ファイナンス 2017年12月号 Vol.53 No.9
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連 載|日本経済を考える策を考える。このとき実質金利一定であれば、名目金利と実質金利の関係式it=i=r+πt+1より、t+1期以降の(期待)インフレ率πt+1+j(j=0,1,2,…)は決定されるものの、t期のインフレ率は決定されず、したがってt期の物価水準Ptも決定しない。また名目金利が固定されるとき、貨幣市場の均衡によって現在から将来にわたる実質貨幣残高mt+j(j=0,1,2,…)は決定される。一方、政府が財政規律に捉われない非リカーディアン型財政政策ルールに従う場合、実質財政余剰pst+j(j=0,1,2,…)は政府総債務の残高とは独立に決定される。中央銀行と政府がこのように行動する結果、(3)式の右辺が確定されるため、唯一の未決変数である左辺の物価水準Ptはまさに(3)式によって決定されることになる*9。このとき右辺において政府が将来の実質財政余剰を減少させたとすると、左辺では今期の物価水準Ptが上昇し、統合政府の総債務残高はインフレによる実質価値の減少、すなわちインフレ税によってファイナンスされる。以上がFTPL、すなわち財政政策が今期の物価水準およびインフレ率に影響を与えるメカニズムである。このようなメカニズムは家計の最適行動とも整合的である。実質財政余剰の減少が一括固定税の減少によるとすると、家計は生涯所得の上昇により消費を増やそうとするため(正の資産効果)、経済の総需要は増大し、物価水準は上昇する*10。ここで重要なのが、家計が実質財政余剰の減少(一括固定税の減税)を生涯所得の上昇と認識している点である。これは、合理的な家計が政府の財政政策ルールは非リカーディアン型であることを正しく認識していることを意味している。もし家計が政策ルールを財政規律が重視されるリカーディアン型であると認識していれば、一時的な財政余剰の減少は別の時点の財政余剰の増加によって打ち消されるため生涯所得は変化しないと考え、経済の総需要は変化しなくなる(リカードの等価定理)。FTPLで前提とされる受動的な金融政策と能動的(非リカーディアン型)財政政策の組み合わせは財政支配のレジームと呼ばれる。このとき財政支配のレジームには国債の直接引き受けやヘリコプターマネーといった、いわゆる財政ファイナンスも含まれることになる*11。しかしながら、一般的に考えられている財政ファイナンスによる物価上昇メカニズムはFTPLのものとは根本的に異なる。財政ファイナンスの議論においては、中央銀行の独立性が低く、中央銀行が政府の財政赤字を常に新規貨幣発行によってファイナンスする結果として物価が上昇する。つまり、物価は財政赤字の増大によって上昇するが、本質的には貨幣数量説が想定するような貨幣的現象として上昇しているのであり、物価を決定するのはあくまで財政政策ではなく金融政策である。本節のこれまでの議論は表1に要約される。表のとおり、両政策とも能動的あるいは受動的な場合は、経済が不安定になることが知られている*12。2.3 FTPLに関連する実証研究前節で述べたように、財政政策が物価水準の決*9)金融支配のレジームにおいては制約式の一つにすぎない(3)式が、FTPLでは均衡そのものを決定する式と見なされる点に注意されたい。*10)Woodford(2001)のように、効用関数において政府消費と家計消費の完全代替を仮定すれば、政府消費の増大についても全く同じ議論が成り立つ。*11)以下で説明されるように、一般的な財政ファイナンスの枠組みでは、金融政策はインフレ率ではなく政府の総債務残高に反応するという意味で受動的、財政政策(財政余剰)は総債務残高に依存しないという意味で非リカーディアン型であることが想定されることが多く、このとき財政ファイナンスは財政支配のレジームに分類される。*12)詳細はLeeper(1991)や渡辺・岩村(2004)などを参照。表1 財政・金融政策ルールの組み合わせ金融政策財政政策能動的(例:テイラー・ルール)受動的(例:金利固定政策)能動的:低い財政規律(非リカーディアン型)経済は不安定[財政支配](FTPL、財政ファイナンス)受動的:高い財政規律(リカーディアン型)[金融支配](一般的なケース)経済は不安定ファイナンス 2017.1245シリーズ 日本経済を考える72

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