ファイナンス 2018年1月号 Vol.53 No.10
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対話に移行するポイントを間違えたとかそういう意味なのだろうと思うのですが、私は根本的な間違いというか過小評価が三つぐらいあったのではないかと思います。(ア)体制の強靭さ一つは北朝鮮の体制の強さを過小評価したところがあったように思います。これはどういうことかというと、あんな体制が持続するわけがない。あんなひどい国がそんなに長続きするわけがないのだというのがどこかにあったと思います。北朝鮮というのは困っていて、それがいわゆる米国の「戦略的忍耐」の背景にある考え方なのだろうと思うのですけれども、困っているのは向こうだと。時間はこっちに有利だから、ほったらかしにしとけば向こうが勝手に頭を下げてくるというのがあるし、どこかで崩壊しちゃうから大丈夫だという、そういう意味で真剣に向き合ってこなかったところがあるというのはやはり一番大きな問題なのだろうと思います。(イ)技術力それからもう一つは、彼らの技術力をかなり過小評価したことがあると思います。90年代、北朝鮮が核兵器を持てるなんて誰も思っていませんでした。2000年代に入ってからミサイル発射を繰り返しても、あんなおもちゃみたいなものが飛ぶわけないと言って過小評価してきた。ところが最近、ロシアの技術だとかウクライナの技術だと言われますが、ここまで技術力を上げてきたということをやはり我々は考えなければいけない。技術力というのは全部自前でやる必要はないわけですから、そういう外部の技術協力、あるいはその技術を買うとかそういうことも含めて評価すべきだったろうと思います。(ウ)プライド(主体)それから3つ目。北朝鮮のプライドというものをどう評価するのか。まさに圧力によって北朝鮮は姿勢を変えるのかどうかということです。専門家の多くは、やはり変えないだろうというのが一般的な見方です。なぜならば、彼らからすると圧力に屈して姿勢を変えたということになると、これは体制そのものが維持できなくなってくるだろうと。圧力には絶対屈しないというのがいわゆるチュチェ思想という北朝鮮の指導指針ですから、そこが崩れてしまうようなことに関しては恐らくやらないだろうと。国際社会の北朝鮮に対する圧力で変えられるのではないかという成功体験というのは、いわゆる「悪の枢軸」から日朝交渉が始まった、日本に頭を下げてきた、そして小泉総理の訪朝につながった、という見方があります。また、中国のパイプラインの修繕という名目で2003年に止めて、それが(北朝鮮の)六者協議への参加につながった、という見方があります。ただ残念ながら、小泉総理の訪朝の後に第二次核危機がスタートしますし、それから六者協議もなかなかうまくいかなかった。要するに北朝鮮の姿勢そのものを改めさせることはできなかったということですが、圧力路線に意味があるのだというお立場の人たちは、これまで最後の最後まで圧力を加えてこなかったじゃないかと。どこか途中で止めてきたから北朝鮮が逃げ延びてきた、という言い方をしますし、実際確かに最後の最後まで圧力をかけた経験はないと思います。ですからこれはまだ結論の出ていない未完の実験ということが言えるのかもしれませんが、この最後のプライドを我々は過小評価したのか、あるいはまだ過小評価ではなくて、やはり圧力を加えれば変わったのか、変わるのかというのがこれからの見ていく必要があるところだろうと思います。(2)日米韓と中ロ:2つの立場の違いをつなぐ努力が必要では、国際社会はこの国に対してどういうふうに向き合わなきゃいけないのか、やはりなかなかうまく協力ができていなかったわけですから、日米は短期的な問題として北朝鮮の問題を考える必要があるのですけれども、中国やロシアが言うように少し構造的な問題、冷戦の解体がうまくいか39ファイナンス 2018.1連 載|セミナー

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