ファイナンス2017年11月号 Vol.53 No.8
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アモン候補は、極右国民戦線の候補が大統領になるのを阻止するため、マクロン候補への投票を呼び掛けたが、かなりの支持を得たメランション候補は、自分は国民戦線には投票しないといいつつもマクロン候補への投票呼びかけはせず、世論調査では、マクロン候補支持が6割をやや下回り、ル=ペン候補が4割をやや上回るという状況だった。明らかな転機は、5月3日夜にテレビで2時間半にわたって行われた両者の討論会だった。互いが互いの発言を遮り、司会の言うことを聞かない白熱した議論となったが*3、マクロン候補は労働市場改革、家計の購買力向上、欧州と共に歩む開かれたフランスといった点について具体的な政策を述べたのに対し、ル=ペン候補は、今のフランスの抱える経済低迷、失業、テロ、海外企業による仏企業の買収などの問題はマクロン候補がいた政権側が作り出したとの批判や、マクロン候補の政策は本人やその味方のためのものとの批判に終始し、自らの政策はほとんど述べなかった*4。また、ル=ペン候補の政策は財源の裏打ちがなく、彼女に政策上の知識や政策の実行可能性が欠けていることもマクロン候補からの指摘によって際立つ結果となった。そして、5月7日に行われた大統領選挙の決戦投票は、マクロン候補の得票率66.1%に対しル=ペン候補は33.9%という結果となり、フランス史上最年少、39歳の大統領が誕生することになった*5。さらに、マクロン大統領の快進撃は続く。6月11日に第一回投票、6月18日に決選投票が行われた国民議会(下院)選挙で、1年ばかり前に出来たばかりの与党「アン・マルシュ」は連合を組んだ「民主運動」とともに557議席中360議席を占めるに至る。憲法上、フランスの議会では、元老院(上院)に対して、法律案(予算法案を含む)に関する国民議会(下院)の優越が認められており*6、マクロン大統領は、自分の政策を実現するための大きなマンデートを手にすることになった。5大統領就任後の支持率の低下ここまでは順調だったマクロン大統領だったが、7月に入ると、EUにおける財政赤字3%以内という目標の達成のために2017年の国防歳出について8.5億ユーロの削減を求めたことをめぐり国民からも人気のあったド・ヴィリエ統合参謀長が辞任したり、個人住宅補助の減額方針(月5ユーロ)の表明が反発を買ったりといったことがき*3)例えば、ル=ペン候補は、質問・反論するマクロン候補に対し、ニヤニヤしながら「あなたは私と生徒先生ごっこをしたがっているようですけど、私に関する限り、特に好きじゃありませんよ、そんなこと。」といったマクロン候補とその妻ブリジットとの高校での出会いをあてこするかのような発言や、「あなたは外見は若いですけど、中身は古いですね。」といった発言をするなど、マクロン候補の私生活や性格をネタに半ばからかうような態度が多く見られた。一方のマクロン候補も、ル=ペン候補が、大統領になったら直ちに国境管理を再開しイスラム原理主義の危険人物はすべて国外追放すると主張したのに対して、「自分がテロリストだと言って国境を通ってくる者などいない」「むしろ危険人物の情報収集の強化が重要」と指摘して「ル=ペン候補の提案はペルランパンパンの粉(la poudre de perlimpinpin:万病に効くとうたいながら何の効果もない薬)だ」と普段使われない表現を繰り出して反論していた(あまりにも響きが良すぎてインターネット上で拡散)。彼は他にもル=ペン候補の態度を捉えて「les sauts de cabri」(直訳すると「子ヤギのギャロップ」だが、話が脈絡なくあちこち飛ぶ、の意)といった言葉を使い、勉強になるなと思っていると、「n’importe quoi!」(あることないこというな、黙れ、の意)とか「grosses bêtises」(すごく馬鹿なふるまい)とかいった言葉も使うなど、我が息子の小学校での喧嘩か、と思うようなシーンもあった。*4)ル=ペン候補の討論会のまとめの主張を聞いてマクロン候補が述べた「ル=ペン候補はまとめの言葉を私の政策が嘘だとの指摘に費やされ、この国をどうするかについては一言もおっしゃられませんでした。私は、そんなこと(=批判ばかりして建設的な意見を言わない態度)はこの国には欲しません。」という発言がル=ペン候補のこの討論会での態度を象徴している。*5)ちなみに、それまでの大統領就任年齢最年少は初代のルイ=ナポレオン・ボナパルト(後のナポレオン三世)の40歳。*6)フランスの憲法第45条によれば、法律案について元老院と国民議会が一致せず可決に至らないときは、両院協議会で審議することができるが、両院協議会で共通の案文の採択に至らない場合には、元老院、国民議会それぞれが再度の審議を行った後に、政府が国民議会に対し両院協議会で作成した案文又は国民議会自身が採決した案文をもって法案を成立させるよう求めることができることとなっている。大統領選挙期間中の選挙ポスター(パリ16区役所前)ファイナンス 2017.1121マクロン政権の誕生、そして初の予算編成 SPOT

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