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米国連邦予算制度について ―大統領と議会の権限とその対立関係―


ハーバード大学国際問題研究所 客員研究員 森山 茂樹


はじめに
米国は、英国植民地統治下から、建国のスローガン「代表なくして課税なし」により独立した財政民主主義の国です。マクロ財政政策としての予算は、限られた資源を公的部門と私的部門の政治的な資源配分であり、政府の政策実施のため、国民から税等により財源を確保するものです。このため、予算編成には民主的なプロセスが不可欠です。米国予算制度においても、国民に選ばれた議会の権限が大きくなっています。また、議院内閣制の下、政府与党が一体となって予算編成を行う我が国とは異なり、大統領制の米国では、予算編成に際して、大統領と議会はお互いにチェック・アンド・バランスが働く関係にあります。このような背景から、我が国の予算制度と比較して、大統領制に基づく米国連邦予算制度には顕著な違いがあります。以下では、このような相違点に焦点を当てて、米国連邦予算制度を解説したいと思います。
1.憲法上の大統領予算案位置づけと議会の予算権
米国会計年度は、10月から翌年9月末までのため提出時期(通常2月第1月曜日)は異なりますが、我が国と同様、米国予算も、行政府の長である大統領の予算案が議会に提出されることにより予算審議が始まります。我が国においては、憲法上内閣が予算を作成して国会に提出することとされています。米国予算も、大統領予算案の議会提出により審議が始まるため、米国も我が国と同様、大統領が予算編成権を持っているように思えます。しかしながら、米国憲法には予算作成に関する大統領の権限規定はなく、大統領予算案は、議会が予算編成をする際の参考情報との位置づけです。従って、議会は、大統領予算案に従う必要はなく、担当省庁からのヒアリングを行い、自らの議会予算案を作成します。こうして作成された議会予算案を可決し、大統領の署名を得ることにより、予算が成立することになります。
このように、米国憲法において、大統領ではなく、議会に予算決定権を規定した背景には、英国統治下にあった米国が独立し、自らの憲法を起草した際、英国の状況を参考にしたことがあります。英国では、13世紀に大憲章が制定されて以来、課税権を巡って、国王と議会は対立してきました。従来、英国では、国王は所有する領地からの収入や国王としての特権等で必要な経費を賄っていましたが、17世紀には、戦争により資金が不足するようになりました。このため、英国王チャールズ1世は、議会の反対派を投獄し、必要な税収を確保しようとしましたが、結果的に清教徒革命を引き起こすことになり、議会の予算に関する権限が強化されることとなりました。
米国憲法は、基本的に英国をモデルとしており、このような英国の状況を踏まえ、財政に関する権限は国民から選ばれた議会に与えられることとなりました。また、米国が独立する際、「代表なくして課税なし」をスローガンとし、財政民主主義を掲げたことからも、国の政策を実行するため必要な財政に関して、国民を代表する議会にその権限を与えたものと考えられます。

2.大統領による議会予算案の拒否による議会への対抗
それでは、大統領予算案の意味はなく、予算作成は議会に任せるしかないのでしょうか? 大統領が求める景気対策や国防に必要な予算が確保されない場合、どうなるのでしょうか? 大統領が重要だと考える政策に対して議会が十分な予算を配分しないような場合、大統領は、議会予算に対して拒否権を発動することができます。大統領拒否権が発動されると、議会が3分の2の多数で再可決しない限り、議会予算は成立しません。最近の例では、トランプ大統領が、移民政策として米国とメキシコの国境に壁を建設する予算を求めた際、議会はこの予算を盛り込まなかったため、議会予算に対して大統領拒否権が発動されました。これまで、政府閉鎖に陥った際には、混乱の責任がどちらにあると見られているか、世論の動向等を見極めながら、債務不履行とならないように両者の間で調整が行われ、最終的には債務不履行に陥ることは回避できました。しかしながら、予算を巡る両者の対立により予算成立が遅れ、政府機関を閉鎖する事態に陥ったことにより、社会経済が混乱することとなりました。このように議会予算案に対して大統領が拒否権を発動する事態は、大統領と議会の双方にとっても好ましいことではありません。このため、事前に大統領拒否権発動の可能性を示唆することにより、議会との間で調整することもあります。大統領は、議会で審議される予算案に大統領の主要政策のための予算が盛り込まれていない場合、仮に議会予算案が可決されたとしても、大統領は拒否権を発動する可能性を示唆することにより、議会からの譲歩を引き出し、双方の間で妥協を図ります。

3.議会予算の執行留保とその影響
1970年代始め、ニクソン政権下では、ベトナム戦争予算等を巡って大統領と議会が激しく対立していました。その際、ニクソン大統領は議会への対抗措置として、議会予算を数十億ドル規模でその執行を留保したため、その是非が裁判で争われることとなりました。裁判で、大統領側は、議会予算はあくまで予算の支出上限を議決したものであり、その全額を支払わなければならないものではないと主張しましたが、この主張は認められませんでした。
これを契機に、また、当時、ウォーターゲート事件で大統領に対する信頼が低下していたこともあり、予算に関する大統領と議会の関係を大きく変更する法律、1974年議会予算・執行留保規制法(以下、74年法)が制定されました。この74年法は、大統領による議会予算の執行留保を制限する規定しただけではありませんでした。これと同時に、議会自らの予算作成することを可能とする組織を創設する規定等が盛り込まれました。
74年法が制定される以前は、大統領予算案を作成する組織として行政管理予算局(Office of Management and Budget)がある一方、議会にはこのような組織はなく、議会は予算案を作成する際、その前提となる経済見通しや、現行法制度の下での歳出および歳入の中長期見通し、仮に議会予算案に新たな財政政策を盛り込んだ場合の歳入及び歳出に及ぼす影響等を計算することはできませんでした。このため、憲法上、議会は大統領予算案には拘束されないとはいうものの、実際にはマクロ的な財政政策については、大統領予算案をベースに議論せざるを得ず、個別歳出項目等の細目について修正するしかありませんでした。このような状況の下、予算編成権限を巡るニクソン大統領と議会の対立の結果、74年法により、議会が自らの予算案を作成し、またその前提となる経済見通しや、現行法制度の下での予算の中長期見通し等を作成する中立的な機関として、議会予算局(Congressional Budget Office)が設立され、米国議会の予算編成能力が飛躍的に向上することとなりました。
また、予算編成手続きの面でも規定が整備されました。歳出委員会(Appropriations Committee)で、各省予算を個別に審議するに先立ち、74年法において、予算決議(Budget Resolution)が決定されることとされました。この予算決議では、議会予算全体の歳入、歳出及び借入金といった予算フレームが定められるとともに予算の中長期的な見通しが示され、議会のマクロ的な財政政策も定められることとなりました。この結果、74年法制定以前は、大統領と議会は予算の細目を巡って議論することが多かったのが、マクロ的な財政政策を巡っても政策論争が行われることとなりました。

4.議会の多数派工作―イヤマーク
大統領制を採る米国では、議会多数党と大統領は政党が異なることがあります。むしろ、大統領、上院、下院両院での多数党が全て同じである時期の方が短く、少なくとも上院ないし下院のいずれかの多数党が、大統領の政党と異なることが多く、予算成立のためには、野党対策が不可欠です。そのため、賛成票を投じる議員を確保するための1つの手段として、議員の関心のあるプロジェクトに予算をつけるイヤマークという手法があります。例えば、地域振興予算枠のうち、10万ドルをアンカレッジ市の施設に充てるといった個別具体的なものです。このプロジェクトへの予算を支持した議員は、予算案に賛成票を投じることとなります。
イヤマークに利用については、民主党、共和党での考え方の違いや、議員の当選回数による影響が見られます。1995年に共和党が民主党に替わって議会多数を占めた際、共和党は、歳出増に繋がるイヤマークに批判的だったことから、イヤマークの件数が減少しました。しかしながら、その後、共和党が議会多数を占める時期が長期化するに従って、このような共和党の方針に変化が現れました。一般的に、初当選した議員は歳出削減に意欲的ですが、当選を重ね、歳出に影響力を行使できるようになるにつれて、全体的な歳出削減を求めたとしても、議員に関連する案件に関しては歳出を求めるようになります。共和党も1995年に民主党から上下両院の多数派を勝ち取ると、2006年までの10年間、2001年から2002年まで上院多数党が民主党となったのを除き、ほとんどの期間、両院での多数派を維持しました。その結果、共和党も多数派としてイヤマークを活用することの魅力に抵抗できなくなり、イヤマークに対する共和党と民主党との立場の違いがなくなりました。その結果、1996年には一端減少したイヤマークの数が、その後増加に転じ、2004年には、民主党が多数派を占めていた1994年の3倍以上のイヤマークが行われることとなりました。

おわりに
2023年9月末までの米国2023年度予算は、今年1月にすでに実質的な債務上限に達しています。今のところ、米国財務省の「非常手段」によって債務不履行は免れているものの、このような手段によっても夏前には債務不履行となるおそれがあります。その場合、2008年のリーマン・ショックに相当する世界的な金融危機に陥ることも危惧され、早期に米国議会が債務上限を引き上げることが求められています。他方、昨年の中間選挙で、民主党のバイデン大統領は、下院の多数派を共和党に奪われ、下院で債務上限を引き上げる法案を可決するためには、共和党との調整が不可欠となりました。共和党は、債務上限の引上げの条件として、財政赤字削減を求めていますが、バイデン大統領は、これを拒否しています。債務不履行を避けるため、今後、大統領と議会との間での調整が本格化することが見込まれますが、その際、上記のような米国予算制度における大統領と議会との関係を参考としていただければと思います。