以降情報通信革命が進行する中、上述のサービス・リンク・コストの低下が主な背景となって生じてきた現象だと言える。このように、フラグメンテーションの結果として国際生産ネットワークが構築されることが理論的に示されたのである。

4.国際生産ネットワークが直面する
リスク
前節において、国際生産ネットワークは多国籍企業がコスト削減というモチベーションのもと、ネットワーク型直接投資を通じて構築してきたものであることを確認した。しかしながら、一見企業の合理的な選択によって構築されてきたと考えられるネットワーク構造にも懸念されるべき点が存在する。例えば、生産工程のネットワーク化を行うことで、各国において発生しうる自然災害をはじめとするリスクイベントに直面する可能性が大きくなると考えることができないだろうか。自然災害の具体的な例として、木村・安藤(2016)では2011年に発生したタイの大洪水を取り上げている。2011年10月に発生したタイの大洪水は現地の経済だけではなく、生産ネットワークや日本企業に多大な影響を与えた。なぜならば、被害にあった工業団地などで多くの日本企業が生産活動を行っており、また東アジアにおける生産ネットワークの中で重要な役割を果たしている工場が多数立地していたためである。日本貿易振興機構(JETRO)によると、洪水により冠水した工業団地は7カ所で約800社が被害を受けており、そのうち日系企業は約450社に上った*7。この災害を受け、JETROバンコク事務所は洪水の被害を受けた日本企業192社を対象としたアンケート調査を行い(内133社より回答有り)、被害状況をまとめた。その結果によると、製造業企業については、自社ではなく供給元や調達元、もしくはサプライチェーンの一部が被災したことで工場が稼働停止に追い込まれた等の間接的な被害を受けたと答えた企業が約40%に上ったことが判明した。このことから、洪水による直接的な被害を受けなかったとしても、サプライチェーンを介して負の影響が伝播したことで、間接的に損害を被った企業が数多く存在することが確認された。このような例から推測できることは、コスト削減という合理的な行動によって形成された国際生産ネットワークは、従来1国にのみ存在していた生産ブロックが複数の国に移転することによって、生産プロセスの一部がリスクイベントに直面する確率が上昇すること、そしてそのリスクイベントによるショックがネットワークを通じて他の生産ブロックに影響を与えうるということである。
国際生産ネットワークの持つ、外的ショックへの耐性に関してはいくつかの推測ができる。例えば、ある製造業企業が数ヵ国に工場を置くと仮定しよう。従前はある製品製造に関する全工程を日本国内において行なっていたものを、その内の数工程(上述の生産ブロック)を切り出し、外国へ工場として移転させるとする。このとき工場移転前においては、外的ショックとしては金融危機などのグローバルな需要ショックは不可避であろうが、自然災害などの供給ショックについては日本国内のリスクイベントに限定されていたと言える。しかしながら、他国へ生産ブロックを移転させたことで他国にて発生する供給ショックをも被る可能性が高まったことが推測される。
他方で、工場移転前において日本国内にて震災などの外的な供給ショックを受けた場合は、全ての製造工程を復旧させる必要があった。しかし、工程の一部を切り出すことで工程を回復させる対象が減少し、復旧に要する時間的ロスは小さくなるという側面も考えられる。すなわち、各国の(金融危機などの)需要へのショックだけでなく(自然災害などの)供給へのショックをも被る可能性が高くなるという側面も持ちつつも、一方である外的供給ショックによりダメージを受けた生産工程を復活させるコストが全工程でない分比較的低水準に抑制できるという側面も国際生産ネットワークの有する特徴として想定できる。
それでは、上記のように推測される特徴を考慮したとき、外的ショックにより生産ネットワークが負の影響を被った際には、企業はどのような対処を取るのだろうか。被害を受けた生産ネットワークを維持しようと行動するのだろうか、あるいは新たなネットワークの構築を模索するのだろうか。これは国際生産ネットワークが外的ショックに対して安定的・頑健的であるか、という疑問に置き換えることができるだろう。この疑問に対しては各企業のコスト削減という合理的な経済活動の側面から検討可能であり、次節ではこのような問題意識に対する検証を行った近年の実証研究を紹介していく。

5.近年の実証研究
本節では、前節で取り上げた東アジアにおいて構築されている国際生産ネットワークの持つ安定性・頑健性に関して、近年蓄積されている研究を紹介する。前節で述べたように、国際生産ネットワークはコスト削減という企業にとってのメリットを有している一方、外的ショックへの耐性という点でいくつかの懸念も抱えている。この懸念事項について、清田(2015)は、直接投資を通じて生産拠点の分散化を行うことで、自然災害や金融危機などの外的ショックを緩和することができると指摘している。
具体的な実証研究を挙げると、Obashi(2010)は、東アジア諸国の生産ネットワークがどの程度安定的かを1993〜2006年の貿易統計(国連商品貿易統計データベース(UN Comtrade)のアジア諸国における機械産業データ)を利用して分析している。この研究では、各製品の貿易がどの程度の期間継続しているかを明らかにするため、サバイバル分析という手法を用いている。分析の結果、東アジアにおける機械部品の貿易は、完成品の貿易と比較して長期的かつ安定していることを明らかにした。この結果について安藤(2012)は、東アジアに形成された生産ネットワーク内の機械部品貿易は、それに参加できる立地や企業が厳選されることや、いったん形成されれば関係特殊的な取引*8が行われることから、(完成品等の)他の貿易商品と比較して安定的である点を指摘している。
また、具体的なリスクイベントごとにネットワークの持つ安定性・頑健性を観察する実証研究も行われてきた。主に、アジア通貨危機(1997〜1998年)・リーマンショック(2008〜2009年)、東日本大震災(2011年)の3つのイベントを題材とした実証研究が蓄積されている。しかしながら、それぞれショックの源泉が異なることに注意したい。アジア通貨危機およびリーマンショックは、前者は主に東アジアでの、後者は主に米国・欧州市場での需要減を引き起こした需要ショックとして分類できる。一方、東日本大震災は、被災地での生産工場の稼働停止という事態を招いた供給ショックとして分類することができる。以降では各ショックを題材とした文献を紹介していく。
まず、需要ショックとして分類したアジア通貨危機に関する研究を紹介しよう。代表的な研究としてはObashi(2011)が挙げられる。上述のObashi(2010)と同様の推定方法を用いてアジア通貨危機の影響を分析している。分析より、通貨危機の影響を考慮しても、アジア域内における機械部品の貿易は完成品と比較して長期間継続される傾向が確認された。また、このショックの影響を受けた部品・中間財貿易は、完成品等他の品目の貿易に比べて迅速に回復したことが確認された。
また、同じく需要ショックとして分類したリーマンショックに関する実証研究については、Ando and Kimura(2012)、Okubo, Kimura and Teshima(2014)が代表的な研究である。Ando and Kimura(2012)は2007年1月から2011年10月までを対象に、機械部品の貿易がどの程度安定的なのか明らかにすべく、通関ベースの財務省貿易統計を利用してサバイバル分析を行った。この分析は金融危機のような大規模なショックを考慮しても生産ネットワーク内の機械部品の貿易が安定的だったことを明らかにしている。また、機械部品輸出、とりわけ東アジア向けの輸出において、危機に際し途切れてしまった輸出取引の復活確率が高いという結果も得ている。Okubo, Kimura and Teshima(2014)は、日本の製品レベルの輸出データ(財務省貿易統計)に対するサバイバル分析を用いて、リーマンショックにおけるアジアの国際生産ネットワークの頑健性を観察した。結果としては、アジア諸国との貿易が輸出市場から脱する可能性が低いこと、そしてたとえ一度途切れても貿易関係は復活する可能性が高いということを確認した。
最後に、供給ショックとして分類した東日本大震災であるが、Ando and Kimura(2012)、Todo, Nakajima and Matous(2015)が代表的な研究として挙げられる。Ando and Kimura(2012)は、上述のリーマンショックと同様の方法で東日本大震災が日本の輸出に及ぼしたインパクトを観察している。この論文では、生産ネットワークを通じた機械部品の貿易は、危機の影響を受けながらも完成品貿易と比較して安定的だったことだけでなく、東日本大震災よりもリーマンショックの影響の方が甚大であり、かつ長く残ったとも指摘している。Todo, Nakajima and Matous(2015)は、東日本大震災の被災地における企業を対象とした調査によるデータを用いた分析を行っている。前述のタイの大洪水の例のように、サプライチェーンの繋がりによって被害が軽微であった企業や被災地外の企業でさえもが間接的な負の影響を受け、操業停止に至った例は多い。一方で、多様な生産ネットワークを持つことで、取引相手の代替や、取引先からの支援を通じて被災地企業の復旧が早まった例もある。この論文では、企業が取引する被災地域外の取引先企業数が多いほど操業再開が早くなり、被災地域内の取引先企業数が多いほど中期的な売上高の回復が早くなる傾向にあることを確認した。すなわち、上述した復旧に対するサプライチェーンの負の効果は、かなりの部分を正の効果によって吸収される可能性が示唆された。以上の分析結果より、生産ネットワークの深化は、災害に対する企業の強靭性の強化に繋がると結論づけている。
以上の実証研究から、東アジアとの機械産業の貿易、特に部品・中間財貿易は非常に頑健であり、様々なリスクイベントに直面しても取引が継続されるか、あるいは他の製品よりも早く貿易を回復させることが明らかにされた。このように、生産ネットワークは、外的ショックに対する脆弱性を露呈したというよりは、むしろ力強い回復力が証明されたと安藤(2012)も指摘している。これは、木村・安藤(2016)によると、生産ネットワークは一度構築されるとそれを維持しようというインセンティブが生まれることや、ネットワーク内のある工程が途切れてしまうと生産工程全体が止まってしまう可能性もあるため、早急に復旧させようとする力が働くということが理由であると考えられている。このことから、多くの研究では生産ネットワークは安定的かつ頑健性を持つと結論づけられている。以上の議論より、一度ネットワークとして築いた生産拠点を変更することよりも、維持することの方がコスト削減となるという判断を企業が下す傾向があることが推測される。他方、需要ショック、供給ショックで異なる企業行動を示す傾向も確認することができる。Ando and Kimura(2012)は、金融危機のような大規模な需要ショックはその被害の規模や期間について1企業がコントロールすることは不可能であることから、被害の甚大さや長期化を見越して生産ネットワークの構造自体を変化させようとするモチベーションが存在することを指摘している。
一方で、清田(2015)は、本節で紹介した実証研究の問題点を指摘している。企業内の生産ネットワークに組み込まれている貿易と純粋な市場取引による貿易の判別ができていない点と、外的ショックを受けた場合とそうでない場合を同時に経験できないが故に厳密な意味での両者の比較を行っているわけではないという点に言及している。しかしながら、このような課題は残されているものの、国際生産ネットワークを通じた機械部品の貿易が外的ショックに対して安定性を示していることは確かであり、清田・~事(2017)は、直接投資を通じた生産拠点の分散化が企業の不確実性への対処に貢献していると述べている。

6.まとめ
本稿では、日本の海外直接投資の分類、および主に東アジアで展開される国際生産ネットワークに関する諸議論について紹介してきた。近年日本の海外直接投資は増加の一途を辿っており、それに伴い日本の多国籍企業の存在感は増している。このように経済が進展する中、伝統的な直接投資の理論的概念では現実を捉えられなくなってきたことが指摘された。そこで直接投資を理論的に整理する際に用いられてきた水平的・垂直的直接投資という伝統的な概念を超えた、ネットワーク型直接投資の存在が確認されるに至った。この日本企業のネットワーク型直接投資はコスト削減という企業の合理的な行動の結果であるフラグメンテーションとして拡大し、結果として東アジアにおける国際生産ネットワークの構築に成功した。
しかしながら、この国際生産ネットワークにも隠れたリスクが存在する。これが生産工程の国境を越えたネットワーク化によって顕在化した、自然災害などの外的ショックに直面する頻度の上昇である。国境を越えて生産工程をネットワーク化させることで、ある国で発生したリスクイベントから受けるダメージを分散化して復旧コストを抑制する一方、各国の需要へのショックだけでなく供給へのショックをも被る可能性が高くなるということが想定される。そこで、外的ショックにより生産ブロックがダメージを受けた場合、企業は一度構築したネットワークを復旧させる行動を選択するのか、あるいは別の新たなネットワークの構築を試みるのか、という疑問が浮かぶ。その点に対して近年の実証研究は、外的ショックに対する力強い回復力を確認しており、とりわけ東アジアの国際生産ネットワーク内における貿易取引の安定性・頑健性の高さを確認している。すなわち、外的ショックによりダメージを受けた生産ブロックを回復させることが合理的と企業が判断して、一度構築したネットワークを継続させようとするインセンティブが働いているということが多くの研究で確認されているのである。
ここまで議論してきた国際生産ネットワークの形成メカニズムであるフラグメンテーションは貿易政策にも大きな変化を与えてきた。木村・安藤(2016)は、フラグメンテーションの進展により、従前までの関税撤廃・削減を目的とした貿易交渉から、サービスや投資の自由化、知的財産権の保護等の国際的なルール構築を中心とした交渉が求められるようになったと指摘している。最初に確認したように我が国の直接投資は増加傾向にある。今後もこの傾向が継続するならば、国際生産ネットワークへの政策的関心は益々高まることが予想される。したがって、本稿でサーベイした経済学における国際生産ネットワークの分析は、さらなる重要性を持つことだろう。

参考文献
[1]安藤光代(2012)「第5章 東アジアにおける生産・流通ネットワーク:その安定性と回復力」, 馬田啓一・木村福成編著『国際経済の論点』, 文眞堂
[2]大久保敏弘(2016)「第1章 世界金融危機と生産ネットワーク」, 木村福成・大久保敏弘・安藤光代・松浦寿幸・早川和伸編著『東アジア生産ネットワークと経済統合』, 慶應義塾大学出版会
[3]木村福成・安藤光代(2016)「第9章 多国籍企業の生産ネットワーク 新しい形の国際分業の諸相と実態」, 木村福成・椋寛編著『国際経済学のフロンティア グローバリゼーションの拡大と対外経済政策』, 東京大学出版会
[4]清田耕造(2014)「直接投資は産業の空洞化をもたらすか‐1990年代以降の実証研究のサーベイ‐」, 横浜経営研究, 第34巻, 第4号
[5]清田耕造(2015)『拡大する直接投資と日本企業』, NTT 出版
[6]清田耕造・~事直人(2017)『実証から学ぶ国際経済』,有斐閣
[7]松浦寿幸(2015)『海外直接投資の理論・実証研究の新潮流』,三菱経済研究所
[8]日本貿易振興機構(JETRO)(2012)「洪水後の在タイ日系企業の経営状況 〜バンコク日本人商工会議所「2011年下期 タイ国日系企業景気動向調査」より〜」
以下のサイトから入手可能。
https://www.jetro.go.jp/world/reports/2012/07000876.html 2018年8月10日閲覧)
[9]Ando, M. and Kimura, F.(2012). “How did the Japanese exports respond to two crises in the international production networks? The Global Financial Crisis and the Great East Japan Earthquake,” Asian Economic Journal, Vol. 26(3), pp. 261–287.
[10]Baldwin, R. and Okubo, T.(2014). “Networked FDI:Sales and sourcing patterns of Japanese foreign affiliates,” The World Economy, Wiley Blackwell, Vol. 37(8), pp. 1051-1080.
[11]Jones, R. W. and Kierzkowski, H.(1990). “The role of services in production and international trade:A theoretical framework.” in:Ronald W. Jones and Anne O. Krueger, eds., The Political Economy of International Trade:Essays in Honor of Robert E. Baldwin, Oxford:Basil Blackwell, pp. 31-48
[12]Kimura, F. and Ando, M.(2005). “Two-dimensional fragmentation in East Asia:Conceptual framework and empirics,” International Review of Economics and Finance, Vol. 14(3), pp. 317-348.
[13]Obashi, A.(2010). “Stability of production networks in East Asia:Duration and survival of trade,” Japan and the World Economy, Vol. 22(1), pp. 21-30.
[14]Obashi, A.(2011). “Resiliency of production networks in Asia:Evidence from the Asian crisis,” Studies in Trade and Investment, in Trade-led growth:A sound strategy for Asia, chapter 3 United Nations Economic and Social Commission for Asia and the Pacific(ESCAP).
[15]Okubo, T., Kimura, F. and Teshima, N.(2014). “Asian fragmentation in the Global Financial Crisis,” International Review of Economics and Finance, Vol. 31, pp. 114-127.
[16]Todo, Y., Nakajima, K. and Matous, P.(2015). “How do supply chain networks affect the resilience of firms to natural disasters? Evidence from the Great East Japan Earthquake,” Journal of Regional Science, Vol. 55(2), pp. 209-229

*1) 本稿の執筆にあたって、木村遥介研究官(財務総合政策研究所)に御指導いただいた。また、松浦寿幸准教授(慶應義塾大学産業研究所)からも有益なコメントをいただいた。ここに記して深く感謝の意を表したい。なお、本稿の内容や意見はすべて筆者の個人的見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではなく、本稿における誤りはすべて筆者個人に帰するものである。
*2) 日本から海外へ行う直接投資は、「海外直接投資(FDI:Foreign Direct Investment)」あるいは「対外直接投資」とも呼ばれる。また、直接投資を行う企業は、複数の国にわたって活動することから「多国籍企業」と呼ばれる。詳細は清田(2015)を参照されたい。
*3) 日本の直接投資の増加要因については清田(2015)を参照されたい。
*4) 水平的直接投資・垂直的直接投資については大久保(2016)、松浦(2015)、清田(2014)を参照されたい。
*5) このようなコストはサービス・リンク・コストと呼ばれている。木村・安藤(2016)は、サービス・リンク・コストには「部品・中間財等の輸送費、電気通信費、各種コーディネーション・コストなどが含まれる」と述べている。詳細については3節にて説明する。
*6) この節の説明は主に木村・安藤(2016)を参考にしている。
*7) タイの大洪水の被害状況等、詳細は日本貿易振興機構(2012)を参照されたい。
*8) 生産ネットワーク内の取引について、大久保(2016)は、「フラグメンテーションに関連する貿易は多様な中間財や部品が多く、これらはオーダーメイドの特注品も多く、取引はある種の「関係特殊性」を持っている」と言及している。

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