平成23年4月28日
財務省
天然資源の乏しい我が国では人材こそが資源です。人材は人的資本ともいわれ、「新成長戦略」においても、「強い人材」が「成長の原動力である」と述べられています。しかし、我が国の現状をみると、「強い人材」に黄色信号が点灯しているのではないでしょうか。
「人材の育成・活用に関する研究会」では、グローバル化により、人材の面でも内外の競争が一層激しくなるなかで、我が国の人材を育成し活用する場である家庭、学校、職場などにおける現状を把握し、今後の人材の育成、活用のあり方を整理するため、樋口美雄・慶應義塾大学商学部教授/商学部長、財務省財務総合政策研究所特別研究官を座長に検討してきました。
今般、これまでの研究会の検討を踏まえ、研究会の成果として、研究会の提言と、研究会メンバーの執筆により報告書を取りまとめましたので公表します。
別紙に、1. 研究会の概要、2. 研究会の提言、3. 研究会メンバー名、4. 研究会開催実績、5. 報告書の各章の標題と執筆者名、6. 報告書の主なポイントをまとめています。
なお、本報告書の内容や意見はすべて執筆者個人の見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。
【連絡先】
財務省財務総合政策研究所研究部
主任研究官 加藤
研 究 員 梅崎
研 究 員 岡部
研 究 員 柳川
研 究 員 吉川
電話: 03-3581-4111(財務省代表)
(内線)2253, 5315, 5317, 5348
(別 紙)
人材は人的資本とされ、非資源国である日本では、国民ひとりひとりが持つ力、すなわち人材は数少ない資源である。「新成長戦略」(注1)においても、「『強い人材』すなわち将来にわたって付加価値を創出し、持続可能な成長を担う若年層や知的創造性(知恵)(ソフトパワー)の育成は、成長の原動力である」(4ページ)とされている。しかし、OECDの2009年の学力調査(PISA)においては、日本の成績が読解力8位、数学9位とあまり思わしくなく、また、2010年の世界大学ランキング(注2)においても、日本の大学は上位に位置していないなど、「成長の原動力」である「強い人材」に今や黄色信号が点灯している。
では、個々人の力を長期的な経済発展に向けた不可欠な要素として国の資本(=人的資本)と位置付け、次世代を担う人材を効果的に育成し、活用する仕組みを継承していくためにはどうしたらよいか。「人材の育成・活用に関する研究会」は、こうした問題意識に基づき、将来にわたる人材の育成・活用に求められる方策を探ることを目的に立ち上げられた。研究会では、人材を育成・活用する最前線に立つ学校や企業の関係者を幅広く招き、教育や採用の現状などの話を聞くとともに、国際コンファレンスを開催し、海外からも有識者を招いて我が国の問題について議論した。
(注1) 平成22年6月18日閣議決定
(注2) トムソン・ロイター社発表。論文数、引用数等からランキング
研究会では、先ず、人材とは何かについて議論した。
育成されるべき人の資質には、「知(知力)」と「徳(礼儀などの徳目)(注3)」という2つの側面が含意されていると思われる。一方、人を活用する場である組織は、育成された人材が効果的に活用されることでその付加価値を表出することができる。そこで、当研究会では、我が国社会の形成を担う育成されるべき人の資質について、基礎的・専門的な学力や論理的思考に基づく課題発見力・解決力、対人関係調整力、職業意識、技能等の仕事をこなす際に必要とされる「知(知力)」に重きを置いた。
議論の過程で、例えば、昨今大きく取り沙汰されている新規学卒者の就職難の問題は、本人の能力である「知(知力)」や就職希望と採用希望の不一致の問題にとどまらず、人を育成し活用する場である家庭や学校、職場、地域等に関連する広範な問題が日本社会に投げかけられていることの現われであるということが浮き彫りとなった。さらに、これらの議論のための基礎的データが不足していることも明らかとなった。
また、企業が国際化し、外国人を採用する企業が増大するなかで、日本法人においても外国人のトップが生まれ、評価も内外同一基準となるなど、企業における人材の育成、活用は、グローバル化のため、そして生き残りのため、従来、日本人中心に考えられてきたものから大きく変わりつつある。このことは、卒業生を社会、企業に送り出す日本の大学教育、そして大学生自身にも大きな見直しを促す契機となったとの指摘もあった。
このように、当研究会では、人を育成し活用することに関連する多くの問題に鑑み、初等教育から大学教育、教育機関と企業の連携などに関する問題を国際比較を含め多角的に議論した。
今回、議論のなかで浮き彫りとなった問題点と解決に向けた是正策としての10の提言を示したが、これらを参考に、家庭、学校、企業、行政において、人を育て活用していくための活発な議論が行われることを望む。
(注3) 例えば、日本人は、今般の地震に際し、有事においても節度を持った行動をとることができると海外から評価されている。
(大学教育に対する提言)
問題点 大学教育は人材育成の要である。しかし、日本の学生は、外国の学生に比べ、教養科目(含む歴史、文化)の履修が不足していることもあり、基礎学力、ディベート力が劣っている。また、日本の大学はカリキュラムの制約が少ないことから、本来であれば人材育成に向けた改革に大学が優先的に取り組むことが可能であるが、日本の大学教育の機能は強化が遅れている。さらに、教育機能と研究機能の分化が必ずしもできていない。
(大久保リクルートワークス研究所所長/専門役員・田村渋谷教育学園理事長発表 序章序文(1)・(3), 苅谷オックスフォード大学教授発表(序章第2節)及び第3章, 山田同志社大学教授発表(序章第4節)及び第6章参照)
提言1 学力、国際感覚、語学力を早急に強化する。同時に、日本の歴史や文化の学習や日本のアイデンティティの継承も強化する。
語学力に関しては、適切な教授法さえ導入すれば、大学での英語力強化は安上がりで容易にできる。
また、例えば、国際基督教大学では3年次進学前に専門課程を決定することが可能であるが、このような取り組みを参考にしつつ、各大学は、学力向上に向け、独自性を発揮すべきである。
提言2 大学が自ら教育カリキュラムを改革し、さらに機能強化、付加価値向上を図る。
例えば、慶應義塾大学ではプロフェッショナル・キャリア・プログラム(注)を導入しているが、時代の要請に応える人材育成に向け、各大学はこのような取り組みを参考にしつつ、カリキュラム改革など、大学改革を強力に推し進める。
また、教育専任者・研究専任者のような教育機能と研究機能の適度な分断と、教育実績を積極的に評価する体制を構築する。
(注) 慶應義塾大学経済学部内に2005年度に設置されたプログラム。経済学部の3、4年生を対象に実践的な経済学教育を少人数且つ英語で提供する。目的は、学生に卒業後のキャリアパスを明確に意識させ、これにより学習意欲を喚起するとともに、教育サービスの向上を図ることである。
(教育機関と企業との連携に係る提言)
問題点 イギリスでは大学在籍時は勉学に専心する時期である。一方日本では、企業の新規一括採用に伴う就職活動の長期化、内定の早期化により大学生は勉学に集中できず、大学生の学力低下の要因ともなっている。この結果として、グローバル化した企業において、日本の学生より優秀な外国人学生を採用することになっているのではないか。
(苅谷オックスフォード大学教授発表(序章序文(5)・第2節)及び第3章参照)
提言3 大学生が学習に専念できる時間を確保する。このため、例えば、就職活動については、4年次前の春季休暇や4年次の夏季休暇の時期に集中させるなど、採用方法について大学と企業がよく話し合って見直す。
さらに、一括のみに依拠しない採用拡充の観点から、欠員を補充する形での企業の採用体制の整備を促す。
問題点 人材育成に関し、大学と企業とのネットワークが十分に機能していないため、企業が求める人材が大学に伝わっていない。
(石井日本電産人事部長・井上経団連社会広報本部長・藤田三菱商事人事部長・渡辺野村ホールディングスグローバルHR担当常務執行役員発表 序章序文(4)・(5), 原田大和総研顧問発表(序章第3節)及び第4章参照)
提言4 人材育成に関する大学と企業との機動的な連携を強化するべく、学校・企業の人事担当者間や地域レベルにおいて大学と企業のネットワークを構築する。
(初等・中等教育に対する提言)
問題点 学力は、クラス規模等の学校教育における環境よりも親の属性等の家庭環境に左右されるという分析結果が得られたところである。
(小塩一橋大学教授発表(序章序文(2)・第1節)及び第2章参照)
提言5 学級編成など学校教育の見直しだけでなく、経済的、社会的に不利な家庭(例 一人親世帯)の子に直接働きかける「選択と集中」を重視した仕組みを構築するべきである。
問題点 学校長に教育の人事権が付与されていないことが、学校長が指導力を発揮し、学校を活性化することを阻害している。
(浅田東京都品川区立大崎中学校校長発表 序章序文(3)参照)
提言6 学校の活性化に向け、教員の配置などについて、学校長の意見が適切に反映されるようにする。
(企業に対する提言)
問題点 企業が採用時に求める技能が明確でなく、また、同一価値労働であっても正規雇用・非正規雇用、本社・関連企業の雇用者待遇に差が見られる場合がある。
また、企業活動の国際化に伴い、人材育成も大学教育に合わせ一層のグローバル化が求められるところであり、例えば、若手社員の全員を海外へ派遣するというような取り組みが見られるが、日本企業全体としてのグローバル人材育成は未だ十分とはいえない。
(原田大和総研顧問発表 序章序文(1)参照)
提言7 企業は、採用時に必要とする技能を明確化するとともに、非正規雇用の正規雇用への機会拡大や企業規模に拠らない待遇差是正、職種毎などの必要に応じた同一価値労働同一賃金を目指す。
また、グローバル人材の育成に関する先進的な取り組みを参考に、日本企業全体として、採用、評価、昇進等において一層のグローバル人材育成を進める。
(人材活用のための提言)
問題点 現下の人材育成システムにおいては、進路選択が、小学校−中学校−高等学校−大学という進学中心の大学を頂点とする「単線型」で考えられており、中学校や高等学校卒業後に就職をする者に対する就労への円滑な移行を企図した職業教育が想定されていないなど、多様性(ダイバーシティ)が加味されていない。
(小塩一橋大学教授発表(序章序文(2)・第1節)及び第2章参照)
提言8 人材育成システムを、大学を頂点とする「単線型」から、義務教育修了時点で職業教育に移行する経路を拡充することにより「複線型」(多様性のある人材育成システム)へ移行する。
問題点 退職世代はやる気や能力がある人材が多いが、退職者等の人材が教育分野で十分活かされていない。
(浅田東京都品川区立大崎中学校校長・渡辺野村ホールディングスグローバルHR担当常務執行役員発表 序章序文(3)・(4)参照)
提言9 退職者を、課題発見・解決、対人関係調整等の仕事をこなす際に必要な能力等の醸成のための授業(就業経験、人生経験の披露、体得のための助言)に活用する。
また、国際的な業務経験を持つ退職者を活用した英語の授業、技術系職種の退職者を活用した理工系の授業を充実させる。
(人材育成の議論の進め方に関する提言)
問題点 学校教育の成果など、人材育成について社会科学の知見に基づかない政策議論が多々なされている。
現状は、データが不足していることに加え、データに基づく客観的、科学的な学校教育の成果の検証に向けた取り組みが不十分である。更に、教育の分野ではPDCA(Plan-Do-Check-Act)が不十分である。
(赤林慶應義塾大学教授発表(序章序文(2)・第1節)及び第1章, 山田同志社大学教授発表(序章第4節)及び第6章参照)
提言10 教育政策の検証、改善、効果の向上に向け、教育関連調査を改善し、データを必ず収集し、且つ公表する。また、研究者等がデータにアクセスできるようにする。
これにより、データに基づいた客観的、科学的な政策効果の検証が促され、政策的な議論がさらに深化することとなる。
(役職名は2011年4月現在)
| 研究会座長 | |
| 樋口 美雄 | 慶應義塾大学商学部教授/商学部長 |
| 実務家(50音順) | |
| 浅田 和伸 | 東京都品川区立大崎中学校校長 |
| 石井 健明 | 日本電産株式会社執行役員人事部長 |
| 井上 洋 | 社団法人日本経済団体連合会社会広報本部長 |
| 大久保 幸夫 | 株式会社リクルートワークス研究所所長・専門役員 |
| 田村 哲夫 | 学校法人渋谷教育学園理事長/渋谷幕張中学高等学校校長 |
| 藤田 潔 | 三菱商事株式会社人事部長 |
| 渡辺 章人 | 野村ホールディングス株式会社グローバルHR担当常務執行役員 |
| 研究者等(50音順) | |
| 赤林 英夫 | 慶應義塾大学経済学部教授 |
| 阿部 正浩 | 獨協大学経済学部経済学科教授 |
| 小塩 隆士 | 一橋大学経済研究所教授 |
| 苅谷 剛彦 | オックスフォード大学社会学科教授/同大学日産日本問題研究所教授 |
| 吉川 徹 | 大阪大学大学院人間科学研究科准教授 |
| 神 陽介 | OECD経済総局政策分析局マクロ経済政策課エコノミスト |
| 丹呉 泰健 | 株式会社読売新聞グループ本社監査役, |
| 原田 泰 | 株式会社大和総研顧問 |
| 山田 礼子 | 同志社大学社会学部教育文化学科博士後期課程教授 |
| 特別発表者(50音順) | |
| 嘉治 佐保子 | 慶應義塾大学経済学部教授・PCPコーディネーター |
| 坂根 正弘 | コマツ取締役会長 |
| 国際コンファレンス 基調講演者(50音順) | |
| ロナルド・P・ドーア | LSE, Centre for Economic Performance (CEP), アソシエイト |
| メアリー・C・ブリントン | ハーバード大学ライシャワー日本研究所教授 |
| 財務省財務総合政策研究所 | |
| 貝塚 啓明 | 財務省財務総合政策研究所顧問 |
| 振角 秀行 | 財務省財務総合政策研究所長 |
| 田中 修 | 財務省財務総合政策研究所次長 |
| 田口 博之 | 財務省財務総合政策研究所次長 |
| 成田 康郎 | 財務省財務総合政策研究所研究部長 |
| 中澤 正彦 | 財務省財務総合政策研究所研究部財政経済計量分析室長 |
| 加藤 千鶴 | 財務省財務総合政策研究所主任研究官 |
| 二宮 悦郎 | 財務省財務総合政策研究所主任研究官 |
| 堀井 健介 | 財務省財務総合政策研究所主任研究官 |
| 梅崎 知恵 | 財務省財務総合政策研究所研究員 |
| 岡部 真也 | 財務省財務総合政策研究所研究員 |
| 柳川 太一 | 財務省財務総合政策研究所研究員 |
| 吉川 浩史 | 財務省財務総合政策研究所研究員 |
(役職名は2011年4月現在)
【セッション1】 現状把握
第1回 2010年10月7日(木)
テーマ:教育の現場における問題点・成功例
発表:「ありのままの公立学校と子供達の姿」
浅田和伸 東京都品川区立大崎中学校校長
発表:「教育現場における問題点・成功例」
田村哲夫 学校法人渋谷教育学園理事長/渋谷幕張中学高等学校校長
発表:「企業における人材育成の課題と教育に求められるもの」
大久保幸夫 株式会社リクルートワークス研究所所長・専門役員
第2回 2010年10月13日(水)
テーマ:人材の採用・活用サイドにおける問題点・成功例
発表:「競争力人材、グローバル人材の育成と活用 ―産業の国際競争力強化のために―」
井上洋 社団法人日本経済団体連合会社会広報本部長
発表:「3ヵ年育成プログラム」
石井健明 日本電産株式会社 執行役員人事部長
発表:「総合商社の人材採用・育成について」
藤田潔 三菱商事株式会社人事部長
発表:「野村グループにおける人材育成・活用の取組み」
渡辺章人 野村ホールディングス株式会社 グローバルHR担当常務執行役員
発表:「教育・科学技術施策について(データ的視座からの一考察)」
神田眞人 財務省主計局主計官(文部科学担当)
【セッション2】 理論的検討
第1回 2010年11月19日(金)
テーマ:就学期における人材育成
【セッション1】論点報告
樋口美雄 研究会座長・慶應義塾大学商学部教授/商学部長
発表:「初等中等教育における政策評価の手法と現状」
赤林英夫 慶應義塾大学経済学部教授
発表:「学力を決めるのは学校か家庭か―アジア主要国の比較分析―」
小塩隆士 一橋大学経済研究所教授
第2回 2010年12月21日(火)
テーマ:就学期から就業期への移行, 人材の競争力
発表:「初期キャリアと人的資本形成」
苅谷剛彦 オックスフォード大学社会学科教授/同大学日産日本問題研究所教授
発表:「―学習成果を意識した高等教育改革の実現に向けて―学生調査から見えてくる学生の現状」
山田礼子 同志社大学社会学部教育文化学科博士後期課程教授
第3回 2011年1月24日(月)
テーマ:就業期における人材育成・活用, 人材の競争力
発表:「企業における人材育成」
原田泰 株式会社大和総研顧問
発表:「資格・スキルと転職」
阿部正浩 獨協大学教授(経済学部経済学科)
発表:「大学における英語教育(及び対社会人英語教育)〜人材育成の視点から〜」
成田康郎 財務省財務総合政策研究所研究部長
第4回 2011年2月4日(金)
テーマ:人材の育成・活用と社会の意識, 特別発表, 総括
発表:「人材育成・活用の基盤としての社会意識の実像」
吉川徹 大阪大学大学院人間科学研究科准教授
特別発表@:「慶應義塾大学におけるプロフェッショナル・キャリア・プログラム(PCP)の取り組みについて」
嘉治佐保子 慶應義塾大学経済学部教授・PCPコーディネーター
特別発表A:「コマツの採用と人材育成」
坂根正弘 コマツ取締役会長
総括としての自由討論
国際コンファレンス 2011年2月24日(木)
共催:財務省財務総合政策研究所,
慶應義塾大学大学院経済研究科・商学研究科連携グローバルCOE,
一橋大学世代間問題研究機構
基調講演@:「人的資源・人的資本・そして人的福祉、尊厳の分布―技術水準上昇の影響―」
ロナルド・P・ドーア LSE, Centre for Economic Performance (CEP), アソシエイト
基調講演A:「21世紀日本における人的資本形成の動態」
メアリー・C・ブリントン ハーバード大学ライシャワー日本研究所教授
パネルディスカッション: 基調講演者, 研究会メンバー
(役職名は2011年4月現在)
| 序章 | 人材の育成・活用を巡る諸問題―研究会提言― |
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| 樋口美雄 研究会座長・慶應義塾大学商学部教授/商学部長 加藤千鶴 財務省財務総合政策研究所主任研究官 | ||
| 1.就学期における人材育成 | ||
| 第1章 | 初等中等教育における政策評価の手法と現状―責任ある人材育成に向けて― |
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| 赤林英夫 慶應義塾大学経済学部教授 荒木宏子 慶應義塾大学大学院博士課程 | ||
| 第2章 | 学力を決めるのは学校か家庭か―アジア主要国の比較分析― |
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| 小塩隆士 一橋大学経済研究所教授 北條雅一 新潟大学経済学部准教授 | ||
| 2.就学期から就業期への移行 | ||
| 第3章 | 大学から職業への移行過程と人的資本形成 |
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| 苅谷剛彦 オックスフォード大学社会学科教授/同大学日産日本問題研究所教授 | ||
| 3.就業期における人材育成・活用 | ||
| 第4章 | 企業における人材育成 |
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| 原田泰 株式会社大和総研顧問 | ||
| 第5章 | 資格・スキルと転職 |
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| 阿部正浩 獨協大学経済学部経済学科教授 | ||
| 4.人材の競争力 | ||
| 第6章 | 学習成果を意識した高等教育改革の実現に向けて―学生調査から見えてくる学生の現状 |
|
| 山田礼子 同志社大学社会学部教育文化学科博士後期過程教授 | ||
| 第7章 | 大学における英語教育(及び対社会人英語教育)〜人材育成の視点から〜 |
|
| 成田康郎 財務省財務総合政策研究所研究部長 | ||
| 5.人材の育成・活用と社会の意識 | ||
| 第8章 | 人材育成・活用の基盤としての学歴意識の実像 |
|
| 吉川徹 大阪大学大学院人間科学研究科准教授 | ||
| 6.人材の育成・活用に関する諸外国における取り組み | ||
| 第9章 | イギリスの人的資本の蓄積に向けた政策対応 加藤千鶴 財務省財務総合政策研究所主任研究官 吉川浩史 財務省財務総合政策研究所研究員 | |
| 第10章 | フランスの人的投資に関する取り組み 神陽介 経済協力開発機構(OECD)経済総局政策分析局マクロ経済政策課エコノミスト | |
| 第11章 | スイスの若年者の就業を支援する職業訓練制度の機能―デュアルシステムを中心とする職業訓練― 二宮悦郎 財務省財務総合政策研究所主任研究官 堀井健介 財務省財務総合政策研究所主任研究官 | |
| 第12章 | 日本の人材育成は世界で通用するのか〜新興国の人材育成にみる可能性の検証〜 柳川太一 財務省財務総合政策研究所研究員 | |
| 第13章 | 国際機関における人的資本重視の潮流−OECDで検討される人的資本計測手法− 梅崎知恵 財務省財務総合政策研究所研究員 岡部真也 財務省財務総合政策研究所研究員 中澤正彦 財務省財務総合政策研究所財政経済計量分析室長 | |
| 参考資料 | ||
| 特別発表: | 慶應義塾大学におけるプロフェッショナル・キャリア・プログラム(PCP)の取り組みについて 嘉治佐保子 慶應義塾大学経済学部教授・PCPコーディネーター | |
| 基調講演: | 人的資源・人的資本・そして人的福祉、尊厳の分布―技術水準上昇の影響― ロナルド・P・ドーア LSE, Center for Economic Performance (CEP), アソシエイト | |
| 基調講演: | 21世紀日本における人的資本形成の動態 メアリー・C・ブリントン ハーバード大学ライシャワー日本研究所教授 | |
(注)本報告書各章の内容は、断りのある場合を除き執筆時点の2011年2月時点のもの。
研究会では、人の育成、活用のあり方と家庭、学校、職場などとの関わりについて整理するに当たり、人生の段階を就学期と就業期として捉えた。
報告書では、@初等・中等教育、大学教育の就学期における育成、A就学から就業への移行、B就業期における育成と活用、C人材面での競争力、D社会の意識と育成・活用との関わりの各々における問題を整理するとともに、海外での取り組み事例も盛り込まれ、人の育成と活用について多角的に検討した研究の成果として、研究会メンバーが執筆した包括的な内容となっている。
以下では、学校や職場など、人を育成し活用する現場の状況を把握するなかで浮上した問題と、これを踏まえ、特に日本における問題を検討した報告書第1章から第8章に関連する研究会での発表内容を要約して紹介する。なお、報告書の序章ではこれらをより詳細に紹介している。
研究会では、教育機関や企業の実務家、大学の研究者諸氏を中心に、人を育成し活用する現場での状況を聴取した。そのなかで、例えば、学卒者の就職難に関連し、企業が求める人材が就学期に育成されていない(=学力の低下が目立つ)との指摘や、就職システムを構造的に見直すことの重要性が浮き彫りとなった。
現況を把握するなかで提起された多元的な問題を、研究会では、以下の5つに大別し検討した。
人材が効果的に活用されるためには、必要な資質として、論理的思考に基づく課題発見・解決力、対人関係調整力という基礎的能力が欠かせない。しかしながら、若年層にこうした能力が不足し、企業の採用希望に適う人材が充足されていない。その醸成のための具体策としては、文脈理解を企図した初等教育時期からの読書習慣の定着化、文章執筆、論点図示化、討論訓練のような教育機会を提供していくことが必要である。
また、内省経験の不足から自己評価が低いこと、実体験から得た知見や確信等を持てずにいるために自己・他者信頼が醸成されていないことなど、精神面も脆弱な傾向にある。取り組みとしては、学習でチームを組むことや団体戦のスポーツ等の集団活動で共通目標を設定、完遂し成果を出す一連の協働体験、人前で話し活躍する方法の具体的指導、ボランティア等の体験機会の整備や減点主義から加点主義への評価法の転換が必要である。また例えば、介護・育児支援等を通じ、高齢者、乳幼児の母親等からほめてもらうような体験は、学校生活外での地域社会との関わりの深化に留まらず、地域における自己の存在意義の発見にも奏効する。更に、強固な精神力の醸成のためには、部活動・サークル活動の慫慂、学習・スポーツでの適度な競争経験の機会整備が必要である。
若年層の資質の未熟さは、中長期的にはグローバル人材の不足を招き、日本の競争力鈍化にもつながる。基礎的能力不足が精神面の脆弱さを招き、異文化接触機会の不足もあり、安定志向、外国に対する消極的意識、好奇心の希薄さを生み出している。こうした事由が連動し、海外留学・赴任を敬遠する内向き志向の若年層の増加を惹起している。
流動化社会で多様な才能が求められる時代に、技術・環境変化に対応し得る、他国との連結役となれる人材としての、業種別・部門別等分野に適う付加価値の創出可能な人材の育成、専門系・リーダー系等の専門性、資質に分けた育成が必要である。適時適切な対応が可能な素養や筋立てと選択肢を考え得る変革を許容できる力があらゆる業種の就労者に求められており、そのためには、思考を構造化・具現化する手法の具体的指導が重要である。
具体的な取り組みとしては、若年層の育成については、学校教育において、語学力の一層の向上に向けた努力は必然ながら、外国語に堪能な企業経営者を招聘しての外国語のみによる授業の実施、海外留学の慫慂、海外大学とのカリキュラム等における連携に加え、外国人留学生・地方出身者共有の学生寮の拡充やボランティア活動、芸術への参加の慫慂等も一案である。
人の育成と適切な活用のためには、就業への円滑な移行を企図し、社会で一定の役割を担うことのできる資質の育成が就学期の教育に継続して行われる中長期的視点が欠かせない。若年層の基礎的能力不足、内向き志向、グローバルに対応可能な人材の不足の解消と、学力、語学力の向上を含め、企業が人材に望む資質として挙げた、課題を発見、完遂し結果を出す力、自己を内省し気付くことのできる思考力、また、日本の歴史、文化や異文化理解を通じた国際的に通用する高い倫理観等の会得に向け、上述した取り組みが特に中等教育の段階以降で進められることが求められる。
また、グローバル企業のリーダー採用の対象から日本は外されている傾向にあるとの日本の人的競争力軟化の指摘から、我が国の競争力強化に向け、積極性、多彩な文化等を理解する広範な視野と高い倫理観の醸成を企図した異文化との接触機会の構築が必要である。企業においても、採用時に求める技能を明確化することや、非正規雇用者の正規雇用への機会の拡大、企業規模に拠らない待遇差の是正、職能毎等の必要に応じた「同一価値労働同一賃金」を目指すことなど、採用、評価、昇進等において必要に応じグローバル化に対応可能な仕組みを整備し、日本企業全体でグローバル人材の育成、活用を進展させることが求められる。
研究会では、教育成果としての子供の成績は、親の学歴、教育意識等の家庭環境に相当程度左右されるとの分析が紹介された。人の育成に当たっては、学力不足の学生に対する底上げのような機会均等を目指す一方で、高学力者の一層の学力伸長というような伸ばすべき力を伸ばす機動的対応も必要である。対応としては、機会均等と多様性(ダイバーシティ)を加味しつつ、例えば、学級編成など学校教育の見直しだけでなく、経済・社会的に不利な家庭環境にある子供に直接働きかける「選択と集中」を重視した仕組みが求められる。そのためにも、学力や大学進学の決定要因等の分析がないままに行われている現在の人材育成に関する政策議論を、データ整備を含む社会科学の知見に基づくものとすることが求められる。また、現下の人材育成システムは、諸外国と比べ、小学校−中学校−高等学校−大学という進学中心の「単線型」で考えられており、中学・高校卒後の就労予定者に対し就労への円滑な移行を企図した職業教育が想定されておらず多様性が加味されていない。適度な機会均等を図りつつ、進学予定者に対する学術教育、就労予定者に対する職業教育と個に応じた進路選択の具体的助言、支援の充実が求められるところ、就労への移行経路の確保という多様性のある「複線型」の人材育成システムへの変容が求められる。
人材育成を担う教育機関における問題として、初等・中等教育機関では、教員の業務は、授業準備等の他、部活動、学校行事、生徒指導等多岐に及んでおり、業務負担が過度に重い状態が恒常化している。是正策としては、例えば部活動、学校行事、生徒指導で地域の退職者等との協働が可能とする弾力的運用が考えられ、これは教員の負担軽減のみならず、退職者等の再活用にも奏効する。また、学校長の意見が適切に反映されることによる教育機関毎の教職員の機動的配置や地域の人材登用が可能となれば、各事情に応じた柔軟な対応の実現と学校の活性化が図られる。
高等教育機関については、大学進学率が5割超にあることに鑑みても、人材育成の要の時期として大学教育の重要性は増している。しかしながら、日本の学生は、教養科目の学力やディベート力、国際感覚、語学力が劣っている。人材育成のための改革は大学が最優先で行うことが求められているところであり、例えば、東京大学はオックスフォード大学に比べ単位取得や卒業が容易であり、また、課題や予習等授業外学習も少ないなど、総じて日本の大学は学力向上よりも授業回数や評価等に係る規定の遵守に重きが置かれており問題である。各大学は、学力等の向上のための文献精読や予習等授業外学習の強化、卒業条件の厳格化の促進、中等教育課程と高等教育課程の連関の強化、カリキュラムの見直し等独自性の明確化・具現化を含む大学教育の改革が不可欠である。特に語学力については、適切な教授法次第で大学時期に向上させることができ、短期間の集中的学習はコスト縮減にも寄与する。また、法科大学院についても見直しをすべきとの指摘もあり、大学院の在り方についても更に検討されるべきである。以上に加え、機能強化のための教育機関の在り方に関し、大学は学生を育てるとの本来の目的に立ち返り、長期的視点に立つ将来の糧となるものを学生に培うため、入学試験改革を含めた入り易く出にくい大学への質の変化も欠かせない。教員についても、評価対象となる研究活動に傾注するあまり、学生が放置状態となる事態も起こっている。就学時期における教育熱心な教師との出会いが人の劇的な成長を喚起するともいわれるなか、こうした状態が、複数企業に採用される学生と全く採用されない学生という学生の質の二極化を惹起している可能性も拭えないことから、教員の研究、教育等の機能を職能と捉え、教育専任者、研究専任者というような教育機能と研究機能の適度な分断と教育実績の評価体制の構築、教員の育成を含めた枠組みの整備が求められる。
人材が適切に活用されるためには、職場で求められる資質を学校教育段階で把握し、これを意識した体制が整備されることが必要である。しかしながら、企業が就学段階での習得を望む資質について、企業から教育機関へ伝える機会がないとの問題も指摘されている。現下、大学等において進路選択・就職相談員の配置が拡大しつつあるが、こうした仕組みの拡充のためには、専門家だけでなく進路選択・就労を体現した企業のOB・OGの教育機関での配置促進も一案である。こうした取り組みにより、教育機関は企業ニーズの把握が可能となるうえ、学生にとっても、自己の漠とした進路を具現化することや、企業・地域社会で求められる能力を就学期に意識しつつ学ぶこと、自身の得手な分野を発現させることに奏効するであろう。他方、産業界も、学生を引き受け活用を担う側として、実践教育のためのカリキュラム設定、教育手法への助言等教育課程への積極的関与が求められる。更に、地域の退職者の技能、就業・人生経験等を活用し、課題発見・解決、対人関係調整等の仕事をこなす際に必要な能力の醸成のための助言、就業・人生経験を披露する機会や国際的な業務経験に基づく英語の授業、技術系の職種経験に基づく理工系の授業の機会を設けることが有効である。なお、就労後の経験を教育課程に活かす取り組みとして、入社後3年目及び7・8年目の労働者に対し、大学時期の教育分野のうち効果的であったとされる分野を聴取し、大学教育の改善に活用している海外事例が紹介された。
以上に加え、例えば、企業の成功事例を大企業に限らず中堅・中小企業も含め、各地域の大学が取りまとめ、これを紹介する場を設けることや、企業が求める人材を明確化し、これを教育機関へ伝える場を設けることは、学生の就職希望と企業の採用希望を適合させることに奏効する。更に、初等教育からの職場訪問、中等・高等教育における就業体験の一層の拡充も有効であり、教育界と産業界の対話の機会の拡大という相互連携の環境を早期に構築することが必要である。こうした対応により人材の育成・活用を長期的に継続して行うことが可能となる。
現下、企業による採用は新規学卒者の一括採用が中心である。新卒一括採用は、企業にとり、初期教育の実施を通じて組織の価値観の共有が容易であるという利点がある。一方、学生にとっては、就職活動の時期が大学就学時期と重なっており、学問や人間形成の集大成をすべき時期に自身の技能の形成・蓄積という職業生活の先行きに対する熟考が困難となっている。例えば、就職活動の時期を、4年次前の春季休暇や4年次の夏季休暇の時期に集中させるなど、学生が少なくとも大学3年次までは十分な就学機会を得られるような体制作りが必要である。また、一律採用の風潮が、就職を急ぐあまり、当初の希望職種の変更を余儀なくされるというような早期離職の一因ともなり得る事象を招く可能性もある。更に、学部卒中心の採用慣行は、専門性、成績に採用基準の重点が置かれていない傾向が表出したものである。こうした専門性、成績を重視しない新卒一括採用に対応するための学生の長期に及ぶ就職活動が続く限り、大学教育の形骸化は払拭できない。また、専門性や成績を重視しない採用は、景気変動や企業収益動向により採用者数が増減するその振幅を増長させる可能性をも内包する。そして、新卒者の就職難やグローバル企業における外国人採用の増加は、就学段階での専門的学習の不足にも起因しているといえよう。
企業にとり即戦力となる技能・職業経験等を蓄積する既卒者は採用対象となり得る一方で、こうした技能等の蓄積のない既卒者や、就職できないままに卒業し数年を経過した学卒者、育児等の事由による一時離職者、職業・職種の転換希望者等は採用対象とはなり難い。今後の生産年齢人口の相当程度の減少が見込まれるなか、技能の蓄積・経験のない者に対する一層の職業教育、再訓練を通じた活用可能な人材への育成と就職支援が必要である。同時に、企業による柔軟な雇用体系の整備や就労の間断を許容する制度改革が、企業のみならず家庭、学校、職場、地域の日本社会全体に要請される。こうした対応があらゆる職業、職種での人材活用に奏効する。
研究会で現況を把握するなかで、以上のような多岐にわたる問題とその解決に向けた方策が提示された。次節以降では、これらに関連し、理論的に検討された研究会での発表内容を要約して紹介する。
日本の長期発展に資する人材の効果的活用のためには、就学から就業にかけての実効性の高い育成が重要であるが、赤林英夫慶應義塾大学経済学部教授は、就学段階での教育効果向上を企図した教育成果の分析が不可欠であるとし、特に育成の初期段階である初等・中等教育でその成果を実証的に分析する際の手法とこれに関連する問題について発表した(第1章「初等中等教育の政策評価の手法と現状―責任ある人材育成に向けて―」(荒木宏子慶應義塾大学大学院博士課程との共著)参照)。
「日本では、教育政策の成果が適正に評価されておらず、これを活かす効果的な政策が行われていないのではないか。教育成果の分析に当たっては、教育効果を点数等の学力の変動に係るデータにより計測し、代替政策と比較し費用対効果の高い政策を選択することが可能となるような政策選択に奏効する手法による費用効果分析が重要である。この時、投入要素と教育成果に関する一定の関係を見出すことが必要となる。投入要素とは、親の所得等の家庭投入物、子の出生時期等の子の属性、学級規模等の学校資源、子の性格等の観測不能な要素である。教育政策を評価する手法としては、例えば任意に分けたグループの一方に政策措置を講じ、各々のグループの政策実施前後の関係を観察する実験的手法による評価等がある。但し、例えば政策措置を講じるグループと講じないグループに任意に分けて評価を行う実験的教育を我が国で行うことは困難を要する。こうした教育政策の評価に係る困難にも拘らず、海外ではデータの収集とそれに基づく実証分析がなされているが、日本では、機会均等を強調する教育政策が実施されてきたこともありそれが行われていない。しかし、社会が求める人材の多様化や個の重視の観点から政策の多様化も要請されるところであり、政策の差異を加味した効果分析を進めることが肝要である。
政策は、実績の分析を踏まえ、次の政策判断がなされることが必要であるが、初等・中等教育政策の成果分析の際、@政策評価の重要性が認識されていない、A政策評価の手法が認知されておらず、資源配分の最適化を評価する費用対効果分析の理解、統計分析の知識が十分でない、B将来の政策決定への活用を企図した政策評価に必要なデータの認識とその統一化基準の設定や科目・家庭環境等の項目毎の長期系列データの管理の枠組みが構築されていないことが問題である。これらの改善が進み、政策決定に活かす仕組みが設計されることが必要である。」
以上のような人材の育成過程として与えられる教育の政策効果の分析と、政策措置への活用においての問題を加味し、小塩隆士一橋大学経済研究所教授は、学力を決定する要因についての分析を、教育の生産関数により日本と諸外国とを比較しつつ行っている(第2章「学力を決めるのは学校か家庭か―アジア主要国の比較分析―」(北條雅一新潟大学経済学部准教授との共著)参照)。
「日本の成績を韓国、台湾、香港、シンガポールと比較すると、日本は他国を若干下回るが点数の散らばりは小さい。成績に影響を与える要因としての、出生月や家庭でのコンピュータ、辞書等の所有物等の本人或いは家庭要因、公立・国私立といった学校のタイプ等の制度要因、クラス規模、教員の経験年数等の資源要因が成績に与える影響と、周りの生徒の影響を受けて自分の成績も変動するピア効果について分析した。
分析の結果、本人・家庭要因のうち出生月については、各国とも年度末に近い月に生まれた子供が不利になる結果が得られた。家庭の所有物については、蔵書数が多い子供の成績が高い傾向にあり、特に家庭に辞書がある子供にこの傾向が顕著に見られた。制度要因については、日本では私立中学校の生徒の成績が良いとの結果が得られた。これは、私立中学校入学時点で選別が行われていることに起因する。資源要因については、小規模クラスが成績向上に有利であるとの見方もあるなか、日本ではそうした影響は見られず、他国で寧ろ大規模クラスが成績向上に奏効する傾向が見られた。クラス規模は、成績との関係から教育機関の条件として取り上げられることも多く、政策を考える上で重要なポイントの一つではあるものの、データは成績とクラス規模との相関を示していない。教員の経験年数についても相応の影響はないとの結果が得られた。ピア効果については、いずれの国でも影響は大きいとの結果が得られ、周りの生徒が優秀であれば自分の成績も向上するといえるであろう。しかしながら、ピア効果により、恵まれた子供は高質な教育を受けることできるプラスの影響を受け続け一層の学力向上が可能な一方、恵まれない子供はマイナスの影響を受け続ける事態も惹起され、教育機関は、学力を平均的に向上させる機能を持つ反面、差異を生じさせてしまう機能も併せ持つことは否定できない。
分析を通じ、学力は、コンピュータ、辞書等家庭の所有物に関わる親の所得、学歴という家庭環境により左右されることが確認できたことから、恵まれない家庭環境の子供への支援、即ち「選択と集中」を加味した支援が不可欠である。」
人材の効果的育成と有効活用のための方策を見出すには、教育に代表される就学期における人の育成を観察することに加え、職業生活へ移行する時の態様の把握が重要であるとして、苅谷剛彦オックスフォード大学社会学科教授/同大学日産日本問題研究所教授は、日本における移行前後における人材育成の現況を概観するとともに、移行の仕組みと企業の採用・雇用慣行との関係について考察した(第3章「大学から職業への移行過程と人的資本形成」参照)。
「日本では職業移動は2回以内とされ、初職が人生において重要であるといえるが、日本では初職斡旋を専門機関でない教育機関が担っている。1970年代頃まで斡旋は高校中心で、特定の高校から特定企業へ指定校制により人材は移行していた。卒業時ほぼ全ての生徒の就職が決まる指定校制の自由競争のない特質を背景に学校と企業との間に密接な関係が確立され、現在も企業が新卒者を間断なく一括採用する関係が続いている。新卒採用を背景に企業は長期雇用を企図し、OJTに基づく育成の仕組みを構築した。育成をOJTで行う企業が採用時に求めるのは専門性や成績ではなく訓練をこなす能力である。
新卒が高卒から大卒へ転換するなかで、入学難易度の高い大学の学生が訓練をこなす能力が高いとの潜在可能性に基づき、大学名に依拠した選別がなされている。学生にとっては学歴差、専門性が意義を持たず、向学心が削がれる悪循環の状態にある。就職活動の長期化、内定の早期化是正に向けた企業努力は十分ではなく、大学教育が実質2年半程度に短縮する弊害が続いている。また、例えば、東京大学はオックスフォード大学に比べ、課題、予習という授業外学習が不足し、単位取得や卒業も容易であるという問題もある。海外では学卒後直ちに就職しない学生も多く、経験を積む猶予期間や就業後再教育・再訓練の間断が社会的に許容されている。企業も欠員を補充する形で採用することが多い。こうした仕組みは、広範な視野の形成と企業が求める技能の明確化、労働資源としての人材の質の具体的評価の枠組み構築に寄与している。
取り組みとしては、企業側の採用活動の改善を通じて、就職活動の長期化、内定の早期化の是正を一層進め、大学では課題強化等授業外学習の強化、卒業条件の厳格化が必要である。国益をグローバルに代弁する人材は特に文系大学院レベルの教育を国際的に受けた学生であり、とりわけ文系における課題強化を通じた学生の高質化、企業、社会における大学院卒の価値意識の醸成を目指すことが大学教育の付加価値向上に奏効する。」
就学から就業へ移行した人材がどのように育成されているかを、原田泰株式会社大和総研顧問は、企業内教育の態様を教育機関における企業外教育との関係から論じた(第4章「企業における人材育成」参照)。
「企業内外での教育の態様の変遷を概観すると、企業内教育は戦前は個人の技能形成、蓄積という人の長期的育成を目指すものではなく、組織能率向上のための規律ある労働者の養成が目的であった。即ち、集団規律の実現を企図し、中学校卒業段階で就職した者に対する高校教育課程の補足としてOJTの仕組みが作られ、学校での職業教育も社会から求められる企業貢献という実利を目的に行われた。戦後は品質管理・技能向上の必要性の高まりや高校進学率上昇に伴いこうした仕組みは変容し、技術革新に即応する技能育成に加え、事務系社員の能力開発のOJTが主流となった。高度成長以後は、工業高校の定員増など再び経済発展に資する育成に主眼が置かれ、実利的側面を継ぐ企業外教育が加味されるようになったが、急激な技術進歩のなか高度技能の高校での把握の困難さ等から、職業上有用な教育を学校で行うことが容易ではなくなった。更に、実利的教育観に対する社会的反発もあり高校普通科の定員が増員されるなど、職業教育よりも教養教育を第一義とする社会意識が醸成され、職業教育は新卒一括採用によりOJTにて長期形成・蓄積される形で企業内で行われ、一括採用、長期雇用と整合性を持つ職業と学校教育との関係が構築された。1990年代中頃低成長期以後は、企業は新卒採用で基礎能力を重視する一方、社員に対し販売力等実利に資する技能を求めるようになった。これは、専門性を過度に重視する採用が基礎能力を持つ人材の採用枠を狭めることに対する企業の懸念を反映したものである。論拠として、有用な能力の開発主体は企業であると回答する企業が少なくないことや、一人当たり教育訓練費に減少の趨勢は見られない旨のデータを示し、現下、企業内教育は相応に実施されているといえるが、正規・非正規雇用者の教育訓練の現況を示すデータは、非正規雇用者が相対的に教育訓練機会が少なく、その差も拡大基調にあることを示唆しており懸念される。
企業内外教育を概括し、就業期の人材育成の布石となる高等教育時期が重要であり、大学は企業が求める技能を十分に把握し、学生に求められる語学能力や基礎的能力の醸成に一層傾注することが重要である。」
人材の効果的活用の検証のため、阿部正浩獨協大学経済学部経済学科教授は、人材に形成された技能を外的に保証する資格の有効性を分析するとともに、技能は適所への再配置により有効活用されるとして、人の再配置としての転職前後における賃金水準の動向を分析した(第5章「資格・スキルと転職」参照)。
「日本的雇用慣行は、雇用保障により生活を安定させ、同時に企業内外での教育を通じた技能形成により企業の人的資本の蓄積、生産性向上に寄与してきた。技能が有効活用されるためには、業種・職種の変更という転職を通じ適所に配されることが肝要であるが、長期雇用を前提に企業で形成された技能は企業の特殊性が体化し、企業外や業種・職種外では有用とされない可能性がある。労働資源が適正に再配置されることで技能が有効活用され、限られた新卒者の労働力と中途採用者、一時離職者等の転職機会を弾力的なものとする労働資源の適正配置が求められる。適正配置のためには移動する技能が外的に保証される資格の有効性の検証が欠かせないが、正社員、契約社員等雇用形態別に資格の必要度合いを比較した。分析によれば、全ての雇用形態で職務遂行上、資格は殆ど必要とされず、業種別比較でも、専門性が高く外的保証を要する業種では必須とされるが、他の業種では必ずしも必須ではないとの結果が得られた。
転職と賃金水準については、転職者の特徴として、初職が非正社員である者の転職傾向が強い。また、高学歴者等の転職傾向は弱いながら、転職する場合には業種・職種間移動を伴う。更に、転職前に高度専門知識を要した者、要資格職業であった者は業種・職種間移動の傾向は弱いとの結果が得られた。但し、転職理由に「能力・適性、専門性を活かせなかった」等を挙げる者は、「勤務先の将来性」等を挙げる者に比べ業種・職種間移動の傾向が強い。この時の賃金水準は、能力水準に適う変更という積極的事由により上昇する傾向にある。但し、転職者の賃金水準は総じて転職しない者に比べ低下する傾向にあり、特に特殊性技能の蓄積が多い者や非正社員は低下傾向が強い。更に、勤続年数が長いほど転職による技能損失が大きいとの結果は、転職前後の業務が同種で就労経験が長い場合でも、技能が転職後相応に評価されないことを示している。
日本的慣行の下で形成された技能は、企業内で有効であっても特殊性を有するが故に企業横断的には有効ではなく、資格の必要性も希薄化し、技能や資格が労働市場で評価されないという事態は、人的資本の蓄積、活用が適正になされていないことを示唆するもので懸念される。」
我が国の人材面での競争力強化に向けた方策として、山田礼子同志社大学社会学部教育文化学科博士後期課程教授は、大学進学率の上昇に鑑み、高等教育を受けることによる効果、即ち大学教育の付加価値について、海外事例を紹介しつつ考察するとともに、付加価値向上に資する中等教育と高等教育の関係について発表した(第6章「学習成果を意識した高等教育改革の実現に向けて―学生調査から見えてくる学生の現状」参照)。
「高等教育を受ける効果について、海外では90年代以降、大学教育の付加価値向上のための取り組みが進められている。米ハーバード大学は、教養課程を「大学での経験と卒業後の経験を結びつけるためのもの」として、教授法の目標に、学生が@市民としての責務を果たすことができるようになる指導、A変化に対し批判的且つ建設的な対応ができるようになる指導等を掲げている。教育を効果的にするには成果を明確化し評価することが欠かせないが、海外では学習成果を測定する試みが進んでいる。測定は、卒論、TOEFL等の成績の直接的な評価による手法と学習に関する行動等の学生の自己評価を聴取する間接的な評価による手法がある。測定が進むアメリカを参考に日本でも測定を試みたところ、例えば日本の学生は、外国語能力、数理能力、読解力がアメリカと比べ低いとの結果が得られた。要因としては、高校と大学の連携がないことが挙げられる。例えば、アメリカの高校では大学でのレポート作成のような機会があり、この評価が大学入学時に単位換算される制度がある。これは学生にとり大学の学習準備ができるだけでなく、大学にとっても初年次教育の成果を高めることに寄与する。日本においても、高校を附属に持つ大学や中高一貫校を卒業し学生が接続しているような大学を活用し、学力水準の達成目標や教授法、達成度等、中等教育と高等教育の連関を行うことが必要である。
評価手法の明確化、中等・高等教育の連関等、教育効果を高めることに関する海外の取り組みに参考となる点は多い。日本でも、@教育効果の測定手法の開発とその精緻化、A底上げを図る一方で、グローバル化に対応すべく、意欲の高い学生に対する語学教育拡充のための制度構築、BAP教育を含む中等教育から高等教育への接続を加味した教育課程、教授法の見直しという具体的政策措置が必要であり、こうした対応が我が国の人材面の競争力強化に資する。」
人材面における競争力強化の一手段として、成田康郎財務省財務総合政策研究所研究部長は英語力を取り上げ、大学での英語による授業や英語力強化の取り組みを紹介し、就職における英語力の位置付けにも触れた(第7章「大学における英語教育(及び対社会人英語教育)〜人材育成の観点から〜」参照)。
「英語による授業を学内全体で行っている大学の例として、国際教養大学、国際基督教大学、立命館アジア太平洋大学がある。入学後に用意されている英語による授業の受講に足る英語力習得のための特別プログラムには、プレゼンテーション、ディスカッション等の実践的訓練も盛り込まれ、学生は、情報分析、課題抽出・解決など企業が学生に求める基礎能力も体得できる。海外留学に加え、海外ボランティア活動に旺盛な意欲を示す学生もいる。なお、英語に直接関係がない点でも独自性のある取り組みが見られ、例えば国際基督教大学では、専攻の決定を入学時ではなく3年次進学前に行い、2つの専攻を同時に持つこと、従って文系と理系を同時専攻することも可能である。
企業が採用の際に最も重視するのは「人間力」で、英語力は一般に「プラスα」の能力としての評価であり、その意味でも、大学は、英語力の向上を図る目的は、就職活動自体よりも異文化理解や国際感覚醸成のためであるとする指導を強化すべきである。他方で、「同じ人間力ならば英語力の高い人材を採用する」とする企業が増えつつある萌芽も見られる。
英語力を向上させたいという大学生のニーズは、表面では観察されないものまで含め相当に高いものがあり、学習意欲を刺激するための取り組みが肝要である。一般の大学の通常授業でも、「書く」技能全般、「話す」技能のうちイントネーションや発音、専門課程の専門用語などを教える際に工夫がみられる。例えば、100人規模の授業において、学生がテーマ、内容等を自由に設定して英文を書き、これを添削するという指導実例があり、添削時に長所や前回からの改善点を積極的に評価し、また、幾つかの努力作を本人の了承を得たうえで参考配布している。理工学部の1年次の授業で外国の高等学校の物理、化学教科書を教材としている実例もある。高校までの理科、数学、地理、歴史等の各教育課程で蓄積された基本用語を英語で言える学生は極めて少なく、これらの用語は実用英語との関連が高いこと、TOEFLには特に理科に関連する用語が多く盛り込まれていることにも鑑みて、大学の授業の機会に僅かなりともこれらの語彙を増やすことができれば人材の競争力強化にも有益である。」
高偏差値大学の合格や大企業への就職等偏重的な社会意識が、人材の育成、活用に如何に関連しているかについて、吉川徹大阪大学大学院人間科学研究科准教授は、人口の学歴別の構成比、大学進学の動機付け、親の意識等の視点から考察した(第8章「人材育成・活用の基盤としての学歴意識の実像」参照)。
「現在の大学進学率が5割強の水準にあることは、日本の労働力が大卒と非大卒が半数であることを意味するが、育成、活用の観点から学歴差と労働力の経済的効果、即ち賃金水準の差異を観察すると、大卒25〜30歳の年収は高卒の1.2倍程度との結果が得られた。但し、2倍程度であるアメリカに比べ日本の大学進学の付加価値は小さく収益性は低い。それにも拘らず大学進学率が高水準にあるのは、日本人が、教育に対する支出とその後の高所得という投資の実効性ではなく、ブランドという大学の象徴性に価値を置く不確実な選択に基づき進学を決定している可能性がある。
大卒が労働市場において付加価値を発揮し所得にプラスの効果をもたらす結果、大卒の生涯賃金は高卒よりも高水準になる。大学進学を将来投資であると捉える人的資本理論を加味し分析したところ、親が大卒の場合に子も大卒となる割合が高いことを示す結果が得られた。これは学歴の水準が世代間で継承される傾向があることを示唆している。また、親の大卒・非大卒の学歴別に、正規・非正規、収入の高低の差異を比較し、親が大卒で正規雇用、高収入の時、子に対する高学歴志向が最も強く、強さは95年から05年の間に拡大しているとの結果が得られた。子の学歴は、本人の学力、親の経済力以上に親自身の学歴、所得等の社会的地位に裏打ちされた親の学歴意識に左右されるところが大きい。
従来、子の学歴決定に対し重要とされてきた親の所得等の経済的側面の背景には、子の学歴決定という教育判断が、親の所得や学歴に誘因される親の持つ教育意識に基づき行われているという調整困難な事由も存在した。政策判断に際しては、こうした親の意識を考慮するとともに、親の学歴意識を中心に形成される社会全体の学歴意識をも加味することが必要である。また、他国に比べ大学進学の付加価値が小さいにも拘らず日本において高学歴志向の社会意識が定着している所以は、投資に適う次世代での回収という強固な学歴意識の世代間の継承に起因するものであり、こうした意識を嚆矢として執られてきた公的、私的な投資と回収の繰り返しが日本の人的資本の形成に寄与してきた一方で、世代間で同程度の学歴が持続する機会の固定化は非常に懸念される。」