ファイナンス 2018年1月号 Vol.53 No.10
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筆者は会社の立て直しを自ら実践する経営コンサルタントであり東証一部上場企業の元経営者である。また作家としても活躍中で政府の審議委員なども歴任している。松下幸之助、稲盛和夫の経営哲学の著作も多い。その筆者が経営の立て直し、経営哲学として特に参考としてロールモデルとしてきた歴史上の人物が山田方谷(1805~1877)である。パナソニック創業者の松下幸之助氏、京セラの稲盛和夫氏は「経営の神様」といわれているが、山田方谷を幕末の「藩政改革の神様」と位置づけている。山田方谷とはいかなる人物であるか。方谷は幕末期に財政破綻していた備中松山藩(現在の岡山県高梁市と真庭市、総社市、倉敷市の一部)をわずか8年で立て直した藩政改革者で儒学者、教育者である。若い頃、江戸に留学し佐藤一斎塾の塾長もしていた。その時に勝海舟や吉田松陰の師である佐久間象山も一緒に学び切磋琢磨していた。方谷の藩政改革の成功のおかげで藩主板倉勝静は徳川慶喜第15代将軍の老中首座にまで上り詰め大政奉還などにも関与した。方谷も江戸に出て江戸幕府の政治顧問として活躍し大政奉還の上奏文も起草したともいわれている。方谷の理念は「士民撫育」と「至誠惻そく怛だつ」である。その理念を支える考え方として「事の外に立ちて事の内に屈せず」、「義を明らかにして利を計らず」などがある。「義を明らかにして利を計らず」は弟子の三島中州(大正天皇侍講、二松学舎創立者)を通じて近代日本資本主義の父・渋沢栄一に影響を与え「論語(義)とソロバン(利)」に発展していく。方谷の「至誠惻怛」は現代にも大きく息づいている。2015年にノーベル賞を受賞された大村智北里大学特別栄誉教授が受賞されたその年の言葉として色紙に墨書され、『50余年にわたる研究生活で北里柴三郎の「実学の精神」と共に、心に刻み信条としてきた』と述べられている言葉でもある。藩政改革は1上下節約、2負債整理、3藩札刷新、4産業振興、5民政刷新、6教育改革、7軍制改革の7つである。明治維新後は大久保利通等からの財務大臣要請を断り「閑谷学校」(国宝)の再建など子弟教育に専念した。方谷の教育は当時としては珍しい女子教育、社会福祉にも光を当てている。影響を与えた人物には川田甕おう江こう、河井継之助、村上作夫、福西志計子、留岡幸助、山室軍平、石井十次がいる。経済、政治、教育、さらには社会福祉の分野まで幅広く影響を及ぼしている。戦後の歴代政治家・財界人の精神的指導者である安岡正篤氏も「方谷のことを知れば知るほど心酔を覚える。方谷の考え方を学ぶことが現代の課題を解決するのに大変参考になる。」と述べている。筆者はその方谷を2つの観点からアプローチしている。1つめは自分の悲願達成のためにいかに自分を磨き、忍耐・努力しキャリアを形成するかという観点。対象は青少年、20代、30代。2つめは藩政改革すなわち経営改革、企業再建のヒントとしての観点である。話の合間にユニクロとの類似点、アサヒビールなど現代の会社の話などが盛り込まれており興味が尽きない。私も『山田方谷に学ぶ改革成功の鍵』、『山田方谷の夢(小説)』などを上梓しているが、筆者は実際に会社を建て直し経営者として活躍しているので、文章の迫力は筆舌に尽くしがたい。方谷の理念、考え方や方法論を学ぶことは会社の経営、財政再建など多くの課題を解決する有用なヒントを与えてくれると確信している。評者野島 透皆木 和義 著柏書房 2017年8月 定価1,700円(税抜)『藩の借金200億円を返済し、 200億円貯金した男、山田方谷』25ファイナンス 2018.1ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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