財務総合政策研究所

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新聞発表
平成13年6月29日

「民間の経営理念や手法を導入した予算・財政のマネジメントの改革」

報告書について



 財務総合政策研究所においては、部内研究として、英国、ニュージーランド(NZ)、豪州、カナダ、スウェーデン、オランダの6ヶ国で進められている予算・財政のマネジメントの改革を中心に調査を行い、今般その成果を報告書としてとりまとめた。今後我が国でも財政構造改革への取組みが重要課題となるが、各国の改革の経験から学ぶことは多い。
 報告書のポイントは次のとおりである。

 

NPMと政府部門のリエンジニアリング

 OECDの主要国では、1970年代の石油ショックを契機として、経済成長が鈍化するとともに、財政赤字が拡大した。こうした中で改革の先陣を切ったのが英国(サッチャー)と米国(レーガン)、これに続くニュージーランドなどであったが、まず実施されたのは民営化、補助金の削減、規制緩和等の経済構造改革であった。特に、肥大化・非効率化した政府部門を見直すことが大きな政策課題となり、政府の役割の見直しが進められた。改革の拠り所となったのが、「小さな政府」を目指す新保守主義であり、具体的には、政府部門へ市場メカニズム、すなわち民間企業における経営理念や手法を導入し、効率化・活性化しようというものであった。こうしたアングロ・サクソン諸国で行われた行政運営の改革を一般に「ニュー・パブリック・マネジメント」(NPM)と呼んでいる。
 NPMの動きは、アングロ・サクソン諸国に止まらず、北欧諸国、オランダ等の大陸諸国などにも広がるとともに、90年代に入ると、政府組織の運営方法の改革(業績マネジメントの導入)、更に政府活動の基盤である予算編成や財政運営のマネジメントの改革に及んでいる。NPMは、時代とともに質的に進化を続けており、政府部門のリエンジニアリング(再設計)に発展している。NPMの変遷は次の3段階に分けて整理することができる。
  第1段階 : 政府の役割の見直し(民営化、民間委託、競争入札、PFI等)
  第2段階 : 組織運営の改革(業績マネジメントの導入)
  第3段階 : 予算・財政のマネジメントの改革

 我が国でも、民営化やPFIに加えて(第1段階)、今般の中央省庁等改革において独立行政法人(エージェンシー)や政策評価等が導入されている(第2段階)。

 

業績マネジメントの導入

 英国、NZ、スウェーデン、更にはカナダ、オランダでも、目標管理を効率的に行う観点から、中央省庁から執行部門をエージェンシーに分離し、業績マネジメントを導入する改革が進んだ。業績マネジメントは、エージェンシーの長官(あるいは省庁の責任者等)に予算や人事など(インプット)についての裁量を与え、その業績や成果(アウトプット・アウトカム)によって行政活動を統制しようとするものである。これは、従来の行政活動がインプットの確保に重点が置かれ、国民(顧客)にとって最も重要な行政活動の業績や成果には関心が払われなかったからである。エージェンシーの長官は、行政の「責任者」というよりは顧客にサービスを提供する「経営者」となることが期待されている。
 更に、90年代半ば以降、各国は、エージェンシーでの経験を踏まえ、こうした仕組みを中央省庁の企画立案部門にも導入し、本省レベルにおいても業績・成果志向のマネジメントを目指している(英国の「公的サービス合意」(PSA)など)。

 

予算・財政のマネジメントの改革

(財政構造改革と予算・財政のマネジメントの改革)
 政府組織の改革や業績マネジメントの導入は進んだが、予算・財政のマネジメントの本格的な改革は、90年代にならないと進まなかった。スウェーデン、カナダ、NZでは、財政赤字の拡大に加えて、マイナス成長、高インフレ、為替切下げ圧力などによって深刻な経済危機に直面し、財政の立て直しが経済運営の最優先の課題となっていた。そのため、これらの国では、比較的短期間(3〜5年程度)に、歳出削減・増税による財政赤字削減と予算・財政のマネジメントの改革が並行して進んだ。また、その成功理由として、政治家が強い危機意識を持って改革をリードしたことが挙げられている。

(説明責任・透明性向上のための枠組み)
 予算・財政のマネジメントに関し特筆すべき改革は、財政運営についての説明責任や意思決定過程の透明性を高めるための法的な枠組みを構築する動きである。これは、1994年にNZが「財政責任法」を制定して以来、英国の「財政安定化規律」(1998)、豪州の「予算公正憲章法」(1998)が続いている。
 この3つの枠組みはいずれも内容が共通している。過去の財政政策が短期的な観点から行なわれ、財政赤字を拡大させる結果になったこと等を反省し、法律は、政府が守るべき財政運営の原則を明示する。更に、政府に対し、この原則に基づいて具体的な財政運営の目標・方針(例えば債務をGDPの○%以下にするなど)を示すこと、この目標・方針に沿って財政運営が適切に行われているかをチェックすること(財政運営の評価)を求めている。そのため政府に対して広範な報告書の作成を義務付けている。

(中長期的な観点から財政運営を行うための複数年度予算)
 予算編成に関しては、6ヶ国いずれも、中長期的なマクロ経済運営の観点から安定的な財政運営を行うため、複数年度予算(3年程度)を導入している。また、業績マネジメントでは、プログラムの目標の設定とその評価が重要であるが、プログラムの成果は一般に単年度では現れないので、3年程度の中期的な期間を定めてエージェンシーや省庁に目標の達成を促すことが合理的である。複数年度予算は、この目標達成に必要な一定の予算を3年程度保障する仕組みとなっている。更に、年度末における予算消化といった単年度予算の弊害を考慮し、未使用予算の翌年度への繰越し、あるいは翌年度からの前借り(この場合省庁は利子を支払う)など、予算執行の弾力性が一定の範囲で認められている。

(内閣を中心とするトップダウンの意思決定)
 複数年度予算システムにおいては、歳出総額をコントロールするため、歳出総額及び主要経費別・省庁別歳出に係る上限額とpay as you go原則(財源の手当てなしに支出増は認めない)が重要である。各国とも、歳出上限額を維持するとともに、優先順位に基づく戦略的な資源配分を行うため、首相と財務大臣を中心とする内閣のトップダウンで意思決定を行う仕組みを強化している。
 スウェーデンなどでは、基本的には、人件費、物件費、事業費などの支出の細目を査定し、積み上げて(ボトムアップ)歳出総額を決めるといった伝統的な手法はとっておらず、歳出総額、主要経費別上限額などについては、歳入等を踏まえ、内閣のトップダウンで上から順に上限額を決め、その枠内で優先順位に基づく予算の配分を行っている。支出省庁の予算要求圧力を抑えて歳出総額をコントロールし、財政規律を維持するためには、政治のリーダーシップが重要であると考えているからである。

 

改革の基本的な方向や特徴〜分権化と集権化

 パブリック・マネジメントの改革は多くのOECD諸国で進められているが、その大きな流れは、「伝統的・行政管理型」から「市場メカニズム・マネジメント型」への変化である。具体的には、民営化・民間委託、発生主義会計などの市場メカニズムを公的部門に導入するとともに、予算や人事などのインプットを事前に管理する仕組みから、省庁やプログラムの責任者にインプットに関する裁量を与え、アウトプット・アウトカム(業績や成果)によって行政活動を統制しようとするものである。言い換えれば「分権化」である。
 予算・財政の分野でも、Line-item予算(人件費、物件費等予算の項目を細分化してコントロールする)からGlobal予算(組織の運営費等を一括交付する)やプログラム予算への変更など、分権化への動きが見られるが、6ヶ国いずれも導入している複数年度予算における資源配分は、内閣主導のトップダウンで意思決定を行うものであり、その特徴は「集権化」にある。
 要すれば、各国は、歳出総額の決定や資源配分の優先順位付け、政府全体の目標設定といった戦略的なレベルの意思決定では、「集権化・集中化」、「トップダウン」で対応し、一定の予算の枠内や戦略的な方針の下での、個別のプログラムへの資源配分や運営費の使用、個別プログラムやプロジェクトの選定といった運営レベルの意思決定では、「分権化・分散化」、「ボトムアップ」で対応している。

 

財政当局の役割の再構築

 こうしたパブリック・マネジメントの改革に伴って、財政当局の役割が変化している。
財政当局の伝統的な手段、すなわち歳出項目を細分化して事前に統制するインプット・コントロールと増分(又は減分)による資源配分という仕組みでは、歳出総額を適切にコントロールすることが難しくなっている。ニュー・パブリック・マネジメントの哲学は、省庁や事業の責任者に予算や人事等のインプットに関する権限を委譲し、アウトプット・アウトカムによってコントロールしようとするものであり、インプット・コントロールを緩和するのが基本的な方向である。
 こうした基本的な方向に沿って、調査した6ヶ国は新たなマネジメントのモデルを構築しつつある。その中で、財政当局の役割も、単年度の詳細な査定(インプット・コントロール)から、中長期的な財政運営を前提とした歳出総額のマクロ的コントロール、説明責任と透明性向上のための財務・会計のマネジメント、value for moneyの観点からの重要な政策やプログラムの分析・検討(内閣への政策提言)等に重点が移っている。最も伝統的な財政当局と言われる英国の財務省は、近年、予算を担当する部局の名称を、「予算局」から「公共サービス局」に変えたが、これは、業務の重点を予算の詳細な査定から公共サービスを効率的に供給するためのマネジメントへ転換する流れであると考えられる。

 

 
問合せ先・連絡先
財務省 財務総合政策研究所 研究部
主任研究官 田中秀明
(Tel3581-4111 内線5498)
 

 

 



<民間の経営理念や手法を導入した予算・財政のマネジメントの改革>


研究体制および執筆担当者


田中秀明


 
財務省財務総合政策研究所研究部 主任研究官(総括、NZ、スウェーデン)

岩井正憲

 財務省財務総合政策研究所研究部 主任研究官(カナダ、オランダ)

岡橋準

 財務省財務総合政策研究所研究部 研究員(英国、豪州)



本報告書の内容や意見は全て執筆者個人に属し、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。