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ハ 社寺境内地の処埋

(イ) 社寺財産の従前の経緯

 明治4年,大政官布告で,現在の境内地を除くほかの社寺領を上知させたが,境内地内範囲も数次の令達によって「祭典,法要に必需の場所」に限定され,更に明治6年の大政官布告「地租改正条例」に基づく官民有区分に当たっては,境内地といえども「民有ノ証ナキモノ」は官有地に編入された。その後明治32年の「国有土地森林原野下戻法」(法律99号)の制定により,翌33年6月30日までに「地租改正又ハ社寺上知処分ニ依り官有ニ編入セラレ,現ニ国有ニ属スル土地」等について,「其ノ処分ノ当時之ニ付所有又ハ分収ノ事実アリタルモノ」からの申請による下戻が認められた。官民有区分の査定に当たっては,民有の証があってもその事実を主張しなかったために,官有地に編入されたものも少なくなかったこともあり,社寺等にとって少なからず酷であった。このことは,大正10年「国有財産法」(法律43号以下「旧国有財産法」という。)第24条による国有境内地の無償貸付は以上のような事情に基づいて寺院等にその下戻と同様な効果を与えたものであった。その後,昭和14年に制定された「寺院等ニ無償ニテ貸付シタル国有財産ノ処分ニ関スル法律」(法律78号)は,国と寺院等の間に従前から特殊事情にあった国有境内地を譲与することができることになったが,これは宗教団体の保護,助成を図る一方,社寺上知等を不満とする寺院等の長年にわたる境内地の返還要望にこたえるものであった。本法により寺院境内地処分審査会が発足し,昭和16年3月11日審査会第1回本会議が開催されたが,今次大戦が激化するに及んで,昭和18年10月30日に開催された第6回会議を最後に処分事務は一応停止されるに至った。

(ロ) 戦後における社寺境内地の処理

(a) 「社寺等に無償で貸付してある国有財産の処分に関する法律」の内容

 連合国の占領政策の柱の一つは日本の民主化であり,宗教に関する民主化もその重要な一部門であることからG.H.Q.は,昭和20年10月に日本政府に対し「政治的,社会的及び宗教的自由に対する制限除去に関する覚書」をはじめとする宗教改革に関する一連の指令を発した。日本政府はこれらの指令に基づき,昭和21年に「明治29年法律第24号官国幣社経費ニ関スル法律廃止ノ件」(法律71号)を制定し,旧国有財産法第3条及び第24条を改正して従前の公用財産としての取扱いをやめ,内務省所管から大蔵省所管に移し,寺院境内地と同様に神社の用に供する間,無償貸付を認めた。

 以上のような経緯から,無償貸付していた財産について国と社寺との特殊関係を断絶し,整理するため,昭和22年4月に「社寺等に無償で貸付してある国有財産の処分に関する法律」(法律53号)が制定された。本法は無償で財産を還付する条件として,

マル1 明治初年の社寺上知令あるいは地租改正条例に基づき国有となったもの
マル2 現に国有財産法により無償貸付を受けているもの
マル3 宗教活動に必要なもの

以上の3条件を具備しているものについては,本法施行後1年以内に申請したものについては,その所有権を返還する意味で当該社寺等に無償で譲与することができるが,かかる事実がないものまたは事実があっても立証できないものについては,社寺等の既得権ともいうべき永久無償使用権の消滅を補償する意味で,時価の半額で売払うことができるというのが,主たる内容である。

 なお,本法施行後問題となったのは,社寺等に対する譲与ないしは半額売払いは,宗教団体に対する特別利益の供与を禁止している日本国憲法に違反していないかということである。これに対し昭和33年12月24日の最高裁判所大法廷は「旧国有財産法により,社寺等に国有境内地の無償貸付関係を日本国憲法の下で継続することは不可能となったので,これを清算する必要が生じた。しかし,ただ単に消滅のみを図るとすれば,以上のような沿革から,従来社寺等に認められていた永久無償使用権をゆえなく奪うことになり,財産権を保障する日本国憲法の精神にも反するのみならず,その結果社寺等の宗教活動に支障を与えかねないから,実質的には,特定宗教に対する不当な圧迫であり,信教の自由を保障する日本国憲法の精神にも反することとなる。

 以上の沿革にかんがみ,旧国有財産法に基づき社寺等に無償貸付している境内地等のうち,社寺上知等により国有となった土地等については,それ以前に社寺等の有していた権利が民法施行後は所有権の効力を有するに至る実質を有するものであることを承認したうえ,これを元来所有権者であるべき社寺等に無償で返還(譲与)することとして制定されたのが法であると解されるのであり,それゆえにこそ,法に基づく国有財産関係の整理が日本国憲法第89条の趣旨に反するものとはいい得ない」と判断している。

(b) 社寺境内地処分審査会の設置と審議経過

 国有財産台帳上境内地として社寺等に無償で貸し付けていたものは,次のとおりであった。

(昭和22年3月31日現在)
区   分件   数数   量(坪)
神   社76,08294,523,224
寺   院30,44924,788,164
教   会3512,746
106,566119,324,134

 上記のような,膨大な財産を譲与または売払するに当たっては,社寺境内地の沿革は古く,その伝統的な由緒,沿革等はそれぞれ特殊なものがあり,関係事務の処理においては,これらの事情を十分に掘り下げて慎重な取扱いをする必要があったし,その衝に当たる者はもちろん,この道の学識経験者等の協力を得て綿密な調査を行うとともに,中央・地方に設置された社寺境内地処分審査会等によって慎重審議を尽くして処分が進められた。

 中央審査会において実質的に処分の審査を開始したのは,昭和23年10月開催の第3回会議で,神社の第1号議案は栃木県平井町所在の元県社太手神社,寺院は栃木県下寺尾村所在の真言宗智山派所属の千手院で,じ来回を重ねること47回に及び,昭和27年12月にその審査を終了した。中央審査会は昭和27年3月31日,地方審査会は昭和28年3月31日で消滅したが,この両審査会の諮問を経て処理したものは次ページの表のとおりで,また主要な案件を参考までに掲記すれは次のとおりである。

面積の大きいもの
大物忌神社(山形)277万余坪,二荒山神社(日光)1,022万余坪
伊勢神宮(宇治山田)1,736万余坪
有名な社寺
塩釜志波彦神社(塩釜),東照宮(日光),鶴ヶ丘八幡宮(鎌倉),諏訪大社(長野),八坂神社(京都),稲荷大社(伏見),厳島神社(宮島),金刀比羅宮(琴平),筥崎宮(博多),宮崎神宮(宮崎),久遠寺(身延),円覚寺(鎌倉),長谷寺(奈良),西大寺(奈良),永平寺(福井),金閣寺=鹿苑寺(京都)等

社寺境内地処分状況調
(昭和28年12月1日現在)
区 分台帳上の境内地譲与売払
の区別
申  請  地譲渡した土地譲与しなかった土地
個 数坪  数個 数坪  数個 数坪  数個 数坪  数
神 社75,66994,119,08661,77496,604,86261,74493,987,5842,8282,617,277
3473,542,7443742,04281,500,864
寺 院30,529
(13)
24,633,877
(8,952)
21,223
(9)
25,060,750
(6,655)
21,223
(9)
24,359,882
(6,655)
1,762700,864
219
(4)
50,465
(2,433)
209
(4)
50,218
(2,433)
3247
106,198
(13)
118,752,963
(8,952)
82,997
(9)
121,665,612
(6,655)
82,967
(9)
118,347,466
(6,655)
4,5903,318,141
566
(4)
3,593,209
(2,433)
516
(4)
2,092,230
(2,433)
111,501,111
(注)1. 譲与は「譲」時価の半額売払は「売」で表示した。
2. 教会の分は寺院欄数量のうち( )で表示した。
3. 坪数において坪以下は切り捨てた。
4. 台帳数量に比べ,申請数量が大きいものは,実測の結果である。

(c) 境内地処分上における特殊問題

 〔海面境内地〕名勝安芸の宮島の厳島神社の社殿は,満潮時にはその社殿が波上に浮かぶので有名であるが,同神社から鳥居敷地より社殿敷地一帯について譲与の申請がなされた。その処分の決定に当たり,この地域が陸地か海面かの解決に迫られたが,陸海の境界線は春・秋分の日の最高満潮時の線である,というのが通説で,この海面の底地の部分が土地所有権の対象となるかどうかが問題となった。そこで,平清盛が造営したと伝えられる本社殿の建設の沿革等から判断することとなったが,その造営に当たって本地に多額の浚渫工費を投じ,人工的に海面に浮かぶようにした事実があった。また旧国有財産法の取扱いについても,内務省時代に公用財産として神社の用に供せられ,戦後大蔵省に引き継がれた後も神社境内地として無償貸付していた普通財産であり,このような事実を総合して当該地は所有権の対象としていたことは明らかで,昭和25年9月1日に本件敷地39,138坪を譲与した。

厳島神社本社境内位置図(厳島神社境内地満潮時)
厳島神社本社境内位置図(厳島神社境内地満潮時)

 〔富士山頂境内地〕富士山頂8合目以上の国有地は,従来から富士宮市の富士山本宮浅間神社元(官幣大社)に対し,神社境内地として無償貸付していた。したがって,前記法律によって,里宮敷地(富士宮市)17,535.22坪,奥宮敷地(富士山頂8合目以上)1,226,028.95坪,計1,243,564.17坪について譲与の申請があり,大蔵大臣は社寺境内地処分中央審査会に諮問した。その結果,奥宮敷地として譲与申請のあった用地のうち,建造物用地及び儀式又は行事用地として49,952坪の譲与を認め,その他の用地については国有存置を適当とするとの答申を受け,大蔵大臣から答申どおりの処分をするよう指示された東海財務局長は,申請者に対し国有境内地譲与の行政処分をした。神社側はこれを不服として訴願を提起した。本訴願についての諮問を受けた社寺境内地処分中央審査会は,今度は神社側の言い分をおおむね認める答申をした。この頃から富士山の8合目以上を神社に譲与することに反対し,国有存置を望む議論が政府部内,山梨県(神社の地元静岡県は譲与に賛成),更には一般民間に強く起こり,この賛否両論にはそれぞれ傾聴すべきものがあって大蔵省としては,容易に裁決し得なかった。このような状況をみた神社側は,昭和32年に東海財務局長を被告として,原処分の取消しを求める行政訴訟を提起した。これに対し国は,「宗教活動に必要であるとしても,当該土地について,公益上の必要がある場合は,譲与することができないことになっている。富士山は国民感情および学術その他公共利用の必要性から国有存置の必要性があり,原告の請求は失当である」と主張した。国の主張に対する最高裁判所の判断は,「富士山は浅間神社にとって神体山であり,宗教上の儀式,行事に必要な土地に該当する。国有存置ができる場合は,国有財産として管理すべき明白かつ具体的な公益上の必要性のある場合に,例外的に許されると解するのが相当で,国の主張のような国民感情や具体的計画に基づかない文化,観光その他の公共の用に供するための国有存置は公益上の必要には当らない」との判断を下し,提訴されて以来17年を経た昭和49年4月9日に終止符が打たれた。

富士本宮浅間神社奥宮境内地位置図
富士本宮浅間神社奥宮境内地位置図


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