財務省財務局60年史 【第1章 総論】

第9節 国際会議設営への参画


1.九州・沖縄サミット福岡蔵相会合(平成12年7月開催、福岡財務支局)

  • (1)開催に至る経緯

    日本において、昭和54年(1979年)、昭和61年(1986年)、平成5年(1993年)に開催されたサミットは、いずれも東京が開催地であったが、平成12年(2000年)の第26回については、九州・沖縄サミットとして我が国初の地方・分離開催となった。当初、福岡、宮崎、沖縄を含む八つの自治体がサミット誘致に名乗りを挙げたが、平成11年4月29日に、首脳会議は沖縄、閣僚会合については九州で調整するとの政府決定がなされた。これを受け同年7月21日に、蔵相会合は福岡、外相会合は宮崎、また、首脳会議は、沖縄県名護市で開催することが決定された。その後調整の結果、平成12年7月8日に福岡市博物館において蔵相会合、同月12日〜13日に宮崎シーガイアで外相会合、同月21日〜23日に名護市の万国津梁館で沖縄首脳会合が開催されることとなった。

  • (2)開催準備

    上記蔵相会合開催の決定を受け、大蔵省においては、事務次官を本部長とする「大蔵省『九州・沖縄サミット』準備本部」が、福岡財務支局においては、支局長を現地本部長とする「大蔵省『九州・沖縄サミット』準備現地本部」が設置された。また、地元においては「九州・沖縄サミット福岡蔵相会合推進委員会」が設立され、関係機関等との密接な協力体制の下、準備が進められた。

  • (3)会合開催

    平成12年7月8日(土)、宮澤大蔵大臣(当時)をはじめ、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカ、イギリス、欧州委員会、ロシアの各国蔵相及び蔵相代理の出席のもと、「九州・沖縄サミット福岡蔵相会合」が福岡市博物館で開催された。宮澤大蔵大臣が議長を務め、マル1国際金融アーキテクチャーの強化、マル2IT革命の経済・金融面への影響、マル3国際金融システムの悪用・濫用に対する行動、マル4貧困削減と経済発展、の四つの議題が討議された。また、これらの討議結果については、沖縄首脳会合の「G7首脳声明」と「グローバルな情報社会に関する沖縄憲章」に反映されることとなり、画期的な成果を挙げた。

    蔵相会合の開催に当たっては、大蔵省からの出張要員のほか、福岡財務支局、福岡国税局、門司税関及び九州財務局から多くの支援要員が関連施設に配備された。また、福岡県、福岡市及び民間から約800名の支援要員が派遣されたことに加え、ボランティア約340名が運営に携わった。

    また、蔵相会合には各国政府関係者約220人、報道関係者約630人が参加し、同年7月6日〜7日のレセプション、シンポジウムには延べ約2,000人が参加した。多くの参加者及び運営要員等の協力により、高い評価を得て蔵相会合は成功裏に終了し、地域としての国際貢献にも大きく寄与するものとなった。

    九州・沖縄サミット福岡蔵相会合の写真

2.ASEM神戸財務大臣会議(平成13年1月開催、近畿財務局)

  • (1)開催に至る経緯

    ASEM(アジア欧州会合)は、アジア、欧州、北米の三つの主要な地域の中で相対的に希薄であったアジアと欧州の関係を強化するため、平成9年(1997年)3月にタイのバンコクにおいて、アジア・欧州25カ国と欧州委員会の首脳が集い、第1回の首脳会合が開催された。

    また、各分野での閣僚会合も設けられ、第1回目の財務大臣会合が同年9月にバンコクで開催された。

    第3回目の財務大臣会合は、平成13年(2001年)1月に神戸で開催されることとなったが、神戸が開催地に選定された理由は、第一に、神戸は歴史的に港を通して会議参加国であるアジアや欧州の国々との繋がりが深くASEMの趣旨に適していること、第二に、震災後6年を経過した神戸の復興状況を世界にアピールする良い機会となること、第三に、アジア・欧州からの直行便が就航する関西空港に近く交通の便が良かったこと等からである。

  • (2)開催準備

    ASEM財務大臣会議の神戸開催決定を受けて、近畿財務局では平成12年(2000年)9月総務課に「大蔵省近畿財務局ASEM蔵相会議準備本部」を、神戸財務事務所に「同現地本部」をそれぞれ設置し、大蔵省及び地元(地元においては、兵庫県、兵庫県警、神戸市、神戸商工会議所からなる「ASEM蔵相会議連絡協議会」を設立)と緊密な連携をとりつつ準備作業を展開した。

    特に、ASEM財務大臣会議の開催実績は過去2回と少ないこともあり、認知度は必ずしも高くなかったことから、ASEM財務大臣会議に関する講演セミナーや地元プレスとの懇談会等を開催したほか、地元の各広報誌で会議の広報を行うなど、歓迎ムードを盛り上げるために各種の準備作業を行った。

    加えて、会場のセッティングや警備体制、参加者の送迎や会場間の輸送体制、レセプション等関連行事の運営等についても関係先と詳細な検討を重ね準備を整えていった。

  • (3)会議開催

    ASEM財務大臣会議は、平成13年1月13日〜14日の2日間にわたり神戸で開催された。本会議には、アジア・欧州の26カ国・地域のほとんどから大臣・長官が参加したほか、ゲストとして両地域と関係の深い国際金融機関から、国際通貨基金(IMF)ケーラー専務理事、アジア開発銀行(ADB)千野総裁及び欧州中央銀行(ECB)ノワイエ副総裁(いずれも当時)も参加し、参加者数約250名と大変盛大な会議となった。

    本会議では、開催国の財務大臣である宮澤大臣(当時)が議長を務め、「アジア・欧州の経済情勢」、「為替相場制度」、「アジア・欧州の地域協力」、「国際金融システムの強化」及び「経済・金融分野におけるアジア・欧州の協力プロジェクト」の五つについて議論が行われ、テーマ毎にスピーカーからの発言、続いて自由に議論する形で進められた。

    出席した各大臣及び各機関の代表からは熱の入った発言が相次ぎ、大変活発な議論が行われた。また、レセプション、ツアー等関連行事についても事前の入念な準備もあり、滞りなく行うことができた。この間、会場や空港などに応援職員が約250名配置され、近畿財務局からも約80名の職員を動員し各種業務運営に当たった。

    ASEM神戸財務大臣会議の写真

3.第46回米州開発銀行、第20回米州投資公社年次総会(平成17年4月開催、沖縄総合事務局財務部)

  • (1)開催に至る経緯

    米州開発銀行(IDB)は、中南米の国々の経済・社会発展を進める目的で昭和34年(1959年)に設立された地域開発金融機関である。また、米州投資公社(IIC)は、IDBの活動を補足し、中南米諸国の民間中小企業に対する投融資を通じて域内経済の発展に寄与することを目的に、昭和61年(1986年)に設立された国際機関である。

    IDBは、当初の開発プログラムが成功を収めたことから、同種の機関であるアフリカ開発銀行やアジア開発銀行のモデルとなっており、アメリカ、カナダ、カリブ海及び中南米の28カ国の域内国と、日本、韓国、中国、欧州、中東等の20カ国の域外国により構成されている。年次総会はIDB及びIICの重要課題について意思決定を行う国際会議であるが、沖縄での平成17年4月の総会は、名古屋総会以来、14年ぶりの日本での開催となった。

    折しも、沖縄では、平成12年の「主要国首脳会議(九州・沖縄サミット)」を契機に、国際会議の沖縄招致を推進しようという気運が高まり、IDB総会についても、沖縄開催に向けて財務省並びに沖縄県による各方面への要請が重ねられてきた。また、平成14年には沖縄招致を確実なものとするため、県内28団体から構成される「第46回米州開発銀行年次総会沖縄誘致協議会」を設立し、官民挙げて積極的な招致活動を行った。その結果、平成15年3月に開催された第44回米州開発銀行年次総会(イタリア・ミラノ)で、第46回年次総会の沖縄開催が正式に決定された。

  • (2)開催準備

    沖縄開催の正式決定を受け、開催準備のため、財務省財務官室に「米州開発銀行第46回年次総会開催準備室」、沖縄総合事務局財務部に「第46回米州開発銀行沖縄総会・沖縄総合事務局準備本部事務局」を設置するとともに、沖縄県側の組織として、官民一体となる「第46回米州開発銀行年次総会沖縄開催実行委員会」(沖縄県をはじめ、商工会議所連合会など55団体が参加)が設立され、これら三者の連携協調の下に、総会会場の整備、各国要人の受入れや警備態勢の確立、環境美化、広報活動、会議・行事運営及び宿泊・輸送手段の手配等、多岐にわたる事項について詳細な検討が重ねられた。

  • (3)総会開催

    第46回米州開発銀行年次総会及び第20回米州投資公社年次総会は、平成17年4月10日〜12日の3日間にわたり沖縄コンベンションセンターで開催された。総会では、皇太子殿下の御臨席のもと、谷垣財務大臣(当時)が総務会議長を務め、各国の政府代表団、国際機関、民間金融機関首脳等の関係者約3,000名が出席した。

    開会式では、まず初めに、皇太子殿下より御言葉を賜った上で、谷垣議長からは、中南米・カリブ海諸国に対する日本の経済パートナーとしての役割の一層の重要性について、議長演説が行われた。また、ボリビア共和国の元首等の演説では、世界経済のグローバル化への対応を進める中で、民間部門による経済発展を目指す重要性を指摘する一方、民族・政治的対立による政情不安や麻薬、テロ、貧困問題解決のためにIDBと連携する必要性が強調された。

    本総会では、IDB・IICの年次報告並びに両機関の財務諸表、新規融資枠組み等が承認されるとともに、加盟各国の総務演説が行われた後、民間部門支援戦略への合意、多数国間投資基金ローマ数字2への署名等が執り行われた。

    また、IDB・IICセミナーを始めとしたレセプションやツアー等の関連行事についても、滞りなく実施された。年次総会には、沖縄総合事務局、財務局等の職員のほか、沖縄県等の地方自治体職員、ボランティアなど約1,800名の運営スタッフが各種業務運営に当たった。

    第46回米州開発銀行、第20回米州投資公社年次総会の写真

4.アジア開発銀行京都総会(平成19年5月開催、近畿財務局)

  • (1)開催に至る経緯

    アジア開発銀行(ADB)は、アジア・太平洋地域の社会及び経済開発を支援するために設立された国際開発金融機関であり、日本を含む67の域内国、域外国並びに地域が加盟している。特に日本は、歴代総裁を輩出するなどADB設立当初より主導的な役割を果たしてきており、年次総会も過去に3回開催してきた(1966年創立総会(東京)、1987年第20回年次総会(大阪)、1997年第30回年次総会(福岡))。

    第40回年次総会については、平成16年(2004年)の韓国済州島で開催された第37回総会において日本政府が誘致の意向を表明した。

    その後、日本国内において開催地の公募を実施し、財務省における審査・検討及びADBによる調査結果を踏まえ、最終的に京都が候補地に選ばれ、ADB理事会の承認を経て、2005年のトルコ・イスタンブールにおける第38回総会において、京都での開催が正式に決定された。

  • (2)開催準備

    第40回ADB年次総会の京都開催決定を受け、近畿財務局では平成17年(2005年)7月に「ADB京都総会準備本部」を設置し、地元(地元においては、京都府、京都市、京都商工会議所からなる「ADB総会京都開催支援推進会議」を設立)と密接な協力体制の下で、財務省のADB準備室ほかと調整を行いながら総会準備を進めた。

    特にADB年次総会は、マニラに所在するADB本部が運営の主体となるため、準備段階からADB本部との密接な連携が不可欠であり、ADB本部による視察への対応や会場設営、輸送・警備といった各種プラン策定とADB本部との調整は主に準備本部が中心となって行われた。

    また、総会直前の平成19年(2007年)4月27日には近畿財務局準備本部と地元推進会議が一体となった合同運営本部を立ち上げ、年次総会の運営に当たることとした。

  • (3)総会開催

    第40回ADB年次総会が、平成19年(2007年)5月6日〜7日の2日間、国立京都国際会館を主会場として開催された。

    総会には、ADBに加盟する67カ国の総務、総務代理である各国の財務大臣、中央銀行総裁等をはじめとする政府代表団や国際機関等のオブザーバー、ADBスタッフ、民間金融機関関係者等のバンカーズ・ゲスト、京都地元関係者、ホスト国事務局関係者、内外NGO、報道機関関係者等、合計約3,000人に上る多くの参加者を得て開催された。

    我が国からは、ADB日本国総務であるとともに今回の総会議長である尾身財務大臣(当時)をはじめ、武藤日本銀行副総裁、渡辺財務官(いずれも当時)ほか70名を超える政府代表団が参加した。

    本総会では、アジア・太平洋地域が、今後持続可能な経済成長を果たしていくためにはどのような課題を克服していくべきか、アジアの未来に向けてADBが果たすべき役割は何かといったことについて活発な議論が行われた。

    また、総会の関連行事として、各種公式セミナーが同年5月4日から行われたほか、レセプションやツアー等の参加者を歓迎する行事も行われ、総会最終日に開催された尾身財務大臣主催昼食会には、皇太子殿下の御臨席を賜り、一連の総会行事を無事終了することができた。

    総会の運営に当たっては、合同運営本部のみならず、財務省、大阪・神戸税関、京都の地元企業や金融機関からの応援者及びボランティア等の合計400名近くの方々の協力を得た上に、近畿財務局からも約200名が応援要員として総会に参加し、関西国際空港や京都駅における総会出席者の送迎、ADB事務局や理事室における作業補助や秘書業務等に従事した。

    アジア開発銀行京都総会の写真

5.サミット財務大臣会合(平成20年6月開催、近畿財務局)

  • (1)開催に至る経緯

    主要国首脳会議(サミット)は、昭和50年(1975年)にフランス大統領が主要民主主義国6カ国の首脳を招待し、初めての首脳会議が開催された。このときに定期的に、主催国を交代しながら首脳会議を開催することで合意され、フランス、西ドイツ、イタリア、日本、英国、米国で構成される、いわゆるG6が生まれた。翌年(1976年)にカナダが参加しG7に、平成10年(1998年)にロシアが参加してG8となっている。

    平成20年(2008年)にサミットが日本で開催されるに当たり、大阪では平成18年(2006年)4月に「2008年サミット関西・大阪誘致推進協議会」を設立して誘致、PR活動に取り組んだ結果、首脳会合は北海道での開催となったが、昭和50年(1975年)のサミット初開催時から続く重要会合である財務大臣会合が大阪で開催されることとなった。

  • (2)開催準備

    サミット財務大臣会合の大阪開催決定を受け、近畿財務局においては、総務課が主担となり財務省及び地元(地元においては、大阪府、大阪市、大阪商工会議所、関西経済連合会、関西経済同友会、関西経営者協会からなる「2008年サミット財務大臣会議大阪推進協力委員会」を設立)と緊密な連携をとりつつ会場選定の段階から準備作業に携わっていった。

    また、会議が近づいてきた平成20年(2008年)4月には「サミット財務大臣会議近畿財務局準備本部」を設立して各種の準備作業を展開した。

    サミット財務大臣会合は、首脳会合に準じるものとして警備面でも相当レベルのものが要求されるため、財務省、地元、警察当局、関西国際空港等の関係先と協力して会場等の警備体制、参加者の送迎や会場間の輸送体制等について詳細な検討を重ね準備を整えていった。

  • (3)会合開催

    サミット財務大臣会合は、平成20年(2008年)6月13日〜14日の2日間にわたり大阪国際会議場(グランキューブ大阪)において開催された。財務大臣会合には、G8各国の財務大臣に加え、欧州委員会代表、EU議長国の財務大臣、IMF専務理事、世界銀行総裁等が参加した。

    財務大臣会合に先立ち、同月13日に日本・アメリカ・イギリスの3カ国と世界銀行が共同記者会見を開き、気候変動対策で途上国を支援する「気候投資資金」の重要性を訴え各国の支持を呼びかけた。

    また、同月13日の夜及び14日の朝には、G8メンバーに加えオーストラリア、タイ、ブラジル、中国、韓国、南アフリカの代表、アジア開発銀行総裁、金融安定化フォーラム議長、国際エネルギー機関事務局長を交えたアウトリーチ会合が開催され、食料価格等の高騰問題を含む世界経済見通しや気候変動問題について活発な議論が行われた。

    アウトリーチ会合終了後、G8メンバーだけの会議に移行し、特に世界経済の現状と見通しについて掘り下げた議論が行われた後、共同声明が採択された。その後、議長国である日本の額賀財務大臣(当時)から会議の概要について記者会見が行われ、サミット財務大臣会合は無事終了した。

    サミット財務大臣会合の写真

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