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超有識者場外ヒアリング(62)/「ファイナンス」平成29年5月号

スポーツ編

内村 航平さん(写真左)体操競技選手 (オリンピック 金メダリスト)Uchimura Kohei

1989年長崎県諫早市生まれ。オリンピック3大会(2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロ)に出場し、個人総合2連覇を含む7つのメダル(金メダル3、銀メダル4)を獲得。また、世界体操競技選手権でも個人総合での世界最多の6連覇を含む19個のメダル(金メダル10、銀メダル5、銅メダル4)を獲得。国内大会ではNHK杯個人総合では8連覇中、全日本選手権個人総合では本年4月9日に10連覇達成。紫綬褒章受章のほか、今年も既に、日本ジュエリーベスドレッサー賞、日本スポーツ賞オリンピック特別賞等を受賞。本年、復興応援大使就任。

神田 眞人 Kanda Masato 金融庁参事官

東京大学法学部卒業、オックスフォード大学経済学修士(M.Phil)。世界銀行審議役、財務省主計局主査(運輸、郵政担当を歴任)、国際局為替市場課補佐、大臣官房秘書課企画官、世界銀行理事代理、主計局給与共済課長、主計官(文部科学、経済産業、環境、司法・警察、財務担当を歴任)、国際局開発政策課長、同総務課長等を経て現職。OECDコーポレートガバナンス委員会議長等を兼務。主著に「国際金融のフロンティア」、「超有識者達の洞察と視座」、「強い文教、強い科学技術に向けて」、「世界銀行超活用法序説」等。

神田参事官: 本日は、練習でご多忙のところ、お時間を頂き、有難うございます。このNTC(ナショナルトレーニングセンター)は私も何度か訪れてきましたが、内村選手の大切な練習の合間になってしまい、恐縮です。今日は、試合からスポーツ普及、そして、決断されたばかりのプロ転向まで、幅広く読者にお考えを共有できれば幸いです。

試合の現場の緊張感

神田: まずは、読者が入りやすい感動のリオ体操個人決勝から。年末のテレビ番組で、内村さんは鉄棒演技の最中にぎっくり腰になって、激痛が走り、着地も極めて大変だったと明かされました。当時のテレビ中継を見ていてそんな大変なことになっていたとは全く気づきませんでしたし、解説者も全く違う説明をしていたくらいです。内村さんも優勝後インタビューでも、一切、故障には触れず、「疲れ切りました、出し切りました」とだけ仰っていました。

こんなに長いキャリアで本当にこんなことは初めてだったのですか。

内村選手:初めてですね。試合中に怪我をすること自体がまず今までなかったのです。だから、それだけ体を酷使してやっていたということもあるし、それだけオリンピックにかけるものがすごく大きかったのでしょう。そういうふうになっても最後までできたのは、やはりかける思いがそれだけあったからではないかと思います。

神田: 怪我のまさにその瞬間、どんな思いが脳裏に走りましたか。

内村: 演技中でしたし、種目も最後の最後の鉄棒だったので、演技が終わるまで何も思わなかったですね。演技していないときだったら何か思うものもあったと思うんですけど、逆に演技中だったからよかったなっていうのはあります。

神田: しかも、ずっとこのことを秘してこられましたが、それはなぜですか。

内村: 別に秘密にしていたわけではなかったのですけど(笑)。最後の種目でぎっくり腰になったので、その途中だったら気づかれるようなこともあったと思いますが。でも、実は、結構テレビには映っていましたけどね、腰が痛そうな感じは。

神田: 疲れておられたのかなと思って、怪我だとは気づかなかったですね。

内村: 表彰式のときも本当に立っているのがやっとという状況でした。歩くのも結構痛くて。

神田: 我々はオレグ・ベルヤエフと0.901差でずっとハラハラして応援していたのですが、当の内村さん自身は、「床が始まってから一度も点数を見ていない」、それ以上に、「いつも試合で点数は見ていない」とも仰っています。大昔から点数を見ない姿勢だったのですか。

内村: 点数を見てしまうとやっぱりいい点が出たとき、悪い点がでたときで結構気持ちに変化が起きるので、基本的には見ないでやってきました。点数を見ないで自分の演技だけに集中してやるっていうスタイルでずっとやってきたので、オリンピックは特にそうしてやっている感じはありましたね。

神田: 意識してなくても聞こえたり、チームのベンチで得点の話題になったりはしないのでしょうか。

内村: 皆、外国人なので(笑)、何もわからないです。言葉がまず。

神田: 日本チームのベンチで団体戦のときなどはいかがですか。

内村: 団体戦のときは何点出たとか確認しますけど、個人総合のときは自分だけなので、特に気にはしていないですね。

神田: 最初の大舞台は北京オリンピックですが、楽しさの方が強くて緊張しなかったと仰っていました。今回のリオでも個人にとりわけ過剰な期待がかかってしまっていたのは内村選手と吉田沙保里選手だったと思います。リオでも全くプレッシャーがなかったのですか。

内村: ロンドンのときに結構プレッシャーに負けそうなときがあったのですが、その経験もあって、また、オリンピックが3回目ということもあって、プレッシャーは凄く感じていましたけど、特にそれを辛いだとかは思わなかったですね。プレッシャーがかかってはいるけれども、「それをはねのけられたらまたさらに上に行けるな」っていうわくわく感のほうが大きかったというか、その状況を楽しんでやっていたんじゃないかなというのがありますね。

神田: 小さい頃は緊張しやすいタイプで、「演技中で頭が真っ白になって演技構成を忘れてそのまま走ったこともある」と以前、仰っていました。いつどうやってこの緊張癖を克服したのですか。

内村: 僕の場合は経験で全てをカバーしてきたっていうのがあるんですけど。やっぱり経験がないとプレッシャーがかかった緊張する場面で対処法が見つからないと思うので、常に自分にプレッシャーをかけて緊張感を持った状態で何事も行うっていうことによって、そういう状況になったときでも冷静になれるんじゃないかなということかもしれません。

2020東京オリ・パラに向けて

神田: 東京オリンピックでは、日本オリンピック委員会(JOC)は金メダル獲得ランキング3位(20〜33個)、日本パラリンピック委員会(JPC)は金メダル7位(22個)を目標に掲げ、政府としても、最大限、支援しているところです。私も以前、スポーツ予算も担当しておりましたが、今日我々がいるナショナルトレセンの拡充や競技力向上事業なども強化してきました。政府のスポーツ支援について、過去と比べて、現在はどのように評価できますか。

内村: 北京オリンピックのときに、このナショナルトレーニングセンターで合宿をさせてもらって、そこからすごく日本選手団としては結果も伸びてきていると思うので、すばらしい施設を建ててもらってそれが結果につながっていると思います。悪い点というのはあまりないと思うんですよね、正直なところ。やっぱり僕達は、支援をしてもらっていますけど、結局競技会で成績を残すのって自分の努力次第だと思うので。支援が無いにしてもあったにしても、それをプラスに変えられるかは選手自身だと思うので、支援が足りないと思ったことは全くないですね。

神田: 先日、鈴木大地スポーツ庁長官のお話しを伺ったところ、アスリート発掘の試みとして、甲子園やインターハイで引退、ベンチ、応援に回った選手は宝の山であり、ここから日本体育協会が、発掘して種目転向を働きかけることを示唆されていましたが、体操について、他種目への転向、他からの転向の可能性はいかがでしょうか。

内村: 他の競技から体操に転向するというのは難しいと思いますけど、体操から他の競技に転向する場合は、多分どんな競技でもできると思います。体操ってやはり全身を使いますし、色んな競技のもとになっていると僕は思うので。体操の基礎があれば、色々教えてもらわなくても体の動かし方とかはある程度分かるんじゃないでしょうか。

神田: 体操を本格的にやろうという場合、その入門は大体何歳ぐらいが限界になるのでしょうか。

内村: 一概にはいえないかもしれませんが、小学校の低学年からはやっておかないと絶対に無理かなというのはあります。体操を高校から始めてオリンピックまでいけることはないかな、ということで、それだけ長くやっていかないと成績が出ない競技だと思います。

神田: リオはロンドンより金の数(12←7)や順位(6位←11位)、メダルの数(41←38)が向上した一方、メダルが取れる競技数が減少(10←13)し、レスリング、柔道、体操、水泳の4つへの依存の集中が進んでいます。なぜ、日本はこれほど体操に強いのでしょうか。育成方法、体格等々、何が要因だと考えられますか。

内村: やはりもともとジュニアの育成というのがかなり他の国よりも進んでいるからじゃないかなと思います。大体オリンピック選手になる選手というのはジュニアのときからも強い選手が多いし、僕もやはりジュニアのときに受けた指導っていうのがすごく今も役に立っているので。指導者たちが持っている指導力が日本はかなり高いっていうことに加え、もともと日本人は努力家であることがすごく競技に合っているのじゃないかなと思います。なかなかすぐ簡単に投げ出したりしないですし、本当にこつこつやらないと体操って伸びていかないので、日本人のそこが競技とかなり合ってるというか。あと美しい体操というのをちっちゃいときからすごく教えられるので、そこが一番他の国とは違うところかなとは思いますね。

プロへの覚悟

神田: 5年半在籍したコナミスポーツクラブを退社してプロの道を選ばれました。私はコナミのジムに通っているので、ちょっと寂しいですが、一層、応援します。陸上のケンブリッジ飛鳥選手は内村選手の後、プロ化、競泳の荻野公介選手も今春プロ化予定です。以前、「ロンドン五輪で金メダル獲得後に最初に考え、その後、世界選手権等で金をとり続けて決断した」と仰いました。また、正月の読売新聞のインタビューでは、「ロンドン五輪で金をとっても 体操が世の中にひろまった手応えがなかった」とも話しています。なぜ、金をリオまで連続して取ることがプロへの決意に繋がったのですか。

内村: まず一番は本当に、誰もやったことがないところに踏み込みたかったということです。金を連続して取ることは自分しかできないんじゃないかなっていうふうに思ったのと、その上で、もっと体操界を上のステージに上げるために、自分がリーダーとなってプロとしてやっていけば、その価値をもっと上げられるんじゃないか、そのためにプロとして体操の普及をしていきたいというふうに思ったからです。

神田: プロになると雇用主の制約がなく競技環境や行動の自由度が高まるし、スポンサー契約で活動資金を確保するメリットもある一方、体操は、ゴルフやテニスと違い、賞金や出場料を試合で稼げるわけではないし、試合も多くないので、リスクも高いとの指摘があります。プロを選んだ最大の理由は何ですか。

内村: 今までは「コナミの社員」として体操をやって、何のイベントに出るにしても「コナミの内村航平」というふうに言われ、一体操選手として見られていないような感じがありました。より体操というものをもっと色んなところに広めていくためには、やはり所属という枠を飛び越えてやったほうがいいんじゃないかなというのは、思いましたね。

神田: もう一つのプロになる問題はずっと一緒だった仲間やコーチ、スタッフから離れ、一人で競技力を維持しなければならないことです。コーチも確か朝日生命時代の後輩の佐藤寛朗さんがなさっているそうですが、必ずしも教える人でなくなります。どんな環境で競技力を維持していますか。

内村: 基本的には体操に向き合う姿勢は変わらないですし、環境は変わりましたけど、体操に対する思いは変わっていません。東京オリンピックを目指すというというところが最大の目標としてあるので、特に体操に対する思いが変わらなければ、練習環境が変わっても競技力の維持はできるし、自分に負けなければ、問題はないかなと僕は思います。

神田: 11月27日コナミスポーツ本店での体操教室で正式発表されたことが象徴的でしたが、体操教室を通じての体操の普及がプロでの大切な目標と思われるところ、具体的にはどういう活動をする予定ですか。

内村: 体操教室はもちろんなんですけど、テレビなどに出演するときに、見ている人によりわかりやすく伝えられないと体操は広まっていかないと思うので、体操教室をやったり活動をやったりするその前に、まず、自分がもっと体操のことを理解しておかないといけないなっていうところに思い至りました。今はとりあえずもっと、体操をやっていない人にも本当にわかりやすく体操を伝えられるように、体操を知ろうとしているという段階ですね。

体操競技の真実

神田: 内村さんは、度々、体操の美しさに言及しています。富田洋之さんも、以前、「美しくなければ体操ではなく、ただ派手な技をやるだけならサーカスと変わらない」と言っていました。『栄光のその先へ』で、内村さんは、「体操を専門としているプロに褒められるより、体操をしらない一般の人にキレイな演技と言われる方が嬉しい、点数が高くても観客が沸かなかったらそれはいい演技じゃないなと思う」と記していて、それ自体、素晴らしい考えなのですが、体操プロの世界で美しいとはどういうものをいうのでしょうか。昔、「見てほしいのは着地の精度の高さと鉄棒の離れ技の高さ」とも仰ってましたが、詳しく教えてください。

内村: 色々ありますけど、やはり演技中に、見ていてあっと思わせるような失敗がないというのは大前提です。失敗がない演技で、体操を知っている人、知らない人が見て「何かいいな」と思う、その「何かいいな」と思わせる演技というのは、やはり美しい演技だと思います。何をもって美しいかというのは人それぞれ違いますけど、体操の場合は、やはり見ている人が「あ、すごいな」とか「どうやったらあんなことできるんだろう」とか、本当にその人たちの心に響くような演技ができれば、それは美しい演技だからこそできるものなのじゃないかなと思うので、人に何か演技で感動を与えられる演技っていうのは美しい演技だと思います。

神田: 塚原光男ロンドン五輪総監督が「日本には6種目ができて体操選手という考えがある」と仰っており、また、富田洋之さんも北京五輪の3か月後引退宣言で、「種目別ではこだわっていたオールラウンダーの道から外れてしまうから」と発言していました。実は、内村さんは、2012ロンドン五輪の後は、「もし2020が東京五輪になったら東京までやりたいのでそのときはスペシャリストになろうかな」、「リオ直後は1年くらいはオールラウンダーは休養してスペシャリストで」とも言ったことがありますが、オールラウンダーについて、どうお考えですか。

内村: 体操は六種目あり、一種目だけできたとしても「体操選手」というふうに見られないんじゃないかと思います。僕の個人的意見ですけど。やっぱり六種目できてこそ本当の体操選手だと思うんですよ。だからこそ個人総合で金メダルを取ることというのは、体操選手なら誰でもそこを追い求めているところで、それにプラスして団体があり種目別がある。やはり個人総合ありきの体操だと僕は思いますし、その種目だけできたとしても、その種目での金メダリストは個人総合の金メダリストには適わないと思うので、全部できないと、僕は「体操選手」として胸を張って言えないかなと思います。

神田: 判定について、記者から「内村さんは審判に好かれているんじゃないですか」という質問があり、オレグは、「航平さんはキャリアの中でいつも最高の得点を取っており、無駄な質問だ、この伝説の人間と一緒に競い合えていることが嬉しい」と素晴らしい発言をされ、オレグにも感動しました。内村さんは、読売のインタビューで、「6種目の価値点(技の難しさ:D得点)ではオレグの方が高かったけど、実施(技の出来栄え:E得点)では評価され勝てることを証明できたし、審判が厳しく実施をとる流れであり、まだまだ戦えると信じている」とも言っています。採点の基準について、まず、全般的なお考えを仰ってください。

内村: 四年前ぐらいは結構、難度が高い人に点数が出ていたような感じがあったんです。僕らが実際試合で美しい演技をやって負けたりしました。でも僕は、その頃からメディアで「体操は美しくなければいけない」って結構言っていたんですよ。「難度が高いほうが勝つのはおかしい」っていうふうに僕はずっと言い続けてきて、それが多分ようやく上の人に知れ渡ったというか、上の人も「体操は美しくなければいけない」っていうふうに仰っていたので、それがそのまま採点に反映されてきたんじゃないかなっていうのはありますね。当時、日本と中国がすごく団体戦で競っていて、日本は実施のほうで勝負するタイプで、中国は難度で勝負するタイプだったので、その戦いを見ていて、やはり「日本の体操のほうがいい実施だ、あれこそがまさに体操だ」っていうふうに皆に伝えられたからこそ今の採点方法があると思うので、僕達は間違ったことはやっていないという気はしています。

神田: 確か、ロンドン予選で難易度が当初評価されず4位だったのが、2位に繰り上がったことがありましたが、採点というのは、主観性、裁量の余地がかなりある不安定なものなのでしょうか。

内村: ロンドンのときは、問題は難度を認めるか認めないかというところだったんですよ。僕の最後の鞍馬の技でした。角度が何度以上であれば難度が認定されるという技があって、ちゃんとルールに表記されていたのです。ビデオで見たら確実にそこまで上がっていたので難度が認定されるはずなのに、難度認定されていないから、「その難度認定がされれば、その分が得点にプラスされて日本が二位になるでしょう」という説明をそこでやったら、それが通ったのです。別に採点の間違いでもなんでもないんですね。それは体操を知らない人には全くわからないものだと思いますが、体操をやっている側からしたら「説明すれば絶対大丈夫でしょう」という感じのものでした。

神田: 水泳やスキー、スケートでルールが日本選手に不利に変えられたと批判が出ることが時々あります。『オリンピックのアスリートたち 内村航平』では、内村さんは昔、採点規則を熟読、暗記する努力をされていたそうですが、ルール変更についてどう考えますか。

内村: ルールは四年に一度変わるのですが、最近で一番大きく変わったのは、10点満点が廃止になって満点がなくなったというところです。そこから細かい部分は変更されていますけど、基本的には大きくは変わっていません。今のところは、ルールが変わっても、「実施がいい演技にはしっかりいい評価をしますよ」っていう基本的な部分があり、そこさえ守られていれば、日本にとっては間違いなくずっと有利な採点方法になると思うので、どんなルールがきても僕は大丈夫じゃないかなと思っています。

神田: 日本協会は3Dデータを活用した採点支援システムの共同研究を推進しつつありますが、難度判定をシステムに委ねることは可能なのでしょうか。

内村: そうなるとより正確に技を行わないと認定されない場合もありますが、日本は正確にやっているので、機械に採点されても特に問題はないとは思います。でも、やっぱり今まで0.1とか0.2とか、人間の目で見て行っていた部分で多少影響が出ていた部分もあると思うんです。そこがもうごまかしが効かなくなくなると思うので、いいところもあれば悪いところもあるんじゃないか、僕はフィフティ・フィフティじゃないかなという感じがします。

神田: 障害者体操がパラリンピックで採用されていないことが残念です。なぜなのでしょうか。また、パラリンピックに導入できないのでしょうか。

内村: それが実現すれば望ましいと思うのですが、実際は難しいと思います。障害のレベルにもよると思いますけど。パラリンピックを見ていると、これは体操だとちょっと厳しいなというのをすごく感じるので、体操が採用されていないのは自然じゃないかという気もします。僕達体操選手は、やはり全身を使いますし、目もそれなりに「見て確認する」という動作があるので、かなり難しいんじゃないかなと。それができれば本当に超人だと思いますよ。僕らよりずっとすごいと思います。

日常生活、ありのままの内村航平

神田: 驚いたのが、内村さんは筋トレとかはほとんどしていないと聞いたことです。ほとんどの場合、基礎体力、筋力、精神力構築のために、筋トレ、とりわけ科学的トレーニングが導入されていますが、本当にそうなのですか。

内村: 「筋トレ」という言い方が多分違うと思うんですよね。それなりに筋力を上げるためにトレーニングはしていますが、「筋力トレーニング」という名目ではやらないんですよ。体操の技を行うために必要な筋肉を、体操でやっているという感じなので。僕は、練習をすることが筋力トレーニングになる、そこはイコールになるので、筋力を上げるためにわざわざ筋力トレーニングをやったりはしないです。

神田: 例えば腕立て伏せみたいなものも昔からもやらないのですか。

内村: やらないです。体操を覚えたてというかやり始めの頃は、体を支えるために必要な腹筋とか背筋とか腕立て伏せとかはやりますけど、そういったことは僕は多分5歳くらいで終わっていると思います(笑)。

神田: 本当だったのですね(笑)、私は半信半疑でしたので、いや、驚きました。

内村: やらないものだから、ジムとかに行って、一杯筋トレの機械が置いてあっても、やり方がわからないです(笑)。本当に「これは何をする機械なんだろう」というぐらいなので。だから体操の器具があったほうがトレーニングができます。

神田: 内村さんの食生活も衝撃的です。食事に特別なことはしていないというだけでなく、好き嫌いが多く、好きなものだけを食べる姿勢を貫いてきたとまで仰っています。『オリンピックのアスリートたち 内村航平』では、濃い色の野菜、特にグリーンピースは駄目でチョコが大好き、『栄光のその先へ』では、「朝昼食べないで練習するのにどこからエネルギーが出ているのか僕にも判らないです」と記されています。常識的には極めて滅茶苦茶な食生活ですが、それで世界一の身体が維持できる事実があって混乱します。具体的な食生活のあり方と、どうしてそれでもっているのか教えてください。

内村: 今の食生活に至ったのはずっと前からじゃないんですけど、体操って空中に飛ばなきゃいけないので、それなりに軽いほうが有利なんですよ。やはり重さがあるとちょっといつもより高く飛べないなとか、回転の係り具合が違うなっていうように、本当に500グラムでも違うと変わってきちゃうので、より軽くするために「一日一食」というのをやっています。昔はちゃんと食べていましたけど、よりプロフェッショナルになっていくにつれ、食事のところも変えていかないと、競技をより毎日コンスタントに練習していくためには難しいなって感じ始めたので。大学3、4年ぐらいのとき「一日一食」を一週間やってみたら、すごいちゃんとした練習ができて、そこからはそうやるようにしていますね。でもなんでそこまで体力がもつのかっていうのは、自分でも分からないし、栄養士さんに聞いてもわかりませんと言われて(笑)。多分もともとがそういう体質なんだと思いますけど。体操は結構気持ちでコントロールできる競技だと思うので、気持ちさえしっかり強いものがあれば、何でも乗り越えられるかなっていうのはありますね。

神田: 1月12日に復興応援大使に就任されました。先週、官邸で安倍総理にもご挨拶されました。演技を通して被災者に勇気や感動を与える素晴らしいお仕事だと思います。私も微力ながら被災地支援に携わってきましたが、内村さんが東日本大震災の4か月後、世界選手権の直前であったにもかかわらず、長崎での復興支援チャリティーイベントに参加してくれたことを感謝と共に覚えています。ぜひ、今後の復興支援への抱負を仰ってください。

内村: 「3.11」の大震災のとき、僕は社会人になりたてぐらいで、大きな津波ではないですけど、埼玉県の震度6弱ぐらいのところにいて、すごく揺れて、計画停電とかもありました。津波にあった方たちよりはそんなに大変な思いはしてないですけど、それなりに被災した形にはなっていました。でもテレビで震災のことをずっとやっていたときに、何もできなかった自分にすごい無力感があって、何か被災者のためにやりたいなと、ずっと思っていたのです。でも僕は体操選手なので、体操をやって被災者を元気付けること以外に何もできないなっていうのがありました。それで、今回復興応援大使になって、直接被災地に行ったり被災者の方に会ったりして勇気を与えられるので、体操以外で復興支援ができるってこと自体が僕はすごく嬉しいことだなって思っています。体操にプラスして復興支援ができ、それが自分の本当にやりたいことに直結しているので、大変やりがいを感じています。これからもそういう方達のために、体操も復興支援もやっていって、人として一回り大きくなれればいいなと感じています。

神田: これも驚いたのですが、『栄光のその先へ』で、「すごい高い所は本当に無理です」と仰っています。しかし、幼少時からトランポリンで空中感覚を鍛えられた方が高所恐怖症とは俄かに信じられません。本当にそうなのですか。体操も我々素人から見ると怖いくらいに高い所で演技をされていますが、一体、どれ位の高さから怖くなるのですか。

内村: 鉄棒とか吊り輪の高さは大丈夫ですね、基本的には。離れ業をやったときは鉄棒の2メーター上ぐらいまで上がるので、5メーターぐらい上がっているわけじゃないですか。それプラス台があれば7メーター上ぐらいまで行きます。でもそこまでは自分の力で行ってるわけですから、怖くないんですよ。でもジェットコースターとか観覧車とかって、自分で行くというより連れていかれるじゃないですか。連れていかれるくせに、自分で何も操作できないことがすごく嫌なんですよ。普段自分の体を操っているからこそ、何かを操られて高いところに行くっていうのが嫌いというか。高いところは、例えば高層のホテルとかに泊まったときに、ベランダから下見たら吸い込まれそうな気がして。

神田: 足がすくんでしまうのですか。

内村: はいそうです。体の動きがないとダメなんだと思います。もし仮に、鉄棒でそれぐらい高いところからバーを持てという練習をするんだったらできるかもしれないですけど。何も動きがない状態でそこに行くっていうのはちょっと怖いです(笑)。

神田: 国際体操連盟(FIG)会長に渡辺守成日本体操協会元専務理事が就任され、五輪競技国際連盟(IF)での日本人会長の誕生は22年ぶりという快挙です。これまで、新体操教室創設や協賛企業増加にも貢献してこられましたが、今後、我が国が戦略的にルール改定に参画できる機会にもなると期待されます。体操のメジャースポーツ化と、愛好者を含めた競技人口の拡大に全力で取り組むとされる渡辺さんはもう57歳で、内村選手と30歳近く離れていますが志は同じ方向だと思いました。渡辺さんに何を一番、期待しますか。

内村: 僕もプロになって、体操をメジャーにしたいという渡辺会長と共通の思いがあるので、そこは立場は違うんですけど同じ志なので、渡辺会長がいいふうに体操の価値を上げていければいいなって思います。また、やはり日本の体操人が世界の体操界のトップになり、よりもっと日本の体操の素晴らしさを世界に発信していけると思うので、そこもプラスになりますし。体操で結果を残す上でも、やはり日本に対する採点が有利になる可能性もあると思うので、実際今は日本が一番ですが、それを維持していくためにはすごく有難いことだと思います。

神田: 内村さんは2020の後は引退と発言されることがありますが、もう決めてしまったのですか。いずれ引退した後は何をなさる予定ですか。

内村: 引退後のことは本当にただ漠然としか考えていないんですけど。

神田: 本当の本当に引退されてしまうのですか。

内村: いえ、いつまでもできると思っています、逆に(笑)。ただ、僕は今、28歳で、今が体操選手としてのピークだと思うので、それ以上に続けるってことはピークを超えてやらなければいけないので、それだけでもかなり辛いことなんです。やはり東京オリンピックがあるからこそモチベーションも維持できるし、続けたいっていう思いがこみ上げてきたので、そこはやらなければいけないと思います。けれど東京のあとはモチベーションが維持できないと思うので、どれだけ体操が好きでも、やはり一つの本当に最大の目標が東京オリンピックっていうところから外れてしまうと、もう何も保てるものがなくなってしまうので、だったら選手としてじゃなく、違う立場で体操を支えていければいいんじゃないかなって思います。僕ばっかりずっと活躍していても下の世代が出て来られないので、今すぐにでも世代交代してもいいときだと思うのですが、そこはまだ東京までもう少し僕がひっぱってやっていければいいかなと思います。引退後は若い良い選手もたくさんいますので、その選手達に任せて、僕は違う立場で体操に関わる何かができればいいかなとは思います。

神田: 内村さんがひっぱってこられたチームジャパンってすごくいい感じですね。白井さんとか仲間とよく飲みにいったりするのですか。

内村: たまに行きます(笑)。

神田: どんな話をされるのですか。

内村: 基本的には体操の話ですよね。特に他の話はないですね。体操一筋で皆やってきてるので、体操以外の話が逆に出てこないというか。「昨日のあのテレビ番組見た?」とかいっても、結局行き着く先は体操の話なんです。それだけ皆体操が好きでここまで続けてきてるので、それなりに体操の話になって終わるという感じはありますね。

神田: それこそ、本当のプロです。今日は試合前の本当にお忙しい中、特に練習の間に、大変、貴重なお話を拝聴させて頂き、誠に有難うございました。

(この対談は、平成29年1月27日に収録された)

財務省の政策