平成29年3月発行
| 柳川 範之 (東京大学大学院経済学研究科教授) |
| 田中 賢治 (日本政策投資銀行産業調査部経済調査室長) |
| 松尾 豊 (東京大学大学院工学系研究科特任准教授) |
| 石山 洸 (前Recruit Institute of Technology推進室室長) |
| 金 榮愨 (専修大学経済学部准教授) |
| 岡室 博之 (一橋大学大学院経済学研究科教授) |
| 後藤 健二 (財務省大臣官房政策金融課長) 大塚 充 (財務省大臣官房政策金融課課長補佐) |
| 山名 一史 (財務省財務総合政策研究所総務研究部研究官) 楡井 誠 (財務省財務総合政策研究所総務研究部総括主任研究官) |
| 戸堂 康之 (早稲田大学政治経済学術院教授) |
| 宮崎 俊哉 (株式会社三菱総合研究所地域創生事業本部観光立国実現支援チームリーダー/主席研究員) |
| 前田 展弘 (株式会社ニッセイ基礎研究所生活研究部主任研究員(東京大学高齢社会総合研究機構客員研究員)) |
| 奥 愛 (財務省財務総合政策研究所総務研究部総括主任研究官) 橋 秀行(財務省財務総合政策研究所総務研究部研究員) |
| 鶴岡 将司 (財務省財務総合政策研究所総務研究部主任研究官) 福元 渉(財務省財務総合政策研究所総務研究部研究員) |
【要旨】
本章では、投資に関する、近年生じている構造変化を考える。第1は、成長戦略等の重要性から、投資の需要側から供給側、つまりどれだけ生産性に寄与する投資かについて、より関心が集まっている点である。第2は、それに伴って、そして人工知能や情報技術の発展によって、今まで投資としては統計上扱われなかった、そして計測が難しかった人的資産やノウハウ等の無形資産への投資の重要度が高まっている点である。これらをどう投資として明示的に考えるかが大きな課題である。第3に、情報技術を活用した新しい投資を支えるインフラが登場している点である。この変化によって、投資支出が非常に少なくても、大きな生産性効果がある投資が増え、急成長する企業が増えてきている。ただし、このような投資は国家間の投資の偏在も生じさせやすく、日本として注視していくべき投資であり、またそのようなインフラをいかに形成していくかが、成長戦略にとって重要である。
【要旨】
2010年度以降、設備投資は増加基調にあるが、まだ本格回復と言える状況ではない。企業の海外活動の拡大を見ると、決して企業は安全志向に徹しているわけではないが、国内での新しいビジネス展開は乏しく、設備投資に慎重姿勢が見られる。
慎重姿勢の背景には、コーポレート・ガバナンスの問題や将来の不確実性だけでなく、成長期待の弱さがある。生活防衛の意識が強く成長期待の弱い日本社会では、埋もれたニーズが浮かび上がりにくく、企業はニーズの掘り起こしに消極的となってしまう。
投資不足は世界的な課題だが、IoTやAIなどの技術革新を背景に世界レベルで第4次産業革命が開花しようとしている。新しい技術が設備投資を誘発し、新しい産業創出へつながってきた歴史を振り返ると、ビジネスや社会を変貌させる可能性のあるイノベーションに乗り遅れてはならない。企業がイノベーションに積極的に取り組むとともに国内ニーズに真剣に向き合い潜在需要を掘り起し、需要側のニーズと供給側のシーズが結びつくことで新しいビジネスが生まれる。このメカニズムが動き出せば、成長期待が底上げされ、埋もれたニーズが水面上へ浮かび上がる。この好循環を取り戻すことが、設備投資の復活のための課題と言える。
【要旨】
人工知能がブームを迎えている。本章では、その用語とブームの意味するところを考察した上で、人工知能がビジネスや社会にもたらす影響について述べる。特に、深層学習の技術の進展や、ものづくりとの組み合わせにより大きなイノベーションをもたらす可能性があることを述べる。最後に、こうした分野への投資を促進するための考え方についての提案を行う。
【要旨】
情報技術を活用して製造業の高度化を目指す、「第四次産業革命」の取り組みが急速に進められている。IoTの発展により様々なデータを取得できるようにはなってくるが、それをどう活用し、イノベーションを起こすことができるかは議論の途上である。
AIの実用化への機運が高まれば、デジタル化の競争戦略が必要となる。既存企業は、できるだけ早くAIを導入して希少なデータを集め、インターネット系の企業との差別化を図り、参入障壁を築くことが戦略となり得る。
日本企業の多くは、社内にビッグデータを扱う専門部署を設け、AI活用を開始している段階であるが、AIをビジネスの現場に浸透させていくには、誰もがAIを活用できる環境を社内インフラとして整備し、全従業員がAI活用に携わることができる状態に移行することが重要と考える。
【要旨】
本章は、1990年以降の失われた20年の前後を供給側から概観しながら、生産性成長の低迷をもたらしたとされる無形資産投資の低迷に関する議論を中心とする。日本経済の成長は今まで無形資産より有形資産への投資を中心として行われてきた。その無形資産投資の中でも研究開発を中心とする投資に偏ってきた面が強い。しかし、1990年代以降、経済の付加価値を生み出す資産が有形から無形の方に変わった上に、日本経済の問題は代表的な無形資産の一つであるICTの投入産業における生産性成長の低迷にあり、それはICTへの投資の遅れが大きく影響していると思われる。
企業レベルのデータによるICTの分析は、企業パフォーマンスに対するICTの明確な貢献を確認させてくれる。近年のクラウドコンピューティングも企業パフォーマンスには大きな寄与をしていることが確認される。しかし、大企業中心で、割高なICTサービス、人的資本や組織資本といったICTに伴う補完的な投資の必要性、ICTに対する理解の不足などから日本企業は2000年代以降ICTのコストを減らしている。
第4次産業革命に代表される次世代の世界経済の流れの中で今後の日本経済の持続的な成長のために、今まで見えてきたICTを含む無形資産に関する日本企業の問題点を理解し、ICTベンダーの育成や専門家の供給、人的資本や組織資本への投資の促進などで投資への阻害要因を解決しながら、企業の無形資産への投資を促進していかなければならない。
【要旨】
企業の新規開業は新たな投資と雇用を生み、イノベーションと経済成長をもたらすとされるが、日本では1980年代以降起業活動の低迷が続き、新規開業企業がイノベーションと経済成長の主要なエンジンになっていない。また、新規開業企業を含む中小企業の研究開発活動も、諸外国と比べて相対的に低調である。そのような状況を考慮して、本章は、新規開業の促進のために何が必要か、また新規開業企業による研究開発とイノベーションを促進するために何が必要かを議論する。起業活動への公的支援の重要性は以前から指摘されているが、現在の日本における起業活動のボトルネックは資金調達など開業時の問題ではなく、全般的な起業態度にあり、これを公的支援によって短期的に大きく変えるのは難しい。他方、新規開業企業の研究開発活動を高めるには、公的補助金を含む政策支援が有効であると考えられるが、イノベーションの創出には産学官連携を含む共同研究開発に参加することが重要である。そのさい、補助金等のハードな支援よりも、ネットワーク形成やコンサルティング等のソフトな支援が特に有効である。
【要旨】
日本におけるサービス産業の生産性は、米国に比べると低いものとなっている。サービス産業に携わる企業の遍在性を踏まえれば、この生産性の向上は地方創生に大きく貢献するものと考えられる。
サービス産業の特徴の一つである規模の小ささや開廃業の頻度の高さに着目すると、これらの産業に関わる企業への創業時の支援こそがこの生産性の向上に有効であると考えられ、特に金融機関や自治体を活用した、創業支援ネットワークへの誘導が効果的である。
【要旨】
少子高齢化に伴う労働力人口の減少に直面している我が国にとって、経済成長の新たな源泉を見つけることは喫緊の課題である。短期的には女性や高齢者の活用、移民受け入れといった方策による労働力人口の維持も考えられるが、対症療法的な印象が強く、実現可能性の観点からも抜本的な解決策とは考えにくい。
近年、ICTイノベーションによる経済成長政策が注目されている。ICTを活用し、労働者一人あたりの生産性を高めることで、人口減少によって低下する生産力の維持を目的とした政策である。本章では、ICTを活用したサービスとしてシェアリング・エコノミーを取り上げ、シェアリング・エコノミーの概要およびシェアリング・エコノミーがもたらす影響について考察を行った。
シェアリング・エコノミーの影響に関しては、シェアリング・エコノミーの出現を外生的な技術ショックとみなした時、そのショックの影響の有無と程度を定量的に把握することが重要である。定量的な把握には統計的な因果効果の推定が不可欠であり、Li, Nirei, and Yamana(2017)ではシェアリング・エコノミーが影響を及ぼすと考えられる産業において、企業の株価がどのように変動するか、を用いて影響の因果効果を推定した。本章では、その研究成果を紹介する。
分析の結果、日米を問わず、シェアリング・エコノミーという技術ショックによって、競合する企業の企業価値は負の影響を受けることが統計的に示された。また、シェアリング・エコノミーに順応した企業は、企業価値向上に成功していることが同時に確認された。
【要旨】
本章は、グローバルなサプライチェーン、資本所有ネットワーク、特許所有ネットワークに注目し、国際化を含む日本企業の特徴を、欧米や中国と比較しながら分析した。その結果、日本企業はサプライチェーン、資本所有ネットワーク、特許所有ネットワークのいずれにおいても、国内で密なつながりはもっているが、世界の企業と十分につながれていないことが示された。
企業が効率的に知識を吸収してイノベーションを起こしていくためには、グループ内での強い絆(密なつながり)と「よそ者」との弱いつながりを併せ持った多様なつながりが必要である。その意味で、日本企業は特に海外企業という「よそ者とのつながり」に欠け、それが日本経済の停滞の一因となっている可能性がある。
そのため、日本政府は中小企業の海外進出、海外企業との共同研究、海外の中心的な企業とのM&Aなどの促進および経済連携協定の締結によって、日本企業がより積極的にかつ有効に海外とのつながりを作るための投資を行い、よりイノベーティブになることを支援していく必要がある。
【要旨】
2010年以降の急速な訪日外国人客(インバウンド客)の急速な伸びは、2020年4,000万人、2030人6,000万人に達することが期待されている。その結果、国内旅行市場に占めるインバウンド市場はそれぞれ約30%、約40%と、2015年の約13%から異なるレベルに達する。このようなインバウンド市場を顕在化させ、地域において効果的に経済効果を受益するためには、消費の受け皿である観光産業の強化(観光の産業化)が必要である。
インバウンド需要対応を契機とした観光の産業化のためには、事業所規模が小さく、個別の投資余力も小さい観光産業事業所を地域単位で取りまとめ、同じ方向での投資の促進とそれを生産性向上につなげることが重要である。ここで観光産業におけるインバウンド対応投資は、いわゆる設備投資にとどまらず、マーケティング等を担う専門人材育成・確保や観光産業での労働の価値(社会的ステイタス)を高めるための労働環境改善など、産業構造を変えるためのソフトを含む中長期的な視点で行うことが重要である。
こうした地域での観光の産業化にあたり、政府が各地での設立を進めるDMO(Destination Management/Marketing Organization)への期待は大きい。DMOは、地域の観光産業が一体となって獲得を目指すターゲットを示してインバウンド誘客を拡大させるとともに、地域での消費額単価を向上させる食の開発、また帰国後も越境ECや輸出につながる物産開発も主導することが期待される。
地域として、また観光産業事業所としての投資は、観光(誘客)・食(の開発)・モノ(に対する消費)を一体的に向上させるようなインバウンド需要の創出を目指すことで、地域におけるインバウンドによる経済効果を持続可能なものとすることができる。その結果は、国内市場向けにも効果的・効率的な地域の観光の産業化として実現される。
【要旨】
日本は世界に先例のない高齢化最先進国として注目されており、2030年には65歳以上は3人に1人、75歳以上は5人に1人の割合になることが推定されている 。また、世界でも高齢者の増加傾向がみられており、2030年には世界の65歳以上の高齢者市場は10億人市場になることが推定されている。
企業は高齢者のニーズや課題が把握できていない状態であったが、ビジネスの創造に向けて各種コンソーシアムが誕生し、業種・業態も異なるさまざまな企業、さらには地域住民および行政が一緒に協業・協働しながら、高齢者の実態を学び、商品開発に生かすという、未来志向でのイノベーション活動も展開されている。
これからの本格的な超高齢社会では、自助から公助という概念に加え、民間の力を社会に還元していくことが欠かせない。ぞれぞれの企業が提案、取組続けていく社会の動きをつくっていく、“商助”の推進による、サクセスフル・エイジングに貢献する高齢者市場をいかに創造していくかが、これからの日本の未来の成長戦略という視点でもとりわけ重要である。
【要旨】
日本でも多い中小企業の生産性が向上するための方策を検討する。中小企業の設備投資スタンスをみると、近年の人工知能などデータを活用した動きが活発になる中においても、企業の「情報化投資」へのスタンスは過去10年間緩やかな低下が続き、その一方で「維持更新」だけが上昇傾向にある。日本企業の実態をみると、中小企業を中心に人手不足の実感がある企業は全体の約6割にのぼる。企業が生産性を高めて人手不足も解消していくためには、情報化資産への投資や、人への投資を増やして一人ひとりの生産性を高めていくことが欠かせない。
全国にある財務省財務局がヒアリングした中小企業の事例を用いて、投資に積極的な企業を分析したところ、情報化投資を進めるとともに人的投資を重視していることや、研究開発においても大学との共同研究を行っていること、企業の拡大に人的ネットワークを有効に活用していることがわかった。日本の企業が生産性を高めるための情報化投資や研究開発投資は、人への投資や組織への投資といった補完的な投資を伴うことで効果を上げるという研究成果とも整合的である。生産性を上げるための手段として、用途が広がっている人工知能の活用は非常に有望である。新たな技術を取り込むとともに人的資本も高め、生産性の向上につなげる企業のチャレンジが期待される。
【要旨】
本章は、企業がどのような支出を投資として認識しているのか、また、統計として投資をどのように計測するかということに関する議論を整理することを目的とする。
企業が投資と認識している支出に比べて、GDPの推計で認められる投資の範囲が狭いという指摘がなされている。企業は国内における機械等の設備投資のほか、海外における設備投資やM&A、ソフトウェアやR&D等無形資産への投資を行っている。前者は、定義上GDPには含まれないものの企業によっては投資的な行動として実施しているものであり、後者は、GDPとしていかに捕捉するかという統計上の課題として、我が国にとどまらず、国際的に検討がなされてきた。SNAにおいては、ソフトウェアやR&Dを投資として計上する改定がなされているが、サービス、情報、知識に基づく付加価値の増分をどのような手法で測るかについては、困難な問題が依然として残されている。
設備投資を行えば、その分GDPは増加する。他方、産業構造の変化や技術革新等により効率的な投資が行われることで投資の額がそれまでと比べて過少となったり、投資をしても期待しているような売上等に結び付かなかったりする場合がある。重要なのは、投資をすることで生産性が上がり、ひいては所得の向上に結び付くことである。