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城島財務大臣臨時閣議後記者会見の概要(平成24年12月26日(水曜日))

 
 
【質疑応答】
問)  3カ月間を振り返っていただきたいというところで、IMF・世銀総会に始まり、特例公債法案、そして日銀との共同文書がありました。振り返っていただければと思います。
答)  ほぼ3カ月間でありましたけれども、解散ということが宣言されてからを入れると半々です、11月16日に解散ということになりましたので。そうすると3カ月のうちの半分は、もう選挙というのが現実にそういう状況の中での3カ月でありました。ただ正直言って、皆さん方に最初お話ししたと思いますけれども、大臣である以上は最後の最後まできちんと緊張感を持って大臣としての仕事をしていきますと申し上げましたが、そういう姿勢を最後まで持って努めたと思います。3カ月というのはある面で大変短いわけでありますけれども、私としては率直に言えば大変充実した3カ月だったというのが率直な印象です。今ご指摘のありましたように、振り返ってもこの3カ月の中で48年ぶりという、ちょうど就任して1週間後でしたけれども、10月9日から14日までだったと思いますが、IMF・世銀の東京総会が開かれましたので、その担当大臣として成功に結びつくように努力をいたしました。またその中でもG7等も行いましたし、仙台会合も成功だったと思いますし、それからミャンマーの会議も行って、それも成功だったと思います。全体としてもこの総会そのものは各国から極めて高い評価をいただいて、成功裏に終了できたのではないかと思っています。就任1週間後に控えていたこの総会ということについて、全力投球をしたという思いがあります。
 それからもう1点は、ずっと懸案でありました特例公債法案について、これも少し時間はかかりましたけれども、3党間の合意ということで決着できたということは、これは本当に良かったと思っています。今回だけではなくて、あの協定からするとこのねじれの中での特例公債というのは政局に使うのはやめようということで合意できたことが何よりも良かったのではないかと思っております。
 それからG20、そして解散になった後のもう1つの私としては思いが強かったのは日韓財務対話であります。解散になりましたけれども、ここはきちっと、少なくとも外交面は課題があるにしてもこうした経済を含めた部分については日韓で連携をしていくことが重要ではないかと。極めて重要だという思いがありましたので、日韓財務対話を行いました。ソウルへ行きまして、そういう当初の私が描いたとおり向こうの朴長官も大変歓待をしていただきましたし、日韓における少なくとも財務対話は成功ではなかったかなと思っております。これは1つ大きな成果ではなかったかなと思っております。
 あと総理指示に基づいて、なかなか特例公債が成立しないという中で地方に対しても一定のご負担といいますか、ご迷惑をおかけましたけれども、そういう中でも経済対策を2回にわたって打ちましたということも1つの何とか景気が一気に冷えない、底支えする意義は大きかったのではないかと思っております。そういったことを振り返りながら、特に今話題にはなっていますけれども、日銀との共通理解のいわゆる文書を確認できた、交換できたということはものすごく大きかったのではないかともう1つ思っています。今、安倍新政権、今日おそらく発足すると思いますけれども、いろいろ日銀との中で協議をされる方向というか、要請が出ておりますが、私は少なくともそういったどういう物価目標との協定になるのか、あるいはよく言われるアコードになるのか分かりませんが、そういった論議ができるのもこの間の日銀と結んだ共通理解に基づく文書の確認があるというのが、私は土台になっていると、その点は自負をしております。それがなければ一足飛びになかなかそこまで視野に入ってくるのは難しいのではないかと思っていまして、デフレ脱却に向けた思いというのは、我々も、特に私もものすごく強かったし、為替の問題についてもずっと私なりに国際会議で常に発言をしてまいりましたし、そういったことがベースとして今の状況があるのではないかということは、私なりに自分としては自負をしているところであり、満足しているところであります。
 いずれにしても3カ月という期間の中でしっかりと、3カ月の中にしては充実した仕事ができたのではないかと思っていますし、それを更に成果に結びつけていただくように次の大臣には期待をしたいと思います。
問)  民主党政権になって1つの政権交代の課題として政治主導、霞ヶ関との新しい関係作りというのがあったと思うのですけれども、実際に財務大臣という重責をされてその辺りどういうふうに考えていらっしゃいますでしょうか。
答)  政治主導というのは当然だと思います。ただ、政治主導というのといわゆるそれまでの官主導ということの対比の中で言われますけれども、私は仕事をしながら思うのは、それは一体となって、しかし方向性、そして最終責任というのは当然政治家が負うのだということを私自身基本方針としてまいりましたから、少なくとも役所の皆さんが仕事をする上においてきちっとした方向性は示すということは大事だと思うし、幾つかの選択肢があった場合の最終的な判断というのも政治家が行うべきだと。同時にそれが間違ったらそれは責任をとるということであると思います。そういう点で言うと、これは自画自賛かもしれませんが、私の3カ月の中でそういう方針でやってまいりましたから本当に次官以下、大変よく仕事をしていただいたと思います。
問)  為替相場ですけれども85円台ということで、民主党政権のもとではどちらかというと円高が進行してしまって、現在今85円にあるわけなのですが、そのことをどのようにお考えになりますでしょうか。政策が良かった悪かったということがあるのか、それとも状況の違いということがあるのか、どのように分析されますか。
答)  私は前、メキシコシティの時に記者会見でも言ったと思いますが、私自身のいわゆるサラリーマン時代の体験をお話ししたと思います。この為替という課題がいかに働く人達に影響するのかということを、特にプラザ合意以降の急激ないわゆる円高不況のことを実体験した私としては、そういう面で言うと為替についての感度というか、問題意識というのは私は誰にも負けないぐらい持っていたと実は思っています。今ご質問のように、民主党政権ということでのご質問でありますけれども、私の3カ月だけではなくて民主党政権においてもデフレからの脱却というのは最大の課題であり、同時に常に私も申し上げてきましたけれども、今までの相場というのは、一方的な円高ということについては問題意識を持ってきましたよね、ずっと政府としても。日銀とのある面で言うとスクラムを組んだ中でデフレから脱却していくという重要なところに、この一方的なという部分の為替相場があったという問題意識は持ってきたと思います。ただ、そういう中で私は冷静に過去を振り返ってみると、相対的に、一方的という中において相対的に円の安定性というのが際立っていたのだろうと思います。とりわけギリシャ危機以降のヨーロッパとの問題、あるいはアメリカ経済の問題、そういったことを含めて私は全体としてそういう基調にあったと思っていまして、民主党政権だから円高だったということとは私は認識をしていません。先程もあえて申し上げたつもりですけれども、特に私の3カ月というところに限定しましたけれども、もう少し広げて言うとこの間の民主党政権下での様々な取組み、そしてここへ来ての日銀との我々としては共通理解を結んだ文書があり、アメリカの財政の崖の問題が視野に入ってきているという中に、そういったトータルの中で今為替が動いているのだろうと思いますから、私はあえて申し上げると、この3年3カ月ないし少なくともこの3カ月の中での取組みのベースがあって初めて今の状況になっていると私は思っています。
問)  そうすると今後民主党政権だから円高とか、経済界から民主党政権だと輸出産業にとって厳しいとか、そういうような懸念を持たれる、そういうような心配はされていないと、そういう理解でよろしいでしょうか。
答)  私は全く心配といいますか、そういう認識には立っておりません。例えばそれだけじゃなくて法人税の問題だって過去ずっと言われていながら実際に実行したのは民主党政権になってですよね。それはそういうデフレ脱却、あるいは輸出産業、製造業のことも念頭に入れた中でかなり論議がありましたけれども、法人税の問題を税制の中で、菅政権だったと思いますけれども下げたということもその一環だと思いますので、それまでずっと言われてきながらも実現しなかった部分の1つとして私は大きいのではないかと思います。ですからトータルとして今おっしゃったような指摘は、私は当たらないと思っています。
 

(以上)

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