ファイナンス 2017年4月号 Vol.53 No.1
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連 載|超有識者場外ヒアリング分にするだけの観測データのサンプル数を確保することにも尽力されました。あらゆる通説は覆る可能性を秘めているわけですが、同世代において事実と認識される条件をもう少し敷衍してください。▷梶田 素粒子物理学の分野では、何かが存在するという仮説を支持する場合、存在しない確率が5σシグマ、即ち約100万分の1の確率であることを証明できれば仮説は正しいと一般的に考えられています。それに加え、他の実験においても同様の結果が得られることが望ましいですが、例えば、千葉大学が参加している超高エネルギーの宇宙ニュートリノに関する南極での実験は、同等の規模の実験は世界中でみても存在しないなど、今は二つの実験を同時に行うことが困難な時勢にあります。また、研究結果は発表までに内部で様々な研究者によってチェックされていることから、他の実験の追試がなくても5σの確率であれば仮説は正しいだろうと考え、データの解釈などさらにその先のことを考えるようになっています。▶神田 2001年11月のスーパーカミオカンデの悲惨な事故の時は、担当ではなかったものの、天を仰ぎました。故戸塚洋二先生は直ちに日本国民をはじめ支援者に謝罪すると共に、再建の決意と具体的作業を発表されました。責任が十分追及されなかったのではないかという批判には耳を傾けるべきですが、再建が可能にした実験の成果をしっかり実現できたことが幸いでした。完全には回避しがたい事故がある一方、巨額の血税を投入しており、科学への信頼の確保と納税者への説明責任の履行が試される瞬間だったと記憶します。はやぶさ事故の時は、高度の技術が齎した必死の帰還は素晴らしいものの、やはり本来の目的では大きな失敗であるにもかかわらず、美談にしてしまったところが批判されており、ひとみの事故もそういった慢心からではないかという方も少なくありません。国策上も重要な任務を帯び、1兆円を超える費用にも拘わらず結果を全く出せずに廃炉が決まったもんじゅは論外でしょう。宇宙物理の世界では、2001年事故はどう総括されていますか。▷梶田 総括といえることではございませんが、国民の皆様の税金を基に研究している当事者として、起こしてはいけない事故を起こしてしまったと反省しています。少なくとも我々として今後できることは、決して同じことを繰り返さないことであると思っています。当時、戸塚先生が適切な対応をされたことで我々は生き延びることができたと思っています。▶神田 2011年3月の東北大震災の時は文部科学主計官で、被災地復旧・復興と、監視、除染、賠償、安定化・廃炉を含めた原子力事故問題に忙殺されていましたが、先生の世界の実験設備でも、様々な話が来ました。被害を受けたJ-PARC加速器の修理から、復興のためのILC創設まで、単純に足すと兆円単位の全くありえない状況でした。学界としてのプライオリティーが示されず、それぞれ、自分が一番大事と仰りつつ、他方、他のプロジェクトの批判や比較はあまりしない封建的蛸壺割拠体制には、放射能問題の混乱とともに大変、困惑しました。仕方ないので、優先順位を、費用対効果、緊急性、実現可能性、実施能力、国際競争力等々で見極める作業を展開し、殆どは査定減かゼロ査定となりましたが、重要と認識したT2K実験継続に資するJ-PARC再建等は相当に計上されました。その結果、電子ニュートリノ振動で重要な発見が実現したと伺ったのですが、先生はどのように評価されていますか。▷梶田 T2Kについては、約10年かけて装置を構築し、実験を開始したところで大震災が起きました。もし仮にJ-PARC加速器が復興されていなければ、ニュートリノ物理の世界における大きな柱がなくなることと同然でしたので、再建していただいたのは大変ありがたかったと思っています。T2Kの成果を一言で表すとすれば、ニュートリノ振動は3種類存在するはずで、2000年代前半までに2種類発見されておりましたが、ニュ66ファイナンス 2017.4

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