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世界税関機構(WCO)事務総局長 御厨邦雄氏 次期事務総局長選挙を終えて

聞き手:関税局税関調査室長 馬場  義郎

本年6月30日、ベルギー(ブリュッセル)で開催された世界税関機構(WCO:World Customs Organization)総会において、次期事務総局長選挙が行われたところ、日本政府が擁立した現事務総局長である御厨邦雄氏が、総会メンバーによる選挙の結果、再選された。三期目の任期は、2019年1月1日から2023年12月31日までの5年間である。今般、御厨事務総局長が一時帰国した機会を捉え、選挙の勝因や、デジタル化の進展等の税関を取り巻く情勢が変化する中でのWCOの今後の取組み等を伺った。(収録:8月2日。)

(馬場)この度のWCO次期事務総局長選挙での当選おめでとうございます。
(御厨氏)ありがとうございます。
(馬場)ファイナンス読者のために、まず、WCOがどのような組織であるか簡単に教えてください。
(御厨氏)WCOは税関関連の唯一の国際機関で1952年に設立され、日本を含む世界182か国・地域が加入しています。本部はベルギーのブリュッセルにあり、本部の職員数は約200名です。税関制度の調和・統一と税関行政の国際協力の推進による国際貿易の発展への貢献を目的としていますが、特に2001年の米国同時多発テロ以降はセキュリティ面にも力を入れています。(参考:WCO概要(図1 WCOの概要))

(馬場)今回の選挙はどういう選挙でしたか。
(御厨氏)今回は立候補が二名であり、スペイン候補との一騎打ちでした。彼女はスペインの関税局長を6年間勤めて来た経験があり、EU統一候補としてEUの強力なバックアップの下で積極的な選挙運動を展開しました。またスペイン語圏の中南米諸国の心情的な支持を集めやすいという点で、手ごわい候補でした。日本の勝因は三点あると思います。
一つ目は、日本政府が、総理や財務大臣・外務大臣の外国首脳などとの面会の場での支持要請、在外公館大使や外務省による支持要請、財務省関税局幹部による支持要請など、政府を挙げて様々なレベルでの支持要請活動を行ったことです。私は現職であり、積極的には動きづらい立場でしたので、とても助かりました。

二つ目は、単に「お願いします」の連呼ではなく、181か国の情報を丹念にまとめ、分析し、各国の事情に応じたきめ細かな支持要請戦略を採ったことです。日本のWCOへの任意拠出金による途上国税関職員を対象とした人材育成プログラムや長年にわたる日本税関の諸外国への技術協力も力を発揮しました。また、WCO事務局などで活躍した日本の税関職員と諸外国との人的ネットワークも強みでした。これらを通じ、日本税関への信頼の確立や、情報収集体制の構築ができていました。
この二つにより、個々の国に対して、直接、効果的に働きかけ、メッセージを伝えることができました。データ時代の現代に相応しい、データ分析に基づいた組織的な選挙戦でした。

加えて、三つ目は、これまでの積み重ねです。幸いにして私の大蔵・財務省時代の経歴は結果的にはWCO勤務の準備に役立つことになりました。具体的には、私は1990年から3年間ジュネーブに駐在し、ウルグアイラウンド貿易交渉に参加し、その後関税局で多国間及び二国間の貿易交渉及び税関行政の執行を担当しましたので、貿易政策と税関実務双方を知ることが出来ました。おかげで関税局の課長時代はWCOの各種委員会に参加し、WCO財政委員会議長も務めることが出来ました。WCO内のネットワークに加え、GATT/WTO時代の知り合いにも助けられました。こうした知識・経験や人脈を認められて、2001年の選挙でWCO事務総局次長に当選し、7年間にわたって事務局の実情を知りつつ仕事に貢献することが出来ました。
また入省後、大蔵省からフランスに留学させていただいたので、アフリカを中心とするフランス語圏諸国との意思疎通に問題がありませんでした。事務総局次長になってからはスペイン語を勉強し始めました。50の手習いで苦しいものがありましたが、スペイン語でスピーチは出来るようになりました。英語が国際社会の共通語になればなるほど、相手に通じる言葉で通訳を介さずにコミュニケートする重要性は増して来たと思います。
このような背景がありましたので、事務総局長就任と同時にそれまで温めてきた施策を次々に実施に移すことが出来ました。また事務総局長として毎年6地域で開催される地域関税局長会合には全て出席し、全ての関税局長と直接話すように心がけました。また、これまでに累積すると150か国の加盟国を訪問したことになり、税関のトップだけではなく、現場の人たちの話を聞く機会にも恵まれました。こうした地域会合や訪問国では、各国から直接ニーズを把握しきめ細かく対応して来ました。更に、国際機関トップとも連携を深め、世界的な政策課題について意見交換して、税関がどのように対応できるかを探ると共に、税関が貢献できることを訴えてきました。
更には事務局の改革にも努め、健全で透明な財政運営に努めたこと、採用面ではEU中心だった職員構成を各地域に広げて多様化し、34か国だった職員出身国数を64か国まで増やしました。

(馬場)対抗馬を出したEU陣営からは御厨事務総局長の実績は立派だ、ただ長過ぎるので新風を入れたいのだと聞きました。他方、御厨事務総局長のこれまでの実績を基に更にWCO改革を進めて欲しいという声を上げる国も数多くあり、そうした国々が日本の支持に回ってくれたのだと思います。
2009年より事務総局長としてこれまで二期務められ、今年は10年目になります。この10年間、様々なことが起こり、税関を取り巻く環境も大きく変わったと思いますが、どのようなことを考えられ、推進されてきましたか。モットーなどあれば、ご紹介いただけますか。
(御厨氏)私が力を入れたのは税関の使命の明確化です。税関が国境に戦略的に配置されていることや税関間協力の絆の強みを活かして、経済社会環境の変化に対応して、どのようにして社会に更に貢献できるのか、それをどうやって国際社会に訴えるのかを考えてきました。
税関は伝統的には歳入官庁ですので、効率的で公平な税の徴収を求められています。最近話題になっている、国境を跨いだ脱税を含む不明朗な資金の流れに貿易が悪用されるようなことがあってはなりませんし、内国税当局との協力が欠かせません。一方でグローバル化に伴う貿易サプライチェーンの発展により、国境措置がビジネス環境を大きく左右することが明らかになって来ました。昨年発効したWTO貿易円滑化協定はそうした産業界の要望に対応するものです。税関は手続きの透明化、予見可能性を高めながら、コンプライアンスの高い貿易業者やその他の国境手続に関わる官庁との連携を深める必要があります。他方でグローバル化はテロ・国際犯罪組織に悪用され、貿易サプライチェーンが薬物、武器、希少動植物、知的財産侵害物品といった国民の健康や安全を害する社会悪物品の犯罪サプライチェーンになりかねません。税関は貿易相手国の税関のみならず警察等の法執行機関と組んで、国境での第一防御ラインを守らなければなりません。この数年は国連の決議でもWCOのテロ対策に言及される機会が増えてきました。
こうした多様な税関の使命を一言で説明するにはどうしたら良いかなと考え、税関の国境機能に着目して、「Borders Divide, Customs Connects」という連結性を税関のモットーにしました。各国に出張して財務大臣を始めとする政府首脳に面会する機会が多いのですが、このモットーを使いながら税関の使命を説明すると、歳入確保に留まらない幅広い税関の守備範囲、そして税関の近代化やそれに伴う予算定員配分の必要性を理解していただけることが多くなりました。
歳入徴収、経済競争力向上、国民の保護の三分野に能力増強(キャパシティ・ビルディング)を加えて4つのゴールにして、上記のモットーをビジョンとしたものを2013年にWCO戦略プランとして策定しました(図2 戦略プラン)。この四分野で次々と政策ツールを策定すると共に、各国がこうした政策ツールを実施するための支援策も含む政策パッケージとして打ち出し、税関が出来る貢献を見える形にしました。
戦略プランは環境の変化に応じて改定されていくものですので、社会のデジタル化の進展に応じて、5番目のゴールとして、デジタル税関をあとから挿入し、情報交換を含む税関間やその他官庁との協力を前面に打ち出しました。税関実務のIT化を図ることは当然ですが、今はデジタル化の結果得られるようになった膨大なデータをどう税関で活用すべきかを考えています。

(馬場)常に時代の変化を先読みして行動する必要があるということですね。
(御厨氏)国際機関のトップに求められるのはその時々に応じた政策課題を設定して、ビジョンを明確にすること、またそれを的確に発信することだと思います。こうした観点から世の中に求められていることを常に考え、それに合わせたグローバルな政策パッケージを毎年打ち出してきました。地域的にもそれぞれの実情やニーズに合わせた対応をする必要があります。例えば、アフリカでは内陸国が多いので貨物を陸揚げした国から仕向け国までトランジットとして貨物を輸送する必要があります。そこで通過する陸の国境に接する両国間の物理的及び手続面のインフラ整備や商業データの交換も含んだガイドラインを昨年設定し、現在その実施の支援を行っています。また自由貿易地域や関税同盟といった地域統合の動きにも対応した施策も多数実施してきました。
(馬場)グローバルな貿易体制の見直しの動きやブレクジットの動きがある中で、WCOとしてどのように取り組んでいこうと思われていますか。
(御厨氏)グローバル化により、これまで原料から製品まで一国で作っていた生産プロセスが細分化され、より競争力を高められるところへパーツの生産やアセンブリーが移って、これまでの生産構造が変化しました。そのため国境を半製品の形で通過する貿易量が増えてきましたので、税関としてサプライチェーンの円滑化と社会悪の取締りに力を入れてきました。ただグローバル化の結果として雇用に変化が生じたときに、それまで働いていた「ヒト」はどうするのか、過渡的な再訓練や将来の雇用見通しといった面が現在問題になっているのだと思います。もちろん雇用の変化は単にグローバル化に伴う労働コストの差だけではなく、テクノロジーの進展による面が大きく、長期的には労働者はAIやロボットに置き換えられているのではないかとの懸念もあります。
そうはいってもグローバル化は今後も着実に進んでいくでしょうし、どういう政策を採ろうとテクノロジーの進展や他国への波及を止めることは難しいでしょう。貿易がそうしたテクノロジーの波及を促進する側面があることも事実です。国境で連結性を担う税関としては、それらの進展に備えて合法的な貿易を推進し、国境での社会悪の取締りを行えるようなリスク管理が必要になりますので、それに対応した事前のデータ収集や管理といった広義のインフラを整えていく必要があると思います。従ってWCOのやるべきことは、日々の国境におけるモノやヒトの流れなどにより生じる様々な課題や実務上の問題について、国境の関係者、民間や公的機関も含む皆で協力して対応できるようサポートしていくことです。貿易政策への提言や寄与もこうした実施上の視点や関係者の連携といった観点からのものが中心になると思います。

(馬場)今後の御厨事務総局長の三期目の仕事に繋がっていくと思いますが、新しい技術が生まれ、加速度的に進展すると、これまで技術的に障害があったことも容易に乗り越えていくことになると思いますが。
(御厨氏)そうですね。テクノロジーの進展は社会の進展の大きなドライビングフォースです。最近ではビッグデータが社会の注目を浴びており、Amazon、Google、Facebookなどデータを扱うところが時価総額で上位を占めるような時代になりました。そうした動きに税関は対応しているのか、データやデジタル技術を使いこなせているのか、(輸出入貨物や旅客の)リスク分析だけでなく、もっと他の使い方ができるのではないか、など色々と考えられます。貿易円滑化やセキュリティなどに加えて、三期目は税関のテクノロジーの進展への対応がもっと重要になってくると考えています。
既に民間はこうした動きに乗って、電子商取引を進めています。電子商取引は消費者の貿易サプライチェーンが提供する便益への参加を促すので、画期的な取引形態です。ただ合法的な取引は税関としても円滑化を図れますが、社会悪物品の取引に使われることは防止する必要があります。残念ながら、電子商取引が社会悪物品の取引にかなり悪用されている実態もあります。そこで今年6月のWCO総会では、税関が事前に電子データにアクセスできるようにすることを核にした、電子商取引の基準の枠組みを採択し、さらに各国で実施できるよう作業を進めることにしています。
もっとも税関はデータを集めるだけでなく分析したうえで、民間にフィードバックすることも考える必要があります。民間部門から集めたデータを民間部門に返す、これが新たなビジネスチャンスを生みます。個人情報保護もカバーした新しいデータ・ガバナンスにも対応して行く必要があります。
もう一つ、AIの活用が重要です。電子商取引の進展により、税関は、これからコンテナ単位でなく、小さな小包単位で貨物を見ていく必要があり、かつ、開披せずに検査する技術を発展させないといけない。貨物の画像をAIで分析するなど効率的な手法の検討を進め、電子商取引による貨物の増加に対応していく必要があります。
更に、ブロックチェーンの活用が挙げられます。これまで税関はサプライチェーンの参加者間をバケツリレー方式で送られてくるデータを受けてきましたが、必ずしも正確な情報をタイムリーに受け取っているとは言えない状況です。ブロックチェーンが貿易サプライチェーンに応用されれば、分散型台帳(distributed ledger)を活用して、税関が途中で改ざんされにくい情報にリアルタイムでアクセスすることも技術的には可能になります。この技術の活用に今や各国が取り組んでいます。WCOは税関協力が中心ですが、情報の交換は税関協力の根幹であり、テクノロジーはその基盤を提供するものです。

(馬場)日本税関としてもAIや先端技術の重要性を認識し、既にその利活用について検討・対応を進めていますが、更にその取り組みを進めていく必要があると考えています。
(御厨氏)各国とも政府と民間部門が一緒になって取り組まないと、テクノロジーの波に乗り遅れてしまうと思います。
(馬場)日本税関もR&D機能を更に強化する必要性を感じています。また、港湾ではAIを使ってのコンテナヤードの動線の最適化などが検討されていると報道にありましたが、サプライチェーン全体の効率化に向け、関係省庁とも更に連携して取り組んでいく必要性も感じています。
(御厨氏)先端分野への対応については、税関においてもヒューマンリソース(人材)面での対応が課題になるでしょう。今後の税関職員の任用において、どのような資格・資質が求められるか見直す必要があります。日本税関は理系も採用していますが、今後どういう人材を採用するか、どういうキャリアパスが必要かということを考えていかなければならないでしょう。WCOは各国税関のトップマネジメントの意識改革のために、これだけは知っておかなければならないという「IT Guide for Executives」を作成しましたが、今後はITに対応した人材育成全般を検討しなければならないと考えています。7月に出張したインド税関では、各地の税関職員によるデータ分析の競技会を行っていました。先進国の税関職員も、ITの知識を高めて、仕事にどう活用できるのか自ら考える時代になって来ました。

(馬場)6月にペルーでのWCO・ITカンファレンスに出席し、各国税関がAIやブロックチェーンなど先端技術の活用にまだ試行錯誤の段階ではあるものの積極的に取り組んでいることがよく分かりました。とりあえずやってみよう、が重要だと思いました。最後に、国際機関のトップとして、現在の日本税関をどう見られていますか。
(御厨氏)日本税関は、(制度の企画・立案の機能を持たない)執行だけの税関と違い、政策立案の機能も有しているため、WCOの会議で政策の検討を行う際などに頼りにされています。日本税関出身のWCO職員も非常に活躍しています。日本税関は、WCOのセキュリティプロジェクト(注:日本の拠出金でアジア及び西・中央アフリカの税関のテロ対策を支援)ではリーダーであり、同プロジェクトがG7サミットの宣言文書に入るなど、政策面をリードしているため、これを続けていただきたいと考えています。
また、通関所要時間調査のように、その後の国際スタンダードになるような施策も産み出しています。パフォーマンス評価が大事になる一方で、デジタル化の世の中ですので、通関所要時間調査もシステムによる自動計測に移行できないかなと考えています。もちろん関税局が鋭意取り組んでいるAI活用で世界をリードする役割も期待しています。更にブロックチェーン技術の活用についても、「ジャスト・イン・タイム」に見られるようなサプライチェーン先進国の日本が音頭を取って、官民による外国との連携を進めていただければ、そこから国際スタンダードを形成することができると思います。日本はイノベーションによって発展した国ですし、日本税関もいろいろな面で世界をリードしてくれることを期待しています。
税関は地味に思われがちですが、ヒト・モノ・カネの国際的な流れに目を光らせることによって、経済発展や安心・安全な社会づくりに貢献しています。WCOは技術的な側面に特化することによって、政治的な立場を超えた国際連携が可能ですし、より良い世界を目指して前進することが出来ます。日本はWCOというマルチの枠組みを通じて、効果のある国際協力に貢献しています。
(了)

写真 写真(1)麻生大臣と
写真 写真(2)WCO総会で演説中の御厨事務総局長
写真 写真(3)WCO総会中の次期事務総局長候補者合同レセプションでの日本のイベント(書道)
写真 写真(4)WCO総会投票日のレシービングライン
写真 写真(5)WCO選挙関係者と

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