財務総合政策研究所

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7.第六回研究会(4月5日)

産業界別報告「通貨金融情勢への対応−主として産業界への影響及び対応」

(1)自動車産業への影響と対応

トヨタ自動車(株)常勤監査役
井上輝一


 [1] 通貨危機が自動車産業に与えた影響

 研究会の冒頭に、「前回の研究会でいろいろ勉強したが、アジアショックの予想はあまりできなかった」という厳しい指摘があった。なぜアジア危機の発生が予測出来ず、また、適切な対応が可能でなかったか。現在相当の設備余力を抱えている状態に陥っており、その原因を考察してみた。

 第一番目としてアジアショックが起こる2〜3年前から、投資が過大ではないかという議論は社内にもあった。貿易収支の構造などから、これだけの投資を実行することに対する疑問はあった。しかし、成長の中で挫折を考えることの難しさという基本的な問題があり、また、「アジアは21世紀の華である」ということで今日の状況になったのが現実であろう。

 第二番目は、当社は製造会社であり、物流の問題、貿易収支の問題については相当検討を重ねていたが、残念ながら当社の方針としてあまり投機を好んでいないために、金(ファイナンス)の構造についての分析が不十分であった。その間に、ファイナンスの問題は、デリバティブとテレコミュニケーションと結合してグローバルに大きな発展をした。「物」と「金」の流れ、つまり貿易収支と資本収支の関係を一体にして分析するという力が弱かったことから、問題を総合的にとらえ切れなかった。今、一生懸命そのグローバルのキャッシュフローをつかまえろと事務局に言っている。しかし、そもそもグローバルのキャッシュフローとは何か、「現物の金」なのか「デリバティブの金」なのか、よくわからない。実際のところ世界中の金がどこへ流れているかということがよくわからない。

 最近の為替などの動向を見ていると、中長期的には経常収支とかそういうファンダメンタルズで動く。しかし、短期的にはファンダメンタルズと無関係である。いずれにしても今後「物」と「金」の流れを総合的に分析しなければいけない。

 それから第三番目は、自動車産業の持つ特性の意味が、アジア危機が発生するまで明らかとなってこなかった。自動車産業現地生産は、電機産業などと違って、迂回輸出型の現地生産ではない。その国の経済が発展ししかも現在のようなグローバルな高度情報社会では、経済発展自体が物流、人流のニーズを生じると共に、豊かになった人々は自動車を買いたくなるという内国需要あるいは域内需要というものに対応する形で産業が成長してきた。ところが、基礎産業力がない場合(韓国だけは多少異なるが)、成長に伴って巨大な需要を生じ、その結果相当大きな輸入を伴う構造を持っている。これが巨大な貿易のインバランスを生むという特徴がある。

 第四番目としては、アジアにおける金融セクターの性格について、分析が非常に不十分であったことが反省される。

 短期的にはこのショックの状態をいかにメンテナンスして、維持していくかに努力しており、将来の市場回復を期待して当面の対策を一生懸命しているというのが実情である。最初から私は、今度の問題はショックの深さではなく長さであると社内で言っていたが、中長期には、この回復のリードタイムの長さと、企業体力が問題となる。

 もしこのアジアショックからの回復が長期化していくと(早期の回復を期待しているが)日本経済と同様に、本格的回復へのシナリオ(状況によっては第二ステップが必要とされよう)への対応を迫られる。この意味で早期の回復は、日本政府ないしは現地の政府がアジア経済についての対応次第であり、企業の対応の範疇を超えている。その結果によっては、企業の戦略も変わってこざるを得ない。

 一つ述べておくと、現在、現地生産工場の稼働率は3割ぐらいで、収益を圧迫しているが、当社の進出先には老朽化した生産工場と最近建設した近代化した生産工場の二工場ある例が多い。老朽化した生産工場は、立地条件も都市部にあって、建て直すあるいは廃止しなければならない工場であるという意味において、いろいろな意味での対応策に弾力性を持っていると考えている。単に稼働率で考えるよりは、はるかに多様性を持っている。

 今後の経済運営方針についてグローバライゼーション私は、(グローバライゼーションという言葉は大嫌いで、マルチナショナリゼーションだと言っているが)つまり、アングロサクソン方式で行うべきか、アジア流で行うべきであるかという議論がある。民間企業の場合は、理念的な議論ではなく、個々に対応している(つまり、個々の国に適合した形で現実的に対応している)。本年1月・2月の市場の前年比を示してみると、タイが95%、マレーシア(これには特殊な事情がある)が200%を超えている。フィリピンが77%、インドネシアが25%、台湾が92%、韓国が 159%である。1月から2月にかけての短期間の数字であるが、これから考えると経済状況は総じて、インドネシアを除くと、大体底を打ってきた。担当部の評価によれば、タイ、マレーシアは底が大体見えてきた。フィリピンはまだ疑問なところがある。インドネシアはわけがわからない。市場がそう悪いという意味ではないが、台湾も、不確定要因がある。

 最近問題になってきたのは、対中国輸出が、今年の1〜3月期で前年比20%ぐらいまで落ちている。去年の秋ごろから急速に輸入制限(製品輸入だけでなくて、部品輸入も含めて)が進んでいる。非常に大きな国であるから、コントロールが難しく、自由化すれば必要以上に自由化が進行し、締めようとすればかなり思い切って締めなければならないという状態にあるので、驚くことではないと思っているが、そういう時期に入っている。

 「ヨーロッパは多様である。ヨーロッパは一つだと思うな」と、EUの統合本部へ行くと言われるが、アジアの多様性の深さがEUとは異なっている。やはり宗教、文化、民族、など、文化性からくるアジアの多様性というものが一つの軸である。

 もう一つの軸が大航海時代における植民地の経験である。つまりどういう国とどういう経験をしたかということによって、非常に大きな違いを持っている。

 第三の軸が、第二次世界大戦における日本とのかかわり合いで、アジアの諸国は大変多様性を持っている。

 第四の軸は、第二次世界大戦後の経済政策を含めた産業構造。インドネシアのようにオイルがあるというような地理的な条件も含めた産業構造の違いである。結局、四つの軸によって構成された多様性というものが、このアジアを形成している。

 特に四軸は、現在、対日本と対アメリカと輸出入に関するかかわり合いであり、これは各国ごとに大変特色がある。そこで、円の国際化などを議論する場合に大変難しい問題になるのが、アジアの多くの国が、アメリカ経済に依存しているという事実である。そういうことがあって、このアジアの多様性というのは大変難しい。

 グローバルスタンダードという言葉があるかないかというのは大変議論があり、ハーバード大とかスタンフォード大の教授と話したのであるが、そういうものはないというのが大体通説のように聞いてきた。フェアとかトランスペアレンシーというグローバルなコンセプトはあるけれども、いわゆるスタンダードとしての基準はない。

 今年の春ニューヨークに出張した時に数名のエコノミストと懇談したが、一つの話題として次のことが語られた。昨年の9月にアジアドクトクリンを宮澤さんが発想されたときに、アメリカがちょっとディスターブしたのは間違いだった。やはりアングロサクソン流の方策ではアジアの緊急事態に対応することはできても、経済を回復させることは難しい。要するに日本の資金と日本の知識でもって、アメリカのコントロールのもとにアジア危機に対応してもらうことが正しいのではないかという方が大変多かった。


 [2] アジア通貨危機に対する当社の取り組み

 アジアのことについては、アングロサクソニズムがいいのかとか、アジア流がいいのかとかいう議論があるが、実際の企業は、そういう議論ではなく、その中間で具体的なことをやっている。当社も、全部の国で違ったことをやっている。今回はタイの事例について紹介する。タイは一応落ちついている。

 タイでは、工場の維持、稼働の問題が起こっている。ASEANの諸国における工場の稼働率は大体20〜30%である。タイは今、1直(1直というのは、1日に1回ラインの一番遅いスピードで回すこと)稼働している工場が二ヶ所ある。工場の稼働率維持のために、輸出の促進をやっている。車で言うと、タイの場合は、ハイラックス(ダットサントラックという1トンボンネットの車を生産、販売しているが、最近それをオーストラリアへ輸出するということを始めている。3万台ぐらいの全生産能力であるが、今年、1万 2,000台ぐらい輸出する。あと、ソルーナ(エイジアンカーのスリーボックスセダン)をシンガポール、ブルネイ、スリランカ向けに少しずつ輸出する。そういうことで、工場の維持、稼働に全力を挙げている。

 アメリカや日本という国になぜ輸出ができないかということであるが、一般にカー・アンド・トラックと言うが、経済の発展段階によって具体的には異なっており、市場が要求する自動車というのは変わってくる。例えば、現在の日本は、いわゆるパーソナルカーの時代を超えて、用途別の保有(複数保有)状態に入っている。ハイラックスの1トンボンネットというのは、タイでは乗用車向用途にも使われているが、日本での総市場は月に 1,000台しかなくほんとうのトラック需要だけであり、タイ製のハイラックスを日本市場に持ってくることは経済的にも難しい。

 また、環境、安全のいろいろな法規制がある。基本的に法規が一緒でも、生産コストは向こうのほうが高いので、日本からの完成車の輸出では貿易収支が合わない。そのために、少しでも現地生産(現地産業を育成するという意味もある)を行なっている。日本には、安全規制とか排気規制とかいろいろな規制があり、それに適合するものを作ろうとすると非常に高くなってしまう。つまり、アメリカとか日本の先進国へ輸出してくるということは不可能に近い。車種が違うということは、部品(エンジン、ミッション、プレスなど)も全部違うため日本などへ輸出することは出来ない。

 現在、最大の問題は、財務体質の強化と資金繰りであり、当社の現地法人は邦銀を通して資金調達をしていたのだが、邦銀ルートは大変厳しくなった(日本だけではなくて、東南アジアでも貸し渋りが起こっている)。基本的には増資対応でいかなければいけないということで、タイで40億バーツ(129億円)の増資をし、45億バーツとなっている。さらに、追加の増資を検討中である。

 アジアの各国にはいろいろな形の外資規制がある。生産工場に対する外資規制、流通を制限、金融を制限、あるいは小売を制限しているところもある。タイの場合には、出資比率70%以上の外資は禁止するという規制がある。

 当社は、サイアムセメントというタイで有力な資本と合弁をやっている。出資比率は、サイアムセメントが10%、バンコク銀行等が20%で、現地資本が合計30%、それからトヨタ自動車が70%でタイトヨタを経営している。この増資の際、サイアムセメント自体がアジアショックの影響を受けていて、増資資金がないという問題が生じた。サイアムセメントは、その後様々な困難を経て、現在10%の増資を実現している。当社もこの資本提携を大変評価しており、サイアムセメントとの協調関係を維持するためにいろいろ協力して増資を行なった。

 前回の委員会でテクノラートや学者の間に、最近タイでは民族資本が侵されるという不安があるという話があった。このことはタイに限った問題ではない。当社は増資するときには、大変注意深くパートナーシップを崩さないという原則でやっている。それが増資を非常に難しくしている。

 資金繰りを助けるため車両部品のユーザンスを延長している。また、輸銀からの借り入れはかなりの金額になっている。

 雇用の問題であるが、タイトヨタで、ピーク時より 1,500人ぐらい人が減っている。しかし、当社は、正社員の解雇はしないという原則を持っており、期間工を 1,000人ぐらい削減するとともに、 500人ぐらい希望退職を募ったということである。正社員は今のところ切らないという原則でもって雇用の確保をしている。

 一方、このチャンスに債権管理、自動車の技術の研修、合理化など、高度成長の中で若干緩んでいた経営体質を引き締めようということで、研修生を日本へ呼んだり、いろいろなオペレーションの改良(リース会社の改良など)を実施している。

 ローカルコンテント率の問題があって、部品のサプライヤー維持の問題がある。基本的には部品メーカーは三種類に分類される。一つは、トヨタ自動車自身ないしはトヨタ自動車の関連会社から出ている場合であり、ほぼ増資でもって対応する。トヨタ以外の日系の企業については、手の打ちようがない状況にある。問題はローカルの会社であって、これらの部品メーカーに対しては、部品の購入価格を上げるという形でやっている。これら様々な要因から赤字の経営になっており、コーポレートガバナンスの観点でいくと難しい問題であるが、アジアの将来の発展を期待して、歯を食いしばって頑張っている。


 [3] 今後の課題

 民間としてやるべきことは今後も全力を尽くしてやるが、政府の関係の方にお願いしているのは、日本政府として、アジアをしっかり支援するのだという確固たる意思を持ってほしいということである。民間企業だけで支えて、アジアを成長へ持っていくのは非常に難しいだろう。

 アジアの自動車市場の、世界の自動車市場におけるウエートを考えてみると、97年(ショック前)で日本を入れて22%、日本を除くと、世界の1割の市場である。これに中国、韓国も含まれている。アジア危機後、現在、6%ぐらいの市場規模になっている。

 この比率を大きいと考えるか、小さいと考えるかが企業経営の一番のポイントである。思いのほかのリスクが大きく、リスクマネジメントが十分でなかったことは事実である。今後も発生し得る問題は、多様なアジア諸国のリスクを計算するコストと、発生したときのリスクに対応するコストを比較しなければならないことである。民間企業は、金がいくらかかっても分析すればいいというものではない。やはりビジネスとして考えた場合に、ある程度リスクというものはマネジメントの範囲だと考えるか、それとも、徹底的に研究して、それぞれの国の構造を勉強するのがいいのかという問題になる。たかが1割、されど1割。どの様に対応していくかが重要である。

 アジア経済危機以前からAICOあるいはASEANは、EUのような巨大な単一市場となり得るかということを考えてきた。この問題に対するひとつの見方を示してみたい。タイ、インドネシア、フィリピン、それぞれのベストセラーカーを見てみると、ベストセラーカーが全然違うかということに気付かれると思う。経済発展だけではなく、自分の国でどの自動車を育てるかというニーズによって、自動車税などで誘導されているため、全然違うということとなる。自動車産業というのは、サプライサイドで言うと総合組み立て産業であるから、大量、集中生産の作業である。ディマンドサイドからいえば、耐久消費財産業であり、市場に密着したローカル化しやすい産業である。自動車産業は産業の特色であるサプライサイドにおける集中化の要求とディマンドサイドにおける分散化の要求というバランスの上に成り立っている。



(2)商社を中心とする産業界への影響と対応 

伊藤忠商事(株)海外開発部
アジア太平洋州室長代行後
藤次幹


 [1] 1997年7月2日タイバーツ実質切り下げ以後の動き

 今回の通貨危機、このような経済情勢の大きな変化を事前に予測できたかどうか。やはり予測できなかったのではないか。

 経営の見通しを立てるに当っては三年の中期経営計画を設定し、その3年計画を一年の短期経営計画で毎年見直ししている。97年以前は、三年の中期計画というのは、大体その最初の年、それから次の年、その次の年と、少しかために見て右肩上がりで作成、短期計画で経済の伸びをみて、上方修正をするということが一般的な傾向であり、過去そのような推移で来ていた。97年度の場合、国によって多少差はあるが、アジア全体について見てみれば経営計画と実績がほぼ一致した。タイは非常に大きく通貨危機の影響を受けたが、他の諸国の場合、影響か出るまでのタイムラグと、97年前半が非常に好調だったので、年間で見た場合結果として見通しの中でおさまった。

 96年度末に、97年、98年、99年の中期計画を設定したが、98年度については、97年度末の短期計画によりかなり厳しい見直しを行なった。最終的な結果は出ていないが、見直しより厳しい結果が出るのではないか。97年度の通貨危機の影響がどこに一番大きく出るかというと、98年度のところに出てきている。

 99年度については、ほんとうは期待感を持っていきたいのだが、景気回復の状況から見ると、かなり厳しく予想しなければならないと思う。少し楽観的な予想を立てられるのは2000年に入ったところであり、2000年が再出発の年になるのでないかと予想している。たまたまジェトロが、アジアの現地に進出している日系企業、現地製造業の方のアンケートをとられているが、製造業の方々も2000年が一つのポイントという見方をしている。通貨危機で大きな影響があった韓国の経済成長率は、97年の第1四半期が 4.9%、第2四半期が 6.2%、第3四半期が 5.5%、第4四半期が 3.6%。98年の、第1四半期はマイナス 3.6%、第2四半期がマイナス 7.2%、第3四半期がマイナス 7.1%、第4四半期がマイナス 5.3%と推移している。韓国は多少上向いてきている。当社の業績もこういう形で上向いてきてもらえればありがたい。


 [2] 経済危機下における業種間格差

アジア全体として見た場合、経済状況は悪いということになるが、その中でも格差がかなりある。また国ごとに見た場合にも業種間の違いがある。インドネシアの場合(タイもそれに近い)、業種間で格差がありメリットを生かして好調な業種もある。輸出型であり、国内で産出した原材料を加工して輸出しているゴム、パームオイル、パルプ、水産物などは輸出が伸びていて、数字的にはかなり上がっている。

まずまず好調な産業としては輸出型だが、原材料を輸入に頼っている場合である。プラスとマイナスの両面を持っていて、原材料の輸入が確保されているところは、しっかり輸出もできる。そういう意味で、日系企業のように、ある程度資金的に問題がないところだと業績を伸ばすことが出来るが、現地資本企業の場合だと、資金繰りの難しさから波に乗れない状況にある。

内需型の産業は、経済危機の影響を受けており非常に苦しい状況にある。内需型も二種類に分類できる。国内マーケットが中心であるが、輸出マーケットに向け得る製品を造っている産業と、国内マーケット向け専用の製品を作っている産業ではかなり差が出てくる。家電あるいは鉄鋼のように外国へ製品を輸出できる産業は、転換が可能である。しかし、それぞれの国に合わせた形で売っている自動車、不動産、建設関係などローカルに近い産業は厳しい状況にあり、回復も厳しい。

 輸出型でも製品に対する信頼感、国内の政治情勢が安定していること、つまり供給の安定性に欠けると判断されると、好調だったものが落ち込むおそれがある。


 [3] 金融システムの機能停止

 このような状況の中で、金融システムの機能が停止(銀行の機能の麻痺)したことが、企業経営上影響が大きかった。このリスクについては想定外であった。銀行によって能力の差があり、不透明な部分が存在する場合があるとしても、システムが稼働している間は企業経営上問題がなかった。97年後半から98年初めにかけて金融システムの機能が停止し、L/Cが本来の役割をはたさなくなったため、従来の顧客に対するリスクプラス銀行のリスクを想定しなければならない事態となった。結果として、顧客に対する新規の信用供与が出来ないため商売が出来ない。場合により、相手方が信頼できれば、銀行を通さない(D/A、D/P、あるいは現金)でやるほうが心配がないことも一時的にはあった。国際貿易、多国間で輸出入を実行する際、状況がどのように変化しても銀行が最低限度機能を発揮できる部分を残す手段が重要である。これは経済の活性化につながる一つの大きなファクターである。

 最近の動きの中で、貸し渋り問題への対策がある。現地のパートナーとやっていくとき、現地のパートナーに増資に応ずるだけの力がないときに、日本側の親会社から増資あるいは融資をしなければならない。日本企業は、日本企業のよさであり、マイナス面でもあるが、簡単に見切りをつけることが難しい場合、何らかの形式で支援の方法を考えていく。その結果エクスポージャーの増加を招く。現実問題として、一つの企業を現地で運営する際、様々な問題からすぐに手を引くことが出来ない。貸し渋りの問題は今後の課題になるが、対応策は難しい。

 商社の業界紙が、聞き取り調査の形で公表したアジアにおける国別の債権残高と、投資・融資・保証残高の数字がある(基準が同一であるか疑問な面はあるが)。各商社がアジア各国に対し、これらの残高がどのぐらいあるのかが分かる。特色としては、債権残高のシェアを見ても、投資・融資・保証という面での残高を見ても、アジア各国の中でインドネシアの占める位置が非常に大きい。インドネシアの今後の動向は、各商社にとって経営に与えるインパクトが非常に大きい。特に投資・融資・保証残高のシェアにおいて、インドネシアが非常に大きな残高となっている。債権のほうは、通常の営業債権であり増減するものであるが、投資・融資(これらは下手をすると底だまりになる部分である)について各社とも減額を目指しているが、なかなか減少しない。98年3月末から98年9月末にかけて、かえってこの時期では増加している。各社とも99年3月末には、いわゆる格付の問題もあり減少させる努力を続けているが、債権を簡単に切り捨てにくく、数字的にそれ程減少しないのではないか。貸し渋りの問題等への対応の結果、増資あるいは保証が増加し、ボリューム的に減少は難しい面がある。

 国全体あるいは銀行の債権債務の問題が話題となるが、民間企業の債務問題は話題となりにくい。日本企業の場合、欧米企業と違い、アジアの経済・金融危機に際しても、決して逃げていくような形で下がっているわけではない。やはり、そこにかなり腰をおろして取り組んでいる。それが企業の苦しみであり、スマートな形で処理できる名案があれば教えていただきたい。


 [4] 急激な経済危機への対応策

 アジアの場合、国ごとに国情も違っており、限られた対応策しか存在せず難しい状況にある。外貨借入れを現地通貨建ての借り入れに変更する、スワップをする、為替予約など可能な対応策をとりたいが、金融マーケット自身がそれだけ成熟していない。「為替予約もしていないのか」という疑問はよく言われるが、為替予約をきちんとできる国というのは限られている。

 なぜスワップできていないのかとの疑問もあるが、スワップというのは無料ではなく、スワップコストと現地通貨の借り入れコスト、外貨借り入れ枠、この三者のバランスのとり方により、スワップが出来るケースと出来ないケースが生じてくる。

 タイでは、通貨危機の前年の96年11月ぐらいから経済へ多少難しい部分があらわれており、一部体力のあるところではスワップをかけていった。金利にして、そのころでも5%ぐらいのスワップコストが必要であったが、5%のコストをどこから生みだすかである。リスクが生じなかった場合5%の利益を失うことを意味する。この場合、多少のリスクを覚悟しても利益を重視したいと考える人もいる。傘下の企業の経営責任を持っている人間に強制できない部分もある。経営の安全性からいけば、スワップなどのリスクヘッジをして欲しい部分があるが、限られた選択肢の中でリスクマネジメントをどうしていくべきか、今後とも難しい問題である。

 インドネシア関係でも、スワップをかけてかなり助かったところもあり、通貨危機の後、スワップの重要性が認識はされた。しかし、今度スワップをかけようとしたときにスワップコストが経営を圧迫するという形になり、経営している意味自体問われる結果となりかねない。

 アジア諸国の国情が国ごとに違うことによって、対応策が異なるという難しさがある。

 中国に対して、他のアジア諸国の情勢から様々な対応策を実施しなければならないが、外貨借り入れの期前返済を禁止するなどの策を、中国政府が先手先手でとってしまう。人民元の借り入れは法的には可能であるが、人民元マーケットの規模が小さく現実問題として借り入れが出来ないなど、かなり狭い範囲の対応策しか現実には存在していない。


 [5] 今後の展望

 再度通貨危機が発生したときに、今回の経験の教訓をどのように生かしていくかということであるが、アジア各国の経済体制システム自身が未発達(今回の通貨危機を契機に、規制緩和が進むことで以前と比較するとやりやすくなっているが)な部分が多く、民間企業がとり得る対応策は依然として少ない。

 インドネシアでは、銀行の債権債務の問題について、公の場で比較的議論されている。一方、民間企業が持っている債権の問題をどういう形で処理していくかについて議論されることは少ない。民間企業にとって、債権カットは難しい問題がある。現在、客先によってはしっかり債権返済をして対応しているところ、多少対応の悪いところなど千差万別である。債権一律カットという問題が起きるとモラルハザードを引き起こし、いろいろな経済関係が停滞することも懸念される。返済のリスケジュール等、出来るだけモデレートな形でうまく納まっていくということができれば、民間企業にとってもやりやすい。リスケジュールには応じざるを得ないし、実際に応じている。債権カットによる急速な展開には対応しにくい。今後、どういう形で進展するかわからないが、最終的には何らかの痛みを伴うのだろう。しかし、痛みをできる限り弱い形でできるもの(企業体力が弱っているので)でなければ、現状としては対応しにくい。

 アジアでリスクマネジメントを考える場合、国情が全部違って、国それぞれによって、状況、対応の仕方が違うということで、1つの公式でできないという難しさがあり、悩ましいところである。



(3)中小企業への影響と対応

 埼玉大学経済学部教授 
菊池英雄


 [1] キャッシュフローと設備投資

 アジア通貨危機により、中小企業がどのような影響を受けているかということでお話しするが、その中でも海外に出ている、現地で物づくりをしている製造業がどうなっているか、どのような影響を受けているかという話に絞ってみたい。

 中小企業が海外(アジア)へ進出する際の、技術移転の問題、それから、日本とは違った文化を持っているアジアの中で経営するということの難しさなどが良く指摘される。物づくりをする企業を考えると、キャッシュフローの攪乱要因の第一番目にあげられるのは設備投資である。設備投資のタイミング、内容、規模などが、企業の命運を決めるといってよい。キャッシュフロー、設備投資の問題についてであるが、東南アジアに進出する際にパートナーを組む相手先は、日本の場合は華僑系、華人系の方が多い。華僑系、華人系の方は大体商業的なセンスで期間利益を重視し、しかも短期の回収を重視するので、日本企業の物づくりの感覚とはかなり違うという問題が出てくる。その点製造業以外の産業の進出とはかなり違っている。


 [2] 技術転換と品質管理

 技術移転について言うと、物をつくる中小企業がやっている分野というのは、デジタルな情報では結果が出ないような世界が多い。図面どおりの金型はきちんと機能しないことがあり、どこか図面どおりでないところがあるからうまくできるという世界がある。その微妙なところは、勘の世界、技能の世界であって、そこのところがなかなか理解いただけないために、技術移転上の問題が生じていると言ったほうがいい。技能を身につけるためには、どうしても現場での教育・訓練が一定の期間必要であり、そのことができないような形では技術移転は難しいという結論になる。

 この前提には日本とアジアの文化というのはかなり違うということがあり、そのことからいろいろな面で問題が生じてくる。

 また、アジアの国々の人は、デジタルな情報(数値、文字など表現できる、マニュアル化できる情報など)だけで技術移転は可能だということを前提にしているので、品質管理などの話が合わない事態が起こってくる。実際には品質にかかる文化も含めて、人から人にOJTで伝えることしかできない情報(アナログ情報)が多いのである。

 日本企業が海外に進出して一番苦労するのは、品質に対する考え方、教育問題、投資問題である。

 日本側がものづくりの主張をしっかりと行ない、OJTで人材を育てるとともに、現地の人に任せるところは任せて人を育てるという2つの矛盾した問題をきちんと処理している企業は成功している。中小企業の場合は、余裕を持って海外に進出していない企業もみうけられるが、海外進出に成功するためには、親企業がかなりしっかりした技術を持っていて、母工場として、海外進出した進出先企業を技術面、資金面などいろいろな面で支援できる能力を最低限持っているということが前提である。


 [3] 海外進出の環境とパートナーの選択

 海外進出は現地の政治に左右されるところが多いので、政治環境が重要である。海外へ進出した際、現地政府が外資に対する優遇措置を適用してくれる状況、あるいは進出することについて現地で歓迎される状況であるなど、海外進出に対するインセンディブが必要である。

 成功している中小企業はかなり個性的な経営をしているわけであり、その個性がなくなったら、もう中小企業ではない。社長の方針どおりに経営ができないと、業績も向上しない。業績が向上するための条件として日本側が経営権をにぎり、日本流の経営を行なうことについて、現地パートナー側も納得してくれるかが問題である。相手方を絶えず納得させることは難しく、中小企業の場合はそのための余裕をもてないこともあって、出資比率 100%で進出したいという要求を強く持つわけである。出来なければせめて、株主総会で株主からあまり制限されないような比率(2/3)で進出したい、との要請が強い。出資比率はタイはある程度自由にしているが、ほかの国では非常に厳しい規制がある。特にマレーシアはブミプトラ政策を取り厳しい制限を課している。結果としてやむを得ずパートナーを選び進出するが、その際、パートナーの人物および事業内容等をはっきり確かめた上で進出している場合に成功している。進出の際パートナー候補の調査を厳しくやらないと大体失敗する。


 [4] 海外進出のあり方

 現地経営には多様な経営方針・方法が存在しており、これが絶対だとお墨つきを与えられるような唯一絶対のフォーマットがあるわけではない。多様なやり方のうち、どれが比較的上手くやれそうかということはあっても、どれがいいかとはなかなか言えないということが現実である。そういう点からいって、例えばインドネシアに進出したとしたら、現実には何らかの形で現地従業員たちにこちらの意向を承知させなければならないが、当方の意思のみを通すことは絶対できない。当方の意思を認めてもらえるような実績をつくり、「やっぱりそうなんだ」と了解してくれているような従業員と社長の関係ができたところが、結局は成功している。

 とはいえ、相手方が納得できるような手段を踏み認めてもらうことが成功の条件であるとはいっても、相手方の文化のとおりやれということではない。こちらのやりたいことをきちんと主張し、実績もつくり、相手も認めてくれるようなことをした上で、それがいいかどうかは、現地の人にもう一回判断してもらう。それで、悪かったら改めていく。そういう姿勢が必要である。当初は、当方の意図するとおりの状況をつくり実施してもらう。そうしているうちに、現地の中間層の人達が育ってくる。当初のやり方が現実の実情に合わないという事態が生じてくれば、現地で育った人たちに権威を委譲をしながら一致させていく、こういうプロセスが一般的な成功パターンではないか。

 このように海外進出に成功するということは、日本でもない、アジアでもない、その国の文化でもない、融合された第三の道みたいな企業がそれぞれの国にできていき、そういうことを前提にして、ある程度個性的な会社経営をやっていける企業が増えていくことではないかと思う。

 そういう状況となるためには、当方が思っていることを相手方にほんとうに理解してもらうためにどうするかという問題がある。日本の大学に留学された現地の方を採用し、日本の工場で実地研修を受けてもらい、中間管理層として現地で働いてもらうケースは比較的うまくいっている。社長の言うことをそのまま適訳するのではなく、社長の言わんとすることを理解し、現地の人にこう伝えれば社長の思いを実現してもらえるのではないかという翻訳の仕方をすることがある。純粋に直訳するのでなく、現地の文化を考えて社長の言わんとすることが実行されるように伝えられる人を育てて中間管理層に持っていく。換言すれば、現地の人をきちんと育成できる。中間管理層の育成が重要な意味を持ってくるということである。

 日本から進出した企業の経営を見ていると、中小企業の場合は、最初は日本人が2〜3人現地にいく形で進出するが、終局的には日本人は1人にしたいとする企業が多い。日系の人が現地にいればいるほど、コスト高になる。日系の人が行っていると、現地人の給料の10倍以上は少なくともかかるので、日系の人が行けば行くほど低賃金コストでなくなり、低賃金の優位性が減少する。日本人が1人か2人でやれるような体制をつくりたいとなれば、現地の人を育てる以外にない。

 とはいえ、中核的な人の育て方が非常に難しいのも現実、アジアの場合はジョブホップがあり、ジョブホップ対策というのは意外に泥臭い。アジアの人は賃金が1銭でも高ければ簡単に転職してしまうので、一般職員のジョブホップを防ぐことはできない。しかし、経営の核となる中間管理層はどうしても残したいわけで、そういう人々に対しては給料で差別できない場合、極端なことを言うと日本の工場に出張させ、研修や会議を行う。その出張の際には手当やお土産をやるなど、中小企業は実質的な面でいろいろな対策をとって、貴重な人材はできるだけ長期にいてもらえるような体制づくりをしている。

 一定の方針を打ち出した場合(特に技術的なことはそうであるが)、日本以上に、何も知らない人でもできるようなシステムづくりということには非常に力を注いでおり、たとえば、作業内容が漫画で全部かいてあって、1つのいすのところでは1つの作業しかしないなどの工夫をしている。現地の人にあった仕事の流れを現地の人に考えさせるなど、ある品質のものが確実につくり込めるようなシステムづくりを、現地の人と工夫しながらやっているところはかなり成功している。


 [5] 通貨危機の影響と対応

 今回の通貨危機の被害の状況を見てわかるのだが、インドネシアが一番悪いというのは間違いない。それからマレーシアも、意外に苦戦する要因が出てきている。あそこはAV機器が世界のセンターぐらいに非常に強かった。ところが、今は各国間の競争が非常に厳しくなってきているわけである。AV機器における中国のウエートがかなりの部分を占めるようになってきた。また、他の諸国も生産しているので、各国間の競争が非常に厳しくなってきている。今までの機種と違ったもの、あるいは新しい分野へ進出を行っている。マレーシアでも、AV機器以外に通信機器あるいはパソコン、カスタムICなど付加価値の高い製品や部品に少しずつ移すなど、新分野へ進出を促進している。

 とはいえ、パソコンあるいは半導体については既に台湾がかなり力を持っているので、むしろ台湾が中心に動く。そうすると競争関係がかなり変化してくる。そういう中に企業があり、これからの問題として、今までのように日本で全部おぜん立てして向こうに持っていき、ただ単に品質のいいものをつくるだけではなく、現地で企画立案するなど、自分の生き残り戦略をある程度キャッチできるような人を育てていくことが、ますます必要となっている。今までは現地政府と日本の親企業に現地の企業はある程度守ってもらえたが、これからは、技術的な面あるいは精神的な面でも自立化の方向をとらざるを得なくなる。このような環境変化には、1人あるいは2人の日本人のほかに、現地の人が育ってこないと対応できない。それをどうするかという問題が、タイあるいはマレーシアでも(もちろん台湾とか韓国の場合は当然)問題になってきていると言える。

中小企業金融公庫で毎年、取引のある企業( 600社程度ある)にアンケート調査をしており、アジアへ進出している中小企業の状況をある程度時系列で追えるようになってきている。実際に黒字か赤字か、何年程度で黒字になったか、現在どういう問題を抱えているのかなどについてアンケート調査をしている。それによると、97年は大体70%の企業が黒字だったが、98年は5割ちょっとぐらいに黒字の企業が減った。各国の赤字の企業の平均値が1億円以上となった。黒字の企業の黒字幅はそれ程大きくないが、赤字企業の赤字幅はかなり大きい。

 その結果、企業の赤字は何らかの形で補てんをしなければならなくなってきている。しかし、金融機関による支援について、大企業の現地法人に対しては支援が少ない。まして、中小企業の現地法人に対する支援はほとんどない。今までの黒字で蓄積してきた分を食いつぶせるところはいい。しかし、黒字転換に通常の企業で3年ぐらいかかる。3年でできるのも半分ぐらいの企業であり、6年ぐらいかかって7割が黒字に転換する。1割か2割の企業は6年たっても黒字に転換していない。しかも、進出時からの2〜3年で生じた繰越欠損を、完全に償却している企業の割合も国によってかなり違う。タイあるいはマレーシアは、比較的、繰越欠損を償却してしまっている企業が多いが、インドネシアは、比較的遅れて進出した企業が多く、時間的な問題もあり、その上あまりうまく経営がいかないところも結構多いため、繰越欠損を抱え込んでいる企業が多い。しかも、今度の通貨危機で経営がさらに悪化してきているとみられ、進出企業の経営には非常な苦労があると言える。

 フィリピンはこのところ2〜3年比較的順調に推移しており、しかも、今回の通貨危機による落ち込みが少なかったため、新しい工業団地に進出している企業の様子を聞くと、元気がないところは少なく、まあまあやっているということである。


 [6] 中国本土への進出

 中国について見ると、日本企業(本社)に非常に利益貢献しているところとだめなところが二極分化している。コンピューター関係の事業をやっている上場したある中小企業は、「実は中国でもうかってるんですよ」と言うぐらいであり、やり方によっては非常に好業績を上げられる。当社によると中国で事業をやる場合、教育の問題が大きい。その企業では、国営企業とかで働いた人は採用しない。できるだけ若く、企業に勤めた経験のない人を中心に採用するという方針をとっている。経験がないほうが、教えられたことを素直によく聞いてくれ、教えやすい。決められたことをきちんとやってくれ、日本と同じようにQCサークルもやってくれる。中国の状況は経験がないことがマイナスでなくて、むしろ経験がないほうがプラスだ。経験のない人材を素直な形に育てたところは戦力になっている。

 もう一社、おもしろいと思ったのは、深センに進出している四国の企業(四国のある県で高いシェアを誇る、オートメション化した豆腐の製造販売メーカー)が、大手コンビニなどで売っているおでんの種(油揚げの中にもちが入ったもの)を中国で製造している。あの結わき方(同業他社のうち中国で製造しているのはこの会社のみ)が、二重結び(日本で製造すると手間賃がかかり、手で二重結びにしたら絶対に採算が合わない)で、きちんとつくっている。四国出身の優秀な大卒の女性が日中間を行ったり来たりしながら指導している。それが非常に成功しているのである。女性の感覚で向こうの女性を指導して、いい製品ができるということで、ある大手コンビニが販売している商品を一手に引き受けている。その社長が、「菊池さん、教育次第ではまだまだ中国はやれる」というとおり、中国に進出して成功するのはやり方次第だ。

 いかに従業員を育てて、こうやればよくなるのだと体験を通して、日本側のやり方を納得してもらえるような経営をしていくか。海外に進出して成功している企業では、日本と同様、企業は自分たちのものなのだ、我々がちゃんと頑張ってやれば我々の将来はよくなるのだというようなイズムが、中小企業なりに徹底している。


 [7] まとめ

 日本国内の親企業自体にもかなり格差が出てきているが、海外の格差はもっと大きく広がってきている。経済情勢が悪い中でも、5割2、3分のところが黒字でやっている(絶対的な数として多いか少ないかという問題もあるかもしれない)。金型などいろいろな分野の企業が進出しており、日系企業はこれからのアジアの各分野でリーディング企業的な役割を果たしていく可能性はかなり高く、また、現地に定着している企業も増えていると見ていいのではないか。

 しかし、赤字企業について述べると、当然支援しなければならない面もあるが、いつまで親企業が面倒を見ていけるかという問題に早晩縫着する可能性も強い。中小企業金融公庫でも、いろいろな施策上の支援措置を講じて、資金と知恵を貸す方向で現地企業の支援を進めている。しかし、支援先がほんとうに成長していくかどうか判断が難しいものもいっぱいある。この間、タイのケースで、M&Aの話なども出てきている。海外の企業に買い取られるのはいろいろ問題があるかもしれないが、場合によっては、それに乗り現地企業を動かすことも必要と思われる。どういう形で手放すなり、その企業を残すかは、改めて日本企業と現地の企業が考えざるを得ない局面が来ると思われるが、その答えは一通りではない。

 結論としては、中小企業は(国内の中小企業も同様に)、何らかの特色を持って生きるということと、もう一つあるのは、取引先も含めて何らかのネットワークの中で生きていくということ。グローバルな視野でネットワークをどのように形成して、そこで自分をどう生かして、独自性を発揮していくことが、生き残りの鍵となってきている。

 このところ、先端的な分野で中小企業を経営している人たちが注目しているのは、台湾である。台湾の企業との取引、何らかの提携関係を持とうとしている人が結構増えている。台湾あるいはシンガポールが、シリコンバレーと一体となっており、シリコンバレーで働いている人にはアジア系の中国人が非常に多い。3万人とか4万人とか言われている。台湾で最近パソコンとかICが非常に伸びてきているのはこのことと関係があるらしい。これからの人々のうちから、毎年 3,000人ぐらいが台湾に帰ってきて、また新たに 3,000人ぐらいがシリコンバレーに行く(10年だと3万人になる)。最先端の世界ではパソコン通信での取引が増えてきているが、この前提として、相手が信頼できるかどうか事前に確認できていないと、取引は進まない。これらの人材交流があることで、お互いの信頼関係が築かれていることが取引を拡大させている。パソコン(ICもそうなのだが)は、新しい機種がどんどん開発されており、半年たったらもう古いと言われている世界なので、デッドストックがでないように在庫も持たない商売をしなければいけない。そうすると、半導体などの部品は、パソコンで注文を受けた翌日には発送できるほどの品質納期管理の信頼関係がないと競争には勝てないとも言われている。

 そういう信頼関係が築けるようなネットワークと人材がそろっていることが、世界的な取引では非常に重要になってきている。そういう面から、実はシリコンバレーで働いているアジア系の人たちのネットワークは、華僑の方々とは違った意味で非常に重要になってきており、それをうまくキャッチしようという中小企業の方も出てきている。

 日本の中小企業というのは、自分の個性とネットワークで生きているわけであって、その点は、中小企業を考えるときにポイントとして重視しておくべきではないか。


(4)質疑・討議


〔 篠原委員 〕 大手商社9社合計の国別の債権残高シェアーにおいても、国別の投資・融資保証の残高シェアーにおいても、やはりインドネシアは大きい。両者の関係を教えて欲しい。

 民間債務問題(貸し手も民間、借り手も民間)をどのように処理していくべきかということは、これまでいわゆる金融危機になかった局面であり、いろいろな新しい試みがなされなければならない。

 現在言われているのは、一時的なヘアカットみたいな話、デッド・ツー・エクイティーのスワップみたいな話、これらを妙に持っていくとモラルハザードになってしまう。個別の借り手別に、それぞれネゴをしようという話は、全員が隣を見てモラルハザードになるだけで、動かないであろう。急遽つくった破産法あるいは破産手続法で法的処理をしてしまえばいいではないかという説もある。金融機関に公的な資金を資本増強のために入れる特別な専門会社の民間版、つまり、民間企業へ資本増強のための公的資金を流すような専門会社をつくれないかというアイデアもある。某所の勉強会では、「融資も投資もできるような格好で、アジア版のIFCみたいなものをかなり大きくつくってください」と言われる。しかし、IFCは、どちらかといえばハコモノ的しかやらないというような話もある。一方、公的保証を上手に使用しアジアの域内貯蓄の有効な利用を図っていこうというスキームを民間債権・民間債務問題の中に生かしていこうと言っている人もいる。最近、いろいろな意見が出てきているから、整理をしながらうまく取りまとめて持っていく責任も日本にはありそうだ。

 民間債権、債務問題に対して、商社の立場から何を、どういうふうに、どう取り扱うと、それ程負担にならず、しかも、うまく動くか。印象でいいから言っていただきたい。

 80年代の終わり頃、マレーシアに進出する企業の世話をしていて、大企業は、体育館のような建物にベルトコンベアーを設置し、人を配置し、アセンブルを中心に企業活動をしており、途中で体育館さえあきらめればどうにでも動けるというような進出形態であった。それに比べ、中小企業のほうがはるかに資本集約的で、技術主導的で、装置産業的で、大アセンブルメーカーの進出よりは腰の据わった進出であると感じた。

 当時、彼らが持っている技術の息の長さにかなり信頼が置けると思った。先程、金型は、デジタルのインフォメーションでどう分析してつくろうと思ってもできないという話があった。一方、一番最後に、実は技術のライフサイクルが非常に短くなってきているという話があった。日本の中小企業、あるいは中堅中小企業が持つ強さは、技術レベルの高さと、製品が一般化し、延々と使われていく極めて長い期間その製品を支える基礎的な技術力にある。そういう日本の中小企業の強さというのは、今後とも存在するのだろうか、それとも、ライフサイクルが短い技術の中でもみくちゃにされながら行くのが今後の日本の中小企業なのだろうかというところをお聞きしたい。


〔 後藤委員 〕 国別債権残高のシェアーは、営業債権や保証など全ての合計の比較であり、国別の投資、融資、保証の残高のシェアーは、営業債権を除いた投資、融資、保証の比率である。営業債権は、営業上ほかの保証や投資とは扱いが違っている。この数字は商社の業界紙が各社から聴取し、多少整理をしている。各社とも解釈の違いがあるのでなかなか正確な数字は出しにくいが、現実とあまり違う数字も出せない。また、この数字の中にどれだけリスクマネーが含まれているかについては、どれだけリスクヘッジが出来ているかなど各社ごと基準が異なっており、数字自体の信頼性に多少の問題はあろう。

 いわゆる債務保証の問題については、債権を回収する際、どこかの機関が少なくとも債務を保証してくれる。返済の保証があれば、直ちに回収できなくてもある一定の期間の中で回収できればよいと感じている。貸倒れを引当てることをしないで済めば、企業の経営に及ぼす影響も少なくて済む。

 現実に、世銀の方などと話をすると、世銀は融資は可能であるが保証は難しい。保証はコンディションをつけにくいから難しいのだとの話があった。公的機関が保証あるいは融資を実施する際の差が、今後どんな形で現れるのかが今後の課題である。


〔 菊池委員 〕 的確な質問をいただいた。仕事に幾つかのタイプがあり、デジタルサイクルが非常に速い業界でアメリカが勝っている。一方資本集約的な産業がその基礎を支えているが、資本集約的な産業は深味の要る業界である。金型製造、半導体製造用機械の製造業などの業界は、基礎的な技術がしっかりしていなければならない。日本は、基礎的な部分が非常に強い。その基礎力の育成には時間がかかる。不動産販売や株式投資は、非常に足の速い業界である。次いで半導体、コンピュータなどの産業が足の速い業界に位置している。しかし、それらを支える基礎的な部分は、足が遅く、各種の要素技術を必要とし、それらの人材の育成などに時間を要する業界なのである。

 日本の中小企業はそれらの基盤技術を支えている。韓国あるいは台湾経済が成長するほど、生産財の機械と原材料などの日本からの輸入が増加する。細々としたカスタマナイズされた機械や金型などは、大企業が輸出しているわけではない。そういう分野は中小企業が支えている。大企業ができない分野をうめ、その基盤づくりをするような形で海外進出をしているわけであり、その分野をどう育てるかというのは、アジアの問題であると同時に、日本がやるべき分野である。今度の金融問題はその辺を焦点に対応すべきである。


〔 北村次長 〕 投資、融資というのは、バランスシートでいえば債権のほうに入る。一方、保証は、第三者に対する保証であるとするとバランスシートでいえば債務になるのではないか。質問をすると、投融資に保証を足す意味がよくわからない。


〔 後藤委員 〕 トータルエクスポージャーという意味で見た場合、もし向こうが債務履行をしなければ、我々はその保証を肩がわりしなければいけない。


〔 篠原委員 〕 融資のかわりだということか。


〔 北村次長 〕 その場合には、バランスシート上、債権が立っているわけか。


〔 後藤委員 〕 いや、保証はオフバランスである。


〔 篠原委員 〕 銀行の場合、バランスシート上は支払い保証があって、債権の支払い保証見返りというのは立ててある。


〔 後藤委員 〕 バランスシート上計上はしていないが、簿外であるが必ず今は計上しなければいけない。以前は簿外にも計上していなかった。


〔 北村次長 〕 債権放棄という場合に、営業債権は通常はその対象になるか(輸出入の信用の場合には放棄しづらいと思うが)。債権債務という観点からした場合には、投資、融資、保証、営業債権の優先順位を商社としてどのように考えるのか。

 それから、かつて直接投資という形でさまざまな経験はあったと思う。今回の金融危機で、金融の側面が全面に押し出されてきたわけである。この金融的な危機の問題が、トヨタあるいは大企業の今後の直接投資のあり方にどういう影響を与えるのか。あるいは、中小企業の今後の直接投資にはどういう影響を与えるのか、金融面からのインパクトについてお伺いしたい。


〔 後藤委員 〕 我々のとらえ方として、バランスシート上の問題というよりトータルエクスポージャーとしてどれだけ持っているかが重要である。投資、融資、保証(保証履行を迫られない限り問題は生じないが、もし保証履行を求められた場合、履行しなければならない点で同様であり、しかも開示義務がある)は、トータルエクスポージャーの中で同様に考えなければならない。もうかるかもしれないけれども、それはゼロになる可能性もあるのが投資であり、融資と保証の場合、融資の形をとるか、我々が銀行に保証を入れて、銀行が貸付するということであり、ある意味では近い部分がある。つまり、直接貸さないかわりに、保証行為で相手に対して金を出す。そういう意味では類似している。営業債権は、商売上の問題であり、多少意味合いが違うかもしれない。

 現在の問題として一番大きな部分は融資、次が保証(一応ワンクッション置いてくる世界である)となろう。現実にアジアの通貨危機の中で、銀行から保証履行を求められるケースもあり、かなりシビアな問題である。


〔 北村次長 〕 営業債権は、そのまま放棄しやすいのか。


〔 後藤委員 〕 営業債権は、投資ではなく商売であり、相手が踏み倒すこともあり得る。全く安全である商売は少なく、相手に対してどういうシェアを与えるかというのは、商売上これを判断していく。

 「融資」、「保証」は、金は返してくれることを前提でやる話であり、返ってこないときのそのダメージは大きい。「投資」は、これはリスクマネーだから、損をすることもあれば、もうけることもあって当たり前の世界である。「営業債権」は、物の売買で代金を受領して商売が終わる話で、相手によっては取れないこともあり得る。そういう位置付けでないか。

 営業債権が貸倒れた場合、時には物を押さえられることもあるが、往々にしてその物がなくなっている。シンガポールから中国に物を送ったら、船ごといなくなってしまったケースでは積んだ船が悪かった。しかしそれは商売上のリスクである。船が出港した時には、B/Lも発行されていた。しかし最終的に船は仕向地に着かなかった。いくら待っても来ない。どこへ行ったかわからない。沈没したわけではないので、海損にもならない。営業債権も、当然リスクを伴っている。

 融資、保証は、少なくとも信頼関係のある企業間で実施する部分である。保証は、相手を信頼してやる話である。多分、危機が起きなければきちんと履行されていたであろう。しかしそうではないことが起きているが、経済、金融危機が原因であるかもしれない。


〔 井上委員 〕 設備資金についてであるが、当社は、アジアではジョイントベンチャーが基本である。自動車産業は、生産は総合組み立て産業で、集中化産業だが、デマンドは消費財産業で分散型だ。つまり、流通は現地資本でないとできない国もある。また、国の規模や、その国の自動車産業の規模等の制約があり、 100%出資でやることをなかなか許してくれない。当社自身がアジアで仕事をすることは、第三の経営の創造だという考え方を自販時代からずっと持ってきており、アジアはジョイントベンチャーが基本である。

 今まではアジアにおけるパートナーは現地の有力な企業をつかんでいた。自動車市場の規模は、現在、日本を除くと世界で5%ぐらいである。結果として、利益の範囲で投資ができていた。国ごとで違うが、タイトヨタでも、98年まではまだ利益剰余金は黒字である。借入金のレベルは、99年でも通貨危機とほぼ同じレベルで来ている。経済状態がこの様になったこと、設備投資が一応終了しており、しかも新たな工場をつくろうとか、今まで拡充しようと思っていたところを中止している。したがって、設備資金の問題はない。

 しかし、さすがに稼働率が下がっているから赤字が出てくるという問題がある。赤字が出てくるので、繰越損が増加する。それを、今の段階では、[1]増資 [2]部品産業や販売店に対するユーザンスの延長(かなり大きく、例えば10日で部品代金の回収をしていたのを、今は90日回収にしている) [3]輸銀による融資(タイだけで、3回にわたって 2.5億ドルぐらい融資を受けた)この3つで資金調達をしてきている。

 流通の面では、サービスや部品は売り上げが立っている。だから、販売店はメーカーほど傷んでいない。それでもリースをやって焦げついたなどがあり、これらは不良債権としてタイトヨタが消却している。

 現在、ナショナリズムとの関係で厄介な問題が多少発生している。当社としては非常にケアフルにやっており、事業のパートナーも理解している。しかし、相手国の特に第三者から見ると、当社の発言力がだんだん強くなっていくということに対する心理的抵抗がある。増資の問題でナショナリズムとぶつかった。増資の際、買戻し権を認めたり、いろいろなことで元へ戻すようにしておりケアフルに対応している。

 それからもう一つには、このチャンスに、金融もそうだが、我々の事業のオペレーションも近代化しよう、システム化しようということを実施している。今まで高度成長の中にあったから、わりあいルーズな感覚でやっていた。特に金融面や販売面ではルーズにやっていたのをシステム化し、不良債権の発生率を抑えるため、トヨタの持っている(トヨタ自身も、現在急激にシステムを強化しているが)システムと同じ次元のものを現地に導入しようとしている。本社側は現地に日本のシステムを導入しようと思っているが、現地の抵抗があり、結果的には第三のシステムが生まれてくるのだが、そのプロセスで、向こう側から見ると、非常に強い指導が入ってくるということに対する心理的抵抗はある。パートナーのほうは事情がよくわかっているが、学者の方や金融機関の方から見ると、トヨタがこの機に応じて強く経営権を把握していこうとしているという感じを与えるかもしれない。しかし、それをやらないと生き残っていけないから、やっているという状態である。


〔 菊池委員 〕 海外に進出することの魅力を感じている中小企業の経営者がまだおり、フィリピン、ベトナム、タイなどの工業団地に見学にいく人がいる。設備資金に関して土地を買収する際はかなりかかるが、新規の設備を何億もかけてやることはせず、こちらの機械を改良するあるいは、向こうのニーズにアレンジする形で、現在使用中の機械と新規の機械を現地で同時に使用すれば、投資リスクは軽減できる。

 とはいえ海外に進出する場合には、目に見えない支出が結構ある。その辺は資金調達のときにはなかなか上手くいかないので、内輪でできるだけ増資を行ない、資金調達し、進出していくこととなるが、上手くできるか問題である。

 中国に進出する場合、現地から歓迎されて進出する場所はだんだん奥地化してきている。また、法制度や施策が、進出後予期しない形で変更されることに対する警戒心はかなり生じてきている。投資、資金の問題と同時に、受け入れ先の法制度などができるだけ安定的であってほしいという声がかなり強い。


〔 深川委員 〕 物づくり対「錬金術」の戦いの中では後者が圧倒的にスピードもあり、レバレッジが効くためコストもかからず、今のところ錬金術が勝っているという現状にある。アメリカ人になじみの薄いことをやっていると、みんなレジーデュアルとして切り捨てられてしまう格付の世界を考えていくと、総合商社のような日本独特の業態を彼らに相当アピールしていかないと(既に厳しい局地に立たされているとは思う)いけない。グローバル会計に移行し、海外の拠点も含めた財務諸表を公表していかなければいけない時代は目前で、総合商社の経営に与えるような影響についてどう考えるか。アジアはこれからだと長期的な視野で現地を育成してきたが、四半期ごとの評価が重要視されると短期に結果をあげなければならない。また、日本の多国籍企業というのは、現地の責任者の権限がものすごく大きい。あの人にやらせておけば大丈夫だから、というふうに本社は思っている。一方、欧米の多国籍企業のマネージメントはヘッドクオーターに集中しているわけなので、今後、経営資源の管理のやり方が変わってきそうか。

 我々が今まで信じてきた、また、アジア人にもそう言ってきた話は、「品質管理をきっちりやりなさい」、「基礎技術をまじめにやりなさい」、「熟練形成しなさい」ということであったが、アジアが見てしまった現実は、熟練形成には10年かかるけれども、金融不安というのは、その10年の成果を1年で破壊できるということである。おそらく日本自身も立たされている問題として、我々が苦労してきたこの熟練形成をデジタルな人たちにどう評価してもらうかという問題がある。日本のすぐれた金型や、非常に高い技術というのは、本来もっと高く評価されるべきである。しかし、それらが安かったので最終製品の競争力を支えてきたという面もあると思うが、それについて何かいいアイデアがないか。現地の中小企業のケースなどで、金型の技術を、そのデジタルな人たちにもわかりやすい方法で説明できるような手だてはないのか。物づくりについては、最近、何でもISOで世界基準が決まってしまう。オーバースペックに絞り込みとか繊細な技術をやっているよりは、ISOの基準を取得することにより、技術開発をそれ以上やらなくても勝てるという状況があるわけだが、日本の中小企業はどう対応しているかということについて、あわせて教えていただきたい。


〔 下村委員 〕 貸し渋り問題との関連であるが、現地の企業に資金がなく、深刻だということを承知している。金融危機が起きてから新聞をずっと読んでいて、1つ奇異な感じを持っている点がある。ある時期まで話題になっていた華人資本あるいは華人のネットワークの話題が出なくなった。東アジア、東南アジアで大きなセーフティーネットになっていた華人資本、あるいは華人のネットワークが機能していないことから、現地の企業に資金が全くないという問題とか貸し渋りとかが深刻化しているという面もあると思う。これだけ東アジアがダメージを受けると、華人ネットワークもすべての地域でダメージを受けて機能しなくなっているのか、あるいは、今は悪い時期だから機能しないで、じっと冬眠している状況であるのか。最近の華人資本グループの動きがめだたないことについて、感触あるいは印象をうかがいたい。


〔 斉藤委員 〕 商社が持っている投資案件は、資本市場で簡単に売れるものとは思っていないがどれぐらいの流動性があるのか。また、融資案件というのは証券化できるか。あるいは、そういう動きがあるのか。


〔 小松委員 〕 最近、ある人のつくったアジアの経済状況について雁行形態の図を見ていたら、日本が先のほうで失速して落ちている。そして、アジア諸国がほとんど日本に追随して失速している。それを見ていて感じた問題について伺いたい。アジアの諸国が、ある意味で経済発展に成功して、同じ市場(例えば繊維あるいは電子)に進出する。そうすると、輸出市場がサーチュレートして、その市場で過剰な競争が起こっているのか。

 アジア諸国は、輸入代替型から輸出志向型に移行して成功してきた国々である。すべての国が輸出志向型に転換して、特に中国が輸出市場にわっと出てきたときに、個別にはそれぞれ正しい戦略だが、合成の誤謬が一気に起こると、輸出市場がサーチュレートするという問題が起こるのだろうか。そうすると、輸出志向型戦略というのは矛盾を持っているのかという気もする。その辺、現場の感覚で何か教えていただきたい。


〔 小川委員 〕 商社、メーカーあるいは中小企業でどういうインボイスカレンシーあるいは、決済通貨になっていて、今後どう変化していくかを話していただきたい。タイあるいはマレーシアの通貨当局にどうしてドルペッグしていたのかと聞くと、ドルは国際通貨で、企業がドル決済をしていたため、企業のためにしていたことを一つの理由として言っている。今後もドルを企業の方々が使い続けるのであれば、ドルペッグ制度は永遠に維持されることになる。ドルペッグが今回の危機の原因だということであれば、そこで何とかしなければいけないのではないか。そのときに、企業の方々はどういう考えがあるのか教えていただきたい。


〔 飯島委員 〕 去年の夏に、インドネシアあるいはタイの現地法人を回り、本社のほうでもいろいろ話を聞いてみようと思い、東大阪の中小企業を7社ほど回ったが、ほとんどの企業が複数回、外国で失敗している。中小企業の特に海外展開を議論するとき、この下積みの経験というものをしっかりと頭に置いて、そこに大変なコストをかけた結果、今日があるのだということを考えなければいけない。

 通貨危機で大損をしたけれども、これからも投資をするのかどうかという点だが、よく「所有から利用へ」などの用語で時代の流れを言われているが、現地のヒアリングあるいは日本での本社の反応を見ると、企業の方々も再び8%、11%という成長はないにしても、アジア経済が再生して、4%台、5%台の成長に復活するであろうと見ている。5年ほど前に日本経済研究センターが、アジアの将来のGNP(この場合GNPだったと思うが)世界におけるシェアを試算している。たしか2020年には、アジアのGNPのシェアが32%ということで、欧州及び米州をしのぐ数字になっていたと思う。32%が正しいのかどうかは別として、私どもは、2010年を超えたところでは、日本経済研究センターが既に5年前に試算されたようなレベルにまでアジアはまた復帰するだろうと、非常に楽観的な見方をしている。

 中小企業の方々、どちらかというと中堅に近い企業の方々は、投資は3年後ぐらいに本格化するというような意見が大宗だ。アセンブリーメーカーと連携して仕事をしているからということ。どうしても委託加工とかそういうものではできないこと。ローカライズしていかないと、エイジアンテイストの商品がつくれないのだということ。技術移転をどうしてもこれからは盛んにやっていかなければいけないが、このときに企業のオーナーシップを持っていなかったら安心できないということ。それから、市場をしっかりと押さえて見据えていきたい。これらの点を挙げて、投資については極めてポジティブな反応があった。

 あわせて、人の現地化という点についてのヒアリングでは、中小企業は極めて人材不足である。社長がシンガポールで采配を振りながら、月の後半には、帰ってきて采配を振らなければいけない。現にそれをなさっている方がいるが、そういったことで、現地化というのはなかなか難しいというのが現状である。最終的に中小企業のオーナー経営者のところに全部集中してしまうという実情等々も踏まえて、今後ともデシジョンメーキングとの関係で現地化がなかなか難しいのではないか。

 それから、いま一つ触れたいと思ったのは、昨年の夏ごろ、インドネシアへ行ったときに痛切に感じたのは、「ブミイズム」(「ブミイズム」という言葉を使っているが、「ブミプトラ」と「プリブミ」のことである)の台頭と言ってもいいくらいの話である。インドネシアのジャカルタ大学で教鞭をとっている教授に、華人の問題をいろいろ伺ったところ、そういう質問は全く不要である、インドネシアはインドネシアンでこれからは十分マネージできるのだという姿勢に満ちていた。マレーシアとインドネシアでのブミイズムの台頭が、アジアにおける日本の企業の国際水平分業ネットワーク(パートナーはほとんど華人の国際水平分業ネットワークとの裏表になっている)が蚕食されなければいいなと思っている。


〔 林 委員 〕 華人ネットワークが出たので、それに関連して聞きたい。ジム・ロジャーズ(ソロスの昔のパートナー)と私は知り合いだが、彼がいつも言うことの一つは、「これからはやはり中国だ」ということがある。この発言だけだと、当然、だれでも言うことのようだが、それに付け加えてリスクを回避する手段として、「必ず中国以外の華人を入れろ、間にかませろ。リスクを回避するのだ」と言う。台湾がこれから注目だという話があったが、香港が返還された後、中国本土のリスクを回避する機能が台湾に期待できるのか。資金面以外に人的なネットワークなどが既に中国の一部となってしまった香港に何か事態が発生した場合、台湾に代替機能が期待できるのかということを聞きたい。

 もう一つ、小松委員が雁行形態とおっしゃったが、私の理解だと、需要面から考えると雁行形態はあって、それは単に需要面が冷えているだけであり、供給面でのモデルでは失墜していないのではないかと考えている。その点も意見をお伺いしたい。


〔 後藤委員 〕 グローバル会計、連結決算は、欧米と比べてアジアではその実施が難しい。現実に現地で対応できる部分が、まだ未熟である。直接の出先であれば別であるが、事業をやっていると、現地自身にやはりそこまでコンソリデーテッドな発想に欠け、現地の会計システムが要求するようなレベルに到達していないところもある。格付機関からいろいろ指摘されるので、相当努力をして持っていかなければならないなという意識と、現実として進めにくい部分があり、両者が葛藤している状況である。

 権限の問題は、現地にそれだけの人間を出して権限を与え、現地の判断でやるという政策のもとでやっている。一方、トータルリスクマネジメントの問題になったときに、現地にどこまで権限を与えるかという問題は出ているが、商社の場合幅広く営業をしている中で現地を尊重するという部分も残っており、かなり葛藤の世界がある。

 それから、貸し渋りと華人ネットワークの関係であるが、我々がつき合っている華人でも、やはり不動産関係は手じまいというか、動かない。日本のバブル崩壊と同様に、不動産の部分は凍結している。日本で言う本業返りというか、本業をしっかりやっている華人は、もっと地道な産業の部分で資金を回していくというような対応をしている。そういうところのほうが付き合っていて安心だ。不動産に非常に偏っている華人は、ダメージも大きいので、今はなかなか付き合っていきにくい。

 斉藤委員から非常に微妙な質問をいただいた。流動性のあるものもある。しかし、流動性のあるものを売ってしまうと、問題があり、エグジットしにくい部分も抱えていることは事実である。単純にエグジットはできるのだが、エグジットをしてしまった場合、その事業が成り立たなくなるというような部分もある、という苦しさもある。

 融資案件の証券化というのは、これもできる。ただ、正直言って、あまり足元を見られて証券化することは好ましくない。深川委員がおっしゃったように、マーケットは狩猟民族の世界なので、弱い者に対しては非常に厳しく当たられるという面がある。融資の証券化を徐々に実施していくかしかない。

 小松委員からの質問であるが、アジアのいろいろな国で事業をやっているが、競合関係を生じ、それから、国家間を移動していくという面があるのではないか。繊維製品はアジアへ進出した際、韓国から台湾に移り、その後、中国、そしてインドネシアへと移動した。競合関係部分と、アジアの中での段階、レベルの違いでうまく共存していけばいい。しかし、レベルが上がってきたところで競合していく部分がどうしてもあると。中国元切り下げの問題が議論されるというのは、中国にとって競合関係にあり、競争力を維持するために(特に軽工業品の場合)、そういう難しい問題が出る。

 決済通貨の問題は、できればドルではない通貨で決済をしたい。本社の決算は「円」であり、現地は基本的には現地通貨でやって、それを換算するときにドルを使っている。通貨危機以後は、本体の企業活動を現地通貨で評価したときと、その時為替レートでドルに置きかえて評価すると非常にいびつな現象が起きる。本来、本社が「円」で決算する以上、「円」で決済できれば、為替損益を持ち込まないで済む。

 現実の商売をみるとき、今までアジア圏はドルで成長してきた。ドルのその流動性、強さ、これがどうしても出てくる。マハティール首相が、現地通貨間で決済すればいいではないかと主張するが、どうやってそのレートを決めるのか。現実の世界での問題がある。ドルの持つ利便性と信頼感は、アジア圏にはまだ根強い。

 台湾は、この通貨危機の中で企業にとって安心感のあるマーケットであった。これからもそうである。台湾を評して言うときに、「台湾は、中国の陰にどうしても隠れてしまう。水辺に立っている杭だと。水が満ちているときは目立たないが、水位が下がったときに、ちゃんと杭は立っている」それが今の台湾の姿であろう。日中国交回復後もずっと企業にとって台湾は、堅調なマーケットであったことは事実である。この経済情勢が厳しい中、今後も堅調なマーケットであろうと評価をしている。


〔 菊池委員 〕 決済通貨の件であるが、中小企業では為替差益を得ようと考える人はいないと思う。本業のもうけは「円」で受領したいと素直に思っているのではないか。取引先の関係で「円」以外の通貨を選ぶことを余儀なくされている。できれば「円」でやりたいというのが本音だ。

 パートナーの選定という面からみると、貿易時代からやっているような社長さんはかなり親しい華人の友人を何人か持っているが、一般に言うと、日本人はまだまだ海外の人とのつき合いの幅は狭いのではないか。やはりこれからは問題である。一方、出資比率問題にも絡んでくるが、中小企業は現地の社長の権限が強くないとやってゆけない。少人数でスピードある決定をしなければ生きていけない。このため、中小企業は中心的な人が何でもやることとなってしまいがちである。もっとも、第二世代へ世代交代が進むにつれ、従来とは違った考え方をとる人が出てきており、今後は変わってくるのではないかとも思う。

 また、日本のすぐれたところをできるだけアピールすべきではないかということであるが、人が身につけているアナログ情報(熟練技術、ノウハウなど)をデジタルな人々(マニアルがあれば充分と考えているような人々)に伝えるのは難しい。ただ、最近はインターネット取引などに興味を持つ社長が出てきていて、インターネットでどんなことが可能であるかを探り可能な限り具体的に自分の能力をホームページなどで外にアピールして、それを見た人がアプローチして来ることを期待している企業もできているので、そういうことから変わっていく可能性もあると思う。微妙なところは、アナログ情報には企業機密が多く含まれていることであるが、これからの注目点は、自社の実例、実績などを公開することによって、自社のすぐれたアナログ情報をわかってもらい、新市場の開拓や取引先の開拓に結びつけようとする企業が増えはじめていることだ。

 こうした中単独ではなくだれかと共同すれば強力になれるし、やり方が変えられるのではないかという発想を持つ中小企業経営者が、第二世代を中心に増えてきている。提携や合併などの新しい形の企業形態を、中小企業性を失わない範囲で(スピードこそが中小企業性の特徴である)模索する人も出てきている。このような第二世代の革新の動きが、今後どう進展するかは、ベンチャー問題以上に大きな問題だ。

 中小企業の経営者に2つタイプがあって、利益を第一に追求する人と、利益は二の次にしてともかく事業をやりたい人がおり、全体にみると、どちらかというと後者が多いのではないか。事業をすることが好きで、普通の人は可能性がないと思うことにも挑戦してみる。そして、不可能と思うことをあたり前のことにしていく。そういうタイプでないと、なかなか中小企業を経営できない。失敗しても失敗に学びながら懲りずにやる、そういうタイプの中小企業から、新しいものが生まれてくるし、リスクテーキングなところでもやる人が出てくる。変わり者と言われながらも新しい分野が開けていくのが中小企業ではないか。

 また、雁行形態のことについてであるが、日本も含め、競争が激しくなると生き残るために他社との差別化が始まる。差別化が始まったものをどんどん深化していくという形で、企業が生き残っていく過程では企業間の優劣差が拡大し、若干の整理、淘汰というのはやむを得ないと思う。雁行形態とはいっても、国家間、地域間、企業間の競争は厳しさを増しており、現在は、どこでもなんらかの形で他にない差別化ができないと生き残れなくなっているのではないか。


〔 井上委員 〕 当社はほとんどドル決済である。しかし、金利差と為替の問題からタイだけ円決済に今切りかえている。

 雁行形態の問題に関連して述べると、ドルが世界的に非常に過剰になって、それが投資に回ったと思う。直接投資が電子産業、農業などに、回った。その結果、現在、電子製品や農業品などの、アジアの主要な輸出品は供給過剰になっている。原油も供給過剰になってしまっている。アジアの貿易構造は、域内の輸出と、日本への輸出とアメリカへの輸出の3極で成立していた。国によって違うが、供給過剰の状況となっている。また、域内貿易も縮小し、主要仕向け先である日本は内需の減少で輸入が落ち込んでしまった。そのため、アメリカ向けのウエートが極めて高くなった。

 アジア諸国の輸出は激減したのだが、妙なことに、貿易黒字、インバランスは改善している。輸入の主要を占めていた機械と資本財が激減している。当社がその典型的例だと思うが、稼働率が3割になったということは、機械や鉄板の輸入をする必要が減少することとなり、そういう金額の大きい輸入が大幅に減少しているから、貿易が縮小した形でインバランスが改善している状態である。

 結果として、アメリカのバーゲニングパワーというものを非常に強大にしており日本の内需拡大をアジア側からものすごく強く求められることとなっている。円の国際化などを言うたびに、日本は内需拡大して物を買ってくれと言われる。日本市場に自国製の自動車が参入できるとは思っていないから、エレクトロニクス部品や農産物などを日本で買ってくれと言っている。この問題は、供給過剰による雁行形態がどんどん回って、雁が飛んでいるうちに増えたのかもしれない。

 貸し渋りという問題だが、当社も邦銀からドル建てで調達しているわけだが、邦銀が撤退する問題と、向こうの資金需要による貸し渋りとの両方ある。また、アジアには日本よりも資金流通の不透明さがある。資金がどこへ流れて行くかわからない、流したいところへ行かないで、流したくないところへ流れていくという、この問題を何とか解決しないとならない。アジアは今度の金融危機でそれを学んだ。

 錬金術と物づくりの対抗だとの話があったが、錬金術では、私見では、日本でもアングロサクソンにかなわないのだから、いわんやアジアが錬金術でアメリカと戦おうとすると、これは大変なことである。短期で投資して、短期で回収していくというファイナンスだけでは、アジアの再興は難しい。私ども企業は一生懸命やっているが、お願いしたいのは、アジアをどうするかという日本の意思を持ってほしい。そして、円の国際化や、日本の資金をある程度長期的に流すことである。

 アメリカも決して、ひとり勝ちの世界で勝っていけるとは思っていない。去年12月、アメリカへ行ったが日本への励ましの言葉が多くて、非常に残念だった。「おまえらは、再生のためには何でもやれ。我々は全部援助してやる」、「実力もないのにアメリカのまねをするからいかん」などと言うプロフェッサーがたくさんいて、日本よ、頑張れということであった。世界がよくならなければアメリカも危ないという不安は、アメリカ自身が相当持っている。そういう意味では、アメリカの学者というのは大変よく理解している。

 アジアについては日本が頑張れよということである。アジア支援としてアジアファンドの創設など考えられる。しかし、流した資金がどこへ行くかがわからないのでは、企業も日本もたまらないものだから、最低限、グローバルスタンダードのコンセプト(システムは別にして)、つまり、借りた金は返すとか、金利はつけるとか、どこへ流れていって、どうなったかぐらいはわかるようにする。グローバルスタンダードの以前にやらないとならない。ファンドの創設運営に際し日本とアジア各国政府とでよく話し合って、合意してやらないと、不幸な歴史を日本はアジアに負っているのですぐ反発される。それを気をつけてやらなければいけないなということを感じている。


〔 原 座長 〕 先ほど日本経済研究センターの数字を出されたけれども、アジア開発銀行が危機の前に出した「ジ・エマージング・エイジア」という本を見ると、2025年に、ジェフリー・サックスの計算であるが、世界のGDPの6割をアジア(範囲の定義に問題があるが)が占めるという数字を出している。1820年、今から2世紀前に、世界全体のGDPに占めるアジアの比率がほぼ6割だった。そこまで回復するだろうというビジョンをADBが出している。現在、危機に陥っているがポテンシャルは存在しているであろう。そのポテンシャルは何なのか、どうするんだというのが、これからの大きな議論になると思う。