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アルゼンチンの債務再編と今後の債務問題の展望(債務再編交渉の現場から見た債権国間の協調)


国際局開発政策課 開発金融専門官 小荷田 直久


はじめに
2022年10月28日、午前4時過ぎ。パリにあるフランス経済財政産業デジタル省(以下、「仏財務省」)の国際会議室に、アルゼンチン政府高官及びアルゼンチンに公的債権を有する各国政府の代表団が集まっている。前日昼に開始した債務再編交渉は16時間を超え、間もなくパリは夜明けを迎える時間帯ではあるが、各国代表団は感慨深けにアルゼンチンとの合意文書に署名している。
「パリクラブ」でのアルゼンチンの債務再編交渉が妥結した時の光景である。「パリクラブ」とは、公的二国間の対外債権を有する先進国による非公式な集まりである。この任意の債権者グループは、特定の債務国が何らかの理由で債務の返済ができなくなった場合に、統一の条件で債務再編措置(債務の繰延や削減)を取り決めている。
今日、中国等の新興債権国や、ユーロ債券保有者等の民間債権者が、低・中所得国への主要な貸し手として存在感を強めており、伝統的な先進国の集まりである「パリクラブ」の動きが注目されることは少なくなってきたように思う。そうした中、今般のパリクラブの交渉相手のアルゼンチンは、G20の一角を占める、経済規模も決して小さくはない主要な新興国であり、こうした国の経済が安定することは国際金融の安定性の観点からも重要である。また、アルゼンチンにとっても、国際金融市場における信頼の回復を確実ならしめるには、パリクラブとの延滞債務問題の解消が極めて重要な通過点であった。個別の具体的な交渉のやり取りについて詳細をつまびらかにすることはできないが、本稿では、今般のアルゼンチンとの交渉を、現場の雰囲気も含めて振り返ることで、パリクラブの債務再編の基本的なメカニズムや実情についての具体的なイメージを持ってもらうと共に、今後、公的債務の効率的かつ迅速な再編をどのように実施していくことができるのか、そのヒントとなる論点について、検討してみたい。

「パリクラブ(主要債権国会合)」とは
なぜ我々が、アルゼンチンとの交渉のために、ブエノスアイレスではなく、フランス・パリに集まっていたかというと、「パリクラブ」という名が示す通り、この債権国グループは、1956年の初回会合をパリで開催して以来、パリで関連する会議や交渉を行うことを慣行としているからである。パリクラブの議長と事務局は、仏財務省が務めている。パリクラブ事務局には、事務局長(仏財務省の課長級職員)の下で、複数の専属の事務局員(仏財務省職員)が従事。1956年以降、パリクラブが債務再編を実施した債務国は102か国、合意件数は478件、対象債務は6,140億ドルに上る*1。
仏財務省の敷地には、国際会議等のイベント用の2階建ての専用の建物がある。この中には、大中小の各種会議場スペースがあり、パリクラブの会議はこの中で行われている。
パリクラブは、公的対外債務*2の返済に行き詰まった債務国の要請を受けて、当該国を交渉に招き、債務再編措置を協議し、双方にとって受け入れ可能な、持続的な債務返済スケジュールへの合意を目指す。パリクラブが、「クラブ」と称してグループで活動する背景には、各債権国がバラバラに対応するよりも、債権国同士、一致団結して対応した方が、債務国に対するレバレッジを最大限に高められ、交渉を有利に進められるからである。したがって、パリクラブメンバーは、抜け駆け的に債務国と二国間交渉をしてはいけない、とのルールに縛られることにもなる。これはパリクラブの6つの原則の一つ、「債権者連帯(solidarity)の原則」である(残り5つの原則は後述する)。
パリクラブは、債務再編交渉の時だけ集まるのではなく、原則、毎月、債務状況が芳しくない低・中所得国の経済状況について、国際通貨基金(IMF)及び世界銀行によるアップデートを受け、メンバー間で情報交換を行い、債務再編に関するメソドロジーや様々な取組み等について意見交換するなど、定期的かつ緊密にグループとしての活動を行っている。各メンバーは、必要に応じて、特定の債務国に関する情報や債権データを透明性高く共有し、その国の債務状況の正確な把握に努めている(「情報共有(information sharing)の原則」)。パリクラブの正規メンバーは現在22カ国*3いる。
写真: パリクラブの会議が行われている仏財務省敷地内にある国際会議場

アルゼンチンとパリクラブの関係
アルゼンチンとパリクラブの歴史は古い。なんといっても、パリクラブが1956年に初めて手掛けた債務再編の第一号はアルゼンチンである。パリクラブが1956年にアルゼンチンの返済を繰り延べる取極めを行った後、アルゼンチンは、1962年、1965年、1985年、1987年、1989年、1991年、1992年、2014年と、計9回に渡ってパリクラブと債務再編交渉を繰り返している。1992年と2014年で間が空いているが、この間の2001年に、アルゼンチンは対外債務のデフォルト(債務不履行)を宣言し、これに伴い、国際金融市場へのアクセスを失っている。2014年の債務再編は、アルゼンチンが国際的な信用を回復し、国際金融市場に復帰するべく、パリクラブと延滞債務問題を解消することを希望したことから実現したものである。現在、パリクラブの中で、アルゼンチンに債権を有するのは、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、イスラエル、イタリア、日本、オランダ、スペイン、スウェーデン、スイス、英国、米国(アルファベット順で記載)の16か国である。なお、この中で、最大債権者はドイツで、これに日本、スペインが続く。

2014年のアルゼンチンとの合意
2014年5月、パリクラブはアルゼンチンと交渉し、延滞している全ての債務約97億ドルを2014年から2019年5月末までの5年間で完済する新たな返済スケジュールに合意した(以下、「2014年合意」)。合意文書では、5年間でちょうど完済となる毎年の「目標返済額」と、毎年最低でも支払わなければならない「最低返済額」を設定。各返済期日における債務残高に賦課する「基本金利」を年率3%、各返済期日時点で「目標返済額」よりも実際の支払額が少ない場合には、その差額に年率4.5%の「補償金利」を賦課し、2019年5月末までの5年間で完済しない場合は、未払いの元本、未払いの「基本金利」、未払いの「補償金利」の総額に、年率9%の「最終金利」を賦課し、2020年5月末もしくは2021年5月末にこれらを支払うこととした。「2014年合意」に基づいて、アルゼンチンはパリクラブ債権国に返済を開始した。

2018年以降の状況
その後、アルゼンチンの経済は再び低迷。2018年には急速な通貨下落と高インフレに見舞われた。対外債務の返済に窮したアルゼンチンはIMFから融資を受け、経済の立て直しを図ろうとした。しかし、経済の低迷は続き、2020年5月には国債の利払いを履行できず、史上9回目のデフォルトを起こした。パリクラブとの関係では、アルゼンチンは当初予定していた2019年5月末までの完済が行えず、残債に年率9%の「最終金利」が上乗せされ、延滞債務が膨らみ始めた。折しも、世界中に広がった新型コロナ感染症ウイルスはアルゼンチン経済にも暗い影を落とし、同国政府の財政余力を圧迫。パリクラブとの10回目の債務再編交渉は不可避の情勢となった。

パリクラブ交渉に向けた地ならし 
—IMF支援プログラムの導入
債務国が予定通りに返済できなくなった場合、パリクラブは、その国と新たな返済スケジュールに合意し、着実な資金回収を目指す必要がある。しかし、債務国自身が返済不能に陥った根本要因に対処する努力を行わなければ、安易に債務再編交渉に応じる訳にもいかない。そこでパリクラブが重視するのが、IMF支援プログラムの導入である。IMF支援プログラムは、国際収支上の問題を抱えた国にIMFが融資を行い、その国の経済の安定と成長の回復に必要な政策の実施を後押しする政策支援パッケージである。決められたスケジュールに沿って、時として多くの痛みを伴う経済・財政政策を断行していくことが、IMFから予定通りに融資を受け続ける条件であり、IMF conditionalityと呼ばれる。パリクラブは、債務国と債務再編交渉をする際、原則として、その国がIMF支援プログラムを導入することを求める(「conditionalityの原則」)。
翻って、アルゼンチンの場合は、2018年からIMF支援プログラムの下で経済・財政改革を行ってはいたが、IMFへの返済を、より持続可能なものとするために、同国政府は新たな支援プログラムによる借換えを目指した。2022年3月、約440億ドルの新たなIMF支援プログラムがアルゼンチンに導入され、同国が国際収支と財政状況を改善し、債務持続可能性の回復と安定的な経済成長の達成を目指していく環境が整った。

他の債権者との債務再編
パリクラブが債務再編に応じるにあたり、パリクラブ以外の債権者(非パリクラブの公的二国間債権者や民間債権者)が債務再編をしなかったり、パリクラブよりも有利な条件で債務再編に合意したりすることは、パリクラブとして認められない。パリクラブは、債務国に対して、非パリクラブ債権者ともパリクラブと同等(comparable)の条件で債務再編を行うよう要求する(「comparability原則」)。仮に、債務国がこの約束を履行しなければ、パリクラブが合意を停止・破棄することも可能な条項を合意文書に挿入することもある。
アルゼンチンの場合は、パリクラブとの交渉に先立つ2020年9月、主要な民間の債権団との間で約655億ドルに上る外貨建て国債の債務再編に合意している*4。この民間債権者との債務再編は、発行済みの既存債券と、償還期間がより長期かつ低金利の新債券に交換する方法等により実施。対象債券の大半に「集団行動条項(CACs)」が付いており、債権者の一定の賛成を得られれば、仮に一部の債権者が反対しても債務再編を進めることが可能であったということもあり、99%の国債の債務再編が片付き、民間債権者との間のcomparabilityはクリアした。非パリクラブの公的二国間債権者については後述する。

度重なるアルゼンチンの大臣交代劇
いよいよ、パリクラブとアルゼンチンは、パリで交渉する方向で調整に入った。設定された交渉のタイミングは2022年7月初旬。ところが、同年7月2日、アルゼンチン政府内で、IMF融資の借換えやパリクラブとの債務再編に向けた水面下の調整を主導してきたグスマン経済大臣が、大臣を辞任する旨表明、同年7月4日には、グスマン経済大臣の後任にバタキス前内務副大臣が就任した。突然の担当大臣交替を踏まえると、アルゼンチン政府にとって即座の交渉は困難であり、パリクラブは7月初旬の交渉をキャンセルし、改めて8月下旬の交渉を目指し調整を始めた。しかし、同年7月28日、フェルナンデス大統領が、バタキス経済大臣に替えて、マサ下院議長を後任にあてる閣僚人事を発表したため、パリクラブは交渉日を更に後ろに倒すこととした。度重なる閣僚交代があったものの、アルゼンチンは必要な改革努力を続け、IMFから求められている政策を期日までに実施できたか否かを確認する2回目のレビューも2022年10月7日に、無事、理事会を通過。債務国側の継続的なコミットメントを確認したパリクラブは、3度目の正直で、10月27・28日にパリで交渉することとした。

いざ、債務再編交渉へ
交渉が行われる仏財務省の国際会議場には、16か国のパリクラブの債権国が参集。会場に集まった各国政府代表団はそれぞれ2~4名程度。かつては、パリクラブの交渉を傍聴する手立ては物理的に参加する以外に手がなかったが、新型コロナウイルス感染症の拡大以降、国際会議のバーチャルでの参加・傍聴が当たり前となり、今般の交渉も会場に足を運ぶことができない代表団のために、仏財務省がビデオ会議システムによるオンライン参加ができるよう取り計らった。また、アルゼンチンに債権を持たないその他のパリクラブメンバーもオブザーバーとしてオンラインで傍聴した。
アルゼンチンとの交渉は、10月27日のパリ時間の正午にスタート(東京からオンラインで傍聴していた関係者にとっては、日本時間の同日19時スタート)。債務再編交渉は多くの場合、長丁場となる。徹夜しても終わらず、翌日にもつれ込むこともざら。仏財務省のパリクラブ事務局は、正午の交渉開始に先駆け、各国代表団のために、仏財務省内にある職員用カフェテリアでのランチのチケットを希望者に配布してくれた。お陰で複数の他国代表団とランチのテーブルを囲んで、交渉前の情報交換や簡単な打ち合わせの機会を持つことができた。何より、仏財務省職員が普段利用するカフェテリアを利用させてもらい、貴重な経験となった。
仏財務省の国際会議場には、ロの字型に配置されたテーブルに、各国代表団がアルファベット順に着席。日本の左隣りはイタリア、右隣はオランダだった。

債務再編交渉の進め方
パリクラブの債務再編交渉では、債務国の政府代表団とパリクラブの債権国政府代表団が、終始、直接交渉する訳ではない。債務国の政府代表団が会場に現れるのは会議の冒頭と、債務再編に合意し、合意議事録(合意文書)に署名する時の2回だけである。その間の債務国側とのやり取りは、パリクラブ議長たるフランスを仲介して行われる。会議の冒頭、債務国は経済状況や諸政策を説明し、債務再編の条件案を提示する。その後、債務国は退席し、債権国メンバーだけで、債務国にぶつける対案を交渉する。議長は債権国の対案を、別室に控えている債務国に提示し、債務国は必要に応じて本国と連絡を取り合い、債務国としての再提案を提示。議長はこれを持ち帰り、再び債権国だけで対案を議論する。こうした往復が繰り返される。両者が合意に至れば、パリクラブ事務局が合意した点を合意文書にまとめ、債務国も会議室に戻り、全員が一堂に会して合意文書に署名し、交渉は晴れて妥結である。
パリクラブの債権国メンバーの意思決定は、コンセンサスで決まる(「全会一致(consensus)」の原則)。一か国でも寝転がれば、多数決で議事を進めることはできない。交渉を建設的に纏めるために、互いが妥協したり、相手を説得したりして、コンセンサス形成に向け、互いに努力することが求められる。
交渉である以上、債務国もパリクラブもお互い高いタマをぶつけ合うことから始まる。回収資金の最大化は債権国メンバーに共通する目的だ。しかし、各債権国メンバーと債務国との間の政治的、経済的、歴史的な結びつきや、ビジネス面での懸案事項、交渉が妥結するポイントについての相場観の違いなどから、どのような対案を債務国にぶつけるかを巡って、債権国メンバー間の意見が割れることも多い。債務国が呑めない厳しい条件に固執する国もいれば、交渉の早い段階で緩いタマを債務国に提示して、早期の交渉妥結を目指そうと考える国もいる。フロアがオープンになると、各債権国は、自身のネームプレートを立てて、議長に発言を求める。各国の意見表明が一巡し、議長がメンバーの意見を取り纏め、各国が必要に応じて、2回目、3回目の発言を求め、対案をブラッシュアップさせていく。議場での調整で収拾がつかなければ、コーヒーブレイク等を使って、債権国同士が個別に集まり、次のラウンドで共闘出来そうな点を確認したり、お互い説得を試みたりするなど、非公式なやり取りが交わされる。
アルゼンチンの交渉も、この伝統的な交渉スタイルに沿って行われた。冒頭、アルゼンチン政府高官が経済状況等を説明し、債権国側からの質疑に応答。その後、アルゼンチン政府代表団は退出し、以後、議長を間に挟んで同国との交渉が続いた。

9%の「最終金利」の取扱い
個別の交渉に係る具体的やり取りについては、相手国や関係諸国との関係もあるため、明らかにすることはできないが、可能な範囲で交渉のポイントを整理すると、まず論点の一つは、「2014年合意」に基づき賦課されていた年率9%の「最終金利」の取扱いであった。
これは、完済予定だった2019年5月末以降も残り続ける債務残高に対して発生している、ある種のペナルティである。ペナルティとはいえ、現下の金利情勢に鑑み、かなり高い金利水準である。債務再編を機に、パリクラブとアルゼンチンは、新たな金利に合意する必要があり、9%の「最終金利」がいつまで賦課されることとするか、いつから新たな金利へと切り替えるかが論点の一つであった。
債権国にとっては、債務国側が支払不能に陥った根本要因に対処(経済・財政改革を開始)するよりも前に遡って、ペナルティを免除することは適切ではない。この点、アルゼンチンは2022年3月にIMF支援プログラムを導入し、経済・財政改革に取り組み始めている。このタイミングを一つのターニングポイントと捉え、9%の「最終金利」を賦課するのはそこまでとする、との考えは合理的である。逆に言うと、それより後も9%を賦課し続けることは、改革に取り組み、パリクラブに返済する意思のあるアルゼンチンに不当にペナルティをかけ続けていると見ることもできる。アルゼンチンにとっては、同国大臣等が繰り返し公に発言している通り、この金利について、可能な限り過去へと遡及して賦課されている期間を短くしたい。交渉の結果、アルゼンチンが2022年5月末までは9%の「最終金利」を支払うことで両者は合意。これは債権国にとって満額回答を越える結果であり、考え得る最長の期間(2019年5月末~2022年5月末)、9%の複利による金利収入を債権国は確保したことになる。この結果に至った背景として、多くの債権国が9%の「最終金利」を含む未払いの諸金利を、これまでの合意に基づき、一定の時期に元本に加える手続き(いわゆる「元加」)を取っていたことが影響している。一定の時期に遡及して金利を賦課しないと整理すれば、元加済みの分についての会計処理や事務負担上の問題が発生していたのである。多くの国の最終元加のタイミングが2022年5月末であったことから、IMF支援プログラム導入が決まった2022年3月ではなく、2022年5月末までこの金利を賦課するとの結論が得られた。

その他の債務再編の論点
9%の「最終金利」を賦課する期間が確定したことに伴い、アルゼンチンが抱える2022年5月末時点のパリクラブへの延滞債務残高も約20億ドルで確定した。アルゼンチンとの間では、この額を2022年12月から2028年9月までの6年間で完済することに合意した。債務再編交渉を再び必要とする事態に陥らないような、債権国・債務国双方にとっての持続可能な支払いスケジュールという点で、妥当な償還期間として評価されている。
残る主要な論点として、新たな金利をいくらに設定するか、毎年のパリクラブへの返済額をいくらとするかの2点がある。これらの論点は、先述の「comparabilityの原則」の観点も踏まえ、パリクラブが非パリクラブ国より不利な取扱いを受けることにならないよう設定する必要があった。
金利について、パリクラブはその時々の金融市場の動向を踏まえた適切な市場金利を参照しつつ、非パリクラブ国が課す金利条件についてのIMFからの情報も踏まえて、適切な金利水準を目指した。交渉の結果、加重平均で4.5%となる金利を課すことで合意した。アルゼンチン側の打ち出しの提案を詳しく述べることは差し控えるが、彼らの希望が遥か低い金利水準であったこと、「2014年合意」の基本金利が3%であったこと、非パリクラブ国が設定している金利水準に照らし、パリクラブにとって考え得る最も高い金利を賦課することで合意することができた。
毎年の返済額については、なるべく緩やかな返済スケジュールを希望する債務国と、返済能力があるうちになるべく早く多く回収(frontload)したい債権国との間で隔たりが生まれるが、この点についても、IMFからの情報に基づき、毎年のアルゼンチンの非パリクラブ国への支払状況を把握の上、可能な限りfrontloadingを実現させ、決して非パリクラブ国より不利な取扱いとならないスケジュールとすることに成功した。この他、アルゼンチンからはパリクラブが求める必要な情報を定期的に報告することや、アルゼンチンが万が一にも合意の取極めを履行しなかった場合の取扱いについても、合意議事録に盛り込むことで合意した。
なお、comparabilityの検討にあたっては、金利と毎年の返済額だけでなく、非パリクラブ国が既に実施した(あるいはこれから実施する予定の)債務再編による貢献や、非パリクラブ国による新規の資金供与によるキャッシュフロー面での貢献(これにより、債務国の財政支出能力向上や外貨準備の増加に寄与)等についても、総合的に勘案した。今回の交渉では、どの部分に着目しても、アルゼンチンの持続可能な支払いが確保される範囲で、アルゼンチンから最大限の譲歩を引き出し、債権国として取りたいものを取り、非パリクラブ国に比べて決して不利にならないどころか、全体としてむしろ有利な条件で合意することができた、と評価することができる。他のパリクラブ債権国もこの結果を高く評価している。

合意までに16時間超
議長が、何度目かの対案を、アルゼンチン政府代表団に示すために会場を退出した頃には、既に日が暮れ、夕食をとるには少し遅すぎるくらいの時刻となっていた。次の債権国間の打ち合わせまでに小一時間は空きそうだったので、日本代表団だけで一旦外に出て、深夜まで営業しているカフェレストランで軽く飲食を済ませた。前日の東京発のフライトで渡仏し、日が暮れてからパリ入りしていた自分の体内時計は東京時間のまま。パリで夕食を終えた頃は、東京では深夜未明にあたり、体力的にも辛く思考能力にも影響が出る。深夜0時をまわるころには、頭が痛くなり、鎮痛薬を服用しながら交渉にあたった。今回の交渉でアジアから参加したのは日本だけで、長時間フライトも時差ボケもない欧州諸国のメンバーに比べると、日本はかなり不利な環境に置かれる。他国のメンバーは、疲れ気味の私にチョコレートをくれたり、一緒にコーヒーを飲みながら談笑したり、リフレッシュに付き合ってくれた。深夜に入り、交渉は最終の詰めの段階。その後、ようやくアルゼンチン側と先述の合意に漕ぎ着け、午前4時過ぎには、合意議事録に各国が署名する最終ステージへと進むことができた。パリクラブ事務局のフランス人職員が合意議事録をもって、各債権国の席を順番に廻ってくる。各国代表全員が合意文書への署名を終えたのは、午前4時30分過ぎ。東京は午前11時30分過ぎ。徹夜を挟んだ16時間を超える長丁場だった。今後、アルゼンチンがIMFから求められる政策を着実に実施し続け、パリクラブとの合意を履行していくことを期待する。

アルゼンチンのケースから見える、今後の効率的な債務再編プロセスの鍵
今回のアルゼンチンのケースは、アルゼンチンが、パリクラブに対して長年に渡って延滞債務を抱えていたものであり、“パリクラブとの間で”問題を解決することが必要な事例であったが、今後、債務国が返済不能に陥り、債務再編が必要となる場合は、パリクラブよりも非パリクラブ国が主要債権者として参加するケースが自ずと多くなるだろう。かつて公的二国間債権者グループとして主たる地位を占めてきたパリクラブは、今日、債権割合の点で、その存在感を低下させている。債権額が小さいパリクラブだけでは必要な資金ギャップが埋まらず、非パリクラブ国が債務再編の実施にコミットしなければ、IMF支援プログラムにすら駒を進められないだろうし、仮に進めたとしても、例えば、「comparability原則」が実効的に機能しない可能性が高い。即ち、パリクラブが合意文書に盛り込んだcomparability条項を根拠に、債務国に「非パリクラブ国とも同等の債務再編を実施すべき」と強く迫ったところで、債務国は相対的に債権額が小さいパリクラブの言葉よりも、債権額が大きく政治的にも経済的にも無視できない非パリクラブ国の言うことを聞いてしまい、約束を反古にされるリスクがある(もちろん、パリクラブとの合意内容も破棄されてしまうが)。
このように債務再編が想定通りに進まなくなる事態を回避するためにも、パリクラブだけでなく、非パリクラブ債権国も巻き込んだ、マルチの債務再編を進めることが必要である。今般のアルゼンチンのケースを振り返り、今後、公的二国間債権者がマルチの枠組みで効果的に債務再編を実施していくにあたってのヒントを検討したい。アルゼンチンのケースを通して、交渉に参加した自分自身が感じた点を挙げると、以下の通りである。
(1) 伝統的な債権者の集まりであるパリクラブは、構成メンバーが債務再編に関する共通の価値観や問題意識を共有し、債務再編プロセスやメソドロジーにも慣れ親しんでおり、更に言うと、互いの信頼関係をベースとした交渉を進められるため、非パリクラブ国を交えた会議体で交渉した場合に比べると、議論は圧倒的に効率的で、とにかく話が早い。
(2) パリクラブが長年の歴史の中で開発し、活用してきた債務再編メソドロジーや考え方、例えば、IMF conditionalityとパリクラブの債務再編をリンクさせ、返済可能性を高める方法や、柔軟なcomparabilityの査定方法等は、現在でも有効に機能しており、今後の債務再編のケースでも引き続きこれらを活用していくことが期待される。
(3) 各メンバーそれぞれ個別の事情や制約がある中、パリクラブは、必要に応じて、ケースバイケースの柔軟な対応を採用し、現実的な解を見出している(「ケースバイケースの原則」)。意見の相違を乗り越え、債務再編を成功裡に纏めるカギとして、こうしたpragmaticなアプローチが有効に機能している。
2020年11月、G20及びパリクラブは、債務再編における債権者間協調の新たな枠組みとして、「債務措置に係る共通枠組(Common Framework for Debt Treatments)」に合意した。中国等の新興債権国を含むG20が合意したという点で、大きな意義が認められる枠組みである。現在、この枠組みに基づき、「G20」もしくは「パリクラブ」、あるいはその両方に所属する債権国が、債務再編を要請した低所得国ごとに債権者委員会を組成し、それぞれの債務再編の議論を行っている。各債権者委員会において効率的かつ迅速に債務再編プロセスを進めるには、アルゼンチンのケースで見たように、パリクラブが長年積み上げてきた知識や解決方法を有効に活用できるかどうかにかかっている。
例えば、中国等の新興債権国も、それぞれ個別の事情や制約を抱えているはずで、パリクラブのようにケースバイケースで柔軟に対応していくpragmaticなアプローチを債権者委員会で採用していくことは、彼らにとっても歓迎されることである。また、パリクラブが理念としている公平な負担や「comparabilityの原則」はもとより、パリクラブの多くのメソドロジーが債権回収の最大化に寄与し、各債権国自身のためになる、ということを、非パリクラブ国が理解すれば、パリクラブのプラクティスを個別の債権者委員会に広げていくことは、本来、それほど難しい事ではないと考える。
骨が折れるのは、債権者委員会のメンバー間の信頼の醸成だろう。債権回収の最大化が共通ゴールとはいえ、長年「クラブ」メンバーとして連れ添ってきたパリクラブの如く阿吽の呼吸で交渉を進めることは、非パリクラブ国にとってはそれなりにハードルが高いことのように思われる。他の債権者委メンバーを信じて、自分の国が抱える焦げ付き債権の実態を透明性高く交渉のテーブルに載せ、他のメンバーと一蓮托生で交渉を進めた方が、実は自分自身のためになる、という成功体験を積む必要がある。この信頼が中々醸成されず、逆に債権額の大きい自分だけが過度な負担を負わせるのではないか、自身の債権をつまびらかにすることで何らかの不利益を被るのではないかとの猜疑心が付きまとえば、パリクラブのような迅速な債務処理は行えない。パリクラブは、約70年の歴史の中で築き上げてきた強みを、「共通枠組」の下での債権者委員会やアドホックな債権者の協調の枠組みに広げることが極めて重要な課題となっている。

*1) 2023年3月10日時点。
*2) パリクラブは、債権国が保有する「公的債権」で、かつ、債務国側にとって「公的債務」に分類される債務を債務再編の対象として取り扱う。具体的には、債権国政府自身もしくは政府の監督・所管下にある公的機関の債権(公的債権)のうち、債務国政府への貸付もしくは債務国政府が保証を付す等債務国政府の影響が及びうる組織(国営企業等)等への貸付(公的債務)が対象となる。日本の場合は、国際協力機構(JICA)、国際協力銀行(JBIC)、日本貿易保険(NEXI)が保有する債権が公的債権の対象に含まれる。
*3) パリクラブメンバーは、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ブラジル、カナダ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド、イスラエル、イタリア、日本、韓国、オランダ、ノルウェー、ロシア、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリス、アメリカ(アルファベット順で記載)の22か国。
*4) IMF Staff Report for 2022 Article IV Consultation and request for an Extended Arrangement under the Extended Fund-Facility-Press Release; Staff Report; and Staff Supplements(March 25, 2022), Box 4. “FX Debt Restructuring Operation During 2020-21”
(https://www.imf.org/en/Publications/CR/Issues/2022/03/25/Argentina-Staff-Report-for-2022-Article-IV-Consultation-and-request-for-an-Extended-515742)