ファイナンス 2017年10月号 Vol.53 No.7
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本書は、ベーシックインカム(必要最低限の生活を保障する収入を人々に支給。以下「BI」という。)によって、中流の崩壊と拡大する貧富の差を解消しようという大胆な提言を行なう。仲正昌樹金沢大学法学類教授(法哲学などを専攻)は、BIについて、「マルクス主義と古典的自由主義の双方が「労働価値説」的な発想をしており、福祉国家論でさえ、労働をベースにしてきたという従来の経済思想のパラダイムに対するラディカルな理論的挑戦として面白い」(「改訂版<学問>の取扱説明書」(作品社 2011年)p74)という。その理論とAI・ロボットの登場を背景にすれば、本書が2014年にオランダで「デ・コレスポンデント」という広告を一切とらない先鋭的なウェブメディアで自費出版同然に出版されたのち、アマゾンの自費出版サービスを通じて英語に訳されたとたん、大手エージェントの目にとまり、2017年に全世界20カ国で出版が決まったという、その事情が飲み込めてくる。著者のルトガー・ブレグマン氏は、歴史家、ジャーナリストで、29歳。歴史・哲学・経済まで幅広い分野を研究している。上記「デ・コレスポンデント」の創立メンバーでもある。本書の日本での出版を記念し、オランダ大使館の招きでこの5月に来日した。朝のニュースおはよう日本(7月27日)の「おはBiz」で豊永博隆キャスターが彼の来日時のインタビューを含めBIを取り上げたところ、ソーシャルメディアで大きな反響(「かつてトンデモ扱いされていたベーシックインカムがNHKニュースで報じられるようになる日が来るなんて胸熱」など)があったという。オランダ語の原題は、「ただでお金をくばりましょう」であり、英訳の原題は、「UTOPIA FOR REALISTS:and How We Can Get There」だが、日本語の題は、ハイエクの「隷属への道」を本歌取りした。ブレグマンは、社会主義とケインジアン全盛の時代に、自由市場が解決するという新自由主義のアイディアの力を信じたハイエクを高く評価しており、2017年の「隷属なき道」は、機械(AI)に隷属するのではなく、本当に意味のある人生を生きるという意味を込めている。100年後の社会を考えて、視野を広げ、大胆に発想することの重要性を説く。最大の難所は、財源論だ。本書の構成は、「第1章 過去最大の繁栄の中、最大の不幸に苦しむのはなぜか?」、「第2章 福祉はいらない、直接お金を与えればいい」、「第3章 貧困は個人のIQを13ポイントも低下させる」、「第4章 ニクソンの大いなる撤退」、「第5章 GDPの大いなる詐術」、「第6章 ケインズが予測した週一五時間労働の時代」、「第7章 優秀な人間が、銀行家ではなく研究者を選べば」、「第8章 AIとの競争には勝てない」、「第9章 国境を開くことで富は増大する」、「第10章 真実を見抜く一人の声が、集団の幻想を覚ます」、「終章 「負け犬の社会主義者」が忘れていること」である。詳細なソースノート、章の最後にはその章のまとめもついて、市民の良識に訴えようという意気込みが感じられる。カナダ・フィンランドでは実験が始まった。どの章も面白い。特に第4章の、「60年代初頭、ベーシックインカムは、フリードマンのような右派からガルブレイスのような左派まで大きな支持を受けていた。それを潰したのは一部の保守派が持ち出してきた一九世紀英国での失敗だった」との歴史叙述には歴史学の醍醐味を感じる。この英国・スピーナムランド制度の通説的評価(「貧困層は怠け者」)が捏造との指摘には心底驚いた。ぜひ、一読をお勧めしたい。評者渡部 晶ルトガー・ ブレグマン 著文藝春秋 2017年5月 定価1,500円+税『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと1日三時間労働』ファイナンス 2017.1023ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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