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MDBsパンフレット(2014年版)

MDBsで活躍する日本人職員

昨今の経済・金融危機や気候変動などグローバルな課題への対応が求められているなか、MDBsの果たす役割はますます重要性を増しています。しかしながらMDBsで働く日本人職員数は、日本の資金面での貢献と比較して十分とはいえず、より多くの熱意ある日本人職員の採用を各MDBに強く働きかけています。各MDBもリクルート・ミッションの日本への派遣等、その声に応えているところであり、例えば世界銀行では、世銀職員になるための若手専門職員養成プログラムであるヤング・プロフェッショナル・プログラム(YPP)や将来の正規職員となるために必要な知識・経験を積む機会を提供するジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)等様々な採用窓口を設けています。

MDBsで働く日本人職員の声

MDBsでのキャリアを志す皆さんへ

  • 人事担当者からのメッセージ
  • YPP(Young Professional Program)採用者からのメッセージ
MDBsで働く日本人職員の声
あなたもMDBsで働いてみませんか?

〔執筆者の役職については2014年2月現在のもの〕

世界銀行

フィリピン担当局長
小西基夫

小西基夫の写真

世界銀行にヤング・プロフェッショナル(YPP)として入行してから、既に30年の月日が経ちました。開発経済を専攻し途上国支援の仕事を目指したのは、貧しい国の子供たちが自分達の未来を切り開いていけるよう、その機会を与える手助けをしたかったからです。それは私自身が、若い時期からアメリカで教育を受け、世銀に入行することができたことに感謝しているからかもしれません。

私の世銀でのキャリアは農業分野のプロジェクト・エコノミストから始まりましたが、その後は主に交通セクターの専門家として世界各国を担当しました。地域としてはヨーロッパ・中央アジア地域が比較的長く、水道セクター・マネージャー、交通セクター・マネージャー中央アジア5か国を担当する局長などを務めました。現在は、フィリピンを担当する局長として、フィリピンのマニラにある世界銀行事務所に勤務しています。

アジアを初めとする新興国が急成長する今日、開発援助の世界で世銀が担う役割も大きく変わりました。中進国のクライアントが世銀に求めるものは、もはや資金や技術ではありません。例えば交通セクターであれば、単なる道路建設の技術ではなく、官民パートナーシップ(PPP)を活用し、先端技術を駆使した都市整備や交通管理のノウハウといった、自国の国際競争力を高めるような知識が求められています。世界が急速に変化を遂げる今日、世銀が開発に貢献し続けるためには、常に最先端の技術や知識に目を向け、学び、それをクライアントへと伝える努力が必要です。このように業務の変革が求められる中、世界銀行の職員に求められる資質も、高い専門性のみならず、自分の専門以外の分野でも柔軟に対応できる能力や広範な知識が益々重要となってきています。

開発を取り巻く環境は変わっても、貧困と戦い貧しい人々の生活の向上を目指す、という世界銀行の使命は不変です。30年経った今も、この使命に対する私の気持ちは変わっていません。


アジア開発銀行(ADB)

民間部門業務局インフラ第一課
青木一朗

青木一朗の写真

ADBの業務には、政府への助言や融資を行う公的部門と、民間事業体への投融資を行う民間部門と、大きく分けて2つの柱があります。私は、後者の民間部門で主に南アジア及び西アジアのインフラ開発に従事しています。より具体的には、プロジェクトファイナンスや事業金融を通じた資金調達支援を行っており、仕事の形態は民間金融機関の融資業務にやや近いと言えます。

私がADBを志した原点は、中学の修学旅行で訪れたバンコクにあります。80年代後半のタイはまだ途上国然としていて、土産物を売ろうと殺到する子ども達に私は囲まれてしまいました。囲まれながら、親のお金で修学旅行に来る自分達のような子どもがいる一方、親に渡すお金を払ってくれと縋る彼らのような子どもがいる、この大きな差はなんだろうと心中でショックを受け、それ以来、いつかこの差を埋めるような仕事がしたいと思うようになりました。

ADBの存在を知ったのは大学在学中です。やりたかった仕事を見付けたと思いました。ADBで働くことを中長期のキャリアゴールと定め、そのためにまずは金融業務に精通しようと、卒業後は銀行への就職を志望しました。幸運にも、銀行では一貫してプロジェクトファイナンスに携わることができ、その後2010年にADBへの採用が実現しました。

ただ、ADBへの応募を前提にキャリア設計した私の例は恐らく稀で、多くの場合、既に積み上げたキャリアをどう活かすかという視点での検討が最善だと思います。必要とされる専門性も金融だけでなく、工学、農業、教育、労働、保健、環境、ジェンダーと多岐に渡りますし、法務、会計、広報、人事、ITといった機能的分野も合わせると間口はとても広く、探せば必ず活躍の場が見つかるでしょう。

大きな目的に長期かつ包括的に取り組む開発支援は、簡単には結果が見えず、また日々の業務も地道ですが、支援を喜ぶ人々の声が聞こえるような瞬間もあり、そんな時には仕事に対する確かな手応えを感じます。キャリア選択の際には、MDBもぜひご一考ください。


米州開発銀行(IDB)グループ

米州投資公社(IIC)財務部
西江真理

西江真理の写真

米州投資公社(Inter-American Investment Corporation, IIC)は米州開発銀行 (IDB)グループの1機関であり、ラテン・アメリカ及びカリブ海地域のメンバー国の中小企業を中心に貸出しを行っています。IICはIDBグループの中でも民間金融機関の色合いが強く、職員のほとんどが金融機関で働いた経験があります。職員数が100名強の小さな組織で、私は財務に関する業務全般をサポートしています。

父がラテン・アメリカ赴任になったときよりラテン・アメリカに興味はありましたが、開発機関を視野に入れたのは、神戸大学の国際協力研究科で経済学修士課程を履修中に、偶然米州開発銀行の夏季インターンシップの募集を目にしたのがきっかけでした。幸いなことにその年の夏にインターンに選ばれることになり、卒業後に現在の職場であるIICで仕事を得ることができました。海外の学位も博士号も就業経験も無くいきなり海外の開発機関で働くことに不安もありましたが、仕事を通じて学ぶことも多く、現在に至っています。

IDB,IICともにラテン・アメリカ文化の好きな方にとっては非常に働きやすい職場です。また学生や職務経験の少ない若い方でも挑戦できるポジションも沢山あります。職種も金融からインフラ、教育まで幅広くあるので、空席情報や各種のプログラムをチェックして応募してみてください。


アフリカ開発銀行(AfDB)

上級教育経済スペシャリスト、教育部署
武居桂子

武居桂子の写真

私は、2009年の8月よりYoung Professional Program:YPP(専門:Education specialist)としてアフリカ開発銀行に入行し、現在はYPPを卒業し、上級教育経済スペシャリスト(Senior Education Economist)としてアフリカ各国の教育に関する仕事に携わっております。途上国の教育開発支援に興味を持ち始めたのは高校時代。大学時代は教育開発関係のNGOやユネスコでのインターンを行ないました。大学卒業と同時に日本で初等教員免許を取得。その後、アメリカの大学院で開発行政学を学び、修士号を取得後、アメリカで小学校教師、英語教師をした後に、世界銀行本部(ワシントンDC)で教育コンサルタント、Junior Professional Associate(JPA)として、教育開発に携わる仕事を3年間行いました。後、世界銀行での仕事を機に、途上国の教育開発に関する勉強の大切さを更に感じ、博士号の勉強をイギリスの大学で開始しました。同時に、途上国現地での仕事の経験の必要性を感じ、アフリカ開発銀行で、途上国開発に熱意を持つ同僚と一緒に現地での仕事に専念しています。

アフリカ開発銀行でのYPPの任期は2年から3年で、私達は専門分野に応じて配属され、一年ごとに部署を変わります。私の場合は、YPP一年目に教育部署で、主に、教育分野におけるアフリカの科学技術革新(Science Technology Innovation:STI)に携り、政策提言文書の作成をし、多くの責任ある仕事を担うと同時に、現地調査員として、アフリカ各国への出張も多く、各国の文部省等の方達との会議・面談や、現地の学校調査なども頻繁に行ないました。そしてYPP二年目には、東アフリカ地域部署に配属され、ルワンダのCountry Strategy Paper(CSP)、ケニアやウガンダのCountry Portfolio Performance Review(CPPR)そして、Regional Integration Strategy Paper(RISP)の文書作成に携わりました。アフリカ開発銀行のYPPの魅力は、開発銀行の必要な基礎・応用知識に関するトレーニングを受けつつ、日々、現地に密着しながら、開発銀行の仕組み、マネージメントに関する知識等を得ることが出来る点です。そして、部署を変わることで、開発銀行の活動を広い視野で習得することも出来ました。

現在、私は上級教育経済スペシャリストとして教育部署に所属しておりますが、主に、タンザニアの職業訓練教育のオペレーション、プロジェクトマネージャーとしてタンザニア政府の方々と一緒に現地調査を頻繁に行い、プロジェクトを立ち上げる仕事をしております。実際に現場に行くこと、現地の人々の声を聴くこと、政府の方々の要望を考慮し、いかに、現地のニーズに基づいたプロジェクトを作成するかということは容易なことではありません。というのも、教育のみならず、現地の状況も含めた、様々な分野との関連性を考慮し、過去の作業の検証、そして将来を想定し、又、リスクをより少なくする為の工夫などの分析も求められる為です。日本人女性としてアフリカ地域でのプロジェクトを引っ張っていくということに、最初は躊躇いもありましたし、自信もありませんでした。しかしながら、必死に、そして真剣に、誠意を持って取り組む姿勢、努力と熱意というものは国境を越えて伝わるもので、現在は多くの方々の協力を頂き、チーム一団となって事業運営に励んでいます。加えて、「持続可能な教育開発における、アフリカと日本とのパートナーシップ」の推進も担当しており、アフリカの大学、国連大学、そして日本の大学と提携を結びつつ、共同プロジェクト組成の架け橋になるよう努めております。

アフリカ開発銀行での仕事は、私が今まで学び、経験してきた事が活かされ、大変やりがいのある仕事です。又、多くの人々の熱意と力が発揮できる場でもあります。そして現場に出て、色々な場面に遭遇し、試行錯誤をすること、それが一番の学びの場となっている事と認識し、日々、現場を通じて色々と勉強をさせていただいていることに感謝をしております。日本人専門職員は8人ですが、今後とも、多くの日本人の方々が応募され、参加されることを期待しております。


欧州復興開発銀行(EBRD)

シニア・バンカー、シニアEGPマネージャー
中沢賢治

中沢賢治の写真

EBRDは1991年に旧ソ連地域の復興と市場経済への移行を支援するために設立されました。2008年の世界金融危機への対応でEBRDの業務量は急増します。さらに2011年のアラブの春に対応して北アフリカおよび中東(エジプト、モロッコ、チュニジア、ヨルダン)へと活動地域が拡大されました。このようにEBRDは国際情勢の変化に対応し、常に新たな課題に取り組んでいます。EBRDの投融資の決定に際しては、サウンド・バンキングの原則からみて優良案件であること、市場経済移行に向けての高い効果があること、既存機関と競合しないことについて審査が行われ、環境・社会への影響を評価し個々の案件ごとにその対策を講じます。スリムな組織なので、担当者にかなりの裁量権が与えられるのがEBRDの面白さです。

私は現在、本部銀行局のスモール・ビジネス・サポート(SBS)チームで企業成長プログラム(EGP)の責任者として、地元企業向け技術支援と投融資業務の連携強化を目指す仕事をしています。昨年は地元企業の輸出振興プログラムでアルマーティ、ビシュケクなど中央アジアへ、新地域への業務拡大でカイロ、カサブランカなど北アフリカへ、地元企業ファシリティ(LEF)と連携して活発な中小企業支援を展開しているベオグラード、サラエヴォなどバルカン地域へと出張しました。現地を訪れチームメンバーの苦労の実態を把握し、お客様の生の声を今後のより効率的な業務に反映させることが、ドナー各国の継続的な支援を確保していくうえで重要です。

私は日本の会社で発電用燃料の調査・調達業務を経験した後、米国で行政学の修士号を取得しました。USAIDなどへの就職を目指すクラスの仲間たちに刺激されて途上国支援に興味を持ちました。ウィーンの国際連合工業開発機関(UNIDO)でのアソシエート・エキスパート勤務2年を経て1993年にEBRDに入りました。電力チームのバンカーを6年経験し、ウズベキスタン、マケドニア、コソボ、キルギス共和国でEBRDの現地代表を12年務めました。2010年4−6月のキルギス政変の時には関係者の安全確保と本部への報告のため現地に留まりました。自宅付近に群集が押し寄せて来ると、キルギスの友人宅に家族で避難させてもらいました。週が明けて治安がひとまず回復されるとEBRDを含む様々な国際機関が合同チームを組んで事態の把握に努め、復興の方向性を探りました。この報告は同年7月の支援国会合で採択され、キルギス復興支援の基本方針となりました。この仕事に誇りを覚えたことを記憶しています。


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