ファイナンス 2017年10月号 Vol.53 No.7
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を暗に示唆してくれているようです。「今の質問でいっぺんに目が覚めました。もう一度、自分(所長)の考え方を整理して説明します」と、日本人スタッフと所長が他の国のスタッフの前で、まるで漫才のようなやり取りをして、オフィス全体の意思統一ができました。質問する側はそんな呑気な感想ではなかったかもしれません。一年程度とは言うものの、日本人が一人という状況は自分の英語力の不足のため個人的には切迫したものでした。スタッフの協力と忍耐心のおかげでどうにか乗り切ることができました。中間に人を介さず直接のやり取りを積み重ねたことにより、当時のスタッフとはより深い人間同士の繋がりを築くことができた印象を持っています。(注)本稿は、AMRO創設の過程で自分がどう考えたか、アジアの人とどう付き合ってきたかを中心に、言わば見聞録風にまとめるものです。在職時に加盟当局から受け取った情報に関してはその職を離れた後も守秘義務がかかっているため、個別の経済・金融情勢の機微にわたる部分などについては触れることはできず、また記述の中に一部省略などがあることへの理解をお願いします。どこの国が話を進めたとかを評価するのが目的ではないため、日本以外はなるべく匿名(A国など)で記すことにします。本稿の記述は、AMROまたは財務総合政策研究所の見解を表すものではありません。(前 財務総合政策研究所所長)一番切迫したのは本文の一年間でしたが、シンガポールにいた五年間を通じて、拙い英語で自分の意思を伝えるために試行錯誤しました。辿り着いた方策のいくつかを紹介します(従って英語の上級者の方には読んでいただく必要はありません)*5。(1)とりあえずメールは出す伝言ミスが起こると、「言った」、「いや聞いてない」の話になりがちです。オフィス内ではとりあえずメールを出しておきました。できれば誤解を生むことのない正確な文章が望ましいのでしょうが、あまり気にせず、どんどん出すようにしました。オフィスの外の東アジアの国、他の国際機関とのメールについては注意が必要でした。メールの位置づけが国や組織において大きく異なるためです。組織によっては、メールはショート・メッセージに近く、個人として直ぐに応答している雰囲気でした。30分以内に「受け取りました」とか「今晩は家庭の用事があるから明日朝回答します」とかのメールが気軽に返送されてきます。別の国の組織では、メールが意思伝達の手段として認められていないようで、電話などで注意喚起をしないと、ただ放置されます。ブラック・ホールにメールを送っている印象で、不気味だったり、徒労感を覚えたりします。さらに別の国の組織では、メールであっても公式文書の扱いで、タテからヨコから入念に確認されている気配があります。3番目の組織の場合、「さっき送付したメールの意味や送付の背景は〇〇」のような補足が、ショート・メッセージや個人の携帯電話に伝えられてくることがあります。事後的に責任を問われることがあるため、記録が残る公式なアカウントのメールには慎重なのか、極端な場合上司が部下のメールを確認できる仕組みがあるのではないか、と推測しています(確かめたことはありません)。いずれにせよ、メールでの情報のやり取りについてグローバル・スタンダードなり、東アジアのスタンダードなりはないようで、個別に注意して対応せざるを得ないようです。(2)長いメールには要注意外部からもスタッフからも何ページにもわたる長いメールが送られてくることがあります。画面で読むとどうしても注意力が散漫になったり、特に移動中は通信事情の関係で途中までしか読めなかったりします。相手のことを考えて「了解です」と返事しがちですが、5ページのメールの4ページ目の半ばくらいにとても大事な話が盛り込まれていることがあります。外部の人は仕方ないとしても、スタッフの人にはメールは短く、用件は冒頭に明記するようお願いしました。添付文書も長文の場合なるべく印刷版も届けてもらいました。「余計な手間をかけて申し訳ないが、自分は前世紀に仕事の仕方を習得したもので」というのが口癖の言い訳でした。こぼれ話(メール時代の英語での意思伝達(実践編))34ファイナンス 2017.10連 載|国際機関を作るはなし

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