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巻頭言:社会を変える言葉の可能性

吉元 由美

作詞家 作家、日本語検定委員会審議員

「言葉を失えば、文化を失うことになる」言葉への関心が高まる中、国文学者の中西進先生は著書の中でこう警鐘を鳴らしています。言葉を失うとは、どういうことでしょうか。日々の生活の中で言葉の乱れや、新しい言葉について意識することはあっても、失われていく言葉について関心が寄せられることはあまりないように思います。

「言葉が乱れると国力が落ちる」

また、中西進先生はこのように述べています。国力とは経済力でも軍事力でもなく、文化。一度失われた文化は、政治で取り戻すことはできない。ひとりひとりが文化度を上げていくことでしか、取り戻せないのです。

言葉には、それを現実にする力、言霊があると言われています。「日本は言霊によって幸わう国」と万葉の歌人、柿本人麻呂、山上憶良は歌に詠みました。言葉にはその心が宿っていると、いにしえの日本人は感じていたのです。

たとえば、「稲・イネ」は、なぜ「イネ」という名になったのか。稲、お米は日本人にとって最も大切なもの、「命の根・いのちのね」であると考え、「イネ」と名付けた。大切なものへの敬意を、言葉にこめたのです。もしも現代人がこの言葉の由来を心に刻んでいたら、日本で廃棄食糧問題など起きないかもしれません。

挨拶の言葉には祈りや感謝の気持ちが宿っています。「いってらっしゃい」には(どうぞ無事に帰って来てください)という祈りが、「お帰りなさい」には(無事に帰って来られてよかった。有り難うございます)という感謝の気持ちがこめられています。

「有り難う」という言葉は、「有ることが難しいことが起こったこと」に対する賞賛です。「有り難う」の反対は「あたりまえ」。何事も「あたりまえ」だと思った途端に色あせます。何事にも「有り難う」と言えたときに、喜びが湧き上るのです。「有り難う」というたった五文字の言葉が、どれだけ場をまろやかに平和にするでしょうか。これが言葉の力、言霊なのです。

言葉は伝達手段ですが、それ以前に言葉は心そのものであると思います。言葉はその人を語り、その人の文化を語ります。それは、美辞麗句を並べることでも、豊富な語彙力があるということでもありません。拙い言葉であっても、そこに心が感じられるか、です。

あまり使われなくなった言葉と共に、その心、精神も薄らいでいきます。例えば「はしたない」という言葉を最近聞かなくなりました。すると、はしたないことが多く起こります。「はしたないこと」に対して無自覚になります。これも文化を失うことのひとつです。

日本語の豊かさについて、残念ながら学校教育の場では教えられてきませんでした。日本人の精神性が、日本語という言語を創造してきたことを、「やまとことば」を通して伝えることはできないでしょうか。例えば「おかげさま」という言葉には、お世話になった人のこと以前に、私たちを生かしている自然、大いなるものへの感謝がある。だから「かげ」なのです。

このように「おかげさま」というひとつの言葉から、私たちが森羅万象に生かされていること、感謝の気持ちを持つことの大切さを学ぶことができます。文化は与えられるものではなく、ひとりひとりが生みだしていくものです。言葉を通して心を育む。それが優しい社会と豊かな文化を創る土壌になる。日本語を創った先人たちの心を、今こそ大切にする時ではないでしょうか。

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