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我が国の経常収支の構造変化:「貿易立国」から「投資立国」へ

我が国の経常収支の構造変化:「貿易立国」から「投資立国」へ

国際局為替市場課国際収支専門官 泉山 美幸/同課国際収支第一係長 高橋 宏信

1はじめに

海外とのモノやサービス、投資の取引状況を示す経常収支を見れば、一国の対外経済取引状況が分かる。近年は、本邦企業の活発な海外投資や訪日外客数の増加により、長い間日本の経常黒字の牽引役であった「モノの輸出」に代わり、「投資や観光・ロイヤリティ収入」が経常黒字を押し上げている姿が浮かび上がる。

我が国の経常収支統計から日本経済の構造の変化を読み解いてみると、「貿易立国」から「投資立国」への転換が鮮明になってきていると言えよう。

図表 経常収支の推移

2経常収支の構造変化

経常収支の推移について、過去半世紀の変化を概観すると、経常黒字を支える項目が貿易収支から第一次所得収支に移行するなど、日本経済の構造的な変化を映じた動きが見てとれる。

最近の貿易構造は、鉱物性燃料を中心に輸入数量が減少しにくい一方、製造業の生産拠点の海外移転が進んだことを背景に輸出数量も伸びにくく、黒字拡大が抑制される傾向にある。他方、長年の経常黒字を背景とするこれまでの対外投資により、居住者が保有する海外資産や外国証券の残高が増加した結果として、海外との配当や利子の受払を示す「第一次所得収支」の黒字が増加し、今や貿易収支の変動を吸収できる規模の黒字を安定的にもたらす構造が定着している。

また、サービス収支は赤字幅の縮小が継続しており、黒字転換も視野に入ってきた。

以下、これらの変化を細かく見ていきたい。

3貿易収支の要因分析

イ)輸入数量は減少しにくい

輸入金額への影響は、数量変化よりも価格変化の方が圧倒的に大きく、為替の影響も大きい(図1 輸入金額の要因分解)。主要な輸入品目である鉱物性燃料をみても、輸入価格と為替が輸入額に与えるインパクトの大きさが見て取れる(図2 鉱物性燃料輸入金額の要因分解)。近年、鉱物性燃料の輸入数量は安定的に推移しており(図3 主な鉱物性燃料の輸入額・輸入数量の推移)、結果として原油価格等の変化で輸入額が左右される構造となっている。

ロ)輸出数量は増加しにくい

輸出についても同様に、輸出金額は、数量よりも価格の変化の影響の方が大きく、また、為替によっても(輸出数量の変化を通じてではなく、円建て換算を通じて)左右される(図4 輸出金額の要因分解)。

輸出数量が増加しにくい背景には、生産拠点の海外移転の進展が考えられる(図5 海外現地生産比率の推移)。リーマンショック前は、海外生産化に伴う「輸出代替」*1と「輸出誘発」*2がほぼ均衡し、輸出数量の減少は抑えられていたが、近年、部品等を含めた「地産地消」が進み、輸出誘発が起きにくくなっていると考えられる(図6 海外現地法人売上高(製造業)と輸出金額)。

ハ)為替と輸出数量との相関

ここ数年、為替と輸出数量の相関が崩れており、為替変動は輸出量に殆ど影響を与えていないことは、より長い期間の変化を見ても、また、主要な輸出相手国である米国との関係でも明らかである(図7 輸出数量と実質実効為替レート対全世界(実質実効為替レート),8 輸出数量と実質実効為替レート対米国(ドル/円レート))。ここ数年、円安局面でも輸出量が伸びない背景には、本邦企業の生産拠点の海外移転が進む中、現地調達率が上昇していること、現地価格を簡単に変更できる市場環境にないこと、競争力を失った製品は生産自体が減少していること、などが挙げられる。

4「投資」に現れる特徴

第一次所得収支は、黒字構造がより安定化し、貿易収支の変動を吸収できる規模が定着

第一次所得収支の黒字は、2014年に記録した過去最大の貿易赤字(約10兆円)の2倍の規模に達している。これは、貿易収支の変動を吸収し、貿易収支が赤字転化する局面でも経常黒字を維持することが可能な規模と言える。

従来は、第一次所得収支の大半を証券投資収益が占めていたが、最近では、M&Aをはじめ活発な対外直接投資を背景に、直接投資収益の割合が高くなってきており、その海外資産からの収益が日本に還流することで我が国経常収支の収入源の様相が変わってきているように見える(図9 直接投資・証券投資収益の推移(ネット))。

このような貿易収支の縮小と、所得収支、特に直接投資収益の拡大は、必ずしも独立の事象ではなく、一部産業の構造変化も反映していると考えられる。例えば、製造業では、海外展開の進展に伴い、これまで収益を支えてきた「貿易による稼ぎ」から「投資による稼ぎ」へシフトし、収益が反映される項目が「貿易収支」から「所得収支」へ振り替わっていることが見て取れる(図10 製造業の収益構造の変化)。

5「サービス収支」の新しい潮流

サービス収支は、訪日外客数の急増やロイヤリティの受取拡大に伴い、黒字転換も視野

2013年から段階的に導入されたビザ緩和、2014年の消費税免税制度の拡充なども後押しし、訪日外客数は急増している。訪日旅行者による財貨・サービスの消費拡大が貢献し、2015年には旅行収支が黒字転化した。その後も継続的に黒字幅は拡大している。また、日本企業の積極的な海外投資も背景に、産業財産権等使用料(ロイヤリティ)の受取が拡大していることから、サービス収支を構成する「知的財産権等使用料」も黒字幅が拡大している。これらを背景に、サービス収支は赤字幅の縮小を継続(図11 サービス収支(ネット)の推移)。サービス収支全体として、月次で黒字となる月も出てきており、年次ベースでの黒字転換も近い将来起こり得るであろう。

6国・地域別でみた貿易と投資

イ)過去20年間、継続的に貿易黒字の太宗は、対米国、アジア(除く:中国)、EUであり、経常赤字の大半は、対中東、中国

貿易収支では、米国、アジア、EUに対し黒字である一方、中国、中東や大洋州に対しては赤字である。ここ数年、米国、アジアに対する黒字額に大きな変化は見られないが、中国に対しては、半導体製造装置等の輸出拡大などを背景に赤字額が減る傾向が見られる。また、対中東では、原油価格の騰下落により輸入額は左右される傾向がある(図12 地域別貿易収支の推移)。

ロ)対外直接投資残高は、米国、アジア(除く:中国)向けを中心に急増。また、オランダ向けの比重が増加

旺盛な本邦企業の海外投資を反映し、直接投資の残高は1996年の30兆円から2017年の174兆円へと約6倍の規模に拡大した。特にアジアや米国向け直接投資が倍増している(図13 直接投資残高(資産・地域別)の推移)。直接投資残高の増加に伴い海外から受け取る収益もアジア、米国、欧州を中心に拡大している。直投収益率でみると、米国と欧州は4%から6%近辺で安定的に推移しているのに対し、中国やアジアの収益率は2000年代に急上昇し、10%を超える水準となっており、アジアの成長を取り込む姿が鮮明になっている(図14 地域別直接投資収益率の推移)。

海外直接投資先のうち、オランダやケイマン諸島などはそのGDPを遥かに超える規模の直接投資の受入・実行を手掛けていることから、いわゆる「導管国」として知られている。これらの国に対する投資は、その先に真の投資先国がある可能性が高く、統計を分析する際には留意が必要である。例えば、最近の我が国の対外直接投資残高に占めるオランダの比重が高まっているが、その一部は我が国から第三国への直投がオランダを経由しているに過ぎない可能性が高い。また、自らのGDPの数倍にも上る直投を我が国から受け入れているケイマン諸島のような地域は、直投の太宗が経由である可能性が極めて高い(図15 日本からの直接投資残高(対各国GDP比))。

7国際収支と為替

イ)貿易

為替が貿易数量にあまり影響を与えていない点は前述したが、貿易収支が為替に与える影響についても留意が必要である。貿易決済に使われる通貨は、ドルと円が大部分を占め、ドルは輸入におけるシェアが輸出よりも高い一方、円決済は輸出におけるシェアが輸入よりも高い。

このため、通貨別の収支を見るとドルの赤字と円の黒字が圧倒的に大きい*3。これは、貿易取引に起因する実際の為替取引はネットでドル買い・円売りであることを示唆する。

貿易収支が黒字だと外貨=ドルの黒字、すなわちネットでドル売り・円買いと思われがちだが、図16 日本の貿易収支:通貨別貿易収支の推移の通貨別収支はこうした見方が必ずしも適切でないことを示している。

つまり、貿易量でウェイト付けした各種実効レートは日本の貿易に絡む為替取引の実態を適切に反映しているとは言い難い。

ロ)投資

国際収支の構造変化を踏まえれば、国際収支の為替に与える影響を考える際に、所得収支やこれを支える投資についての分析も重要である。

例えば、ここ数年、わが国の対外直接投資が急激に拡大していることから、これに伴う円売りが円に対する下落圧力となっているのではないかとの指摘がある。

確かに、ここ数年の対外直接投資の拡大は目覚ましいが、直接投資の増加とともに、直接投資収益として配当金や再投資収益*4も増加しており、両者を併せて見る必要がある。

再投資収益は、統計作成のルール上、収益と同額の再投資を計上するものであり、実際の資金移動を伴わないことから、為替取引は全く無い。一方、配当金はほぼ全額が外貨の受取と想定される。

収益の再投資以外の直接投資については、為替に影響を与えるもの(外貨をアウトライトで調達して行うもの)と、為替に影響を与えないもの(既に保有している外貨を融通して行うものや、為替リスクをヘッジするものなど)が混在している。このため、直接投資の為替の影響は投資額ほどではない可能性が高い。直接投資の為替に影響する金額を50%と仮定して試算してみると、直接投資とその収益である直接投資収益の為替への影響は継続的にほぼゼロである(図17 直接投資関連資金の基礎的需給)。

8終わりに

このように、「国際収支統計」の推移を見ると、我が国経済の変容が浮き彫りとなっていることに気付かされる。国内市場の縮小を見据えた海外進出という本邦企業の戦略や、観光振興を通じた訪日外客数の増加、M&Aなどの海外投資の拡大といった様々な動きが見て取れる。

「国際収支統計」が日本の経済構造の投影であることは、その解釈にあたって全体を捉える視点が重要であることも意味している。例えば、本稿においては、貿易黒字の縮小が、必ずしも輸出で外貨を獲得してきた製造業等の凋落を示しているとは限らず、むしろ本邦企業が海外展開を進めてグローバルに競争力を発揮していることが、別の視点からは「貿易」から「投資」への戦略的シフトと捉えられ、マクロデータとして国際収支に投影されていることを示した。

また、「7国際収支と為替」で示したように、国際収支のマクロデータと実際の為替取引の関係は、「経常黒字だから円買い」といった単純なものではないことにも留意が必要である。本稿では貿易収支および対外直接投資に起因する為替取引について考察したが、本稿で取り上げなかった証券投資に絡む為替取引を含めて、今後の研究課題としたい。

*1) 輸出代替―日本で生産した製品の輸出に替わり現地生産を行う。

*2) 輸出誘発―現地生産向け部品等の輸出を行う。

*3) 他通貨のシェアは小さいため、ここでは勘案しない。

*4) 海外子会社等が稼得した利益のうち、本邦投資家に配当されずに内部留保されたものは、その持分に応じて一旦投資家に配分された後、直ちに再投資されたものとして、経常収支の「再投資収益」と金融収支の「直接投資/収益の再投資」に同額が計上される。