ファイナンス 2017年12月号 Vol.53 No.9
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アベンジャーズだかジャスティスリーグだかの最近のヒーロー映画を、アクション映画とは呼ばない。異星人や神や金持ちなど雑多なスーパーヒーローとそれに対抗し得るスーパーヴィランとの戦いは、一体双方にどんな技があり、どこまでやれば死ぬのかが全く分からない。全力で「ちゅどーん」とビームを放っても余裕で生きていたり、そうかと思えば肉弾戦であっさりくたばったりする。要するに「どこまでやれば限界か」が観客に全く分からない中で行われる戦いには、緊張感もスリルもないのである。『ダイ・ハード』はまさにその反対を行く映画である。生身の人間である主人公の限界、痛みが観客の痛覚に訴えるからこそ、その勇気もスリルも観ている人間の心に刺さるのである。ストーリーはクリスマス休暇でLAの妻の会社、ナカトミ商事を訪れたNY警官のジョン・マクレーン(ブルース・ウィルス)が、ビルを閉鎖し、30人もの社員を人質にとって多額の財産を強奪しようとするテロリストを一人一人やっつけていく物語である。「あぁ、あの強すぎる主人公が合気道でテロリストをボコボコにするシリーズ*1でしょ?」と勘違いする向きもあるかもしれないが、そうした数多あるアクション映画と一線を画す要素が本作にはある。まず一つが、全編にわたり、ビル*2の中という極めてクローズドな環境で全てのアクションが行われること。逃げ場がない中で戦うために、肉体の強さや武器の数、仲間の数は役に立たない。どう切り抜けていくかが問われるのだ。そしてもう一つがマクレーンを襲う「これでもか」というくらいの不運の数々。だいたい映画の冒頭、LAに到着する飛行機の中で、隣の男が話す「飛行機酔いを解消するには、カーペットの上で裸足になるのがいい」というフレンドリーアドバイスからして、1時間半後に襲う、痛すぎる不運の伏線になっているという不運ぶり。そうした制約条件と不運の中で奮闘するスーパーコップでもない普通の警官ジョン・マクレーン。彼の唯一の武器、それは「機転」だ。次から次に襲い掛かる不利な状況に、観客の予想を超える「機転」を利かせて切り抜けていく。そして「ぼやき」。生身の警官でしかないマクレーンのぼやきが、観客の心をつかんで離さない。刑事のぼやき、と聞けば、「タカ、俺から逃れた奴はいないぜ。女を除いてね。」「そんなこと言ってると、ユージ。お前のハートを撃ち抜かれるぜ。」とかいうデカのボヤキを想像するかもしれないが、そうしたトレンディな要素は本作には一切ない。また、何もかもが軽い今のくだらない若者で文章:かつおDVD発売中 ¥1,419+税ブルーレイ発売中 ¥2,381+税20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン監督:ジョン・マクティアナン主演:ブルース・ウィリス『ダイ・ハード (原題:Die Hard)1988年』*1)そう。決して関連性は無いにも関わらず、『沈黙シリーズ』として強引に整理されているアレである。*2)DVD表紙画像参照 24ファイナンス 2017.12わが愛すべき80年代映画論(第五回)連 載|わが愛すべき80年代映画論

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