平成25年5月17日
財務省
近年、若年者の就業率の低下や非正規雇用の割合の上昇が観察されています。さらに、新規に大学を卒業する者の約半分が就労へうまく移行できていない一方で、比較的中規模・小規模な企業の若年者に対する雇用意欲は高く、ミスマッチが生じているとされています。若年者に安定した雇用を確保することは、持続安定的な経済や健全な財政のみならず、現在及び将来にわたる安定した社会の維持のために不可欠なものです。
「若年者の雇用の実態と効果的な対応策に関する研究会」では、若年者の雇用の実態の把握と対応策をテーマとして、特に新卒時の学校から職場への移行をより円滑にするための方策について、樋口美雄・慶應義塾大学商学部教授/財務省財務総合政策研究所特別研究官を座長に、若年者の雇用に関する問題に詳しい研究者と実務家をメンバーに検討を行ってきました。
今般、これまでの検討を踏まえ、研究会の成果として研究会メンバーの執筆により報告書を取りまとめました。1. 報告書の各章の標題と執筆者名、2. 報告書の主なポイント、3. 研究会メンバーは、別紙の通りです。
なお、本報告書の内容や意見はすべて執筆者個人の見解であり、財務省或いは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。
【連絡先】
財務省財務総合政策研究所研究部
主任研究官 加 藤
研究員 尾 山
研究員 蜂須賀
電話: 03-3581-4111(財務省代表)
(内線) 5348, 5317
(別紙)
(役職名は2013年3月現在)
(本「報道発表」における関連ページ)
若年者の雇用を巡る諸問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・ 2ページ |
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樋口 美雄 研究会座長・慶應義塾大学商学部教授 大西 靖 財務省財務総合政策研究所研究部長 | ||
1.若年者の雇用問題を議論するための視点 | ||
経済学的アプローチによる若年雇用研究の論点・・・・・・・・・・・・・・ 3ページ |
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太田 聰一 慶應義塾大学経済学部教授 | ||
若年雇用問題の議論のために ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4ページ |
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神林 龍 一橋大学経済研究所准教授 | ||
所得分配と世代から見た若年者雇用問題 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 5ページ |
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北村 行伸 一橋大学経済研究所附属社会科学統計情報研究センター教授/ | ||
2.若年者の雇用を巡る問題に関する分析 | ||
・・・・・・・・・・・・・・・6ページ |
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近藤 絢子 法政大学経済学部准教授 | ||
・・・・・・・・・・・・・・・7ページ |
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酒井 正 国立社会保障・人口問題研究所社会保障基礎理論研究部第2室長
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就労のインセンティブと生活保護制度:最低生活水準と最低賃金の関係を中心に ・・・・・・・・・・・・・・・9ページ |
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辻 明子 公益財団法人総合研究開発機構研究調査部主任研究員 | ||
3.人材の育成と活用に関する課題 | ||
新規大卒者の就職実態と課題への対応策〜大学現場でのキャリア支援を通じて〜 ・・・・・・・・・・・・・・・ 10ページ |
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角方 正幸 株式会社リアセック キャリア総合研究所所長 | ||
大学新卒者の就職実態と就職促進策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12ページ |
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伊藤 実 独立行政法人労働政策研究・研修機構特任研究員 | ||
インターンシップの期待すべき効果と望ましい枠組みのあり方・・・・・・・13ページ |
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田中 宣秀 日本インターンシップ学会常任理事/電気通信大学特任講師 | ||
若年者の雇用環境改善に向けた国際的潮流と日本・・・・・・・・・・・・・・14ページ |
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尾山 明子 財務省財務総合政策研究所研究員 | ||
蜂須賀 圭史 財務省財務総合政策研究所研究員 | ||
加藤 千鶴 財務省財務総合政策研究所主任研究官 (注)報告書の内容は、断りのある場合を除き、執筆時点の2013年2月時点のものである。 |
本研究会は、若年者の雇用の実態の把握と対応策をテーマとして、新卒時の学校から職場への移行の円滑化を促進するためにどのような対策が必要かという問題意識から、若年者の意識や就職行動の実態、学校が行う職業教育や就業支援の現状と課題、採用側である企業等の採用行動の実態と採用の誘因、若年者の未就業や失業、不安定な就業の経済的・社会的なコスト、雇用のミスマッチの現状と課題、インターンシップの現状と課題、国際的な視点で見た日本の若年者雇用に係る課題等について議論、検討した。
本報告書では、これらを踏まえ、若年者の安定した雇用の確保に向けた課題の分析・整理と見直しのための方策を考察している。
以下では、報告書の各章の内容を簡単に紹介する。
報告書の序章「若年者の雇用を巡る諸問題」では、若年者の雇用の実態と効果的な対応策を検討するに当たって、現下の日本の若年者を取り巻く雇用環境について概観している。
就業率を年齢階層別に見ると、男性は全年齢層で低下傾向にあり、特に20〜24歳及び25〜29歳の低下幅が顕著である。また、世代を追うごとに非正規雇用の割合が上昇傾向にある。1990年代前半までは大学卒業時の就業への移行が比較的順調であったが、「バブル崩壊」以降、企業側の採用抑制等の影響もあり、学校から職場への移行が必ずしもうまくいかなくなってきた。大卒者の動向をみると、大学の「卒業者」から「大学院等進学者」を除いた77.6万人に対して、「中途退学者」は6.7万人、卒業時就職はしたものの「早期離職(3年以内)者」は19.9万人、卒業時「無業・一時的な仕事についた者」は14万人と、約半数が学校から職場へ円滑に移行できていない。その内容を大学卒業時の就職率について見ると、一時よりは改善しているものの、現在でも約7割しか安定的な職業に就職できていない。また、早期離職についても、約3割が3年以内に離職している。
こうした状況の一方、従業員300人未満の企業の求人倍率は3.3倍であるなど、中小企業を中心に求職を上回る求人がある。業種別に見ると、製造業、流通業で求人倍率が高い。こうした雇用のミスマッチを解消する対策が重要である。また、学校において職業教育や就職支援が活発に行われるようになってきているものの、学卒時の就職の程度は大学により差異が生じている。早期離職問題の改善策や職業教育の大きな柱と期待されるインターンシップについても、各種調査・研究が問題点や改善策を提案しており、これをどのように実践していくか、また成功例を普及させていくかが重要になっていると考える。
若年者が未就業に陥ったり不安定な雇用に置かれたりした場合、経済・社会に悪影響を及ぼす。若年者のフリーターが5年後においてもその約半分がフリーターに留まること、正社員とフリーターでは生涯賃金(男性)が約1億8000万円もの差となるとの推計もある。また、フリーターは正社員に比べて結婚が困難との推計もあり、将来の世代に対する影響も大きなものとなることが示唆される。こうしたコストを踏まえると、若年者雇用問題の重要性は大きい。
以上のような若年者の雇用の課題に対し、政府は2003年に「若者自立・挑戦プラン」を策定するなど、「ジョブ・カフェ」や「トライアル雇用」等の対応策を講じてきているが、これらの政策の効果の計測は不十分であり、今後、PDCAサイクルの確立に向けた一層の努力が求められるのではないか。
太田聰一慶應義塾大学経済学部教授(第1章「経済学的アプローチによる若年雇用研究の論点」)は、新卒時の就職の困難さ、非正社員化、非正社員脱却の困難さ等、若年者の雇用問題の背景にある、若年者の正社員としての労働需要の低迷、ミスマッチ、卒業の時期と不況期が重なることで長期に所得面で損失を被ることについて、経済学的な見地で検討している。
若年者の正社員としての労働需要の低迷は、不況に伴う採用の抑制だけでなく、企業の業績期待や情報通信技術の進展(IT化)、高齢者の雇用が影響している。業績期待との関係を見ると、非正社員に対する需要は、繁閑差の大きな場合や製品需要が不確実である場合等、雇用に柔軟性を確保したい時に高まる。また、IT化による業務の単純化や国際的な競争の激化に伴う不確実性の増大、正社員の雇用保障の強さも起因する。一方、正社員に対する需要については、若年新卒者は業務知識が殆どないことから訓練費用は掛かるが、長期的には高い生産性を発揮し、企業に特殊なスキルを習得させるには効率が良い。他方、中途採用者は採用後即活用可能であり訓練費用が掛からないが、企業に特殊なスキルを蓄積させることは比較的容易ではない。若年正社員を積極的に採用する企業とは、業績期待の良好な企業、特殊なスキルの必要性の高い企業、新技術の習得が若年者は比較的容易であることから、新技術の活用度の高い企業、若年者の資質や定着度を訓練により向上させ、これにより訓練費用を低めようとする企業、説明会、研修等の費用を、新卒者を多く採用することで一人当たりの費用を低減させることが可能な企業である。「高齢者を雇用延長すると若年新規採用を抑制せざるを得ない」とする企業が35%であるのに対し、「(年齢構成の是正や技能伝承のため)高齢者の雇用延長と若年新規採用は補完的な関係にある」とする企業は51%に上るとの調査結果がある一方で、IT化が顕著な部署ほど従業員数に占める若年者の割合が低い傾向があるとの分析結果や、60歳を定年とする企業に比べ61歳以上を定年とする企業は新卒を例年採用しない割合が高いとの分析結果もある。更に、55歳以上の従業員に占める60歳以上の従業員の割合の上昇が若年採用を抑制させることが分析から確認できた。
ミスマッチについては、求人側が求めるスキルと求職側が有するスキル、就職希望と採用希望とが合致しない事象が企業規模や産業、地域別に起こっている。学生の「大企業志向」と企業の「有力大学志向」も起因する。ミスマッチの改善のためには、学生の質と就職率との関係等、大学進学率の上昇に伴うマッチングの困難な大卒者の増加の影響、インターネットの普及により新卒者が企業に簡便に応募することが可能となったことがミスマッチを助長させている可能性と、インターンシップや就職相談の効果の定量的把握、学校での教育内容と就職・キャリアとの連関についての一層の検討が必要である。
卒業の時期と不況期が重なることで長期に所得面で損失を被ることは「世代効果」といえる。企業は若年者を採用することで訓練投資の回収期間を長くすることができるが、そのために企業は、勤続年数に拠り賃金水準を高め、離職を抑止する必要がある。分析でも、長期勤続者の多い部署ほど賃金傾斜が急で賃金水準が高く若年者の採用割合が高いとの結果が得られた。また、未経験の新卒者は訓練投資効率が中高年齢者に比べ高く、企業がスキルを継承するには従業員の年齢構成を適正化する必要があり、このためには、最も年齢の若い層を毎年確保することが望ましいとの意識や、潜在能力が未知の新卒者には潜在能力の高い人材が一定数含まれるとの意識があることも、新卒者が重視される理由に挙げられる。加えて、これらにより新卒採用市場に競争が生じ、更に、新卒時に就職できなかった者は「能力の低い人材」であると「烙印」を押されることも、新卒時点で採用されることの必要性を拡大させている。
「能力の低い人材」とされた既卒者は、「烙印効果」のために新卒者に比べ不利な立場に置かれる。「烙印効果」は卒業と不況期が重なることによる「世代効果」の影響でもたらされる場合も少なくない中、卒業時に雇用環境が厳しい世代は無業となる確率が高まったり、フルタイムの職の獲得が困難となったりと、影響は後のキャリア形成に長期に及び、「世代効果」の結果、所得面で長期に損失を被ることとなる。卒業年の失業率が1%ポイント高まった場合、中卒・高卒者は少なくともその後12年にわたり実質年収が5〜7%程度、短大・高専卒以上の者も2〜5%程度低い水準となり(但し、後者は年数を経ると影響は弱まる。)、新卒時の不況が比較的学歴の低い者の所得を長期に低下させると分析された。学卒後に最初に就く職業(初職)の重要性が高いにも拘わらず、初職時に置かれる雇用環境が生まれた年に依拠するという関係は、若年雇用に係る大きな課題である。新卒時の就職困難の是正のためには、「世代効果」に関する研究が重要な示唆を与えると認識して、この研究を一層深化させることが必要である。
神林龍一橋大学経済研究所准教授(第2章「若年雇用問題の議論のために」)は、政策議論には資源の制約がつきものであり、議論の際は政策対象の位置付けを考慮する必要があるとして、若年雇用問題について、失業や非正規雇用の数量的な側面と価格的な側面に注目し分析している。
25〜54歳の失業率の水準に対する15〜24歳のそれを見ると、日本は他国に比べ低水準である。また、時間当たり賃金を年齢階級別に1999年と2012年とで比較すると、15〜24歳の賃金は他の年齢層に比べ大幅に下落している訳ではない。15〜24歳の失業、賃金のいずれも他国や他の年齢階級層と比べ不良ではない中で若年雇用が問題視される所以は「非正規化」の進行にある。
実際、20〜29歳の「常用正社員」(労働契約期間1年超または無期限の正社員)は、1982年に同年齢人口の56%であったが、2007年には47%に低下した一方で、「常用非正社員」(同1年超または無期限の非正社員)は1%から11%へ上昇した。労働契約期間が1年超や無期限であっても「正社員」の福利を享受できない、「非正社員」が増加したことが分かる。若年雇用問題は若年層全体の雇用量や平均的な賃金水準以上に、「非正規化」に特徴があるといえる。若年者全体というよりも、課題を抱える対象を限定して資源を集中させる政策対応が必要である。
「非正規化」の要因としては、正規社員の初任給の硬直性が指摘できるであろう。20〜24歳の男性大卒の年収は名目値で1999年に比べ2012年に上昇した。一方、同年齢層の男性短時間労働者の年収は1999年に比べ2012年に低下した。また、50〜54歳の男性大卒の年収は1999年に比べ2012年は低下し、同年齢層の男性短時間労働者の年収も1999年に比べ2012年に低下した。この傾向は時間当たり賃金で見ても同様で、1993年と2007年の男性の時間当たり名目賃金を、勤続0〜5年未満と勤続30〜35年未満とで比較すると、前者は2〜3%の低下に留まったが、後者は20%程度低下した。壮年層の賃金低下によって若年正規社員の相対的な賃金は上昇し、短時間労働者が増加したといえる。また、賃金調整が長期勤続者に集中した理由は、調整し易い手当や賞与の割合が高いだけではなく、賃金制度そのものが改定されたことにあると考えられる。他方、初任給の調整が行われない背景には、初任給の水準は労働市場との関係から各企業のみで下げることが困難であることも考えられる。或いは、当該企業でしか価値のない人的資本の生産性が低下してきており、勤続の長短が生産性に及ぼす影響が縮小してきているという可能性もある。この場合、初任時の「ファースト・ジョブ」に求められる生産性は同時点の中高年層と比較すると高くなりつつあり、学卒時に企業が初任時に求める生産性を達成できない学生は、短時間労働を選択せざるを得ないこととなる。
以上の分析を踏まえると、「非正規化」の縮減のためには、初任時の「ファースト・ジョブ」の水準や内容を精査し、学校教育段階での教育内容との関係を精査する必要性が垣間見える。
北村行伸一橋大学経済研究所附属社会科学統計情報研究センター教授/財務省財務総合政策研究所特別研究官(第3章「所得分配と世代から見た若年者雇用問題」)は、若年齢期に就く職とその後の人生における所得や消費がマクロ経済に及ぼす影響について考察している。
所得が二分化していると指摘されて久しいが、1985〜2011年の推計に拠れば二分化は等分ではなく、所得水準上位1%(年収2200万円程度)とこの外99%へ分化する構図である。また、これまで「中間層」が主導してきた就職、結婚、子供・住宅の取得という消費、資産形成に関わる人生の経路は多様化している。現行の社会保障制度は、若年齢期は低所得、中年齢期は中所得、高年齢期は高所得として設計されているが、非正規雇用者が増加し人生の中長期的な設計が困難な者が増えるなど、人生の経路が多様化し、標準とされてきた「中間層」の再生産、拡大が困難な中、均一な前提に基づく仕組みに限界が生じている。
所得と世帯の関係を分析すると、1985-2011年に世帯主の年齢は高齢化し、65歳以上の勤労者世帯の割合は上昇した。また、母子世帯の58%が中位所得の半分(貧困線)以下に属するとされるが、女性世帯主の割合は上昇し、貧困線以下に属する単身女性世帯や65歳以上単身女性世帯の割合も上昇した。貧困線以下に属する世帯では特に単身、高齢、女性、無業の世帯が増大した。こうした世帯は貯蓄がなく、生活保護を受けざるを得ない真に貧困な世帯が少なくない。
所得は24歳以降54歳まで上昇しこの後徐々に低下する傾向があるが、若年期に低所得であっても中高年期に所得が増加するなら若年期の低所得は問題ではない。しかしながら、低所得が長期化するようであればこれは将来の貧困の「種」となる。所得動向を生まれた年代別に見ると、1920年代生まれは1980年代に退職し始め、公的年金の払い込み以上に給付を受け、1930年代生まれは学童期に戦争を経たが老後は恵まれた。1940年代生まれは日本が最高所得を記録した1990年代末を経て高所得を得て、1950年代生まれも高所得を得た。1960年代生まれも所得を上昇させ、2011年頃に1950年代生まれの所得を超えたようであり、労働市場参入時点の年収は300万円を超えた。1970年代生まれは所謂「就職氷河期」を経て同年収は200万円台となった。1980年代生まれは就職活動期に景気が回復し、同年収は300万円近い。1990年代生まれは多くが未だ労働市場に参入していないものの、景況の不確実な中、同年収の水準は流動的である。
所得は世帯の状況や生まれた年により異なるが、特に不況や非正規雇用拡大期に学卒が重なった者に安定した人生を保障するには、最低生活の確保等セーフティ・ネットの充実による将来不安の除去に加え、例えば初職が非正規雇用であっても早期に正規雇用へ転換できるなど、人生の経路を容易に修正できる仕組みが必要である。挑戦というリスクを採れることが日本の将来に必須の条件であり、失敗してもセーフティ・ネットが機能し再挑戦が可能な体制が敷かれることが必要である。こうした体制なくして日本の将来に明るい希望はない。
近藤絢子法政大学経済学部准教授(第4章「企業の新卒採用志向の現況と背景にあるメカニズム」)は、若年者を採用する側である企業等組織が、採用において新規学卒者を選好する傾向にあることを踏まえ、その背景にある若年者の雇用上の構造的な課題について分析している。
大学生に対する求人倍率を見ると、比較的大規模の企業の求人倍率は1倍を下回る一方で、比較的小規模の企業のそれは1倍を超えて高水準である。大規模企業の労働環境が比較的充実しているといえるのであれば、学生が、より好環境にあると見做せる大規模企業に求職を望むことは当然である。加えて、キャリア形成に関する初職の影響や学卒時の安定した職の獲得の重要性が昨今認知されてきたことも、大規模企業への求職の集中を後押ししている。
企業規模と若年者の職の獲得との関係について、29歳以下で職に就いた者(入職者)の事由(新卒・転職等)を2000〜2010年で見ると、大規模企業(従業員数1000人以上)への入職者数は安定して推移しており、新卒による者が多い。一方、小規模企業(同5〜29人)への入職者数は減少の趨勢が見られ、新卒による者は比較的少ない。新卒による入職者の割合を企業規模別に見ると、大規模企業が50%前後を占めるのに対し、小規模企業は20%台に留まる。転職時には、転職元よりも規模の大きな企業へ転職した者の割合は2000年に比べ2010年に低下し、より規模の小さな企業へ転職した者の割合は上昇した。
既卒者の就職動向を見ると、「新規学卒者枠」に正社員として「応募可能だった」企業の割合は2008年に比べ2011年に低下した。卒後3年間は新卒扱いとの政策が講じられているが、既卒者に対する卒業大学の支援や既卒者・企業双方の情報が不十分なこともあって、既卒者を正社員として雇用する企業は未だ少なく、採用を新卒者に限定する企業は特に大企業を中心として多い傾向にある。
大企業の新卒採用重視の要因は、優秀な人材の確保という企業目的に照らし、企業が、新卒採用は中途採用に比べ不確実性が少ないと考えていることである。一定の大学から毎年学生が応募する企業は、選考実績から、学生の能力の把握(スクリーニング)のための費用を、中途採用者の能力の把握のための費用に比し抑制することができる。スクリーニングの精度も実績の蓄積により高まる。他方、採用を毎年実施しないような、比較的小規模な企業にはこうした実績と蓄積はなく、新卒者を採用することによる恩恵を享受するとは限らない。
以上から、新卒者に採用が過度に集中する要因として、特に大企業にとり新卒採用は既卒者や第2新卒採用に比しスクリーニング・コストが小さいこと、既卒者は卒業大学の就職支援部署の利用が少なく十分な支援を享受できないこと、既卒採用に積極的な中小企業と既卒者双方の情報不足が挙げられる。既卒採用の拡充のためには、生産性の高い既卒者をスクリーニングする仕組みや既卒採用に積極的な中小企業の情報を既卒者へ届ける仕組みの策定が必要である。また、情報の提供と入手の手段の充実により、求人と求職とを繋ぐ「ハローワーク」等での支援の拡充といった政策も継続されるべきである。
酒井正国立社会保障・人口問題研究所社会保障基礎理論研究部第2室長(第5章「学卒後不安定就業の社会的コストとセーフティ・ネット」)は、初職が不安定なものである場合、社会の不安定性を惹起する可能性があるとして、若年者の不安定な就業が社会に及ぼす影響を考察している。
初職が正規雇用でない場合、その後も不安定な就業を余儀なくされ、人生に長期に亘って悪影響が及ぶとされる。例えば、正規雇用・非正規雇用といった就業形態を2002年時点と5年後(2007年時点)で比較した厚生労働省「21世紀成年者縦断調査」に拠れば、2002年に非正規雇用の者が5年後に正規雇用である割合は、男性46.4%、女性19.2%、2002年に正規雇用の者が5年後にも正規雇用である割合は男性84.7%、女性64.8%である。しかし、このような単純な観察では、諸属性を統御していないため初職の就業形態の真の影響を見誤る可能性があるとされ、最近の研究では諸属性を統御したうえで初職の影響を見るようになってきている。そして、最近の研究においても、学卒時に正規雇用以外の就業形態に就くと、その後、10年程度、正規雇用でいる確率が低いことが見出されている。また、学卒時の景況と賃金との関係を見ると、学卒時の失業率が1%ポイント高いと1年から12年後の女性の賃金が4.5%低下するとの研究結果や、学卒時の失業率が高水準である場合、その後の年収が低水準となり、特に学歴が相対的に低位な者の年収はより低水準となるとの研究結果が存在する。大卒の男性で59歳まで正規雇用と仮定した場合、学卒時の失業率が1%ポイント上昇すると生涯年収にして400万円から800万円の減少が見られるとする研究結果もある。
一方、同一企業における非正規雇用としての2年から5年程度の継続就業経験は正社員への移行確率を高めるとする研究結果や、学卒時に常勤職でなくとも2年から3年以内に常勤職となった場合、後の就業形態は学卒時に常勤職であった者と差異がなく、他方、学卒時に常勤職であっても2年から3年以内に常勤職以外となった場合、後の就業形態は学卒時に非正規雇用であった者と差異がないという研究結果も存在する。以上の研究結果は、正規雇用として初職を獲得できなかった場合でも不安定就業・低賃金から挽回できる可能性を示唆し、そのためには、学卒後2年から3年の間が重要な期間であることを示している。
不安定就業が社会に及ぼす影響として雇用環境と家族形成との関係を見ると、学卒時に不安定就業を経験するとその後の結婚・出産が遅くなるとする研究結果がある一方で、独身女性の無業率・失業率が高まると女性の有配偶率は上昇するとする研究結果もある。また、学卒時に景気が軟調である場合、学歴が相対的に低位の女性は子どもを持つ割合が低下するが、学歴がより中高位の女性のそれは上昇するという研究結果もある。このように、雇用環境と家族形成との関係が、性別や学歴といった属性によって異なっていることに加え、晩婚化や非婚化が女性の正規就業率を高めてきたとする研究結果も存在し、その社会・経済への影響自体が長期と短期で異なりうる。
若者の就業の不安定化がもたらす社会への負の影響としては、犯罪の増加や自殺の増加といったことも考えられる。日本において労働市場と犯罪発生との関係を分析した研究は、若年層において雇用環境と犯罪の発生が密接に関係していることを示している。自殺についても、日本では雇用環境の影響を指摘する研究が多い。年齢階層別に見れば若年層における自殺率は決して高くはないが、近年、若年層における自殺率が上昇してきたことを考えれば、今後の動向には細心の注意を払う必要がある。
就業形態の違いと社会保険との関係を見ると、正規雇用以外の被用者は社会保険の対象から除外される傾向にある。正規雇用者の社会保険料の納付は給与から差し引かれる方式であるため未納が発生し難いが、被用者保険ではない国民年金や国民健康保険における保険料の納付ではこうした方式ではないために未納が発生し易い傾向となる。国民年金の未納者の割合を就業形態別に見ると、無業者や自営業者に比べ被用者で高い傾向にあり、短時間勤務などの非正規雇用者に滞納する者が多くいることが見て取れる。不安定な就業をする若年者が社会保険料を支払えずにそれらのセーフティ・ネットから漏れ落ちている可能性がある。学卒時未就職者や初職が非正規雇用のような不安定な状態に置かれた者は、その後も不安定な就業を続け、公的年金の納付期間が25年に満たず受給額が低水準となる可能性が高い。初職が非正規雇用である場合に低年金者となる確率は男性で50%、女性で90%に達するとする試算もある。雇用保険に関しても、受給者割合は長期的に低下してきており、これは、失業前の就業形態が正規雇用である者の割合の低下と、受給期間が満了しても未就職である者の増加による。簡単な推計によれば、特に近年は前者の影響が大きいと見られる。従来の雇用保険の受給資格を満たせない者を救済する枠組みとして導入された「求職者支援制度」は、不安定就業者がセーフティ・ネットから漏れ落ちることを防ぐ施策と考えられ、注視する必要がある。
初職の就業形態の差異によって不安定就業が長期に亘れば個々人の能力形成の機会が失われるだけでなく、社会の人的資本蓄積の阻害要因ともなり、社会保障の基盤にも悪影響を及ぼす。そればかりでなく、社会保障制度の構造自体が、こうした「世代効果」の影響を増幅しかねず、対応が求められる。若年者の安定した雇用の確保のため、学卒時の職場への円滑な移行を確実なものとするための対応策の効果と、「世代効果」の悪影響を減じる対応策の効果とを整理したうえで今後の対策を講じる必要があろう。
辻明子公益財団法人総合研究開発機構研究調査部主任研究員(第6章「就労のインセンティブと生活保護制度:最低生活水準と最低賃金の関係を中心に」)は、非正規雇用や無業など安定した雇用が保障されないことの影響について、生活保護と最低賃金の水準から分析している。
若年者を中心に無業や非正規雇用が増加しているが、潜在的な生活保護の受給者が顕在化するかどうかは、彼らの「就労インセンティブ」が機能するかどうかが鍵である。
生活保護を利用した場合と、最低賃金の水準で就労するなどにより生活保護を利用しない場合の可処分所得を、平成24年度の東京都特別区の20歳から39歳までの単身者について比べると、「整合性」、「連続性」が欠如している。
生活保護を利用した場合、生活保護給付(生活扶助と住宅扶助)は年間165万円弱となる。これがそのまま可処分所得となる。これは、国民年金・国民健康保険の減額を受けない場合の稼働所得206万円と同じ程度である。さらに、生活保護制度を利用しながら稼働所得を限度額いっぱいまで利用した場合、年間200万円弱まで水準が上がる。これと同じ程度の可処分所得を得るためには、年間246万円程度の稼働収入が必要となる。つまり、もし、生活保護を受給した人が稼働所得を伸ばしていっても、所得限度額を超えてしまうと生活保護が廃止となり、税や社会保障が賦課されるようになり可処分所得が大幅に減ってしまい生活水準は低下してしまう。
こうした逆転現象が存在していると、生活保護制度において行われている就労促進策が十分に機能を果たしにくい。フルタイムで働けるとしても、時給によっては可処分所得が低くなってしまうリスクがあるからだ。人々が働きたいと思う「就労インセンティブ」を考慮に入れた制度設計が喫緊の課題である。「就労インセンティブ」や社会的対立の問題に対処するためには、制度間での広い意味での「連携」、具体的には、制度の間で最低生活水準の整合性をとることが必要であろう。そのため、最低賃金、国民年金、国民健康保険などの生活保護以外の制度を雇用リスクに晒される低所得者向けに拡充して、「就労インセンティブ」を考慮に入れた制度を構築することが求められている。
角方正幸株式会社リアセック、キャリア総合研究所所長(第7章「新規大卒者の就職実態と課題への対応策〜大学現場でのキャリア支援を通じて〜」)は、学生と職とを結ぶ経験から、大卒時の就職困難な実態を紹介し、その改善策を提案している。
新規大卒者を対象とする求人数は、従業員数1000人以上の企業で15万人程度であり、大学生総数は50〜60万人で、当該規模の企業に就職できる学生の割合は20%程度に留まる。現下の課題は、この残りの80%程度の学生の求職と当該規模外の中小企業の求人とをマッチングさせることである。
マッチングの動向を見ると、多くの学生が求人のウェブ・サイトを利用し就職活動を行う中、従業員数5名以上の企業約70万社のうち、大卒者を求人する企業は約7万社で、このうち民間のウェブ・サイトで求人を公開している企業は、比較的大規模な約7000社に留まる。他方、大学が独自に有する求人は、比較的中小規模の企業ながら大学が立地する地域の企業の求人を相当数含む。更に、ある私立大学が有する求人数は1154件で、このうち秋期までに採用募集を終了したのは4%であった。大規模の企業は採用募集を早期に終了する傾向にある一方、中小規模の企業は秋期以降も採用募集を継続する傾向にある。また、中小規模の企業が学生に求める能力を見ると、「対人基礎力」としての「チームの和を大切にし、他者と連携できる」能力や「進んで報告・連絡・相談し、情報を他者と共有する」能力といった、協働できる能力を求める度合いが高い。業種別では、サービス業で「気配り」、情報通信業で「論理的対話」と、業種や企業規模により異なる。加えて、採用予定者数を大規模の企業は計画的に一定数確保する傾向にあるが、中小規模の企業は「良い学生であれば(一定数というような)枠を設けず採用する」とする企業が少なくない。中小規模の企業の求人は多様な能力を活かせる潜在的な雇用機会を含んでいるといえる。学生が就職先として視野に入れていない、こうした中小規模の企業と学生とを適合させるための一層の情報の共有が求められる。大学での就職支援の講義の履修者と履修者外との就職率を比較すると前者が22.4%上回った。個々の学生に対する具体的な支援の拡充が就職可能性の向上に有効であり、企業の求人と学生の求職との不適合を縮減する手段のひとつがインターンシップである。
インターンシップを経験する学生数は増加してきているものの未だ十分ではない。インターンシップを拡充するには、教育課程にインターンシップの課程を組み込み、授業の一環として就労を体験させることが一案である。但し、採用を毎年行わない中小規模の企業には受け入れ体制が整備されていないところが少なくない。こうした企業に若年者採用の動機付けを与えるには、採用実績に基づく補助金の支給に留まらず、受け入れ体制の整備の支援に加え、解雇の柔軟化や職業教育・訓練に係る育成の仕組みの設定の支援も必要である。イギリスの育成に注力する企業を認証する仕組み(「インベスターズ・イン・ピープル」)のような企業に若年者の採用と育成を促す仕組みの構築が必要である。 大学3年時の成績と学生に対する企業の評価に相関が殆どないとの分析がある。大学での成績と企業が評価する人材との間には乖離が存在し、大学で良い成績を修めることが就職に結び付かないという矛盾がある。これは即ち、大学と企業との間に、若年者の育成に係る制度や意識の分断があるということである。これを解消することが極めて重要である。
インターンシップが効果を上げている例として、神奈川県の3つの大学と複数の企業が協働でインターンシップを運営している取り組みが挙げられる。当該取り組みは、比較的小規模の大学は就職支援体制が十分でないこと、大学と企業が個別に提携するよりも効率が良いことから始められた。これにより大学がそれまで見過ごしていた企業にもインターンシップの機会が拡充され、これまでに、中小企業30社で100名の学生が職場体験をした。結果、学生の「対人基礎力」が高まったとの評価を得ている。イギリスでは、大学の就職支援の部署が自らビジネスを創造し、学生を試験的に雇用・訓練して後に就職させるという取り組みが行われている。今後は、大学が独自に雇用を創造したり求人を開拓したりする活動も望まれる。
更に高等学校・大学が連携して教育課程に職業教育・訓練課程を盛り込むことや、大学が卒後3年間は就職・定着の支援を継続することも必要である。特に文系の学部で就職活動が各学生に任されている現状を是正するには、例えば学生をグループ化し情報交換を行いつつ就職活動を行えるような、脱落者を生み出さない構造にすることが有用である。加えて、学生が自身の「採用可能性」の吟味や内省を行えるよう、企業に、給与や待遇の情報だけでなく、採用大学名、大学毎の採用者数、離職率等の情報の公開を義務付けることも必要である。
高等教育や若年者の雇用に係る政策立案の際には、比較的高位の偏差値の大学の学生ではなく、比較的中低位の偏差値の大学の学生を政策対象の中心に据え、これらの学生を地域の中小企業が求める多様な人材に育成することに重点が置かれるべきである。このためには、都道府県や市町村が主導して能力開発・就職の支援を具現化すべきであり、そして、支援の効果を見極めるためにも、卒業時の就職・進学・無業等の状態とその後の状態の把握を可能とする、長期の追跡の仕組みを構築することが不可欠である。
伊藤実独立行政法人労働政策研究・研修機構特任研究員(第8章「大学新卒者の就職実態と就職促進策」)は、多くの大学生が就職に際し直面する困難さを踏まえ、大学の支援、学生の資質、企業の採用手法の関係から、正社員としての就職割合を高める方策について分析し、改善策を提案している。
「学校基本調査」によると、大学新卒者のうち「正規の職員等」の就職者は6割に留まり、「正規の職員等でない者」・「一時的な仕事」に就いた者・「進学も就職もしていない者(無業者)」は22.9%、約12万8千人に上る。「正規の職員等」外の就職者は人文科学や社会科学といった文系分野の卒業者が多い。これら分野の卒業生が「正規の職員等」外として就職する傾向が高い所以は、企業が求める人材像と授業内容とが乖離していること、学習が不足していることが起因していると考えられる。就職先を産業別に見ると、卸・小売業、医療・福祉、製造業、教育・学習支援業の割合が高いが、製造業を除いていずれも離職率が高い産業である。特に医療・福祉は成長が期待される産業であるにも拘わらず、低賃金で労働時間も長いというように、課題が多い産業である。大学や「ハローワーク」等は就職前に賃金、労働時間、離職率等の企業情報を学生に十分に提供すべきである。
大学新卒者の就職が困難な背景には、若年人口が減少する中で大学進学率が上昇したため、大卒者が減少せずに大卒の労働力が供給圧力を強めたことがある。しかしながら、近年は求人数が大卒者数を上回っており、求人と求職にミスマッチが生じている。ミスマッチは、学生の学力低下と過度な大企業志向に因ると思われる。大学教育が「大衆化」し、一定水準の学力を体得することが困難な学生が増加する一方、企業は優秀な人材を絞り込むといった採用傾向を強めており、これが大学新卒者の就職を一層困難にしている。所謂「ゆとり教育」や新設の大学・学部の増加、入学試験手法の多様化などが学生の学力低下と関連しており、推薦入試や所謂「AO入試」で入学した学生の質は問題があるといわざるを得ない。また、企業が採用基準として成績を重視しないことも学生の学習意欲を削ぐ一因となっている。卒業時の就職を確実なものとするためにも、入学後の教養・専門教育の一層の充実、1年次からの職業教育が必要である。更に、大企業への過度な偏重志向を解消するには、大企業は非常に狭き門であるといった採用の実態を理解させ、知名度の低い企業や中小企業の情報も提供して、求職先の範囲を拡大させることが必要である。また、企業が重視する「コミュニケーション能力」をより具現化して学生に示すことも欠かせない。企業は面接時、質問に対する応えから総合的に人物評価を行うのであり、マニュアル化された画一な会話では内定に結び付かないということを学生に理解させる必要がある。職業観も曖昧なままに多くの企業に応募する傾向のある学生に対し、企業研究の重要性を理解させ、求職先企業の採用判断に適応する能力を醸成させる訓練を行う必要がある。
国際教養大学や会津大学のような就職実績の良好な新設大学の共通点は、教育内容を企業の経営実態を反映したものに工夫するとともに、学力などに問題のある学生をそのまま卒業させないといった卒業生の質を保証している点にある。こうした事例を広く浸透させることが求められている。更に、学生と特に中小企業等の双方の情報不足によるミスマッチを解消するには、例えば大規模な企業説明会だけではなく、大学が地域の商工会議所や経済団体と連携し、地域の企業が業種単位で各大学において直接説明会を開催することが有効である。
田中宣秀日本インターンシップ学会常任理事/電気通信大学特任講師(第9章「インターンシップの期待すべき効果と望ましい枠組みのあり方〜導入時の育成目標「高い職業意識」から「エンプロイヤビリティ」の確保へ」)は、インターンシップに焦点を当て、インターンシップを経ることと職の獲得との連関の動向から、インターンシップの現状と課題について分析している。
若年者の職業能力の向上を企図し、これまで諸種の職場実習を促進するための施策が取り組まれてきた。1995年には、日本経営者団体連盟「新時代に挑戦する大学教育と企業の対応」において「企業実習・体験学習・ボランティア活動をカリキュラムのなかに入れることを強く望みたい」との提言がなされ、1997年には、「就職協定協議会」の「中長期の就職・採用のあり方研究小委員会」による「米国における就職・採用事情調査報告書」においてインターンシップが紹介された。但し、この時点では、インターンシップの目標が掲げられたに過ぎず、インターンシップ体験が学生の就職に実際に寄与したとは言い難い。この後、15年が経過した現在、インターンシップは大学の約7割が導入しているが、体験している学生の割合は8%に留まる上、インターンシップは概して理系の学生が歓迎される傾向にあり、文系の学生が受け入れ企業を探すことは容易ではない。また、インターンシップを経ても、「高い職業意識の醸成」や「実践的な人材への育成」といったインターンシップ導入時点の目的が達成されない場合が少なくない。更に、教育課程にインターンシップを組み込む大学が増加する中、学生に体験させたこと自体に満足し、職へ確実に繋ぐ支援が不十分な大学も存在する。実践的な人材の確保を望む企業の意識と大学の意識とが乖離している。
インターンシップの効果の主眼は当初「高い職業意識の醸成」、「実践的な人材への育成」であったが、現在も「社会や職業を知る」という「気づき」に置かれている。ある大学のインターンシップ後の自己評価において「自分を見直すよい機会になった」、「就職先についてヒントが得られた」、「自分の意識が変わった」との回答が多く、「気づき」の効果はあると推察される。今後は、具体的な職業の選択を可能とする、学生と職とを確実に繋ぐことが必要となる。十分な期間のインターンシップが教育課程に組み込まれること、即ち「気づき」のための課程は大学1年・2年の時期に修了し、大学3年・4年の時期には「雇用可能性(エンプロイヤビリティ)」を高める課程を実施すること、そして、教員の養成と、企業が求める「学生の目的意識を高めて欲しい」、「実施時期に自由度を持たせて欲しい」、「事前教育をしっかりして欲しい」等に応える課程を具現化することと、教員の意識の向上も望まれる。
加えて、既卒の無業者・失業者に対する支援も欠かせない。地域の支援(「サポート・センター」、NPO法人等による支援)を活用できる体制を構築し、活用が確実に就職に繋がる支援と、就労意欲の醸成のための職業教育・訓練課程が具現化されてインターンシップとして運用されることが求められる。
企業に対しては、学卒後3年以内の学生を新卒扱いとすることの実現は容易ではないものの、新卒時に就職の叶わなかった者や就職後3年以内に離職した者を安易に採用候補から除外することなく、個々の事由を十分に吟味した上で採用を決定する仕組みを設定することが期待される。
第10章「若年者の雇用環境改善に向けた国際的潮流と日本」では、若年者の雇用に係る課題は多くの国が日本同様に抱えるものであることを踏まえ、若年者の雇用環境を改善すべく尽力する各国の取り組みに対する国際機関の評価から、日本の改革可能な余地について考察されている。
15〜24歳の就業率は、日本はドイツに比べ低水準であり、2000年に比べ2011年に日本及びイギリスは低下した。失業率は、2000年に比べ2011年にイギリスは上昇したがドイツは横這いである。非自発的な非正規雇用者の割合は、2007年に比べ2011年に日本は上昇したがドイツは低下した。1年以上の失業者の割合は、足下、日本及びイギリスは上昇傾向にあるがドイツは低下傾向にある。
ドイツの若年者の雇用環境が比較的安定的である一因は、学卒後確実に職へと繋ぐために、学校での座学と職場での実習とを学校教育段階で並行して学ぶ「デュアル・システム」の仕組みが職の獲得に寄与していると推察される。但し、OECDは、座学と実習の所管が州政府と連邦政府に分断されていること、学校修了試験の結果のみが成績とされることが、在学中の学習を軽視する生徒を増やす可能性があること、実習の機会が地域により偏在があることを指摘している。一方、イギリスは、若年者の雇用環境の悪化を受け、ブレア政権時、地域での若年者の支援(「コネクションズ・サービス」)に取り組んだ。同国はまた、若年者を中心とする被用者の技能向上を目的に、人材育成に注力する企業を認証する仕組み(「インベスターズ・イン・ピープル」)を導入している。前者は、進路選択や就労継続等の支援を地域の担当者が学卒前後に継続して行うもので、学卒時未就職者や就職後の短期離職の縮減に寄与したと推察される。後者については、OECDは、地域による担当者の偏在を指摘した。
日本に対しても、OECDは、現下、長期雇用を前提とするOJTが柔軟化し、専攻と関連の薄い職に就く者が少なくない中で、学術教育と職との分断を解消すべく、中等・高等教育段階で職に関連する技能を体得させるため、インターンシップの拡充を強調している。加えて、正規・非正規雇用の待遇差の是正や、若年者及び女性の就労を促進する環境の整備が十分でないと指摘する。
日本において学校から職場への移行をより円滑にするには、OECDの指摘を踏まえると、「デュアル・システム」のような職に確実に繋ぐ仕組みの設定が重要である。当該仕組みは、労働供給側のみならず、労働需要側の人材確保と育成にも寄与する。但し、設定に際しては、関係機関の連携により実習の効果を高めること、実習機会の需給量を地域毎に適正化することが必要である。更に、学卒時未就職者や離職者が地域社会で放置されている現況に鑑み、「コネクションズ・サービス」のような若年者を地域で支える仕組みの設定も重要である。若年者を地域で支えるには、学卒者の進路情報を学校・自治体間で共有する環境の整備と、学卒後に安定した就業を継続できていない者に対しては個別に支援の担当者を割り当て、若年者、保護者、学校、自治体の協働により能力形成・開発、職への繋ぎ・定着のための支援が必要である。地域の支援が若年者の地域社会での自立の促進に寄与する。そして、支援の担当者の確保のためにも、例えば、比較的時間に余裕のある地域の引退者や経験者、高齢者が中心となって支援を担うことは、労働供給・需要側双方にとり、地域での職の獲得に寄与するとともに、地域に根差した職業意識の醸成や地域の人的資本の世代間での継承に奏効する。更に、就職後の継続した能力開発を労働需要側にも促す「インベスターズ・イン・ピープル」のような仕組みは、職への定着度を高めるのみならず、企業の外的評価が高まることと人的投資の相互作用による相乗効果により、企業が国全体の人的資本の蓄積と継承に寄与する組織として機能することを期待させるものである。
(役職名は2013年3月現在)
研究会座長 | |
樋口 美雄 | 慶應義塾大学商学部教授/財務省財務総合政策研究所特別研究官 |
研究会メンバー(50音順) | |
伊藤 実 | 独立行政法人労働政策研究・研修機構特任研究員 |
太田 聰一 | 慶應義塾大学経済学部教授 |
角方 正幸 | 株式会社リアセック キャリア総合研究所所長 |
神林 龍 | 一橋大学経済研究所准教授 |
北村 行伸 | 一橋大学経済研究所附属社会科学統計情報研究センター教授/ |
| 財務省財務総合政策研究所特別研究官 |
近藤 絢子 | 法政大学経済学部准教授 |
酒井 正 | 国立社会保障・人口問題研究所社会保障基礎理論研究部第2室長 |
田中 宣秀 | 日本インターンシップ学会常任理事/電気通信大学特任講師 |
辻 明子 | 公益財団法人総合研究開発機構研究調査部主任研究員 |
財務省財務総合政策研究所 | |
貝塚 啓明 | 財務省財務総合政策研究所顧問 |
林 信光 | 財務省財務総合政策研究所長 |
田中 修 | 財務省財務総合政策研究所次長 |
岩瀬 忠篤 | 財務省財務総合政策研究所次長 |
大西 靖 | 財務省財務総合政策研究所研究部長 |
上田 淳二 | 財務省財務総合政策研究所研究部財政経済計量分析室長 |
加藤 千鶴 | 財務省財務総合政策研究所主任研究官 |
尾山 明子 | 財務省財務総合政策研究所研究員 |
蜂須賀 圭史 | 財務省財務総合政策研究所研究員 |