平成21年8月7日
財務省
「持続可能な医療サービスと制度基盤に関する研究会」(財務総合政策研究所)では、社会保障全体の中での医療の位置付けを念頭に置きつつ、国民にとっても関係者にとっても安心のできる医療サービス供給体制と、適切な費用負担の下での持続可能な医療保険制度について、中長期的な観点からの基本的な議論を行なうことを目的として、現状の課題分析にとどまらず、諸外国との比較も含めて、医療制度のあり方について幅広く分析、検討すべく、貝塚啓明・東京大学金融教育研究センター長を座長に、平成20年12月から21年3月にかけて4回にわたり議論・検討を進めてきました。
今般、これまでの研究会の成果を踏まえ、各メンバーの分担執筆により報告書を取りまとめましたので、発表します。
別紙に、1.各章の標題と執筆者、2.各章の主なポイント、をまとめております。
なお、本報告書の内容や意見は全て執筆者個人に属し、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。
〔連絡先〕
財務省財務総合政策研究所 研究部
総括主任研究官 平川伸一
研 究 員 渡部 大
研 究 員 矢田晴那
電話 03-3581-4111(財務省代表)
(内線)5223、5974、5348
(別 紙)
序 章「医療制度をめぐる諸問題」
東京大学金融教育研究センター長 貝塚啓明
第1章「高齢化と医療需要の変化」
国立社会保障・人口問題研究所社会保障基礎理論研究部長 府川哲夫
第2章「病院経営が抱える諸問題」
医療法人鉄蕉会・亀田総合病院理事長 亀田隆明
第3章「医療現場の諸問題」
東京大学医科学研究所特任准教授 上昌広
第4章「地域の医療供給体制の現状と課題−地域医療崩壊を考察して−」
社団法人地域医療振興協会・西吾妻福祉病院管理者 折茂賢一郎
第5章「医療制度の国際比較」
お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科准教授 大森正博
平川伸一ほか財務省財務総合政策研究所研究部
第6章「医療システムの中長期的課題−「社会システム・デザイン」からの視点−」
株式会社イグレック 代表取締役 横山禎徳
第7章「日本の医療制度の問題点と医療制度改革の方向性について」
お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科准教授 大森正博
※ 本報告書の内容や意見は全て執筆者個人に属し、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではない。
報告書は研究会における議論の概要を取りまとめたに続き、以下の各論から構成されている。
(1)高齢化と医療需要の変化
では、死亡者の死亡前1年間の医療費は、入院受診の増加を主因に生存者よりも大きいが、年齢階級の上昇とともに低下しており、人口の高齢化は必ずしも医療費を大幅に増加させる要因ではないと指摘する。
他方、医療費と介護費のトータル・コストがいずれGDPの10%を超えることは、先進国共通の現象であることから、高齢者と非高齢者に対する医療サービスの違いを考え、高齢者に対して医療サービスと介護サービスを効率的に提供する枠組みを考える必要があると指摘する。また、医療費の大きさはサービス提供体制や診療報酬支払制度といった医療システムのあり方とも密接に関連しているため、医療技術を適正に評価し、医療機関の運営コストや機能を適切に反映させる制度にしていくことが必要であるとする。
(2)医療関係者の論文
@病院経営
では、病院経営は、医師・看護師の絶対的不足など医療供給体制の問題、医療費抑制政策による不採算経営、限られた経営努力の範囲などの問題を抱えていると指摘する。そしてこの問題の解決のためには、医療を「コスト」としての面だけで捉えるのではなく「バリュー」の面を見出し、成長産業として捉えるパラダイムシフトが重要であることを主張し、具体的な問題解決のための方策(15項目)を提言している。
1.医療供給体制の問題(家庭医としての開業医のレベル向上と専門医の厳格化・適正な評価、コメディカルの専門性を高める教育と権限の拡大、過剰な病院数と病院当たりの過小なスタッフ数の是正)
2. 医療費抑制政策の結果による低医療費の問題(公立病院の合理的な運営、民間病院が行う不採算医療への支援)
3.民間病院におけるキャピタルコスト(投資コスト)の問題(キャピタルコストと運営コストを明確に区別)
4.混合診療の原則自由化(禁止行為を列挙したネガティブリスト方式)
5.寄付の活用
6.病院における消費税負担の問題(診療報酬は非課税取引、消費税率変更時には何らかの対応が必要)
7.診療報酬制度の透明性
8.医療保険制度と政策医療(救急医療・小児医療、周産期医療、難病センター、僻地医療は最低限の体制が必要)
9.医療安全及び医療訴訟(萎縮医療の解消)
10.病院設立母体の問題点(キャピタルコストをカバーする適切な資本と利潤、明確な責任体制)
11.日本版IHNの構築による医療サービスの効率化(網羅的かつ重複をさける地域医療)
12.雇用の受け皿、景気対策としての医療政策
13.日本の医療機関の国際競争力強化(有力な成長産業の可能性)
14.規制強化すべき項目(高額医療機器導入のためのガイドライン、診療科の標榜、患者保護の観点からの民間医療に対する規制)
15.規制緩和すべき項目(医療圏の実態から乖離した地域医療計画の適用除外、専門資格の国際ハーモナイゼーション、薬剤部門、画像部門、受託臨床検査、臨床工学技師部門における職能の確立に応じた規制緩和)
A病院の医師・コメディカル
では、病院における医師の不足は、長時間の勤務、非正規雇用の増大、雇用関係のない大学院生の従事等によって、結果として医師が最も安い労働力として利用されてきた結果であるとする。ドクターフィー(医師に直接支払う診療報酬)を拒み続けることによって、開業医には病院での診療や教育は担わせないという方針も堅持されていると指摘する。
また、コメディカル(看護師、薬剤師など)の雇用数の不足の問題は未解決であり、加えて医療費削減の下で、事務職員等の雇用が減少し、資格がなくてもできる業務を、残された医師や看護師が担うことになっていることも指摘される
同時に、国立高度専門医療センター(ナショナルセンター)の独立行政法人化の問題も指摘している。この過程で資産が正確に査定できておらず、会計の独立と経理の透明化には程遠い状況が明らかになったことを踏まえ、資産査定ができてこそ減価償却の計上でキャシュフローが生まれ、債務の返済が可能になると論じている。また、財務体質が健全化すれば、多数の雇用を生むであろうことも予想する。
全体として、医療費削減により生じた医療現場の問題に、診療報酬ではなく補助金や基金の設立で対応しようとする手法により医療現場は荒廃するとしている。
B地域の医療供給体制
では、「地域」にも様々な形態があり、それら地域に見合った適正な医療の需給が必要であることを論じ、生活、福祉、介護まで含めた地域密着型の包括ケアの実現を提唱している。
地域で安心して暮らすためには、まずは救命救急体制の整備があり、さらにはプライマリ・ケア(家庭医療、かかりつけ医療)としてどのような医療問題にも対応可能な総合医が適正な割合で存在することが重要であるとする。その上で、大都市などの各科の専門医や高度医療機関との密なる連携を実践することにより、地域で発生する医療問題は解決可能となることが強調されている。
このため、過去の医学教育は、各科の専門医の育成に主眼を置いてきたが、今後はより多くの総合医の育成に努め、各科の専門医と総合医がバランスよく地域に配置できるような医師の供給体制への規制も考慮しなくてはならないとする。地域医療医(総合医)の専門性の確立が、地域医療崩壊(地域医療不全)を防止する最大の打開策であると強調している。
(3)医療制度分析
@ 医療制度の国際比較
では、多くの国で医療支出が増加してきていること、このためプライマリ・ケア医の診療や検査の重複をさける役割が強調されていること、国によっては保険者機能の活用による管理競争などを活用し、支出の効率化を図っていることなどをみている。
医療供給体制については、医療に対する需給が適切に調整されるように、医療計画等において様々な工夫が試みられている。コメディカル(看護師、薬剤師など)の権限を拡大して医師の負担を軽減しようとする動きもみられる。診療報酬や薬価、投資コストなどについても、医療の質を確保しつつ、支出を効率化しようとの試みが継続されている。
また、医療と介護の連携を強めることにより、医療と社会ケアを明確に区分し支出を効率化しつつも、高齢化の需要に対処しようとする動きが始まっていることにも言及している。
A医療システム
は、国民皆保険という健康保険制度が高齢化の進展等、時代の変化に対応し切れていないことを指摘する。その上で、医療は複雑系のシステムであり、「産業立国」論から脱却することも含めて、既存の産業、および省庁横通しである「生活者・消費者への価値を創造し提供する仕組み」として「社会システム・デザイン」という統合的アプローチを採用することを提案している。
「超高齢化社会をどう経営するか」という大きな課題の文脈の中で医療システムを位置づけ、患者、医者、保険者の三者間に自己規律が醸成されないことが作り出している悪循環を発見、定義して、新しい良循環を創造する。それを「駆動するエンジン」としてのサブシステム、サブサブシステム等に分解し、細かく具体的な行動フローに落とすというステップを踏むという実際に行ってきた作業結果をもとに、それぞれのステップの結果を示したうえで、デザインの本質である仮説と修正の繰り返しのプロセスの第一回目としての3つのサブシステム仮説を提示するとともに、この繰り返し作業プロセスの継続が提案されている。
B改革の方向性
は、日本の医療制度は社会経済の変化に十分に対応できておらず、医師不足、医療保険財政の逼迫および医療過誤、若い世代から高齢者世代への所得分配等、様々な問題が生じていることを指摘する。
限定された資源の中で増加する医療費に対処するため、費用負担はどうあるべきかを考慮する必要があるとし、情報の非対称性を軽減するための施策(第3者評価、同僚評価、医療の標準化)や、プライマリ・ケア(家庭医療、かかりつけ医療)医制度および専門医制度の導入・医療と介護の連携強化などの対応が考えられている。公的医療保険制度については、保険者機能の強化のほか、「規制された競争」及び「管理された競争」の原理を取り入れること、更には積立方式への移行も検討すべきであるとしている。
また、医師数の不足、診療科および地域についての偏在、医療機関の経営改善など、医療サービスの供給体制についても課題は多いことが指摘される。不採算医療への対応や、医療サービス提供における公私の役割分担および医療機関のガバナンスの在り方に関しても改めて検討されなければならない。このことを前提に、医療サービスについての価格規制を、品質、費用を反映するような方向で見直し、医療制度の効率的利用という目標と合致するものにするとともに、数量規制についても、需要予想の変化に対応し、価格規制との整合性を考慮に入れながら、供給不足の弊害を生み出さないように調整していくことが必要であるとする。
持続可能な医療制度を構築するためには、患者、医療サービス提供者および政府の相互作用についても着目することが重要であり、根本的な問題解決を期すためには、効率性および公平性を確保し整合的に制度を改革する必要があることが強調されている。
以上のとおり、本研究会では、社会保障全体の中での医療の位置付けを念頭に置きつつ、国民にとっても関係者にとっても安心のできる医療サービス供給体制と、適切な費用負担の下での持続可能な医療保険制度について、中長期的な観点からに検討しており、本報告書に収録した個別の論文においては、それらの検討結果を踏まえ、自由な立場からの論述がなされている。
(敬称略、肩書きは平成21年7月現在)
| 座 長 | |
|---|---|
| 貝塚啓明 | 東京大学金融教育研究センター長 |
| メンバー(50音順) | |
| 大森正博 | お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科准教授 |
| 折茂賢一郎 | 社団法人地域医療振興協会 西吾妻福祉病院管理者 |
| 上 昌広 | 東京大学医科学研究所特任准教授 |
| 亀田隆明 | 医療法人鉄蕉会 亀田総合病院理事長 |
| 富田俊基 | 中央大学法学部教授 |
| 府川哲夫 | 国立社会保障・人口問題研究所社会保障基礎理論研究部長 |
| 松田 学 | 財務総合政策研究所客員研究員 |
| 横山禎徳 | 株式会社イグレック代表取締役 |