ファイナンス 2017年12月号 Vol.53 No.9
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「問題のない署名権限の付与の議案は、時間のかかる予算や税法より先行させてくれないか」と持ち掛けてみました。先方は沈黙したまま応答がありません。「これはB国議会による協定の締結の承認を求めるものではありません。どの国も文言確定後、改めてその締結について議会の承認を取ることになっています」との説明を加えました。それに対して先方は、「実は来週組閣が予定されており、議会へどの順番で案件を出すかは新財務大臣と相談して決めようと思っていた。自分も署名権限の付与と協定の締結の承認の憲法的な意味合いがそれほど異なるとは正確に理解していなかったし、形式的な承認の遅れで各国に迷惑をかけ続けるのも申し訳ない。お話の趣旨は尤もで、自分が責任を持って新大臣にAMRO設立協定署名権限付与を優先すべきと進言してみる」との回答を引き出しました。B国暫定議会が財務大臣に対し 署名権限を付与する(2014年9月)その幹部の言葉通り、月が改まり(9月)、新財務大臣に対してAMRO協定への署名権限が暫定議会で付与されました。前年の12月の下院の解散以来止まっていた手続きが暫定憲法の枠組みの中で動き始めたことになります。先に述べた第3の選択肢の道が開けました。暫定憲法にある「提出後60日で承認したものとする」との規定の関係で、時計がいつ動き出すのか、その結果何月何日以降なら各国に対して署名式の日程打診ができるのかが気になりました。「提出はいつですか」、「60日の時計は動き出しましたか」などと先方にあきれられる位問い合わせました。実際には議案提出、即日承認でした。投票結果もほぼ全会一致でした。物事は動き出すと急速に動き出すもののようです*6。9月初めの金曜日の夜、二つの連絡がありました。一つは、上のB国の暫定議会が財務大臣に対して署名権限を付与したというB国財務省からの連絡、もう一つは、義理の母親が息を引き取ったという家内からの連絡でした。自分の仕事は、B国の古くからの友人たちの協力に助けられ、何よりも家族に見守られ、応援されていることが身に染みて分かりました。(注)本稿は、AMRO創設の過程で自分がどう考えたか、アジアの人とどう付き合ってきたかを中心に、言わば見聞録風にまとめるものです。在職時に加盟当局から受け取った情報に関してはその職を離れた後も守秘義務がかかっているため、個別の経済・金融情勢の機微にわたる部分などについては触れることはできず、また記述の中に一部省略などがあることへの理解をお願いします。どこの国が話を進めたとかを評価するのが目的ではないため、日本以外はなるべく匿名(A国など)で記すことにします。本稿の記述は、AMROまたは財務総合政策研究所の見解を表すものではありません。(前 財務総合政策研究所所長)*6)誤解のないようにしたいのですが、自分は議会による行政府の国際約束を承認する必要性を軽視するつもりも、クーデター後の暫定政権による簡易な手続きを推奨しているつもりも全くありません。AMRO設立協定を国会の承認が必要な内容の高い水準のものとすべきと主張し、13か国の議会の承認などを求めることとなったことからもその点は明らかと考えます。ただ、国際条約の文言確定のための財務大臣の署名にまで事前に議会の承認を求めるのは、その条約の締結を承認するかどうか再度議会で審議することとの関係においてその必要性を判断すべきと考えます。それは正統的な憲法の下でも暫定憲法の下でも同じです。二国間の国際約束の署名についてなら必要とされることがあるかもしれませんが、多国間の国際約束の署名まで議会の事前承認を求めるのは、本件のように国際的な約束の効力の発生を遅らせるだけではなく、他の国から見て行政に対する議会の信任が低いことが明らかという意味において弊害がありうることも考慮に入れて、制度設計すべきということです。30ファイナンス 2017.12ASEAN+3マクロ経済リサーチ・オフィス(AMRO)創設見聞録 国際機関を作るはなし 連 載|国際機関を作るはなし

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