ファイナンス 2017年6月号 Vol.53 No.3
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▷絹谷 私も諸先輩の真似をして、忙しい先生を装っておりますので、あまり教えないのです。うちの娘や息子にもそうなのですけども、芸術方面へ進んでいるのにも関わらず、教えない教えをしております。今は、百科事典をみても、もう5年たてば、もう遅いっていう時代なのです。ただし、海や山に行けとか、魚釣りしろとか、そうしたとんでもないことは教えています。それから、芸術にかまけて、もっと面白い、子供が創作するようなことを忘れちゃいけないということをどっかでちらっと言ったりはします。それから、私が芸大に通っていた頃に、東大のフランス文学の市原豊太先生から教わったことなのですが、“ARS VITA ESTA, VITA ARS ESTA”(「人生は芸術、芸術は人生」)という言葉があります。芸大生の場合は、芸術至上主義という人が多いです。しかし、それももちろんやらなければならないのだけれども、その反対にある、生活が芸術であるということも忘れてはいけないっていうことを私は教えますね。▶神田 下世話な話で恐縮ですが、美術品マーケットについて。この世界は組織犯罪や政治裏献金の舞台ともなり、私の金融規制の仕事の関係でも、テロ資金対策の対象としてG7やFATFでも議論されることがあります。日本の絵画市場は、シンワアートオークションの近代美術オークションインデックスによれば、金融異次元緩和が齎したデフレ期待脱却、円安、株高局面でも下落を続けているようです。本来、インフレヘッジとしても有効だとされているのですが、相続による出品増といった需給ギャップや、中国マネーの取り込みも反腐敗闘争で奏功しないといった要因が分析されているところです。先生は日本の美術品マーケットをどう見ておられますか。▷絹谷 この間、東京証券取引所の斎藤元社長とも話をしたのですけれども、日本の場合は「まけてくれ」っていうのがあるのですよ。日本は、財務省がしっかりしているので、円とかお札というものに、非常に信頼感がありますが、ヨーロッパの場合は、私共が留学していた時は、イタリアリラっていうのはどうなるかわからないと考えて、みな、ドイツマルクやスイスフランに換えていました。今はユーロになりましたから、昔とは事情が違いますが、概ね考え方は同じだと思います。ギリシャの人もイタリアの人も自国の国債を買わず、ドイツの国債を買う。一方で、その国債だけではやや不安でもある。前世紀、ヨーロッパにおいては、百年の間に百回くらい戦争をやっていますので、自国や自国通貨というものに対して、全幅の信頼感がないのです。それの逃げ道が、金であったり宝石であったり絵画であったりするわけです。日本の場合は、主に戦後ですが、「まかりまへんか」といって、まけてもらったものを買うことがありますが、それは、自分の資産を過少に評価していることになります。私達が若い頃は、オーナー社長が大勢いらっしゃったこともあってか、「絹谷さん、あなたの絵は安い、だからもっと高く言いなさい。買ってあげるから」と言われるので、1割増くらいで言うと、そう買ってもらえたのです。こうなってくると、価値というものも上り勾配になっていきます。ところが、「まかりまへんか」というのは、これで一旦低い価値のついたものが再び出てきた時は、また「まかりまへんか」の対象になってしまうので、どんどん下がっていってしまうわけです。気持ちの問題なのですよねそれから、サインを入れなければ、税金はかからない、特に相続税にもかからないという国があります。日本では、描けば描くほど、税金がかかってくる可能性がでてくる。もし子供達が売った時には、税金かけて頂いていいのですが、今は、描いたら、それをつぶす以外、売れなくても相続で税金がかかってくるので、女房からも、「あなたもう絵描くな」といわれています。美術館に寄贈するといっても、死んでから8か月以内くらいにやらないと税金がかかりますが、美術館は、倉庫がいっぱいだし、審議会も開かなければいけないから、すぐには引き取ってくれないのです。もう一つの海外との違いは、日本の場合、新し32ファイナンス 2017.6連 載|超有識者場外ヒアリング

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