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コラム 経済トレンド110

デジタル人材確保に向けて

大臣官房総合政策課 河野  愛/西村  海生

本稿では、デジタル人材の現状、課題を分析し、人材確保の点から考察する。


デジタル人材の概要と現状
企業が競争上の優位性を確立するには、常に変化する社会や顧客の課題を捉える観点からもデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現することが重要である。経済産業省の報告書によれば、日本ではDXが進まない場合、2025年以降、最大約12兆円/年もの経済損失(2022年GDPの2%以上に相当)が発生すると予測されている。
2022年の日本のデジタル競争力は63カ国中29位にとどまっており、特にデジタル・技術スキルの競争力は62位と低く評価されている(図表1 日本のデジタル競争力ランキング)。
デジタル技術やデータ活用に精通した人材として、IT・デジタル人材が必要とされている一方、日本では量・質共に不足が叫ばれており(図表2 従業員規模別のIT人材の“質”に対する不足感、図表3 IT人材の“量”に対する過不足感)、2030年には先端IT人材(デジタル人材)が45万人不足する試算がでている(図表4 先端IT人材の「不足分」に関する試算結果)。
現在、政府が進めている「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2022」では、デジタル推進人材を2026年度末までに230万人育成する取り組みを進めるとされている。
(出所)IMD「デジタル競争力ランキング2022」、IPA「IT人材白書2020」、経済産業省「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ「-IT 人材需給に関する調査-調査報告書」

DXの取り組みにおける課題
日本でDXが進まない最大の理由は「人材不足」があげられている。(図表5 DXを進める上での課題)。不足するDX人材を補うために、従来型IT人材のリスキリングが官民で行われている(図表6 官民リスキリング例)。
新技術の台頭により、DXの方向性を描くことや、必要な人材を把握することは難しい中、日本ではDX人材の評価基準が進んでいない(図表7 DX人材の評価基準の有無)。経済産業省・IPA「デジタルスキル標準」ではDX人材を5つに分類しているが(図表8 DX人材の人材類型)、ChatGPT等の生成AIの台頭により、「プロンプトエンジニア※」といった新しい職業も台頭してきている。米企業Anthropicでは25万~33万ドルで募集をかける程の需要があり、DX人材に求められるスキルセットも常に変化している。
※AIが最適な答えを返すように、プロンプトと呼ばれる指示文を開発・改良するエンジニア
生成AIの市場規模は2027年までに2022年の13倍以上にあたる1,210億ドル(約16兆円)へ拡大する見通しである(図表9 生成AIの市場規模)。また、生成AIによる生産性の向上などが世界のGDPを7%押し上げる効果がある反面、世界で3億人のフルタイム雇用に相当する仕事を自動化する可能性があると言われている。
(出所)総務省「令和3年版情報通信白書」、三菱UFJリサーチ&コンサルティング「ジョブ型雇用におけるリスキリング施策~事例にみるリスキリングの検討ポイント~」、IPA「DX白書2023」、Bloomberg「日立、生成AIのコンサルサービス開始へ-安全で有効な利用を促進」、経済産業省・IPA「デジタルスキル標準ver1.0」

日本のデジタル化の進展と米国との違い
日本の生産年齢人口の縮小に伴い、深刻化する人手不足解決策の一つは、IT デジタル技術を導入することである。日本は、安い労働力に頼り、十分な省力化投資を進めてこなかった。2010年代以降、製造現場ロボティクスなどによる自動化が進展し、オフィスにおいても定型的な業務については、ソフトウェアやアルゴリズムで自動化が相当に進んだ(図表10 日本企業の情報システム投資の歴史)。
現在も日本のIT投資は「ビジネスの維持」が大半を占め、計画的な改善を行い成果が上がっている企業の割合は30%にも満たない(図表11 IT費用の支出割合(2021年度実績)、図表12 支出割合の改善に関わる計画と管理)。
DXの取り組みとして「デジタル化」「生産性の向上」については成果があがっているものの、顧客価値創出やビジネスモデルの変革といったトランスフォーメーションのレベルの成果創出は不十分である(図表13 DXの取組内容と成果)。日本企業によるDXの取り組みは米国企業と比べて遅れており、その導入目的において日本は業務効率化、米国は顧客価値の向上という違いがある。
(出所)BNPパリバ証券「イメージ先行のリスキリングとジョブ型雇用への誤解-「三位一体の労働市場改革」をどう機能させるか」、日本経済新聞「「場当たり」「関わりたくない」…DX推進の落とし穴-日本のDX、組織の課題まとめ読み」、IPA「DX白書2022」、野村総合研究所「日本企業のIT活用とデジタル化-IT活用実態調査の結果から」

デジタル人材確保に向けた提言
内閣府によればIT投資は労働生産性の向上に有意にプラスの効果がある(図表14 マンアワー当たりのIT資本装備率が生産性に与える影響)一方で、現場やバックオフィスの省力化を意図したIT投資は、現状では既存の設備や労働力の置き換わりにとどまっていると指摘されている。
IT投資は最新技術を導入することで効率化や革新的サービスの提供に繋がり、競争力の維持にも貢献することが期待される。また労働力不足の解消も日本の喫緊の課題である。IT投資による自動化、ロボット化は人手不足を補うことができる(図表15 IT投資により期待される労働力の代替効果)。今後はこうして削減した労働力をより効率的に活用することが求められる。
IT投資はDXに欠かせない。デジタル化により業務プロセスの効率化や情報提供の一元管理が可能になる。意思決定の迅速化や顧客サービスの向上など企業の競争力を高めることができるが、現在こうした意思決定プロセスの迅速化は日本ではあまり浸透していない(図表16 AI投資からリターンを得ている企業の割合)。
IT投資は新たなビジネスの創出の機会でもある。デジタルプラットフォームを活用したサービスの他AI技術を利用したサービスの提供など新たなビジネスが日々誕生している。こうした先端技術を活用できるIT人材を確保することはIT投資の一つである。ITの進展により労働力の代替が行われることもあるが、同時にIT投資は経済の成長を促進し、今後新たなビジネスの創出、雇用機会をも生み出す可能性がある。
(出所)令和2年度年次経済財政報告、独立行政法人経済産業研究所「生成AIと雇用・リスキリング」、PwCJapanグループ「2021年AI予測」
(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。