ファイナンス 2017年10月号 Vol.53 No.7
37/60

となりました。その頃のAMROは20人の規模(1年後には30人の規模)になっていました。止むを得ぬことは言え、これは正直応えました。自分としては、ASEANと日中韓についての「耳」と「口」の機能を失い、オフィス内のスタッフについても同じく「耳」と「口」の機能を失ったに等しいからです。毎日寝付くのに苦労するようになりました*4。第7回(2017年8月号)で述べたAMRO(カンパニー)の方針と日本の方針の間に大きな齟齬が生じたのも、今から考えてみればこの時期でした。英語で自分の意思をどう伝えたか言うまでもありませんが、「これをスタッフに伝えておいて」と日本語で言うのと、自分でスタッフに英語で伝えるのでは、メールにせよ口頭にせよ労力も消耗度も一桁違います。相手の理解度に応じて、内容を工夫することに加え、上手く伝わらなかった時に、二の矢、三の矢を放つ手間があるためでしょう。東アジアのエコノミストは優秀ではありますが、日本的な以心伝心を期待することはできません。組織の立ち上げ期には担当の隙間案件が毎週のように発生しますが、スタッフは自分の責任範囲を限定的に捕える性向があります。新しい職責などを伝えるにはそれなりの準備も要りますし、どんなに丁寧に説明しても勝手な解釈により脱線する者が出てきます。ふと気が付くと自分が指示したのと反対方向へ全力疾走している者すらいます。また東アジアの人は「面子」を何よりも大事にしますから、こちらに不満がある時ほど、治安対策の観点から一対一で念押しをした方が安全な場合もあります。2013年夏以降、日本人の応募も増え、採用にも繋がりました。東アジアの人を会議の場で注意するのは「面子」の問題があって避けねばなりません。それでも会議など全員揃っている時に自分の意思をきっちり伝えたいことがあります。例えば13か国の経済レポートを作成している際に、共通して大事な論点が抜けていることがあります。そうした状況の下で、日本人スタッフが担当している国のレポートについて「○○について分析して盛り込んでは?」と示唆すると、周りの人の面子を傷つけることなく、全員にこちらの意図を伝えることができます。日本人スタッフにも程度の差こそあれ面子はあるはずで、申し訳ないことでした。場合により「前回所長は△△の指示を出したのに、今日の指示は□□なのですか」と、(本人は分かっているはずなのに)とぼけて質問をしてくれることもありました。周囲の状況の変化により自分の方針を気付かぬうちに変更していることや、皆が誤解しがちな点*2)その時議論していた「各国における対外資本流入44規制の現状」のレポートは、直ちに修正できる点だけ手を入れた上、予定を繰上げ、その週のうちに各国へ配布することとしました。米国発のニュースで、各国から大規模な資本流出44が始まっているタイミングで、資本流入規制策の各国比較の作業に注力するのは人的資源の乏しい中では困難と判断したためです。加盟当局からの宿題であり、またAMROには定期的にレポートを発出するノルマがあったため、取り止めまでは踏み切れませんでした。*3)「ファイナンス」2017年7月号に、当時のインドネシアの財務大臣だったバスリ氏の講演が掲載されています。2013年当時市場関係者がインドネシア経済の全体像を見ず、経常収支赤字に着目してインドネシアの為替と債券を売却したこと、それに対してインドネシア財務省はどのような政策対応をしたかについて、当事者の立場から述べられています。本稿では、在職時に加盟当局から受け取った情報に関してはその職を離れた後もAMRO設立協定等による守秘義務がかかっているため、個別の経済・金融情勢の機微にわたる部分については触れることを避けていますが、この講演はインドネシア側の状況を知る好材料になります。Dr. Muhamad Chatib Basri, “2013年テーパータントラムからの教訓―なぜインドネシアとインドは、結局悪化しなかったのか―”, ファイナンス, Vol. 53, No.4, 2017。*4)途方に暮れて寝付かれなかったのではなく、一日中英語で仕事をすることで脳みそのうち言葉を司る部分が能力以上に使われて、結果として興奮状態にあったものと考えています。スマートフォンのアプリで睡眠の深さを計測すると、寝付いたのちも3~4時間浅い眠りが続き、明け方にようやく深い眠りに入っているのが分かりました。ファイナンス 2017.1033国際機関を作るはなし ASEAN+3マクロ経済リサーチ・オフィス(AMRO)創設見聞録 連 載|国際機関を作るはなし

元のページ  ../index.html#37

このブックを見る