平成30年3月発行
| 大橋 弘 (東京大学大学院経済学研究科教授) |
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| 吉川 洋 (立正大学経済学部教授、財務省財務総合政策研究所名誉所長) |
| 酒巻 哲朗 (財務省財務総合政策研究所副所長) |
| 滝澤 美帆 (東洋大学経済学部教授) |
| 清田 耕造 (慶應義塾大学産業研究所・大学院経済学研究科教授) |
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| 加藤 雅俊 (関西学院大学経済学部准教授) |
| 山田 久 (株式会社日本総合研究所理事/主席研究員) |
| 木村 遥介 (財務省財務総合政策研究所総務研究部研究官) |
| 高木 聡一郎 (国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授/主幹研究員、研究部長) |
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| 森 正弥 (楽天株式会社執行役員、楽天技術研究所代表、楽天生命技術ラボ所長) |
| 安宅 和人 (ヤフー株式会社 CSO(チーフストラテジーオフィサー)) |
| 小笠原 渉 (元財務省財務総合政策研究所総務研究部研究員) |
| 奥 愛 (財務省財務総合政策研究所総務研究部総括主任研究官) 橋本 逸人 (財務省財務総合政策研究所総務研究部主任研究官) |
【要旨】
わが国は、人口減少やインフラの老朽化といった国内の課題のみならず、地球温暖化といった国際的な課題等、大きな構造的難題に直面している。本章では、こうした課題の解決に向けて生産性向上や付加価値創出の観点から取り組むべき視点を提供する。まず既存の生産性指標の課題と限界を論じつつ、生産性を向上させるために企業が行ってきたコスト削減やシェア確保が、人口減少等の構造的な変化に対応し切れていないことを指摘する。人口減少下で経済を活性化させ、付加価値を創出するためには、(1)ビッグデータや機械学習などといった基幹技術のイノベーションを積極的に取り入れること、及び(2)サービス提供におけるシステム化・標準化という二つの視点が求められる。他方で、こうした視点を踏まえたプラットフォームというビジネスモデルは、新たな情報の非対称性を生み出すことによって企業間格差を拡大する恐れがあり、公正な競争基盤の確保と健全な産業育成の点から政策的な対応が必要である。最後に、わが国を取り巻く構造的な課題に対して、公益的な目的を達成するためには、自由化・規制緩和もさることながら、制度や規制を再設計する視点も重要である点を指摘する。
【要旨】
日本は急激な人口減少と同時に高齢化が進んでいる。人口減少と高齢化は、社会保障・財政に深刻な問題を生み出す。しかし「日本は人口が減少するためGDPがマイナス成長となることは自然だ」といった議論は間違っている。経済は人口によって規定されるものではない。
日本経済が成長するためには生産性が鍵を握る。生産性が向上し、経済が成長するためにはイノベーションが必要となる。イノベーションは、新しいモノ、新しいサービス、新しいセクターの登場に寄るところが大きい。新しい技術から新しいモノ、サービスが登場すると、それを反映して産業構造は変化する。また、生産性向上には情報力も不可欠である。情報を活用して新しい需要を創出することが重要である。イノベーションは、民間企業、政府がともに取り組まなければならない課題である。
【要旨】
人口減少・高齢化の下で経済成長を実現し、生活水準を向上させるには、生産性の上昇が必要である。日本のような一定程度の高い技術水準を実現した経済において持続的な生産性向上を図るには、新しい製品・市場の創造を中心としたイノベーションを活性化することが重要である。イノベーションを通じた生産性向上の方策を検討する上で、主要な先進国との比較により日本の位置付けや課題を検討することは有用と考えられる。
2000年代以降の日本の労働生産性の伸びはOECD平均をやや下回る程度であり、労働投入の減少が生産性を押し上げている点で他の先進国と異なる動きを示している。1990年以降の日本の実質GDP成長率はOECD諸国の中でも低位にあり、労働投入が減少する一方で、資本投入や全要素生産性の伸びはそれを補うほどには高くない。イノベーションを直接捉える指標として、イノベーションを実現したと考える企業の割合は主要先進国の中では比較的低く、引用数の高い研究論文の比率も必ずしも高くない。
イノベーションを生み出す背景要因として、R&D支出の水準(GDP比)は先進国の中で上位にあり、研究者数の割合も比較的高い。一方、研究論文に占める国際的な共同研究は他の先進国と比較して活発でない。また、製品市場における規制や補助金・税などの公的支援は主要な先進国の中で平均的な水準にある。日本では高水準のR&D投資などが、実際のイノベーションの実現や経済成長などの成果に必ずしも結びついていないことが課題である。
【要旨】
少子高齢化が進み、人口の減少が予想される日本経済は、強い労働供給制約下にある。過去に見られた要素投入型の成長パターンが期待できない中、イノベーションを起こし、生産性を向上させることが求められている。本章では、こうした問題意識から、米国をベンチマークとして日本の産業別労働生産性水準を計測した。第一に、サービス産業を含む第三次産業において労働生産性水準が特に低位に留まっている。サービスの質を考慮した場合でも依然として確認される。この結果は、生産性の向上を通じた経済規模の拡大の余地が日本において未だ残されていることを意味する。第二に、日本における産業別の生産性変動は極めて多様である。幾つかの類型の中で、サービス産業に顕著な特徴として、アウトプットの減少以上にインプットを減少させた結果として生産性が向上しているPassive(消極的)ケースが確認された。
今後の経済全体の生産性向上に向けては、こうした産業における「分子」(付加価値)の上昇をいかにして実現するかが鍵となろう。なお、各産業内における企業レベルの生産性も高い異質性を示しており、きめ細やかな政策の設定が望まれる。こうした計測結果に対して、先行研究では、規制緩和、国際化、IT投資及び無形資産投資など、生産性の向上と強い関係を持つと考えられるキーワードが提示されている。これまでの生産性改善策は、その多くが生産性の分母(インプット=労働)を節約することに注力していた。こうした効率化の取り組みも引き続き重要であり続けるものの、分子(付加価値)の向上も同時に図る必要があるだろう。規制緩和による経済全体の新陳代謝改善、高品質の日本型サービスの国際展開を通じた市場の拡大、ITと無形資産を利活用したサービスの改善や質の向上など、検討すべき方策は無数にある。
【要旨】
本章では、日本企業の海外展開の中でも輸出、直接投資、アウトソーシングに注目し、生産性と研究開発との関係に焦点を当てた研究を紹介する。これまでの多くの実証研究では、輸出や直接投資といった海外展開と生産性、研究開発の間には、相互に正の相関があることが確認されている。海外展開は研究開発の活発化や生産性の向上に寄与する傾向があるものの、研究開発や生産性の高さが海外展開に寄与することも確認されており、因果関係としてはいずれの方向も考えられる。ただし、海外進出した企業が生産性を伸ばしているとしても、マクロレベルでは懸念すべき点も存在することにも注意が必要である。
【要旨】
本章では、日本における創業活動を通した経済活性化へ向けて、現在の課題と今後の進むべき方向性について検討する。まず、日本における創業活動の水準と特徴に関して国際比較の観点から考察する。また、スタートアップ企業の登場を中心とした創業活動の活性化へ向けた課題を明らかにするために、マクロレベルの創業活動の要因についての先行研究をサーベイし、これまで得られた学術的観点からの知見を整理する。加えて、これまで国内外で行われてきた実証研究のサーベイをもとに、スタートアップ企業の成長要因について取り上げる。特に、起業家の人的資本、イノベーション活動、公的支援の観点からサーベイを行う。さらに、これらの調査をもとに、公的支援の方向性を含めた今後の創業活動の活性化に向けた課題を考える。特に、参入障壁を低くすることによって創業を奨励するのではなく、起業家が失敗・退出することで被る負担の軽減や成長見込みの高い企業への重点支援の可能性について議論する。
【要旨】
わが国の生産性を巡る問題の核心は「付加価値労働生産性の低迷」にあり、その状況を打破するには、「探索型(Exploration)イノベーション」を強化するとともに、低価格戦略に偏った「プライシング戦略」を見直す必要がある。そうしたわが国企業の弱点は「職能型」である雇用システムの在り方と密接に関連しており、その在り方を、欧米流の要素を導入することで修正することが求められる。その意味で、企業は人材活用の在り方として、職能システムの利点を残しつつも「職種・職務システム」を移植した「ハイブリッド・システム」を構築すべきであり、「根拠のある値上げ」に知恵を絞る値付け改革にも取り組む必要がある。政府としても、企業外部での実践的な人材育成・技能形成の仕組みや社会横断的な能力認定制度、雇用調整時に働き手の生活安定を保障するルールなど、円滑な企業間労働移動を支える各種環境整備を着実に行っていくことが求められる。
【要旨】
本章では、特許を用いたイノベーションの指標と企業成長、そして産業構造の変化の関連について既存の研究をサーベイすること、また日本の特許データベースを利用して、統計的な特徴を確認することを目的としている。最初に、実証研究で利用されるイノベーションの指標を整理している。特に特許統計を用いて定義される指標の特徴をまとめている。先行研究で用いられたイノベーション指標と企業成長の間には、正の関係があることを確認している。次に特許データベースであるIIPパテントデータベースを利用して、企業の特許出願数や被引用数の分布を調べている。これらの分布は裾の厚い(ファットテール)分布であり、企業サイズと同様の特徴を持つことがわかった。また、特許出願数の産業比率を見ることで、特許においても産業構造の変化が生じているかを調べた結果、時期ごとに申請比率が高い産業が見られた。特にバブル崩壊後、情報通信機械製造業の比率が低下しているが、これは技術者や研究者の国外への移動を背景として生じた可能性が指摘される。最後に、日本や国際経済における特許活動や研究開発を踏まえて、日本経済が成長する上で必要な点について議論する。
【要旨】
ブロックチェーンとは、インターネット技術上に構築される価値(資産)交換の分散型インフラ技術である。ブロックチェーンには3つの要素があり、データの連結によりデータ改ざんが困難、
情報資産とエンティティ(主体)の紐付けによる情報の所有、流通、用途の管理、
P2Pでのデータ管理・合意形成による信頼性向上と中央管理者が不要となることである。ブロックチェーンのようなリーダーなき分散型台帳の世界では、いかに台帳間の合意(コンセンサス)を取るかが最も難しい点になる。ビットコインでは、報酬を組み込んだインセンティブ付けが設計されている。近年は仮想通貨に注目が集まっているが、海外では政府が社会保障給付や不動産登記・売買を対象に実証実験を行う動きがある。また、電力、モバイルペイメント、地域通貨等、実生活に近いところでブロックチェーン技術が使われ始めている。
ブロックチェーンはマクロレベルでの経済的変容をもたらす。情報の信頼性が組織に依存しないことから、誰もがミクロな経済圏を生み出す可能性がある。個人あるいはスタートアップ企業でも簡単にサービスを立ち上げることが可能となるため、例えばIoTと決済の融合など、よりミクロな経済取引を実現できる可能性が高まる。それにより、今まで顕在化していなかった価値を獲得することが可能となる。ブロックチェーン技術によってミクロの経済取引を底上げし、さらにマクロ経済のプラス寄与につながるような使い方の研究が今後重要である。
【要旨】
AI(人工知能)の活用なしには、企業、特に小売りは生きていけなくなっている。「ロングテールの発展」により顧客が個別化され、企業と顧客の間の新しい「情報の非対称性」が今まで以上に生じている。もはやAIなしに企業は顧客のことがわからない状況になっており、AIに「専門家が負けていく」現象が起きている。他方で、新しい枠組みを作るという点はAIの弱点であり、人間がやるべき領域である。人間の強みである創造性と、AIの強みであるロングテール・ビッグデータ処理の組み合わせが今後重要である。企業は、AIを中心に業務プロセスを再構築する必要がある。
【要旨】
現在は、情報産業革命が起きている歴史的局面、世界経済の重心がアジアに戻るダイナミックな局面にあり、大半の人が思っているより遥かに早く変化が起きる。その中で、国富を生むメカニズムが質的に変容しており、富を生み出すのは会社の規模よりも夢を描いて形にする力である。AIとデータを使う戦いで重要な要件として、デバイス・領域を超えたマルチビッグデータ、
圧倒的なデータ処理力、
質と量で世界レベルの情報系サイエンティストとICTエンジニアがあるが、いずれも日本は勝負になっていない。しかし、データとAIを使う産業化において、データ×AI化の二次的応用とインテリジェンスネット化のフェーズでは、日本にも希望がある。
社会を生き抜くための基礎教養が変化しており、データの持つ力を解き放つためのスキルセットを持った上で、見立てる力・決める力・伝える力が重要になっている。そうした人材を生み出すために、次世代は、データリテラシーを持つ人材、専門家、リーダー層の3層での育成が必要である。加えて、エンジニア及びミドル・マネジメントのスキル刷新も必要であり、さらに世界の才能を取り込んでいくべきである。
日米の大学の資金力の差は大きく、日本の大学は国際競争力を失いつつある。人材開発に向けた国家的な寄付基金(endowment)を立ち上げるとともに、主要研究大学には国の戦略的研究機関の運営委託も検討すべきである。それらの実現に向け、国家全体のリソース配分を過去から未来への舵を切るべきである。
【要旨】
日本のロジスティクスは4つの問題を抱えており、それは「Logistics4.0」への対応、
物流量の増加と人手不足への対応、
グローバル化及び越境EC(E-Commerce)の拡大に対応したプラットフォームの提供、
サプライチェーン全体の効率化・見える化・標準化への対応である。
現在の新技術(IoTやAI等)を活用した「Logistics4.0」のフェーズは日本企業にも挽回のチャンスがあり、挽回するためには日本企業は生産性と国際競争力を高める必要がある。新技術の開発・活用に取り組み、保有する経営資源を最大限に活用することで、プロセス・イノベーションに加え、プロダクト・イノベーションを継続的に起こしていかなければならない。さらに、業界や国の枠にとらわれないプラットフォームを構築し、それを世界で標準化することが重要となる。そして、価値に見合う値付けをすることで収益向上を図ることも重要である。
【要旨】
日本企業が力強い成長を果たすためには、イノベーションを生み出す要素である「価値の創出(Value Creation)」のさらなる取り組みに加え、イノベーションを市場価値に転換する「価値の収益化(Value Capture)」が重要である。この2つが両輪となって循環し、拡大していくことが生産性の向上につながる。「価値の収益化」につなげている企業の事例を分析したところ、顧客のニーズに関する情報を捉え、新しい技術を活用しながら収益に結びつけるビジネスモデルへと移行していることがわかった。
企業が「価値の収益化」をこれまで以上に達成することができれば、その恩恵は当該企業だけでなく、雇用の増加等を通じて社会全体に広がる。日本企業の成長は、高齢化や人口減少、財政問題と課題が多い日本の成長に直結する。イノベーションを生産性向上に結びつけるために、「価値の収益化」の達成にこれまで以上に取り組み、「価値の創出」と「価値の収益化」をつなぎ合わせていくことが重要である。そのためには、企業の経営者がこれまで以上に「価値の収益化」に深くコミットしていくことが求められる。