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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~28

  • フィナンシャル・レビュー「自由貿易体制の新展開」の見所
    責任編集者 河野真理子教授に聞く

    財務総合政策研究所 総務研究部 研究企画係長 升井 翼
    研究員 野村 華
  • 「日本経済と資金循環の構造変化に関する研究会」を開催しています

    財務総合政策研究所総務課長 川本 敦
    総括主任研究官 鶴岡 将司

・フィナンシャル・レビュー

 「自由貿易体制の新展開」の見所責任編集者 河野真理子教授に聞く

財務総合政策研究所(以下、「財務総研」)では、年4回程度、「フィナンシャル・レビュー」(以下、「FR」)という学術論文誌を編集・発行しています。今月のPRI Open Campusでは、今月刊行された、「自由貿易体制の新展開」をテーマとしたFR第155号について、責任編集者を務めていただいた河野真理子早稲田大学教授にインタビューを行い、本特集の問題意識や、それぞれの論文の読みどころなどについて、「ファイナンス」の読者の皆様に、分かりやすく紹介していきます。

コラム フィナンシャル・レビューとは

財政・経済の諸問題について、第一線の研究者や専門家の参加の下に、分析・研究した論文をとりまとめたものです。1986年から刊行を続けており、2022年12月には通巻第150号を迎えました。

[プロフィール]
河野 真理子 早稲田大学法学学術院教授
東京大学教養学部卒業後、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了、ケンブリッジ大学法学修士課程修了、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程退学。筑波大学社会科学系助教授を経て、2004年より現職。専門分野は主に国際法、国際海洋法。総合海洋政策本部参与、交通政策審議会海事分科会長、関税外国為替等分科会委員、司法試験考査委員等を歴任。

1.本特集号を企画・編集するにあたっての動機や問題意識

河野先生には以前にもFR第140号(特集「現代国際社会における自由貿易に関する条約体制の諸相」、令和元(2019)年11月刊行)の責任編集者を務めていただきましたが、それから4年を経過した今の時点で、改めて本特集号を企画していただくにあたり、前号との関連性や新たな動機・問題意識について教えてください。

第140号では、WTO交渉の行き詰まりから、WTOに代わる枠組みとしてのFTA/EPAに重点を置く形の特集を組みました。実は最初に第155号の企画を出した時は、特にWTO改革において紛争解決制度が一番大きな問題を抱えていた時期でしたので、どちらかといえばWTO改革にシフトするような特集を考えていました。
ところが、新型コロナウイルス感染症の発生によって世界経済の在り様がかなり変わってきており、WTO改革にこだわらず、感染症対策も踏まえ、現在及び今後の国際社会において自由貿易がどのような位置付けになるのかを広く捉えるため、「自由貿易体制の新展開」をテーマとしました。
今回寄稿されたすべての論文に、自由貿易に関する国際的な制度の視点から、現在の国際社会の特色が反映されています。前回の第140号と比較して、今回は第二次世界大戦後に構築された、いわゆる普遍主義に基づくGATT/WTO体制をもう一度振り返り、国際社会におけるWTOの在り様やWTOの機能不全によって出てきた活発で地域主義的な動きをどのように位置づけるかということを検討する論文が多く、現在の国際社会における自由貿易体制の在り様をこれまでの経緯を踏まえたうえで検討する論文を書いていただきました。

2.各論文について、構成全体の関連性と読みどころ

本特集号の執筆者を選定された際のお考えと、執筆者の方々と各論文について簡単にご紹介をお願いできますでしょうか。

執筆者9名はすべてそれぞれの分野で実績がある方です。ポストコロナを睨んで現在の自由貿易に関する国際的な制度が直面している問題の中でも、一番今を反映するものとして選んだテーマについて、各分野に最も関係が深く、業績が多い先生方にお願いしました。
最初の1.小寺論文は、現在の国際社会においては単純な先進国対発展途上国という対立ではない点に着目しています。国際社会を論じる際に、先進国と発展途上国という区別がされますが、実は発展途上国が多様化しており、また先進国もだんだん一枚岩ではなくなってきています。そのような事情を背景にさまざまな問題が生じている中、特に、「特別かつ異なる待遇」という問題を発展途上国の多様化という側面から執筆いただきました。今の国際経済の問題や国際社会の本質に関わる論考となっています。
次に2.飯野論文は、前回の第140号から取り上げているデジタル貿易について、グローバルな規制環境をどのように考えるかということを論じています。もちろんデジタル貿易はWTOの中でも扱われておりますが、一般論として今これだけデジタル貿易に関わる問題が大きく取り上げられるようになってくると、自由貿易の中でも、今までのような財・サービスや金融とは違う側面が表れており、それを改めて取り上げる論考となっています。
3.加藤論文は、COVID-19に関する国際通商ルールでの扱いを検討しています。少なくとも今の国際社会における一つの方向性として、国家間の自由貿易体制の中で「人」の問題を考えなければなりません。もともと国際社会が国家間で構成されていると考えられていた時代には、「人」の問題はあくまでそれぞれの主権国家が考えれば良いとされていて、主権国家の枠組みの中で捉えられてきたのですが、今回のような大規模な感染症が起こったときには、国家の政策が「人」の問題と密接に関わってきます。その意味でCOVID-19パンデミックを通して、自由貿易体制の中で各国が「人」の問題に対応するために、どのような措置をとり、そしてそれが国際社会全体の自由貿易体制にどのような影響を与えたかということが論じられています。「人」の問題を無視できなくなった今の国際社会の特徴を表していると感じました。
他方で4.阿部論文では、国家の問題として存在する安全保障例外条項の役割や課題が扱われています。経済分野の国際協力体制の出発点は自由貿易体制の促進でしたが、今の国際社会では「人」が持つ経済力の影響が大きくなっており、GATT等に規定される安全保障例外条項に関連する投資紛争が生じる懸念が高まっています。そのため、今までのような自由貿易の促進だけを議論することができないような状況になっています。そこから国家としての安全保障、つまり国家が国内の社会の秩序をきちんと維持していくために必要な措置への議論が必要となります。特に、GATT/WTO体制の中で、安全保障例外条項がどのように位置付けられてきて、それが今の時代にどのような意味を持つかということを論じている点が特徴的です。冒頭申し上げたように、第二次世界大戦後に構築された経済体制は普遍的な組織において普遍性を強調する制度を作る中で生まれてきていますので、そこを振り返ったうえで、今のニーズにどのように対応するのかを議論することには大きな意味があると考えます。
5.関根論文と6.福永論文は、地球環境問題という共通の主題について異なった側面からの議論を展開しています。今の国際社会というのは、先ほど申し上げた国家間の体制というだけでなく、「人」の問題に関与することが必要になったと同時に、国際社会(International Society)というよりも、国際共同体(International Community)という表現を使って、国際共同体全体の共通の利益を保護する規則が必要なのではないかと考えるようになってきています。しかも、気候変動問題への対応には、「人」の生活の持続可能性に関する議論も必要です。その意味で、現在の国際社会で「人」の存在が重要になっているという特色にも関連します。気候変動問題への対応においては、環境の保護及び保全を実現することと、自由貿易体制を守っていくことという、ある意味で矛盾する二つの価値をどのように関連づけ、そしてその異なる利益をどのように調整するのかという大きな問題に取り組む際の自由貿易体制の観点からの論点を、この関根論文と福永論文で理解していただけるのではないでしょうか。
次に7.太田代・秋山論文について、この論文では、先ほど申し上げた、「人」の問題と深く関わる労働問題・環境問題が取り上げられています。本論文は、感染症対策と同様に、自由貿易体制の中での「人」の権利の位置づけを検討対象にしなければならなくなったことを示すものであり、加藤論文と非常に親和性があります。ただし、太田代・秋山論文のもう一つの大きな意義は、現在の自由貿易体制において、どのように規則の履行を確保するのかという手続を論じている点にあります。国際法では伝統的に、紛争解決手続を整備することが履行確保にも資すると考えられてきました。例えば、条約によって紛争解決手続を規定することの意味として、国家間の紛争解決のため、あるいはISDS条項に基づく投資仲裁の場合ですと外国人投資家と投資受入国の間の紛争解決のためという直接的な効果を持つことは明らかです。それに加えて、紛争解決手続は、間接的に条約の下での義務の履行確保のためのメカニズムとなり、紛争予防の役割をも果たすと考えられるのです。それは、国家にとって、大きな負担となる紛争解決手続を避ける一番良い方法が、条約上の義務を確実に履行することであるためです。しかし、後者の機能をより重視するとすれば、紛争解決制度とは別に、義務の履行の確保それ自体を目的とする制度を整備すべきだということになります。今の自由貿易体制では、そのような義務の履行確保のためのメカニズムが新たに設けられるようになっています。太田代・秋山論文は、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の中で設けられた、特に労働問題・環境問題について、紛争が起こるよりも前の、条約の履行確保のためのメカニズムを取り上げています。「人」に関わる義務について、実効的な履行確保のためには、国家だけでなくて、関係者の協力をどのように確保していくのかという側面に注目していることも大きな特色です。
8.小林論文に関して、小林先生はWTOの紛争解決制度について多くの業績をお持ちの専門家なのですが、今回の論文は、WTOが本来規定している二審制の紛争解決制度、特に今は上級委員会がうまく機能していないことを契機として、ADR(代替的紛争解決)手続に着目しています。ADRはGATT期から手段として規定されていましたが、改めて振り返ってその役割を論じています。太田代・秋山論文の地域的な条約体制における義務の履行確保の手続の発展に関する議論と、普遍的な組織における非拘束的なADR手続の機能に関する小林論文を続けてお読みいただくと、現在ならではの問題をより明確に分かっていただけるのではないでしょうか。WTO体制、特にWTOの紛争解決手続の改善それ自体ももちろん重要な課題ですが、そのような課題の背景に義務の履行確保の問題があることを知っていただき、今の自由貿易体制の中で構築されている様々な規則、あるいはその下での義務の履行確保の制度の多様性という観点から、この二つの論文をぜひ結びつけてお読みいただくと良いと考えます。
最後は9.私自身の論文ですが、これは外国人投資家対投資受入国の間の投資紛争解決制度の現代的課題を取りあげています。この論文は、福永論文で扱われている気候変動問題において国際投資法がどのような役割を果たすかという議論と深く関わっていて、論点がかなり重複しています。
第二次世界大戦後の多くの国際投資紛争は、先進国対発展途上国という図式から生じるものであり、外国人投資家対投資受入国の間の投資紛争の解決のための国際的な制度は、発展途上国への投資に伴うリスクを軽減するために、技術や資金を持つ先進国の個人の投資に関する安定性や確実性をいかに確保するかという問題意識から整備されてきたものでした。外国人投資家対投資受入国の間の紛争解決手続では、少なくとも紛争解決制度を利用するときには国家の同意が必要ですが、投資環境の整備の実現のための手段の一つとして、その国家の同意をあらかじめ条約の中に組み込んでおくISDS条項が規定されるようになりました。
ところが、こうした投資分野での紛争解決制度は、先進国間で締結されるFTA/EPAの投資章にも置かれるようになり、先進国の国民たる外国人投資家と、先進国たる投資受入国の投資紛争にも適用されるようになってきています。福永論文では、先進国の国民たる外国人投資家と先進国たる投資受入国の間の投資紛争の解決というISDS条項の新たな状況を典型的に示す事例として、気候変動問題への対策に関する投資案件の事例が取り上げられています。投資紛争の解決制度の根本にかかわる議論がなされるようになっており、私の論文は、投資仲裁制度の導入時点の事情を踏まえて、現在の投資仲裁制度の意義と問題点を論じています。

本特集号では、飯野論文ではデジタル貿易、加藤論文では医療製品、関根論文ではCBAM(炭素国境調整メカニズム)、太田代・秋山論文ではUSMCAというように、個別の品目や協定を取り上げて論じているものが見られますが、どのような観点で対象を選んでいるのでしょうか。

個別の分野に関してはWTOでの交渉で特に重要な論点になっているものを選択しました。小寺論文で取り上げられている基本的な全体構造を踏まえたうえで、現在の国際社会で重要性が増している個別の分野である、デジタル貿易や感染症対策、CBAM、USMCA、さらには安全保障の分野での議論を、そうした全体構造との関係で理解していただければと考えています。
もう一つは、FTA/EPAの場合は限られた国家間で、それから利害がある程度共通した国々だけで交渉を行いますので、比較的合意に至りやすいという特徴があるという点を指摘しておく必要があります。こうした限定的な国家間だけで適用されるルールで新しい問題に対応していくだけで良いのかという議論があります。国際法の分野では二国間または限定的な多国間において利害が共通している国々の関係を「地域的」と表現するのですが、この地域的なFTA/EPAの枠組みが普遍的枠組みであるWTOよりもはるかに先行していて、現代的なニーズに応える規則を設けるようになっています。多くの地域的なEPAやFTAに共通する規則が、どのような形で普遍的な枠組みに影響を与えるかということを考えることが必要だと思います。今回の特集の多くの論文で、WTO体制に関する議論を行う際に、WTOだけでなく、地域的な条約体制を検討の対象としているのは、必要かつ先進的な規則の多くを地域的な枠組みの中に多く見ることができて、それをどの程度普遍的な体制に反映できるかということを論じる必要があるからです。

歴史的にも先進的な分野における地域的な取り決めが、普遍的な枠組みになっていくという流れになっているのでしょうか。

第二次世界大戦後の基本的な方向性は普遍的な体制の強化でした。ブロック経済、あるいは地域主義が国際社会において良い結果をもたらさなかったので、できるだけ普遍的な組織を作っていきたいという意向が強かったのです。ただ、普遍的な体制というのはある種の理想論でもあり、その中でも、地域のことは地域で処理したい、あるいは共通の利益を持つ国家間の枠組みの方が有効にかつ機敏に対応できるということは容認されていて、普遍主義の重要性が強調される一方で、地域主義を否定するという形にはなっていませんでした。WTOは一時期までは普遍的な組織として一番有効な体制であったと思いますが、WTOの中にさらに先進的な分野を取り込んでいこうという動きが出てきたときに、特に1990年代、あるいは2000年代以降の国際社会の構造変化を踏まえると、なかなか普遍主義だけでは対応できなくなり、ある程度即効性を持つ地域主義の方が対応してきたという流れがあると思います。これは経済分野だけに限定されるものではないだろうと考えます。例えばデジタル貿易や感染症対策がそうですが、どの論文においても筆者が念頭に置いているのは、地域的な枠組みが普遍的な規則としてどの程度の意味を持ちうるのかということだと思います。新しい動きを普遍的な規則の中に取り込んでいくためには、小寺論文で述べられているような、今の国際社会の基本的な構造を前提にする必要があり、非常に多様化している利害関係を踏まえた形での普遍的な規則の構築というのは、なかなか難しいと思います。地域的なFTA/EPAで実現しているものがそのまま普遍的な規則になりうるというわけではないだろうということは申し上げられるのではないでしょうか。

普遍的な枠組みを決めるためにはWTO協定や条約に組み込んでいくことを目指すということになるのでしょうか。

国際法の世界は、特に経済分野となると慣習国際法では具体的かつ詳細な規則の必要性への対応ができないので、条約を作ることが有効であると私は考えます。そして、多くの経済分野の条約に置かれている具体的かつ詳細な規則は、基本的には条約の当事国にしか適用がないということになってしまわざるをえません。それらの規則をさらに普遍的な国際社会、国際共同体全体に共有できるようにしていくためには、やはりある程度普遍性を持った組織で規則にしていくしかありません。今のWTO体制は、加盟に一定の資格が必要ですけれども、ある程度発展途上国も取り込んでいるので一定の普遍性を有していると思います。ただしこの発展途上国の間にも格差が大きくなっていることには留意が必要ですが、ある程度普遍的な規則、つまり国際社会の多くの国に適用される共通の規則を実現するために適切なフォーラムだと思います。

FTA/EPAについては、先ほど利害がある程度共通した国々で協議をすることから合意がしやすいという特徴があるとご紹介いただいたのですが、最近のFTA/EPAに見られる傾向や特徴はあるのでしょうか。

例えばデジタル貿易や労働、環境といったような、従来の自由貿易では扱われなかったけれども、実はモノの価格に反映される分野に関して先進的な規定がみられます。モノの流通や資金の流動に注目した条約体制ができてきたわけですが、さらに現在の新しい動きや価値観を反映する規則を作成しようと思うと、このような新たな論点を扱う必要が出てきます。こういった分野については先進国においてより関心や問題意識が高いため、高い経済レベルの国の間で締結されるFTA/EPAでは先進的な規定に関する合意が達成されやすいと思います。そして、そのような条約の実行は、まだある程度のレベルに達していない国との間のFTA/EPAにも影響を与え、先進的な価値を認めるべきだという先進国の主張が強い圧力になります。FTA/EPAを結びたければ、新たな規定を認めるべきである、あるいは人権分野のこういう条約の当事国になるべきであるといった要請が圧力として働くと言われています。欧米諸国とFTA/EPAを結ぶことを必要とする諸国にとって、経済的な利益になるので、FTA/EPAを締結するために、新たな内容の規定や他の条約への加入を受け入れることとなります。こうして先進国が望ましいと考える条約体制が構築されていくと思います。こうした交渉を多数国間で行う場合は、一方でいわゆる途上国と括られる中でも利害が異なっている国の一団があり、先進国と括られる国の中でもそれぞれの主張にせめぎ合いがあることから、普遍的な条約体制を作るための多国間での交渉は難しくなっています。

EPA/FTAの中で、人権への配慮は、具体的にはどのようなルールとして盛り込まれる例があるのでしょうか。

例えば感染症対策だと、少なくとも全員にワクチンが行き渡るにはどうするか、それから労働問題に関しては、特にまだ発展度合いが低い国で労働環境が劣悪な人々がいて、それゆえに安価な製品が出てくることに関して、一定の制限をかけるというような発想が出てきます。

3.政策担当者や一般の読者に伝えたいこと

本特集号について政策担当者にとって着目すべきポイントはどのような点でしょうか。また、一般の読者目線で、「国民生活への影響」という観点ではどのように解釈が可能でしょうか。

序文において、今の国際社会の特徴を一般論として書いていますが、国際貿易の個別の分野では、様々なバックボーンを持つ方が条約交渉に関わっておられて、ほとんどの方はその専門分野での交渉をしておられると思います。それは、今回の特集号の中でも例えば飯野論文や加藤論文、阿部論文のテーマはとりわけそういう専門的な知見が必要な分野だと思われますが、それぞれの専門分野に特化した交渉が行われる中でも、今の国際社会の共通の土壌、あるいはある種の共通の問題点のようなものが底流にあるとしみじみ感じました。底流にあるすべてに共通するような問題が国際社会に存在していて、どの国際問題でもどこかで共通の問題に結びつくと思いますので、その点を少し知っていただく機会になれば良いと感じた次第です。
一般の方に向けては、国家間で条約を締結するとか自由貿易体制とかいうと、日常生活とは関係がないという印象もあるかと思うのですが、それぞれの分野の政策というのは、例えば関税のように日常生活で買うモノの値段に密接に関わるものです。また、デジタル貿易もそうですけれども、ネット上でのやりとりやネット配信の情報等がどれだけ国際性を持っているのかをあまり意識していないのではないでしょうか。そのような日常生活の何気ないことが世界経済とどのような形で関わるのかを考えていただければと思います。さらに、感染症対策の分野ではそれぞれの方がコロナ禍で普段とは違う経験をされたと思います。そうした感染症に対して制度面でどのような対応をしようとしているのか、また政策として対応する時にどのような論点があるのかということを分かっていただければ良いと思います。地球環境問題や労働問題も同様で、日常の生活に知らず知らずの影響が生じています。こうした様々な国際性を持った問題に対応するために条約体制が構築されています。しかも、もはや条約だから国が履行するという時代ではなく、条約によって作られた制度をいかにうまく動かすかがそれぞれの人の問題でもあると思います。特に太田代・秋山論文では、そのような条約体制、あるいは国際法がもたらしている規則の履行のために、関係者も含めた対応が必要となっていることが示されており、そのような状況を少しでも一般の皆様にお分かりいただけると嬉しいです。

4.本特集号に関する今後の課題

今後の国際社会・国際貿易においてFTA/EPAとWTOのそれぞれが果たすべき役割はどういったところにあるのでしょうか。

私は普遍的な制度・規則がより発展していくことが最も望ましいとは思います。FTA/EPAの発展が普遍的な制度の発展にもつながると良いとも思います。今のFTA/EPAの急速な発展を見ていますと、そこで展開されている新たな議論がすべて普遍的な規則に反映されることは難しいようにも感じています。そうはいっても、これだけFTA/EPAが発展して、新たな分野を扱い、新たな配慮をした規則を設けるようになってくると、それはWTO協定に対しても一定の影響をもたらすであろうと思います。そういう意味でそれぞれの役割というよりも、相互の影響を見ていく必要があると思います。繰り返しになりますが、特に先進国間で締結される条約の規定は、より先進的・発展的な内容となっていることは否めないわけですが、その先進国の価値が、まだ発展度合いが十分ではない国に対して押し付けになってもいけないと思います。それぞれの国・地域が抱える事情を踏まえて議論を進めていく場合、まさに国際協力と相互の理解が必要です。経済の分野では、国家の発展や利潤に直接に関わり、人の経済活動にも大きな影響を与える制度を設けるものですから、それほど簡単に相互理解や協力だけで論じられるような分野ではありません。貿易にせよ投資にせよ、人が持っているモノや技術、資金、それからサービスを国際的に活発かつ円滑に移動させることを目的とする制度を国家が作るものですので、普遍的に受け入れられる規則と地域的に受け入れられる規則との間の相互の影響を注視していく必要があると思います。

国際貿易の発展が日本の経済成長に資することができるかという観点から、お考えはありますでしょうか。

現在の国際社会の構造の中で、日本は、かつてのように、自国だけで発展できるわけではないと思います。いかに外国等との資金や技術、人の交流を円滑にして、日本社会の利益にそれを取り込むかということが重要になってきています。自由貿易体制、特にFTA/EPAが実現するものは、例えば国際的な分業体制です。その中で、日本の産業をどこに位置付けて、その位置付けの中で日本にとって最も望ましい産業の発展をどう考えていくかの検討が求められています。経済活動を個人に委ねるだけではなく、日本全体として、産業のどの部分を強化すべきか、FTA/EPAのどのような点を活用するのか、さらにWTO体制をどのように活用するのかという視点から、個人の経済活動に関する政策を検討する必要があります。さらに申せば、国家としての戦略を検討する一方で、「人」の技術や資金、能力を国際的な全体のメカニズムの中で、日本の産業のどの部分に位置付け、活用するのかを考えるべきだと思います。そして、「人」の技術や資金、能力が国際的に流通することが日本の社会にとってどのような意味を持つのかも意識されると良いと思います。これから先の日本の成長を考えるときは、日本の国内だけに軸足を置くのではなくて、国際的な文脈で日本の産業の位置付けを考えるべきでしょう。ただし、阿部論文にもあるように、そこに国家としての枠組みを揺るがすような自由化というのがあってはならないでしょうし、国にとっての絶対に守らなければいけない利益も考えつつ、「人」の経済活動の自由化の意味を考えないといけない時代だろうと思います。

5.河野先生ご自身へのご質問

河野先生が国際法を研究され始めたきっかけや、研究分野としての面白さについてお聞かせください。

私が国際法に出会ったのは大学に入った後です。大学入学後、国際政治学のような社会科学系の科目を履修して、社会科学系の学問は、人の在り様や、社会の在り様を見ることができ、特に『動いている社会を見る目』を与えてくれると感じたことがきっかけでした。専門課程への進学後、国際法のほか国際経済、国際政治なども履修しましたが、その中でも国際法は条約の規則や、場合によっては慣習法の規則をもとにして国際問題を考える分野であり、モデルや理論枠組みを考えるという方向性が強い経済学・政治学と比較して、規則を基盤にして物事を考える手法、その中でも国家間の紛争解決のための理論枠組み・理論構成に何よりも興味を抱きました。具体的には、第二次世界大戦前までは国際紛争の解決方法として戦争という手法が容認されていたのに対し、国連によって武力による威嚇及び武力の行使の禁止原則が導入されて以降、武力によらない国際紛争の解決手段がより重要になりました。例えば国際裁判という紛争解決手段の基盤は、国際社会においていかに実力行使による紛争解決を回避するかというところに主眼があります。多様な国際裁判制度や他の紛争の平和的解決手段の実効性を考えることが面白いと思いました。そして、国が国を相手にして、相手の国際法違反を主張して責任を問う国家責任という理論や、国際紛争の平和的解決手段の一つとしての国際裁判が、何より面白いと思うようになり、大学院に行くことにしました。
大学院に進学してすぐの時期は、ちょうどリビアのカダフィ政権が外国人投資家の石油開発関係の投資財産を国有化するケースの仲裁判断が出されるなど、国家が外国人投資家の財産権を侵害したときの紛争解決手続の学術的な論点が大きく取り上げられていた時代でした。それらの事例によって外国人投資家対投資受入国の紛争についても国際的な仲裁が可能なのだということを知り、すごく面白いと思って、これをテーマに修士論文を執筆しました。当時は投資仲裁の案件は数えるほどしかなかったのですが、その後、外国人投資家対投資受入国の仲裁の事例が飛躍的に増え、隔世の感があるとずっと感じていたので、今回の特集号においてもう一度投資仲裁に取り組んでみたいと思いました。
大学で職をいただいた後1996年から1年間、パリに滞在し、国際司法裁判所の様々な案件に触れる機会を得ることができ、国家間の裁判手続の多様性を改めて認識するようになりました。国際社会における裁判手続の発展においては、判断の執行の問題もさることながら、いかに裁判を使いやすくするかということが課題になっています。ある意味で、WTOの紛争解決手続はこれを究極的に強化した制度だと思います。投資仲裁よりも国家間の紛争解決制度に研究の軸足を移した背景には、小国が大国を訴えることを可能にしている国家間の紛争解決手続の面白さに気付いたからです。このため、しばらく投資仲裁よりも司法裁判と仲裁を含めた国家間の裁判制度の研究を続けてきました。したがって、必ずしもずっと投資紛争の研究をしてきたわけではありません。現在は国家間の裁判だけでも事例が非常に多いので、それらを追うだけでもかなり大変ですが、同時に投資仲裁の発展を注視しながら日々研究をしています。

本特集号では法学と経済学に強く関連するテーマを扱っています。国際法がご専門の河野先生は、国際法と、関連する他の学問分野との関係性をどのように捉えられているのでしょうか。

私は大学では国際関係論という学科で勉強をしました。その際に学んだことは、一つの伝統的なディシプリン(discipline:学問領域)を基盤としつつも、それだけで今の国際関係をみるだけでは十分ではなく、ディシプリンの相互作用やお互いの関係を重視しながら国際関係を学ぶというアプローチでした。国際関係論が掲げているのは、学際的なアプローチで国際関係を見るということであり、一つの問題が様々な切り口や側面を持っているため、全体との関わりにも目配りをすることが極めて重要です。現代の国際問題に、政治だけ、あるいは経済学だけで対応することは不可能であり、国際的な制度を構築する際にもそれぞれの分野から見た考慮が求められ、実際に制度が動き始めた後は、それぞれの専門家の視点から見て、制度が本当に実効的に機能しているのかどうかを検証する必要があります。このように異なるディシプリンがあることを前提に相互理解をしながら、それぞれの専門を尊重する必要があるということを大学の学部時代に学びました。例えば国際法の専門家として、国際経済の専門家、或いは経済学の専門家の質問に答える場合、相手に理解されるような説明が必要とされ、それによって自らのディシプリンへの理解も深まることになります。少なくとも自分の専門分野をきちんと理解していることが求められると思っています。自分の基盤である専門分野の視点が全てだと考えずに、他に違うアプローチがあることを理解し、専門ではないから必ずしもすべて分かるわけではないにしても、他の専門分野を理解しようと心がけることも必要だと思います。
本特集号の論文を読ませていただいて、法学という学問は判例を勉強したうえで何らかの解釈を与え、たくさん判例を積み重ねてそれが確立していくという体系になっているという印象を受けました。
英米法では先例に拘束性があるのですが、国際法の紛争解決手段ではその判断に基本的に先例としての拘束性がありません。とはいえ、個別の法的論点にどのような法規則が適用され、どのように解釈されたかを参照し、自己の主張に説得力を持たせるために先例を引用することが必要とされます。投資仲裁の分野では、先例の数が非常に多く、しかもその判断の内容に一貫性が欠けるということについて根本的な批判があります。事案によって解釈が異なり、一貫性がないことに対する批判は、ここ10年ほどの間で特に投げかけられている批判だと思います。例えば、「公正衡平待遇」はほとんどの投資条約やFTA/EPAの投資章に規定があるものの、その解釈に違いがみられるのが現状です。また、投資仲裁に携わる仲裁人のバックグラウンドも多様であり、案件によって仲裁人の専門が全く異なるため、解釈に違いが生ずるという問題もあると聞いています。
本特集号の各論文は、前号以上に本当に今の国際社会を反映しているという印象を受けており、個人的に本当に面白いと思っています。この機会をくださった財務総合政策研究所の関係の皆様と寄稿してくださった先生方にも感謝しています。
フィナンシャル・レビュー掲載の全論文は、財務総研ホームページから閲覧・ダウンロードいただけます。
https://www.mof.go.jp/pri/publication/financial_review/index.htm

[聞き手]
財務総合政策研究所総務研究部研究企画係長 升井 翼
2013年北陸財務局に入局。2016年に財務総合政策研究所へ出向し、2023年7月より現職。在職中の2023年に横浜市立大学大学院にて修士号(データサイエンス)を取得。
財務総合政策研究所総務研究部研究員 野村 華
2019年に日本通運株式会社入社。国際輸送(主に海上)の営業を担当後、2022年7月より現職。

・「日本経済と資金循環の構造変化に関する研究会」を開催しています

財務総合政策研究所では、近年の日本経済の資金循環の構造変化を概観し、今後の資金需給の中長期的な変化の方向性や望ましい政策のあり方を展望するため、「日本経済と資金循環の構造変化に関する研究会」を開催しています。
本稿では、第1回(2023年11月21日)と第2回(同年12月5日)の模様をご紹介します。

「日本経済と資金循環の構造変化に関する研究会」メンバー
○座長
  • 宇南山卓(京都大学経済研究所教授/財務総合政策研究所特別研究官)
○委員(50音順)
  • 古賀麻衣子(専修大学経済学部教授)
  • 佐々木百合(明治学院大学経済学部教授)
  • 田中賢治(帝京大学経済学部教授)
  • 戸村肇(早稲田大学政治経済学術院教授)
  • 松林洋一(神戸大学経済学研究科教授)
本研究会の発表資料等は、財務総研のウェブサイトからご覧いただけます。
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2023/junkan.html
※なお、研究会における報告内容や意見はすべて発表者個人の見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。

1.第1回:2023年11月21日(火)

「研究会の問題意識」

川本 敦 財務総合政策研究所総務課長


「資金循環」に注目する問題意識について、以下の点をお示ししました。
  • バブル崩壊以降30年超にわたり、家計・企業の資金余剰が、現預金を通じて政府の資金不足をファイナンスする構図。
  • この間、(1)家計では高齢化が進行する下でも資金余剰が続いて現預金が大幅に増加し、(2)企業でも資金余剰が続き現預金が増加する状況が続いてきた。
  • 企業においては、国内向けの設備投資が低調であった一方、海外直接投資は2010年代から加速し、国内でのリスクテイクが低調だった。
    その上で、「研究会で議論を期待するポイント」として、以下の点をお示ししました。
  • 家計部門:高齢化が進行する中においても、貯蓄率が下がらず、資金余剰が継続した背景は何か?人口動態・労働参加等を踏まえ、今後の家計の資金需給の見通しは?
  • 企業部門:中長期的な海外の成長見通しやサプライチェーンの構造が変化する中で、内外の企業投資に変化が生じる可能性はあるか?
  • 政府部門:今後どのような場合に、資金需給が変化し、金利の変動など、政府債務の維持可能性に影響を与え得る事態が生じるか?どのような政策のあり方が望ましいのか?

「2024年主要通貨為替見通し~『強い円』は今度こそ戻ってくるのか?~」

唐鎌 大輔 みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト

ゲストスピーカーの唐鎌様からは、為替相場の変動には、市場における円に対する実際の需要の動向(キャッシュフロー)が重要であり、近年、大きな変化が起きているとのご報告をいただきました。具体的には、以下のご指摘がありました。
  • 経常黒字を構成する所得収支の大部分は海外で再投資されるため円の需要にはならない。
  • 日本企業が海外生産移転を進め、円安でも輸出が増えない中で、輸出企業のドル売り円買い需要が減少している。
  • サービス収支も、旅行収支の黒字拡大よりも、デジタル関連の赤字拡大の方が大きく、構造的な円買い需要にはつながらない。

2.第2回:2023年12月5日(火)

「国際通貨としての『円』の賞味期限 日本がアルゼンチンタンゴを踊る日」

河野 龍太郎 BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト


ゲストスピーカーの河野様からは、長期金利と名目成長率の関係(r<g)などについてご報告をいただきました。具体的には、以下のご指摘がありました。
  • 基軸通貨国や国際通貨国ならば、r<gを前提に公的債務の膨張をさほど気にせず財政政策をマクロ安定化政策として積極的に利用するのは容認されるかもしれない。
  • 他方で、安全資産を供給できない新興国にはこの議論は適用できない。ゼロ成長が継続する中で、埋没する日本の円がいつまでも国際通貨でいられるのかどうかは大きな疑問。
  • バックストップとして、信頼に足る長期の財政健全化プランが必要。
  • なお、クズネッツは「世界には、(1)先進国、(2)新興国、(3)新興国から先進国に移行した日本、(4)先進国から新興国に転落したアルゼンチンがある」としたが、今のままで行くと、日本がアルゼンチンと同じ経路をたどってしまうことになりかねない。


「日本の貿易収支の要因分析と為替相場のパススルー」

佐々木 百合 明治学院大学経済学部教授

委員の佐々木教授からは、貿易の所得弾力性と為替のパススルー弾力性(為替変動により輸出入価格・国内価格がどれくらい変化するか)の金融危機前後での変化についてご発表いただきました。具体的には、以下のご指摘がありました。
  • 日本の輸出は、金融危機後に所得や為替レートの変化に対する感応度が小さくなり、輸出価格は下がらなかった。
  • 一方で、日本の輸入は所得や為替レートの変化に大きく反応するようになったことから、今後は恒常的な貿易赤字となる可能性が高い。

財務総合政策研究所
POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html

図表. 1990年以降の資金需給
図表. 企業の資金余剰