ファイナンス2017年11月号 Vol.53 No.8
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*7)中国事情に詳しい人によれば、世代と地域による違いが大きいとのことです。*8)中国の故事成語の一つで、瓜を盗むのかと疑われる恐れがあるので、瓜畑の中ではかがんで靴を履き直すようなことをすべきでなく、スモモの実を盗むのかと疑われる恐れがあるので、スモモの木の下では冠をかぶり直すべきではないという意味から、あらぬ疑いを抱かれるような立場に身を置くべきでないという文脈で用いられます。*9)比較のために、日本人スタッフと韓国人スタッフにも聞いてみましたが、どちらの国も公務員出身の者は全員知っていましたが、民間出身の者は聞いたことがない者の方が多かったです。なお、韓国では近年漢字を使わず、ハングルだけで教育が行われるよう学校教育の方針が変更になっていますが、自分が質問した韓国人スタッフは、学校の方針で学習したか、それ以前に教育を受けた世代であるかとのことでした。オフィスの中に中国からのスタッフが数人、ASEAN各国で中国語を学校で習った者までいれれば10人あまりいたことから、中学・高校で漢文の時間に習った言い回しを紙に書いて見せて、話題作りを試したことがありました。自分の書いた漢字を読ませようとすると、まず多くの中国人スタッフが逃げ腰でした。良く聞いてみると、本土の中国人は簡化字(簡体字)の漢字を学んできているので、日本人の書く漢字は複雑で読めないものがある(ので恥を搔きたくない)とのことです。外国の人が毛筆で文章を書いて、今の時代の日本人に読ませようとするのと似た構図でしょうか。また日本の漢文の教科書の出典は、「論語」を始めとする古典が多いのですが、うちのスタッフ(40代前半より年齢は下)が学んだ近年の本土の学校では教材ではなかったそうです。「宗教色があるから」とのことでした。中学高校で習った漢文の中には、「巧言令色すくなし仁」とか、「過てば則ち改むるに憚ること勿かれ」とか、出張先で(最近は日本国内でも)目にする一部中国人の行動とは乖離しているものがあることを、長年疑問に思って来ました。数少ない事例から一般的に論じるつもりはありませんが、少なくとも習っていない者がいるとは言えそうです。そうであれば現代の一部の者の行動が乖離していて不思議はありません。長年の疑問が氷解した気がしました*7。ある時、会議費の使い方について中国人スタッフと議論していました。自分としては、AMROは加盟国の税金から経費を頂いている以上、あらぬ疑いを受ける支出は抑制すべき、との意味を伝えたくて、「瓜田に履くつを納いれず、李下に冠をたださず*8」と漢字で書いて見せたことがあります。中国人スタッフの反応は「うちの祖父が良く口にしていた言い回しです、でも聞くのはそれ以来40年振りだなあ」というものでした。他の中国語のできるスタッフにも聞いてみましたが、中国本土からのスタッフで知っているのは5人中2人でした。なお、「知っています、知っています、すももの木の下のような気楽な場所で冠の位置を正したりするような形式的な儀礼を戒めた古くからの中国の諺です」との回答もありましたが、知っている方には数えていません。若い中国人スタッフの一人に意味を説明すると、「盗んだかどうかの事実ではなく、形式だけを重んずるという意味で、古い中国の考え方ですね。」との意見で、少し議論になりました。シンガポール人は一人を除き全員知りませんでした。「自分たちの多くは出自的には中国人の血を引いているが、英国式の教育を受けて、中身的には別物なのに(何でそんな見当はずれのことを聞くのか)」と不愉快そうな表情を隠せない者もいました*9。東アジアに生まれ育って、同じ漢字を用いているだけに、共通の知識なり、考え方なりを持っているように思い込みがちです。「漢文」の材料を用いたやりとりを通じて、同じ東アジアの漢字を用いる人間の間でも、意思疎通には注意が必要なことが分かりました。こぼれ話(「漢文」の話題から、同じ漢字を用いていても 同じ文化を共有しているとは限らないことに気付く)48ファイナンス 2017.11ASEAN+3マクロ経済リサーチ・オフィス(AMRO)創設見聞録 国際機関を作るはなし 連 載|国際機関を作るはなし

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