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我が国におけるTLAC(総損失吸収力)規制―ベイルアウトからベイルインへ―

東京大学 公共政策大学院 服部 孝洋*1


1.はじめに
本稿ではTLAC(Total Loss-Absorbing Capacity, 総損失吸収力)規制について説明することを目的としています(実務家は、TLACを「ティー・ラック」と読みます)。2008年の金融危機以降、「Too big to fail(TBTF)、大きすぎて潰せない」問題に対処するため、グローバルで展開する金融機関が仮に破綻したとしても、納税者への負担を回避しながら、金融システムへの連鎖も防ぐことが可能になる破綻処理制度の確立が求められました。そうした一連の国際金融規制改革の一環として、2015年のG20アンタルヤ・サミット*2において、グローバルにシステム上重要な金融機関が破綻したときに備えるためのTLAC規制が国際合意*3され、2019年から主要各国で施行されています。メガバンクのような巨大な金融機関は破綻しないだろうと思う読者もいるかもしれませんが、2023年3月にクレディ・スイスが危機に瀕し、UBSに買収されたことは記憶に新しいでしょう。
服部(2023d)で説明したとおり、我が国では金融危機以降、金融機関の破綻処理のスキームとして、「秩序ある処理」を可能にする制度が確立しましたが、メガバンクのような巨大な金融機関に対処するため、その後、TLAC規制が導入されました。TLAC規制の考え方は、巨大金融機関の破綻時に、極力公的資金に頼ることなく円滑な処理を行うため、平時の自己資本比率規制の延長として、破綻時に損失吸収や資本再構築の役割を果たす機能を持つ債務の発行を事前に求めておくものです。これは、「AT1債およびTier2債入門」(服部, 2022b)で説明したバーゼルIII対応Tier2債(BⅢT2債)と似た機能であり、このように安全に破綻する資本を「ゴーン・コンサーン・キャピタル(Gone-Concern Capital)」と説明しましたが、TLACは巨大金融機関を対象に、より一層大きなゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力を備えておくことを求める追加的な規制と捉えることができます。
本稿では、AT1債やBⅢT2債については理解したものの、我が国のTLAC債についての理解を求める読者を想定しています。2023年春に、クレディ・スイスが発行したAT1債の元本削減がなされたこともあり、金融危機以降に発行された新しい債券(AT1債やTLAC債等)についての理解を深める重要性は高まっているといえます。AT1債やBⅢT2債については服部(2022b)で説明を行ったため、TLAC規制やTLAC債の理解を深めることが本稿の目的です(本稿ではAT1債やBⅢT2債の理解の前提とするため、必要に応じて服部(2022b)を参照してくだされば幸いです)。
結論を先に述べれば、日本の金融機関のTLAC債は、AT1債やBⅢT2債よりさらに後に損失を吸収することが想定されるベイルイン型金融商品であり、TLAC規制の対象となっている持株会社(ホールディングス)のシニア債(破綻した場合に劣後債より優先的に弁済される社債)として発行されています。現在、我が国でG-SIBsに指定されている3メガバンクと、D-SIBsのうち野村ホールディングス(4金融機関グループを総称して「4SIBs」)がその対象になっています。
読者に注意を促したい点は、TLAC規制は、AT1債以上に各国でその内容に相違がある点です。2023年3月にクレディ・スイスのAT1債の元本削減があり、各国でその制度が異なることが広く認識されましたが、筆者の理解では、TLAC規制についてはAT1債以上に各国でその内容に相違があります。本稿で説明するTLAC規制は、基本的に我が国の制度を主軸にしつつ、各国で共通している部分を強調した書きぶりになっています。TLAC規制そのものは複雑性が高いため、2節でできる限り直感的に我が国におけるTLAC規制の全体像を説明します。3節では、巨大な金融機関の破綻処理のイメージについて解説し、4節ではベイルインの枠組みの説明を行います。紙面の関係上、残りの論点は次回の論文で説明します。
なお、本稿は筆者がこれまで記載した一連の金融規制の文献を前提とするので、基礎的な知識の確認が必要な読者は「バーゼル規制入門」(服部, 2022a)等、筆者が執筆してきた一連の文献をご参照ください。筆者が記載してきた金融規制の入門シリーズは、筆者のウェブサイトにまとめて掲載してあります*4。


2.秩序ある破綻処理とTLAC
2.1 ベイルアウトからベイルインへ
政府による銀行の救済は「ベイルアウト(bail out)」と呼ばれます。政府による巨大金融機関の救済に対する厳しい世論があるものの、仮に巨大な金融機関が潰れた場合、その効果が伝播して雪だるま式に他の金融機関が破綻するリスクがあります。その意味で、こうした連鎖破綻を恐れる政府にはベイルアウトのインセンティブがあるといえます。しかし、巨大金融機関がいざとなれば政府による救済が見込まれると考えることで、過度なリスクテイクを行ってしまうモラルハザードへの懸念が生じていました。
2008年の世界金融危機後の国際金融規制はこうしたベイルアウトを極力避けることを目指し、破綻に伴うコストを株主や債権者に負担させるための新たな仕組みを整備してきました。これはベイルアウトとの対比から「ベイルイン(bail in)」と呼ばれています。ベイルインとは、金融機関が破綻した場合に、(リターン対比で)リスクを取ってよいと考える株式や債券の投資家から事前に十分な資金を集めることで、金融機関が破綻した場合、彼らにその損失負担を求める仕組みです。金融危機以降の規制改革の流れは、ベイルアウトからベイルインへ、と整理することができます。
金融危機以降の規制改革により、TBTF問題を防ぐために、そもそも巨大な金融機関に対しては、破綻可能性を下げるため、G-SIBsバッファー等を通じ、より一層厚い自己資本が求められています(G-SIBsバッファーの考え方については服部(2023a)を参照してください)。もっとも、資本を厚めに求めたとしても、予測し得ないリスクにより損失を被ることで、巨大な金融機関が債務超過に陥る可能性は否定できません。そのようなケースにおいて、巨大な金融機関が業務を継続しつつ再建を行うためには、(1)何らかの形で追加的な資本を調達する、あるいは、(2)債務再編を行い、自己資本比率を回復することが必要となります。
しかし、破綻危機に瀕する巨大な金融機関にとって、追加的に株式発行等を通じて自己資本を増加させることは困難であることが見込まれます。公的資金を用いたベイルアウトを防ぎつつ、金融システムに対してシステミック・リスクを回避すべく業務を継続させるには、金融機関が破綻した場合に、リスクを取ってよいと考える株式や債券の投資家により十分に損失吸収をしたうえで、自己資本を回復させる仕組みを平時から整備しておくことが必要となります。

2.2 TLAC規制:自己資本規制の延長(ゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力)
システム上重要な金融機関が破綻に至るほどの損失を被った場合、円滑な再建を進める上で重要なポイントは、エクイティ(資本)だけでなくデット(負債)の形でも損失吸収力を備えておくことが必要である点です。バーゼル規制における自己資本比率規制は、主に銀行が破綻する可能性を下げることが主眼にあり、国際統一基準行においては普通株式等Tier 1(CET1)比率を一定比率に備えておくこと等が求められます。服部(2022b)で説明した通り、CET1資本やAT1債等は当該銀行の継続を助けることから「ゴーイング・コンサーン・キャピタル(Going-Concern Capital)」と呼ばれます。
もっとも前述の通り、資本を厚くしたとしても金融機関の破綻可能性をゼロにすることは困難です。TLAC規制が想定しているのは、例えば、何らかの理由で厚く準備していた自己資本も棄損し、債務超過に陥っているような状況です。そのような状況において必要なのは、普段は負債として取り扱われる一方、破綻時には事前の取り決めに従って円滑に元本削減または株式転換等がなされ、自己資本比率を回復させることができるような調達手段です。こうした調達手段は、冒頭で説明したとおり、秩序ある破綻処理を可能にするという意味で「ゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力」と呼ばれ、バーゼルIIIの枠組みの中ではBⅢT2債や持株会社(ホールディングス)の(TLAC適格の)シニア債(いわゆるTLAC債)が該当します(TLACの適格性については後述します)。なお、これまでの筆者の論文では、BⅢT2は自己資本に含められることからゴーン・コンサーン・キャピタルと表現しましたが、TLAC債はキャピタルではないことから、「ゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力」と呼ぶ方が適切と考え、ここではこのように表現しています。

TLACの定義
上記のような流れの中でみると、TLAC規制は、特に破綻時において金融システムへの影響が大きいと考えられる、グローバルにシステム上重要な銀行(G-SIBs)に対し、バーゼルIIIで求められる水準を超える分厚いゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力を備えておくことを求める枠組みと整理することができます。TLAC規制では、こうしたゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力と、CET1およびAT1のゴーイング・コンサーン・キャピタルを合計したものを「TLAC(Total Loss-Absorbing Capacity, 総損失吸収力)」とします。*5
そのうえで、TLACを、リスク・アセット対比で18%、レバレッジ・エクスポージャー対比6.75%以上に保つことを求めています*6(なお、国内では、2024年4月1日以降は6.75%から0.35%引き上げ、7.10%になる(代わりに日銀預け金をレバレッジ・エクスポージャーから控除する)予定です)。
また、ゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力を十分に確保するため、これらの要求水準のうち1/3以上は負債性の調達手段で満たすことが期待されています。

自己資本比率規制の2倍以上の水準が求められる理由
バーゼルIIIにおける自己資本比率規制がリスク・アセット対比8%、レバレッジ・エクスポージャー対比3%を求めていることを踏まえれば、TLAC規制が通常の自己資本比率規制やレバレッジ比率規制の2倍以上という非常に高い水準に設定されていることがわかります。服部(2022a)で強調しましたが、バーゼル規制における自己資本比率規制のアイデアは、銀行が有する最大損失額*7であるリスク量を見積もったうえで、その同額以上を株式で資金調達していれば、そのリスクが顕在化したとしても、理屈上、その損失は最大損失額のうちに収まるため、株式の投資家に責任を取ってもらう(損失を吸収してもらう)ことが可能というものです。TLAC規制では、自己資本比率規制が想定する最大損失額の2倍以上の水準を求めていることで、仮に想定以上の悪いシナリオが起き、ゴーイング・コンサーン・キャピタルがゼロになり、債務超過に陥っても一定程度の資本が残る工夫がなされています。
このような観点では、TLAC規制におけるゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力はすべて元本削減されてゼロになるものと想定されているわけではないことがわかります。大切なのは、最大損失額をカバーするゴーイング・コンサーン・キャピタルと同額以上のゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力を用意することで、想定外の損失が起きたとしても、一定の資本が残ることとなり、秩序ある破綻処理が可能になる点です。なお、TLAC規制は、バーゼルIIIにおける自己資本比率規制と同様に、所要水準を満たさない場合は厳しい監督上の対応が行われること等の工夫もなされています。

2.3 持株会社(ホールディングス)発行のシニア債(いわゆるTLAC債)の位置づけ
TLAC規制におけるゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力においては、BⅢT2債に加え、一定の条件を満たすシニア債も算入することが認められています。なぜ持株会社(ホールディングス)のシニア債が含められているかについては次節で説明しますが、持株会社のシニア債をTLACに含める場合、TLAC適格とされるための要件があります(その要件はBOX 1を参照ください)。TLAC適格となるシニア債のイメージとしては、BⅢT2債よりも更に債権者間における債権回収の優先順位が高く、破綻処理時には元本削減又は株式転換を行うことができる債券と考えることができます。前述のとおり、TLACの定義そのものにはAT1債やBⅢT2債等も含まれるのですが、我が国において「TLAC債」と実務家が呼ぶ場合、ほとんどの場合、持株会社(ホールディングス)が発行するシニア債を指します(図表1. TLACのイメージを参照)。我が国の金融機関が発行するTLAC債を例に挙げれば、実務家がTLAC債と呼んだ場合、3メガバンクの持株会社及びD-SIBsのうち、野村ホールディングス(「4SIBs」)が発行するシニア債(社債)を指すことがほとんどである点に注意してください。
なお、留意すべき事項として、バーゼルIII上求められている資本保全バッファー、G-SIBバッファー、カウンターシクリカル・バッファー(CCyB)相当分のCET1資本についてはTLACへの参入が認められていません(図表1参照)。これは、危機時にはバッファーに該当する資本はすでに毀損されているとの考えによるものです。CCyBや資本保全バッファーについては服部(2023a)を参照してください。

BOX 1 我が国におけるTLAC債の要件
本稿では4SIBsの持株会社が発行するシニア債(社債)がTLAC債であると説明しましたが、このシニア債をTLACに含めるためには要件(適格性)が求められています。具体的には、構造劣後や無担保・無保証、長期性、最低額面などが求められています。服部(2022)ではAT1債およびBⅢT2債の要件として、ステップアップ金利の禁止などを説明しましたが、我が国におけるTLACの要件としても、ステップアップ金利の禁止等が求められており、一定の類似性があります。紙面の関係で、ここでは要点を絞りましたが、TLAC債の要件については次回の論文で詳細に説明する予定です。


3.我が国におけるTLAC規制
3.1 4SIBsに対する破綻処理戦略
前節ではTLAC規制の概要を説明しましたが、ここから4SIBsに対する破綻処理戦略を具体的に説明します。前述のとおり、日本の4SIBsにおいてTLAC債等の調達手段を発行する主体は銀行そのものではなく、その持株会社となっています。多数の預金をバランス・シートの負債サイドに持つ銀行を直接処理するのでなく、銀行で発生した損失を持株会社に集約し、持株会社においてベイルインを実施することで、業務を継続しながら円滑に破綻処理を進めることが可能となります。以下では、このメカニズムを考えていきます。
システム上重要な金融機関の破綻処理を行う場合、特に重要になるのは、破綻処理前後でも業務を円滑に継続し、金融システムへの悪影響を最小限にとどめることです。服部(2023c)で紹介した日本振興銀行の破綻処理の例では、一時的に銀行業務を停止して資産の切り分けを行い、不良資産を切り離したうえで、ブリッジバンクにおいて営業を再開するような手法が用いられました。しかし、本邦メガバンクのような巨大金融機関の場合、ビジネスが大規模かつ複雑であることに加え、他の金融機関との相互連関性も高く、一時的に業務を停止して資産の切り分けを行うような処理を短期間で行うことは困難といえましょう。また、本邦メガバンクを含むグローバルにシステム上重要な金融機関は国内にとどまらず、様々な国や地域に拠点を有しており、こうした各拠点も含めて円滑な処理を行うことが求められます。
本邦3メガバンクを含む多くのグローバルにシステム上重要な銀行(G-SIBs)では、図表2. 本邦4SIBsの組織形態のように一つのホールディングス(持株会社)の下に銀行や証券会社など、実際の業務を行う子会社がぶら下がるような組織形態をとっています。そこで、銀行において破綻に至るような巨額損失が発生した場合には、その損失を持株会社に移転することで、銀行の業務はそれまで通り継続しつつ、持株会社の株主や債権者による損失吸収を含めた破綻処理を進めることが可能になります。
具体例を見てみましょう。図表3. 破綻前:持株会社は株式や社債等の形で外部の投資家から資金調達のように、持株会社は市場から株式や社債の形で外部の投資家から資金調達を行い、その資金を子会社である銀行や証券会社に対し、出資や貸付という形で資金融通します。この持株会社は直接銀行業務を行っておらず、実際の銀行は子会社として存在していることに注意してください。
そのうえで、仮に、図表4. 破綻後:持株会社に損失を移転させる共に、持株会社の株式や社債等を通じてベイルインのような形で、この持株会社の傘下にある銀行においてグループ全体の破綻処理が必要となるような多大な損失が発生したとしましょう(図表4における(1))。この場合、損失を持株会社に移転することで(図表4における(2))、銀行自体は債務超過であった中、自己資本を回復し、業務を継続します(図表4における(3))。さらに、持株会社は子会社から多大な損失を移転されたことで債務超過に陥りますが、ベイルインを通じて株式や社債の投資家が損失を負担します(図表4における(4))。このような仕組みで、外部から追加的に資本を調達することなく、自己資本を回復することが可能となります。ベイルインにおいては、普通株式、AT1債、BⅢT2債、TLAC債という順位に沿って損失吸収が行われます*8。
その後、図表5. ブリッジHDに主要子会社を引き継ぐのとおりブリッジ・ホールディングス(HD)が主要子会社を引き継ぐことで、主要子会社は継続して取引を行うことが可能になります。我が国の場合、このブリッジHDに対して、預金保険機構が出資し、原則、2年以内に再譲渡する必要があるのですが、その点については次回の論文で説明することを予定しています。
なお、現在我が国でG-SIBsに指定されている3メガバンクと、D-SIBsのうち野村ホールディングス(「4SIBs」)について金融庁が公表している破綻処理戦略においては、秩序ある処理の特定第二号措置の適用が一例として想定されています(特定第二号措置については服部(2023d)を参照してください)。AT1債やBⅢT2債は特定第二号措置の適用により、契約上のトリガーで元本削減されますが、株式とシニア債は持株会社の倒産処理で処理されます(この詳細についても次回の論文で議論する予定です)。

3.2 持株会社がシニア債(TLAC債)を発行することの意味合い
TLAC債の投資家からすれば、巨大な金融機関が破綻した場合、ベイルインが行われる可能性があるということは、投資していた社債の価値が低下するリスクを有することになります。前述の通り、TLAC規制では、最大損失額である自己資本と同額程度以上をゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力として求めているため、TLAC債については完全な元本削減は想定されていないと解釈できますが、TLACの投資家は、そのリスクを勘案して、相対的に高い金利を求めます(そもそも社債への投資とは、投資家が主にクレジット・リスクをとることで相対的に高い利子を得る投資行為です)。もし仮に、金融機関が破綻したとしても政府によって事後的に救済されることが市場で予測された場合、シニア債の投資家は、どうせ救済されると考えてシニア債を保有しますから、その社債の金利は低くなります。このことは、巨大な金融機関の資金調達を容易にし、過度なリスクテイクを促す可能性をもたらします。その一方、社債金利が破綻処理のコストを適正に反映するようになれば、このようなモラルハザードを軽減することができると考えられます。
持株会社がシニア債を発行すると説明しましたが、重要なのは、これが預金でない点です。服部(2022a)で強調しましたが、預金には決済性があり、一定の公共性を有しています。また、預金者は元本保証を前提としており、元本棄損を許容している主体ではありません。仮に預金者に損失を負担させる(ベイルインする)となると、預金者に対し、預金の引き出しを行うインセンティブを与え、これが取り付けの問題を引き起こすリスクがあります。したがって、巨大な金融機関の破綻処理を考えれば、預金者ではなく、信用リスクをとることを許容している投資家から資金調達をする必要があることがわかります。預金の取り付けという観点でみれば、持株会社は一定程度長い年限の社債を発行する必要があります。実際の規制上、持株会社が発行する社債には長期性が求められていますが、我が国TLAC債の要件の詳細は次回の論文で議論します(その概要はBOX 1で取り上げています)。

3.3 内部TLACと外部TLAC
前述のとおり、巨大な金融機関に対して秩序ある処理をするためには、システム上重要な金融機関に発生した損失を持株会社に移転して、それをさらに外部の投資家に移転する必要があります。では、これはどのような仕組みで実現できるでしょうか。これを考えるうえで必要な概念が「外部TLAC」と「内部TLAC」です。
図表6. 内部TLACと外部TLACのイメージがそれを示した図です。まず、前述のとおり、(1)持株会社が株式や社債などを発行して、外部の投資家から資金を調達します。外部の投資家は、最終的な損失を吸収する投資家であり、この部分を「外部TLAC」といいます。そのうえで、持株会社が(2)システム上重要な銀行等に対して、外部の投資家から調達した資金を出資や貸付等で資金融通します。これは持株会社が子会社とグループの内部で資金融通をしていることから、「内部TLAC」といいます。
このような仕組みをとることで、子会社の損失を持株会社に移転して、外部投資家に移転することができます。ここで実際に、子会社の銀行に巨額の損失が生まれ、債務超過のおそれ等を起こした場合を考えます。持株会社が保有する子会社株式の価値の低下に加え、前述のとおり、債務の元本削減をすることで子会社において利益が生まれ、自己資本が増加し、債務超過から資産超過に回復します。その一方で、(3)内部TLACの出し手である持株会社は元本棄損を被るので、その損失が持株会社に移転します。(4)持株会社には多大な損失が行き、倒産手続きをすることになりますが、外部の投資家の有する持株会社の社債の元本棄損等により、外部の投資家に最終的に損失が移転されます(図表7 内部TLACおよび外部TLACを通じて外部投資家に損失を移転させるイメージ)。このように内部TLACと外部TLACを組み合わせることで、システム上重要な取引を有する子会社の損失を、外部の投資家に移転することが可能になります。


4.グローバルな巨大金融機関に対するベイルインの枠組み
4.1 ホスト当局とホーム当局
前節では我が国における巨大な金融機関の破綻処理の概要を説明しましたが、我が国におけるTLAC規制の詳細について議論する前に、本節では、グローバルにビジネスを展開する巨大金融機関をどのように破綻処理するかについて議論を深めます。そもそも、巨大な金融機関は世界各国でビジネスを展開することが少なくありません。もし、我が国において他国の巨大な金融機関がビジネスを展開しており、当該金融機関が破綻した場合、我が国の金融システムに多大な影響を与えることになります。このことは他国についても同様であるため、バーゼル規制では、国際的に活動する金融機関に対して最低限満たすべき規制をかけることにより、各国における金融システムの安定が企図されています(これは服部(2022a)で説明したバーゼル規制のパスポートとしての機能です)。
その意味で、日本政府は、日本のG-SIBsを監督する必要があるとともに、他国のG-SIBsが日本で展開する子会社の監督・規制を行う必要もあります。前者の場合、日本政府は、日本のG-SIBsに対して、当局として規制・監督を行いますが、これは母国(ホーム)においての当局の役割であることから、「ホーム(母国)当局」といいます。一方、後者の場合、日本の当局は日本でビジネスを展開する海外の金融機関に対しても監督・規制を行い、これは現地における役割であることから、「ホスト(現地)当局」と呼ばれます。例えば、日本の金融機関が米国にビジネスを展開した場合、米国当局はホスト当局として日本の金融機関の監督・規制を行うことになるのです。したがって、グローバルでビジネスを展開する金融機関に規制を課すためには、各国の当局が連携して規制・監督をする必要があります。

4.2 SPEアプローチとMPEアプローチ
このように国境を超えてビジネスを展開する金融機関に対して、各国は連携して規制・監督を行っているわけですが、本稿で問題にしたいのは、巨大なグローバル金融機関の破綻処理をどのように行うのかということです。システム上重要な金融機関の破綻処理戦略は、大きく分けて二つの方法があります。一つ目の方法は、単一の当局が、金融機関グループの最上位に位置する持株会社等に対して破綻処理権限を行使することで、当該金融グループを一体として処理する方法です。これをSPE(Single Point of Entry)アプローチといいます。これは前節で説明した破綻処理方法であり、我が国では、メガバンクおよび野村ホールディングス(4SIBs)に対してこの方法が取られています。
図表8. SPEアプローチがそのイメージを記載していますが、SPEでは、グループの最上位持株会社が株式や社債等により資金を調達し、その子会社に対し、資本や貸付金として資金を供給しているグループ構造を利用します。当該グループの破綻処理にあたっては、当該最上位持株会社の株主・債権者に損失を負担させること等により、モラルハザードを防ぐ一方で、子会社の行っている重要な業務等を継続することにより、金融システムの安定を維持することができます。この場合、当局による破綻処理権限を行使する主体は持株会社のみである点が大きな特徴です(破綻処理権限を行使する主体(Resolution Entity)が一つであるため、Single Point of Entryという表現が用いられます)。
二つ目の方法は、複数の当局が金融機関グループの各法人に対し、それぞれ破綻処理権限を行使することで、当該金融グループを構成する法人を個別に処理する方法であり、MPE(Multiple Point of Entry)アプローチと呼ばれます(図表9. MPEアプローチ)。MPEアプローチのアイデアは、地域別や機能別でかっちり組織が分かれているようなケースでは、まとまった塊別にそれぞれの担当当局が処理したほうが、破綻処理を行う上で効率的という点にあります。MPEアプローチでは、図表9にあるとおり、持株会社の下にある子会社グループが外部TLACにより調達する仕組みであり、この場合、当局による破綻処理権限を行使する主体が複数ある点が大きな特徴です(Resolution Entityが複数生まれるため、Multiple Point of Entryという表現が用いられます)。

4.3 国際的にはSPEアプローチが普及
前節での説明からもわかる通り、本邦のTLAC対象である4SIBsの望ましい処理戦略ではSPEアプローチが用いられています。金融危機の経験を経て、複雑なグループ構造の損失をどのように集約し、破綻処理を行うかということについて、SPEアプローチやMPEアプローチといった形で事前に計画を立てておくことの重要性が認識されました。例えば、リーマン・ブラザーズの破綻処理が困難であった一つの理由は、経営、ガバナンス、契約等が各国、各法域にまたがっていて、その処理においてバラバラに行われたことに起因していたともいえます。
我が国では、当該金融機関グループの組織構造(グループ内の相互連関性や相互依存性を含む)を踏まえた処理可能性を考慮し、SPEアプローチとMPEアプローチのいずれかを選択することになっています*9。その意味で、我が国では一般的にSPEアプローチが用いられているものの、MPEアプローチが排除されているわけではない点に注意が必要です。
しかし、金融庁としては、4SIBsの処理戦略は、金融グループの組織構造(グループ内の相互連関性や相互依存性を含む)を踏まえた処理可能性を考慮し、原則としてSPEアプローチを選択することが望ましいとしています。国際的に見ても、巨大な金融機関の破綻処理では、多くの場合、SPEが用いられています。当該金融機関の営業範囲は国、法域を超えて広がり、金融機関同士も資金やサポート・サービスを共有する等、相互に結びついています。このように統合された構造ゆえ、グループ全体の価値毀損を防ぎつつ、金融システムにおける悪影響の伝播の可能性を回避しながら、そのグループの一部に対して秩序ある破綻処理を行うことは容易ではありません。もっとも、英HSBCやスペインのサンタンデール等、MPEアプローチが望ましい破綻処理戦略とされている金融機関グループがある点にも注意してください。

BOX 2 GLACとTLAC
本稿で説明したとおり、TLACは、CET1等のゴーイング・コンサーン・キャピタルとゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力で構成されます。もっとも、2015年当初は、ゴーイング・コンサーン・キャピタルも含むTLACではなく、ゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力のみで一定程度、資金調達を求めるという議論もなされていました。こういった形の資金調達手段は、ゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力の意味から、Gone-Concern Loss Absorbing Capacity(GLAC)といいます(実務家は、「ジー・ラック」と読みます)。森田(2015)は、もともとはTLACでなく、GLACとして議論が始まったと指摘しています。その中で、GLACではなくTLACが選ばれた理由として、「バーゼル規制の規制資本と合わせたトータルで何%水準を確保させるか」(p.59)という形でバーゼル規制との整合性の確保を重視したから、という見方を提示しています。GLACにかかる議論を知りたい読者は、小立(2014)等を参照してください。


5.おわりに
本稿ではTLAC規制の基本的な考え方についての説明を行いました。次回は我が国におけるTLAC規制の詳細を議論します。
参考文献
[1].小立敬(2014)「GLAC(あるいはTLAC)を巡る議論の整理」『野村資本市場クォータリー』
[2].服部孝洋(2022a)「バーゼル規制入門―自己資本比率規制を中心に―」『ファイナンス』10月号
[3].服部孝洋(2022b)「AT1債およびバーゼルIII 適格Tier2債(BⅢT2債)入門―バーゼルIII対応資本性証券(ハイブリッド証券)について―」『ファイナンス』12月号
[4].服部孝洋(2023a)「資本保全バッファー(CCB)およびカウンター・シクリカル・バッファー(CCyB)入門―バーゼル規制における資本バッファーを通じた「プロシカリティ」への対応について―」『ファイナンス』2月号
[5].服部孝洋(2023b)「システム上重要な銀行入門-「大きすぎて潰せない(TBTF)」問題について-」『ファイナンス』3月号.
[6].服部孝洋(2023c)「金融機関の破綻処理及び預金保険入門」『ファイナンス』4月号
[7].服部孝洋(2023d)「我が国における金融機関の秩序ある処理(特定第一号措置及び特定第二号措置)―預金保険法126条の二について―」『ファイナンス』5月号
[8].秀島弘高(2021)「バーゼル委員会の舞台裏」金融財政事情研究会
[9].森田宗男(2015)「国際金融規制改革の最近の動向」『証券レビュー』日本証券経済研究所[編]55(1), 1-67.

*1) 本稿の作成にあたって、川名志郎氏、吉良宣哉氏、匿名の有識者等、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。
*2) https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page4_001553.html
*3) 金融安定理事会(FSB)が2015年に公表した「TLAC Term Sheet」において詳細な規定が定められており、各国(法域)においてこの規定に沿った制度整備・実施が求められています。
*4) 下記をご参照ください。
https://sites.google.com/site/hattori0819/
*5) TLACにはCET1に含まれる資本保全バッファー等は含まない点に注意してください。
*6) 経過措置が設定されており、2019年の導入から3年間はリスクアセット対比16%、レバレッジエクスポージャー対比6%の水準に設定されていました。
*7) ここでの最大損失額はVaR(Value at Risk)で計測された値を想定しています。VaRでは、例えば99%の信頼区間の中での最大損失という意味合いで、最大という表現が用いられます。秀島(2021)は「自己資本規制における最大損失額の計測にあたっては、VaR(Value at Risk)の考え方を用いるのが最も一般的である」(p.76)としています。
*8) 通常の企業の破綻処理においては、裁判所の関与の下で債権者順位に沿った弁済が行われます。対して銀行の破綻処理では、通常の企業の場合と異なり、迅速な損失吸収・資本再構築が求められます。よって、ベイルインという形で、事前に契約上定められたトリガーや行政上の措置を通じて、円滑に債務再編を行う手続きが代替手段として整備されています。FSBの「主要な特性」においても、清算時における債権者順位を尊重する形で破綻処理を行うべきとしています。
*9) なお、望ましい処理戦略としていずれを選択した場合であっても、実際にどのような処理を行うかについては、個別の事案毎に当該本邦TLAC対象SIBsの実態を考慮のうえで決定すべきことに留意してください。