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危機の予防・解決におけるIMFのプログラム・手続きを改善するためのIMF強化の方策

 


危機の予防・解決における
IMFのプログラム・手続きを改善するためのIMF強化の方策

 

(1999年3月11日セミナー)
<仮 訳>

.現代の世界経済は、IMFが設立された50余年前とは相当に異なっている。当時の世界経済システムは、限定的な資本移動及び固定相場制度の下、自由貿易及び自由な経常的為替取引という考え方に基づいていた。今日、世界経済は、国境を越える急激で大規模な資本移動、及びその為替レートへの影響に直面し、もがいている。現代の国際的な金融危機を予防し、解決するために、こうした現在の経済環境を十分に認識し、IMFをこうした環境に対応させることが必要である。


I.危機の予防

.IMFのサーベイランスやプログラムは、設立以来の伝統を反映し、経常収支の調整と整合的な緊縮的な財政・金融政策が非常に重要視されてきている。しかし、今日の金融危機の主要な原因の一つが資本移動のサイズ及び方向が大きく変化することに鑑みると、巨額かつ急激な資本移動から新興市場諸国等を守ることにより注意を払いながら、IMFのサーベイランス -特に新興市場国等に対する- をより強化していくことが必要である。このため、IMFのサーベイランスにおいては、財政・金融のマクロ経済政策に加え、(a) 資本移動への対応、(b) 為替政策、(c) 加盟国の実体経済のモニタリングの強化、の3点を重視するべきである。

A.資本移動への対応


(資本移動のモニタリング)
.サーベイランスにおいて、資本移動のモニタリングの強化を図ることは必須である。IMF及び各国当局は、 BIS等の関連する機関の協力を得て、資本の流出入について、期間や通貨、形態(直接投資、銀行貸付、証券投資等)、債務者(国、金融セクター、一般企業等)等に応じて分類したデータを揃える。



.資本移動を適切にモニタリングするためには、借入側(新興市場国等)のみならず貸出側(民間部門)からのデータが必要である。このため、IMFと国際的な資本移動にかかわる民間金融機関との間の情報交換のため、非公式のコンサルテーション・プロセスを設けることを検討するべきである。この関連で、ヘッジ・ファンド等高レバレッジ機関(HLIs)の活動をより透明にする必要がある。



.IMF事務局は、理事会に対して既述のプロセスを通じて得られた詳細な情報を提供し、理事会は4条協議の討議において、政策への影響を含めて新興市場諸国の資本移動/借入構造の分析・検討を十分に行う。




(資本移動の管理)
.新興市場国にとり外貨準備は危機への対応の最も基本的な手段である。それゆえ、対外短期債務総額を手持ちの外貨準備で対応できる範囲内に制限することが重要である。これは、資本移動のモニタリングや特に短期資本の流入管理によって達成されよう。この関連で、外貨準備の利用可能性という概念について検討することが適切であろう。



.必要に応じプルーデンシャルな規制は強化する必要があり、流入規制も市場調和的であるかぎり活用する必要がある。



.資本勘定の自由化は、適切な条件を満たした上で、よく順序立てられた方法で行うべきことが明確に認識されなければならない。




(民間関与)
.IMFは、新興市場諸国に対し、緊急融資アレンジメントや集団行動に関する条項等、危機における民間部門の関与を確保する仕組みの採用を促すべきである。



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(金融セクター)
.新興市場諸国が資本移動の影響に抗するためには、強固な金融セクターが不可欠である。IMFは、例えばバーゼル銀行監督委員会のコア・プリンシプル等の国際的に合意された金融セクターの基準に対する遵守状況のモニタリングを通じて、加盟国の金融セクターの問題や、金融セクターに対する監督についてのサーベイランスを強化する必要がある。


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.金融セクターの構造改革の実施については、世銀等の専門性を有する関連する国際機関が中心となって進めるべきである。

B.為替政策

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.経済規模、貿易相手国、資本規制の有無等、各国に特有の状況により最適の為替制度は異なりうる。IMFは、実質実効為替レートや資産インフレ、資本収支等の動向などの各国通貨の状況をモニターし、ペグ制からの撤収政策も含め為替政策について適切なアドバイスを与えるべきである。


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.新興市場国ないし発展途上国については、その通貨を、最も緊密な貿易及び投資の相互依存関係にある先進国の通貨のバスケットにペグし、実質実効為替レート、経常収支・資本収支のバランスの動向等に応じて定期的にペグを調整することが一案である。しかし、単純な公式はなく、個々の国の状況に応じケース・バイ・ケースで慎重に検討すべきである。


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.また、新興市場諸国のペグの対象となる、主要な先進国通貨の為替相場の安定を向上させる必要性がある。

C.実体経済のモニタリング強化

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.最近のIMFプログラムの経験を見ると、過度に野心的な成長率見通しに基づく緊縮的な金融・財政政策が経済活動のオーバーキルを産むケースがある。このため、各国経済全体の現実的な把握の強化が必要である。


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.サーベイランスの実施やプログラムの作成にあたっては、過度にマネタリーになっている「ファイナンシャル・プログラミング」の偏重を是正し、実体経済の把握にもっと重点を置く。理事会は、産業別の動向、需要項目別の見通しを含む各国の実体経済について十分な分析を行うべきである。現地駐在員事務所からのインプットも最大限活用する。


II.危機の解決 ―危機時におけるIMFプログラムの改善

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.最近の危機の経験から、特に危機当事国に対するIMFプログラムの内容を見直すべきであることは明らかである。その際、前述のとおり実体経済の把握を十分行った上で、本来IMFが最も専門性を有する分野、つまり(1) 国際的な資本移動への予防措置、(2) 為替政策、(3) 財政政策、及び (4) 金融政策、に集中すべきである。他方、構造政策に対するIMFの関与を限定することも必要である。


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.また、長期的な課題として、IMFの最後の貸し手機能の強化を検討していくべきである。

A.国際的な資本移動への対応(民間部門の関与)

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.危機の解決における民間部門の関与は十分に議論するべき主要な問題である。ここでは、最近の危機及び危機を招いた景気の過熱が主に民間部門の活動によってもたらされたということ、及び、民間資金をIMF等の公的資金による資金援助によって救済することは公平性の観点からもモラル・ハザードの観点からも許されるべきでないこと、を考慮すれば危機の解決における民間部門の関与の強化が決定的に重要であることを指摘する。


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.危機時においては、IMFの金融支援プログラムは、第9パラグラフで述べたような方法によるエクスポージャーの維持や、主要民間債権者の債権のロールオーバーの合意を条件とすることが適当ではないか。


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.居住者に対する資本流出規制の導入や、公的/民間部門が負う対外債務の一時的スタンド・スティルも、状況によりオプションの一つとして容認するべきである。この関連で、IMFは、債務履行遅滞国へ貸付を行うというポリシーを推進すべきである。ただし、言うまでもなくこれらの規制が資本取引だけではなく経常取引の制限になったり、投資家の信頼を大きく損ねたりすることのないよう留意しなければならない。

B.為替政策

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.為替が過大評価されている場合においては、いたずらに相場の維持に固執せず、できるだけ早い段階での為替レートの切り下げ、又は変動相場制への移行をためらうべきではない。


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.危機時に金融の引締めが為替の防衛に使われることが多いが、そのような政策は慎重に行われる必要がある。ひとたび通貨に対する投資家の信認が失われると、金融引締めの通貨防衛への有効性は限定的なものにならざるを得ない。一方、金融引締め及びその結果としての高金利が、経済活動や財政バランスに悪影響を及ぼしうる。

C.財政政策

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.良好なトラック・レコードを有し、過去問題となるような財政赤字や経常収支の赤字を有していなかったような国については、危機の直後に過度に緊縮的な財政政策の実施を求めるべきではない。危機後は財政赤字の拡大が避けられないが、これについては、状況が鎮静した後、より中・長期的な課題として取り組む。

D.金融政策

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.危機が起こった後の金融政策については、危機から生じるデフレを軽減するため、国内経済への流動性の供給を優先するべきケースもあることを認識することが重要である。


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.IMFプログラムにより供給される流動性が追加的な資本流出や外準減少につながることを防ぐため、居住者に対する資本流出規制の導入などの方策が検討されるべきである。


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.為替のアンカーの代替としてのインフレ・ターゲットについては、経済にデフレ効果があることを認識する必要がある。アジア通貨危機の経験が示すように、危機当事国の真のリスクはインフレではなく経済収縮である。輸入物価の上昇による一般物価の上昇は一度かぎりであり、容認可能である。危機においては、特に金融セクターの健全性に疑問が持たれる場合には、流動性への指向が高まり貨幣需要関数が変化しうる。よって、インフレ・ターゲットを持ち込むことは、特に単純に導入された場合、経済をオーバーキルするおそれがあることに留意すべきである。

 

E.構造政策

 

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.危機当事国は、多くの場合程度の差はあっても構造的な脆弱性を抱えており、この根源的な問題に取り組むことが重要である。しかし、IMFの構造問題への関与は、財政・金融政策運営に直接影響を及ぼすものだけに限定するべきである。その他の構造問題は、中・長期の課題としてまず世銀等の適切な機関が主に扱うべきである。


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.金融セクター改革については、当面の危機の解決にあたり急を要し、かつ絶対に必要であると考えられる措置に限り、世銀からの十分な協力に基づきIMFの調整プログラムに盛り込むべきである。


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.危機の際に、IMFはあまりに広範な、また野心的な構造改革を求めることは慎むべきである。なぜならそのような目標は、危機においてしばしばおこる政治的な混乱の中では失敗する可能性が大きく、かえってコンフィデンスを損ねる可能性があるからである。


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.IMFは、市場経済には、各国の歴史や文化、あるいは経済の発展段階を反映して多様なものがあり得ることを認識するべきである。

F.流動性の供給―IMFの最後の貸し手機能の強化


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(新ファシリティーの創設)
.最近の経験を振り返ると、今日の危機は固有の国の特別な問題に起因するだけではなく、国際経済システムに固有な一般的な問題、すなわち巨額かつ急激な短期資本の移動によるリスクにも起因することは明らかである。このような問題に対処するためには、現在理事会で検討されている緊急クレジット・ライン(CCL)に加え、IMFの最後の貸し手機能を強化するための新たなファシリティを設けることが適切であろう。


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.新ファシリティーは、マクロ経済政策及び金融セクターの監督について普段からのサーベイランスで良いトラック・レコードを持つ国に対して、危機の伝播に際して資金をより機動的に供与するために使用される。

1


 このファシリティーは当面の危機を乗り越えることのみを目的とし、必要な調整政策もそのためのものに限定する。


2


 最初に資金の一括供与も可能とする。


3


 モラル・ハザードを抑制するため、SRF(補完的準備融資制度)と同程度の金利を課す。


4


 政策保証とは別に当該国から担保を取ることも考えられる。


5


 危機を乗り越えたところで更に延長することが必要であれば、できるだけ通常のSBAにつなぐ。


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.IMFの一般資金は、第11次増資、NAB発効後も、IMFが最後の貸し手機能を果たすためには十分ではない。それゆえ、IMF協定で許されているとおり市場からの資金調達を認めることが考えられる。市場調達で得られた資金は、SRF、CCL、及び上述の新ファシリティのためだけに利用する。このような市場調達は、民間資金の新興市場国等への資金移動が止まってしまっている、あるいは新興市場国等から実際民間資金が流出している際に、その還流を図るものであることから、合理的である。



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(SDRの新規一般配分)
.IMFがSDRの一般配分を通じて、加盟国の外貨準備を補強しうる。特に新興市場国等において外貨準備を補充する世界的な必要性があることや、インフレリスクが歴史的に低いことに鑑みると、新規に一般配分を行う根拠は大変強い。


III.IMFの手続きの改善

 

A.プログラム・コミッティの創設

 

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.IMFのアカウンタビリティーを向上させ、出資国の関与を更に高める観点から、IMFの政策決定手続きを改善する必要がある。


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.理事のプログラム作成への関与をより高めるため、理事会にプログラム・コミッティを設ける。コミッティは、ミッション派遣の前に、IMFの支援を必要とする国のプログラムの主要な点について基本方針を議論し、合意を得る。また、コミッティはプログラム協議の動向をモニターする。


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.プログラム・コミッティは地域局(計6局)ごとに設けることとし、各理事は、関心に応じ二つのコミッティに参加する。必要に応じ、プログラム対象国の代表も招く。

 

B.当事国の理事会への参加

 

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.当該国からの代表をサーベイランスやプログラムの理事会に招き、理事会の議論に参加させ、理事と当該国のサーベイランスやプログラムの責任者と理事とが活発な意見交換を行う機会を与えるべきである。この点は、理事又は理事代理を出していない加盟国について、特に重要であろう。

C.透明性及びアカウンタビリティーの向上

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.IMFの業務の質を維持するとともに、透明性の向上によるIMFのアカウンタビリティーを強化するるため、全ての事務局ペーパーは、一定期間後、例えば理事会から6ヵ月後に公表するべきである。また、事務局ペーパーは当該国が望めば理事会の直後に公表されるべきである。この一般原則はサーベイランスペーパー及びプログラムペーパー双方に適用されるべきである。


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.プログラム交渉の際に、IMF事務局と各国当局との間で取り交わされたサイドレター等の秘密文書は、事務局のアカウンタビリティーを確保するため、他のプログラム関連文書とともに必ず全て理事会に説明されるべきである。機密保持の必要がある場合であっても、秘密会を開き、その間これらの文書を理事に配付し、回収する。公表についても、比較的長い期間を置いた上であれば可能ではないか。

 

D.事後評価組織

 

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.暫定委員会に直接報告を行う事後評価組織を設けるべきである。この組織は、外部からの参加も得て、IMFのポリシーやプログラムの適否を監視し、暫定委員会に報告・対外発表する。

(以 上)