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ライブラリー 大瀧 雅之 著 「アカデミックナビ 経済学」

勁草書房 2018年3月 定価2,700円(税抜)

評者

渡部 晶

著者の大瀧雅之氏は、現在東京大学社会科学研究所教授で、理論経済学を専攻している。

本書の構成は、はじめに、第1章 本書のねらいと構成、第 ローマ数字1部 ミクロ経済学(第2章 物々交換経済における市場の動き、第3章 ゲーム理論と市場の失敗、第4章 不確実性の経済学と契約理論)、第ローマ数字2部 マクロ経済学(第5章 貨幣経済の世界(その1):物価理論、第6章 貨幣経済の世界(その2):失業の理論、第7章 経済成長理論)、第ローマ数字3部 応用編(第8章 限定合理性(個人の多様性)と社会秩序、第9章 日本経済の繁栄と危機の歴史、第10章 数学の基本を学ぼう)、用語解説、索引となっている。各章の末尾に章の要点と文献ガイドが付く。

著者は、「はじめに」で、経済学が人間・社会を対象とする学問であり、他者へのempathyある経済学こそ経済学たりうるという。「第1章」では、10章までの内容を簡潔に要約する。ミクロ経済学とマクロ経済学を1冊にしているが、その区分について、ミクロ経済学は「物々交換経済を描くための道具」、マクロ経済学は「それをもとに私たちが生きる現実の経済である貨幣経済で起きるさまざまな経済現象を記述し、分析することを目的としている」という。「経済学は選択と交換の学問」だとし、この基礎となるミクロ経済学を徹底して学ぶことの重要性を指摘し、ミクロ経済学とマクロ経済学を一体として考えるべきだという。また、貨幣は、「欲求の二重符合の困難」を解決する、信じがたい程便利な社会的契約であり、人々の貨幣の価値に対する「確信」によって支えられているという。この貨幣価値への確信をいかに維持するかは、政府・日銀に課せられた至上命題だと断じる。

「第2章」では、ふつうのミクロ経済学の教科書と同様、「効用」、「需要曲線」、「供給曲線」などを説明する。しかし、その説明が、どうしてそうなるかについて、そもそもからきちんと説明し、導出するという手順を踏んでいて異彩を放つ。また、「パレート効率性」を解説し、厚生経済学の第一定理(「見えざる手」)を証明する。しかし、非自発的失業がある場合、それは「パレート効率的」とはならないこと、「見えざる手」は、第一定理を成り立たさせている「仮定」(現実の経済における制度的・歴史的制約、意思や情報の伝達・探索費用の特性、貨幣の持つ特殊性など)が満たされなくてはならないことを強調する。この定理は、現実経済のどこに問題があるかを探す際のレファレンス・ポイントとして役立てるというものであり、「無批判な資本主義賛美の礎石」ではないと厳しく戒める。

以下、大瀧氏の明晰にして論理に厳密な記述を読み進んでいくと、「第9章」に到達する。ここで、大瀧氏は、現在の日本の経済運営は、新自由主義とケインズ派の妥協の上に成り立っているとする。すなわち、総需要を喚起し経済を刺激する財政・金融政策の副作用を深く省みないという教科書的なケインズ政策がマクロ経済運営ではとられる一方、政府の総需要管理政策に批判的なはずの新自由主義者は「構造改革」を進める。この飛躍をつなぐのが、「官から民へ」というマクロでの総需要喚起政策の側面を持っている規制緩和ということだという。この章でも簡単にふれられているが、第6章の参考文献にある「2025年の日本 破綻か復活か」(駒村康平編著 2016年9月 勁草書房)の「第2章 将来世代に負担を先送りする日本―日本経済が整えるべき基礎的条件」(大瀧雅之)では、リカードの慎重で聡明な議論に異を唱え、完全雇用のためなら中央銀行の国債引き受けまで認める社会主義者ラーナーを厳しく批判し、「国債の発行は将来世代の負担である」ことをきちんと証明し、世代間の公平という観点から望ましくないとしている。この章の最後で、高率のインフレーションから身を守るため、社会保障をはじめとした歳出をできるだけ抑制すること、人口減少に備え公債を減らすことを始めること、そのためにはかなりの増税を受け入れなければならないこと、が重要であるとする。

大瀧氏は、バブルの崩壊の帰結として、これまでと反対のことを徹底的にやればうまくいくという単純で将来に十分な配慮のない考え方(視野の短期化)が浸透してしまったという。我々は、そろそろ、そのような思考から陥った泥沼から抜け出す端緒にすべく、まずは本書をじっくりと読み解くということをこの際すべきではないかと考えた。広く精読を是非お勧めしたい。

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