ファイナンス 2017年8月号 Vol.53 No.5
33/48

自由貿易、環境問題についても、そんなことは夢物語だというようなシュールレアリスム、更には、排他的な反難民の動きも、アメリカのみならず、イギリスでもヨーロッパでも強くなってきています。先週、京都府の綾部市における「平和フォーラム」で講演をしました。綾部市には、大本教という戦争中に迫害された信者が沢山出た宗教の本部の一つがあります。また、綾部市は、世界連邦支持の都市第一号です。講演で言いたかったことは、平和主義は基本的に正しい、しかしながら日本の平和主義はともすると内向きな、独り善がりの平和主義になりがちであるということです。世界連邦とか世界政府は、現実の国連が不完全なものである以上、それよりも強力なものという意味で望ましいかもしれませんが、現実の国連でさえ、今のところ、使いこなしていないという意味では、国連をまずは着実に良い方向に改革し、強化することが一番プラグマティックな手段として良いのではないかということです。世界連邦主義を信じている人達の前で、あなた方の目指している方向性は正しいのだけれども、方法論においてちょっと考えを変えてみたらいいのでないか、という趣旨で講演しましたが、幸いにして誤解されることなしに話ができたと思います。トランプ政権の対国連政策はまだわかりませんが、2017年の1月1日に国連の新事務総長になったグテレスは、ポルトガルの元首相で、10年間国連難民高等弁務官をやっていましたが、トランプ政権を警戒しているらしいことは色々聞いています。▶神田 このようなダイナミズムの背景には、国内・国際世論の形成過程が影響します。明石さんは、『国際連合 軌跡と展望』で、UNOSOMⅡを例に、所謂CNN効果として人道的悲劇等の衝撃的報道のリスクを指摘され、『「独裁者」との交渉術』において、オルブライト国務長官による明石特別代表バッシングの契機となったニューヨークタイムズ報道、或は、『戦争と平和の谷間で』では、ジャンビエ将軍とムラディチ総司令官の間の密約という不確かな報道を例に、メディアや世論による紛争の単純化した描写や類型化を回避する必要を訴えています。我が国でも慰安婦誤報が致命的な外交的不幸を齎したと批判されています。他方で、現在の問題は寧ろ逆で、完全に嘘のフェイクニュースを大衆が信じ込んで政治が動いたり、権力者が不都合な報道や科学的事実をポスト・トルースで否定することが多発し、取材力のある伝統的メディアによる深度ある客観的検証や影響の大きいSNS(フェイスブック等)でのファクトチェックが強く求められています。このような現象の背景にはIT革命が齎したネット社会が、人々が心地よいサイト(HuffPost対BREITBART等)の偏った情報源しかみない社会の分断化や、一行情報しかみない痴呆化を加速し、また、伝統的メディアが経営難に陥っていることが存在すると思います。明石さんはこの世論形成の機能不全についてどのようにお考えでしょうか。▷明石 今のアメリカを見ると色々な意味で心配なことが多いと思います。ご指摘のように、アメリカの中でかなり優秀とされているニューヨークタイムズやワシントンポストといった既成メディアに現職の大統領が毒づくという現象が生じています。アメリカにおけるメディアというのは民主主義の最も重要な保障の一つだと見做されているのですが、メディアと現実の権力との真っ向からの対立は、良い意味での対話であれば良いのですが、今のままでは全く生産的ではなく、お互いに向き合った対話にはなっていないのです。非常に問題が大きいし、IT時代のメディアの在り方についても大きな問題を提起していると思います。昨年秋の大統領選挙に向けたクリントンさんとトランプさんの3回のディベートでは、トランプさんは全く相手と向き合わず、独りで喋っているだけで、しかも相手に対する無視と侮蔑が明らかに表れていました。また、そこで使われる言葉はアメリカの普通の常識を持った人の使う言葉ではありませんでした。アメリカの持っている豊かな政治伝統をあまりにも無視して品格のない政治対ファイナンス 2017.829超有識者場外ヒアリング65連 載|超有識者場外ヒアリング

元のページ  ../index.html#33

このブックを見る