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ファイナンスライブラリー


評者 渡部 晶
縣 公一郎/稲継 裕昭 監訳
行政改革の国際比較 NPMを超えて
ミネルヴァ書房 2022年10月 定価 本体5,000円+税


本書の帯に「比較行政学の国際的標準教科書」とあり、「民間企業の経営手法を公共部門に適用したニュー・パブリック・マネジメントによる行政改革は、はたして十分であったのか。1980年代以降のNPMに基づく緊縮財政下の行政改革を比較・分析し、今後の展開を探究する」と続く。本書は、2017年刊行の「Public Management Reform – A Comparative Analysis – Into the Age of Austerity」(4th edtion), Oxford University Press; 2017.」の日本語訳である。
「翻訳者あとがき」で、原著者のChristopher Pollitt教授(2018年7月逝去)は、ベルギーのルーヴァンカトリック大学名誉教授。「行政学の泰斗」で、原著は、このポリット教授が遺した膨大な研究業績の中でも「金字塔」と評すべき作品だという。また、Geert Bouckaert教授は、同じくルーヴァンカトリック大学社会科学部教授で、非常な多作家で優れた作品を出し、行政学の分野で国際的に多大な影響を与えてきたという。
早稲田大学政治経済学術院の縣公一郎教授と稲継裕昭教授は、行政学の分野でぜひ原著を訳出したいという気持ちを共有し、浅尾久美子・内閣官房内閣人事局内閣参事官、大谷基道・獨協大学法学部総合政策学科教授、西出順郎・明治大学公共政策大学院教授の協力を得て、翻訳プロジェクトを構築した。
本書の比較対象の範囲は、オーストラリア、ベルギー、カナダ、フィンランド、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ニュージーランド、スウェーデン、イギリス、アメリカの12か国及び欧州委員会。期間はNPMの国際的な普及に合わせ1980年から時計を進めている。
構成は、第4版はしがき、日本語訳への序文(ヘールト・ブカールト)、第1章 比較公共マネジメント改革―中心論点の紹介、第2章 問題と対応の連鎖―公共マネジメント改革の過程モデル、第3章 たくさんある家―政治・行政体制の型、第4章 現代化と改革の軌道、第5章 結 果―グラスの中のおぼろげなもの、第6章 政治とマネジメント、第7章 トレードオフ,バランス,限界,ジレンマ,矛盾,パラドックス、第8章 考 察―reflectionsなどとなっている。
定評のある砂原庸介・神戸大学大学院法学研究科教授の「sunaharayのブログ」(https://sunaharay.hatenablog.com/)では、「(前略)一般的な行政学のテキストというと,各章で政府の役割とか人事管理とか規制とか財政の問題とかが議論されるわけですが,こちらはそういう各論はあんまりやってなくて,ヨーロッパの国々での「行政改革」から何を学ぶかということが主眼になっています。内容は,New Public Management(NPM),New Weberian State(NWS),New Public Governance(NPG)という3つのモデルに言及しながら行政改革の分析を進めるようなスタイルが採られています。(中略)特徴としては,急進的・楽観的なNPMに対しては批判的で,より漸進的に現代化を目指すNWSを提示しているのがPollittらの特徴,という感じでしょうか。(以下略)」とする。評者の目を引いた部分をいくつか紹介したい。
第5章では、行政改革の結果として、「経済性(インプットの節減)」について考察を加えている。「節減には様々な意味があるにもかかわらず(又はおそらくそのせいで)、お金の節減は、多くの国にとって重要な目標になって」いるという。そして、「削減されているのは、社会保障制度ではなく基幹的支出制度であ」るが、それだけで通常の社会支出の継続的な増大に十分対応することができず、負債が増大する傾向が執筆時点まで続いているという。
第7章は、原著者によれば人気の章だという。公共マネジメント改革における矛盾とトレードオフのリストが記載される。例えば、「7.5 節減を重視すること/公共サービスの向上を重視すること」では、「組織においてイノベーションや柔軟性、職員の前向きな態度を促進する上で、ある程度の『余剰』や『ゆとり』は不可欠であるというのが、より洗練された見方であり、多くの組織論者や行政学者たちがそれを打ち出している」とする。
第8章の結論部分で「公共マネジメント改革は、部分的には政治的、部分的には組織的、部分的には経済的、部分的には技術的な過程であり、不完全で、欠陥があり、誤用されることも少なくない知識の、雑多で無造作な蓄積に満ちている。しかし、改革は避けられない」という。末尾でマキアベリの「君主論」を引き、「思慮の深さとは、いろいろ難題の性質を察知すること、しかもいちばん害の少ないものを、上策として選ぶことを指す」とする。この言葉を真摯に受け止め、前進するしかないということだろう。