財務総合政策研究所

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平成15年7月2日


「社会階層・意識に関する研究会」報告書


I.


研究会の目的等
 日本社会においては、戦前の階層社会から、戦後の高度成長期を経て、個々人の豊かさの拡充を通して、国民の多くが中流意識を持つ「一億総中流社会」になったとまで言われてきました。ところが、バブル期の到来とその崩壊を経て、その後の「失われた10年」と呼称されるような景気停滞が続いた1990年代には、所得格差や不平等という「社会階層」に関連するテーマが取り上げられるようになりました。
 そして現在でも、雇用面での終身雇用・年功序列型賃金体系から、実績・能力主義型の賃金体系へのシフト、非正規雇用の増加、企業の倒産等による失業者や若年層のフリーター増加、教育における学力格差、といった「格差拡大、社会の階層化」と関連する事象が指摘されています。
 現状において、実際に社会階層分化及び階層の固定化の動きが進んでいるとすれば、日本の社会経済の構造自体の変質を意味するものと思われます。このため、財務総合政策研究所では、「社会階層・意識に関する研究会」(座長:樋口美雄・慶應義塾大学教授)を設け、平成14年11月から平成15年5月にかけて、6回にわたり研究会を開催し、社会階層にかかる現象について、所得格差や資産格差、社会階層の固定化・閉鎖性、教育における階層差、男女間格差、消費行動や意識の変化など、様々な視点から研究を行うことで現状を把握するとともに、今後のわが国の経済社会の在り方について活力、効率性、公平性等の観点から議論を行ってきました。その成果を踏まえ、研究会メンバーによる分担執筆により、報告書を取りまとめました。


II.


報告書の概要
1 ) 経済的格差について
 所得格差については、家計調査の課税前年間世帯所得のジニ係数でみると80年代半ばから格差拡大となっている(図表1)。しかし、この主因は人口構成が高齢化した結果であり、同一年齢間での格差の拡大は小さいものとなっている。しかし、生涯所得の格差を代理する消費の格差は所得格差と同程度か、それ以上に拡大している(年齢別では、50歳未満層で拡大、50歳以上では縮小傾向)(図表2)。(大竹論文)

図表1 所得不平等度の推移

出所) 大竹論文
図表1 所得不平等度の推移

図表2 年齢階級別消費不平等度の推移
全国消費実態調査(等価消費)の対数分散

出所) 大竹論文
図表2 年齢階級別消費不平等度の推移 全国消費実態調査(等価消費)の対数分散
 資産格差については、日本においても資産(ストック)格差は所得(フロー)格差より大きいが、国際的には小さい方であり(図表3)、バブル期以降の地価の下落もあって土地資産はそのウェイトを減じている。遺産額も少額化して生涯所得に対して大きな金額ではなくなってきている。(太田論文)しかし、50歳未満年齢層の消費格差拡大の要因のひとつとして、少子化による遺産格差の拡大の可能性が挙げられる。(大竹論文

図表3 資産格差の国際比較(ジニ係数)
 92年93年94年95年96年97年98年99年2000年
日本  0.592    0.564 
アメリカ0.823     0.822  
カナダ       0.727 
イギリス0.660.660.670.650.680.690.690.690.69
旧西ドイツ 0.622    0.650  
イタリア 0.591 0.581  0.614 0.616
スウェーデン0.79        
フィンランド  0.604   0.615  
オーストリア      0.70  

  出所) 太田論文




 動態的な所得階層間の流動性(時間の経過とともに所得階層を移動する度合い)については、ここ10年弱の間、経年的に所得階層間の移動確率は低下傾向を示している(図表4)。(樋口他論文

図表4 夫所得階層間移動確率(全体/コーホート A+B)
 前年(1993)
(低)IIIIIIIVV(高)
当年
(1994)
(低)I63.5%23.1%6.6%3.4%2.4%
  II25.8%40.8%22.4%6.0%5.9%
  III5.7%24.9%49.3%18.1%7.1%
  IV3.8%10.1%17.1%53.0%14.8%
(高)V1.3%1.2%4.6%19.5%69.8%
 合計100%100%100%100%100%

 前年(2000)
(低)IIIIIIIVV(高)
当年
(2001)
(低)I71.6%16.9%4.2%2.6%2.2%
  II21.3%50.3%21.7%5.6%1.1%
  III4.1%27.7%49.7%14.3%1.6%
  IV1.5%4.6%22.2%61.7%11.9%
(高)V1.5%0.5%2.1%15.8%83.2%
 合計100%100%100%100%100%

  注) 無収入者含む。前年の所得階層を100%として、当年にどこの所得階層に移動したのかを見た。
  例) 1993年(夫所得階層I分位)→1994年(夫所得階層I分位):63.5%。
  出所) 樋口他論文




2 ) 職業的地位からみた社会階層について
 社会階層議論の端緒の一つである、職業的地位からみた社会階層が学歴を媒介として親から子に継承されるという「階層再生産論」について、当該調査(1955年から1995年にかけてのSSM調査データ)においては、全体では階層移動の開放性が高まっていると否定し、唯一閉鎖性が高まったといえる「40歳時・ホワイトカラー雇用上層(W雇上)」(図表5)についても、その原因は学歴媒介性の高まりによるのではなく、むしろ大卒者の間でも自営業出身などで学歴によらない継承性が高まっていたことなどが影響しているとした。(盛山論文


図表5:上位階層の閉鎖性のトレンド(40・50代、対数オッズ比)
 
注)対数オッズ比とは、「なりやすさの格差」を示しており、数値が高いほど閉鎖性が高い。
:この図で「40歳時W雇上」のオッズ比1.86は、父の主職がW雇上階層である場合、そうでない階層出身に比べて、本人が40歳時に約6.42倍(e1.86=6.42)W雇上になりやすいことを示す。
「W雇上」とは、「専門」と「大企業および中小企業ホワイトカラー」のうち、自営の専門とホワイトカラーの非管理職層を除いたもの。
「専門大W」とは、「専門」と「大企業ホワイトカラー」を一緒にしたもの。
出所) 盛山論文




 1980年代から2001年にかけての、日本とアメリカ、ドイツの国際比較を行った結果、世代間階層移動については、日本ではブルーカラー階層は開放的で、継承性も低いという特徴はあるが、国毎の階層分布の違いを除いた相対的な移動、継承チャンスの格差は各国とも似通ったパターンとなっている(図表6)。階層帰属意識(社会の中でどのような階層に属するのかの主観的な位置付け)では、日本とドイツは「社会階層」(ホワイトカラー、ブルーカラー、自営、農業)が最も大きな影響を与える重要な要素となっているとの成果を得た。(石田論文


図表6 日米独の相対的継承チャンス(対数オッズ比)
 日本アメリカドイツ
男性
上層ホワイト1.2331.0581.472
下層ホワイト0.9160.8050.985
自営0.9540.7751.562
農業3.2792.5743.672
上層ブルー0.7660.4520.917
下層ブルー0.4940.6461.059
 
女性
上層ホワイト0.8520.8131.159
下層ホワイト0.1890.0750.876
自営0.7680.4321.422
農業2.5771.9472.991
上層ブルー0.1160.2120.283
下層ブルー0.3140.5621.246

注)調査年に関しては、石田論文脚注5を参照。
ある階層出身者が同じ階層に留まるチャンスを他の階層出身者と比較している。
:この図で日本の男性で上層ホワイト出身者は、それ以外の階層出身者に比べ、上層ホワイトに到達するチャンスが約3.43倍(e1.233=3.43)ある。
出所) 石田論文




3 ) 教育における格差について
 学歴は親から子への階層媒介機能を果たすとされるが、その教育における格差について、生まれた家庭の社会階層差が、文化階層差とあいまって、子供の成績や学習する力に明瞭な影響を与え、しかも、その影響力が強まっているとの実態を指摘している。例えば1979年と1997年とで、社会階層が中学時代の成績に及ぼす影響力の変化を取り出し、比較を試みている。その結果、中学時代の成績の階層差が、この間に拡大していたことが統計的に証明されており、このような学業達成における階層差を踏まえた教育政策が重要であると結論付けている。(苅谷論文)




4 ) 自営業の所得低下について
 90年代を通じて、自営業は、市場所得(当初所得)と再分配後の所得のいずれでも被雇用者に比べ低下が著しいものとなっており、これが自営業者数減少につながっている。(玄田論文) 実際、90年代に、自営業・自由業の平均年収が減少している動きもみられる。(樋口他論文)




5 ) 男女間格差について
 フルタイム雇用者の男女間賃金格差は改善されたとはいえ、先進諸国にくらべて大きな格差が残され、また、女性雇用者の中でウェイトが高まっているパートタイムの、フルタイムに対する賃金格差は拡大している。(大沢論文)




6 ) 階層と消費行動について
 階層差に基づく消費行動についての国際比較では、欧米では階層やエスニシティの影響が消費行動に表れており、これに基づきマーケティング戦略も立てられているほどである。これに対し、日本では性・年代・収入・趣味等で多くを説明でき、収入と生活様式も一致しないので、階層の意味合いが薄い。日本でも生活の場面ごとに階層意識はある(例えば、「住まい」や「住まいのある地域」など)が、生活分野を貫いた形での全体としての階層帰属意識は見えにくい。(関沢論文)




7 ) 若者の階層化と意識変化
 所得階層と階層意識という点では、ここ10年弱で人々の生活程度に関する意識(=階層意識)のみならず、満足度も所得階層間でわずかながらも格差を拡大している。(樋口他論文)
 格差を人々が如何に受け止めるか(perceive)は、所得階層とはリニアではない複雑な関係であるが、「国民生活選好度調査」によれば、格差の受け止め方の指標である「満足度」や「やる気」が低下している(猪木論文)ことが見受けられ、階層意識の分化が進んだり、「満足度」、「やる気」という社会の安定性や活力に関する意識が全体として低下するといった兆しがみられている 。
 特に若者に焦点を当てると、90年代を通じて、若年層の所得は高齢層に比べた優位性が失われ(高齢者への定年延長や社会保障拡充等に対し、失業率上昇等を背景に若年所得は相対的に劣化)(玄田論文)、ニューエコノミーの進展等による職業の二極化(中核労働者と単純労働者(フリーター等))や雇用の不安定化、そして家族形態多様化(高度成長期では、多くの若者が似たようなライフコースを辿っていたものが、現在ではパラサイトシングル等の家族形態の多様化が見られる。)により、自分の能力・努力とは無関係に生活水準が決定される傾向が強まり、若者の「やる気」が失われる状況が進行している。これを放置すれば、将来社会の不安定要因となる可能性が高い 。(山田論文)




8 ) 「機会の平等」と活力ある社会について
 格差論を考える際に重要な「機会の平等」と「結果の平等」の関係と、今後の社会の在り方について、「機会の平等」を確保し、自由競争を促す「規制改革」は、規制に伴う生産者や一部の消費者の既得権を解消させ、経済の効率性だけでなく社会の公平性をも向上させると位置付け、規制改革が公平性を犠牲にするという通説を否定している。代表例として、労働市場や医療・福祉の規制改革は、既得権益を持つ者とそうでない者の格差を是正し、公平を実現するとしている。(八代論文)
 男女の「機会の平等」という点では、政策において、「男性稼ぎ型」の補強から、女性の社会参加を支援する「両立支援型」へ転換が図られている点を踏まえ、結果平等を睨みながら男女間の「機会均等」を推進することは、少子化対策等社会的にも意義があるとしている 。(大沢論文)
 一方で、機会の平等の結果として表れる格差の受け止め方は、社会安定の重要なポイントであり、格差を「適正」と感じさせ、「嫉妬」に転じさせずに「やる気」につなげるようなシステムを構築することが必要であるとしている。また、「中間層」の存在は社会の安定にとって重要であり、過度の豊かさ、貧しさの二極化は避けるべきとの考えも示された 。(猪木論文)


※   ※   ※   ※   ※   ※

 以上、各研究成果を総覧すると、所得格差、社会階層については、全体として、現時点で大きな変化があるとまでは言えない。しかし、静態的な所得格差は、年齢効果を主因に近年わずかな拡大を示し、また、動態的な所得階層間の移動確率は低下し、所得階層が固定化する兆しをみせている。しかも人々の生活程度に関する意識のみならず、満足度も所得階層との関連をわずかながらも強め、意識面においても階層間の差が広がる傾向にある。その要因が日本の経済社会構造の変化によるものなのか、景気停滞によるものなのかはデータの追加等で見極める必要がある。
 こうした状況が今後も継続していった場合、低位にある人々のやる気は削がれ、向上心が失われてしまう危険性さえある。社会の活力となる「やる気」を失ってしまう社会階層の二極化、固定化は避けなければならないであろう。結果の平等を達成するだけでは、人々のインセンティブは高まらない。人々のインセンティブを高めていくためには「努力が報われる」仕組みが必要であるが、その結果として表れる格差を、いかに人々が納得できる範囲に抑え、その意識を「嫉妬」に転化させず、「やる気」につなげていけるかが重要である。その大前提として、誰にも公平な機会が与えられ、いつからでも再挑戦のできる、やり直しのきく社会が形成されなければならない。
 経済の低迷が長期化し、高齢化が進展すると、どうしても所得格差の拡大・階層の固定化が起こりやすくなる。閉塞感を打破し、活力ある日本社会を築いていくには、これまで以上に機会の均等や再挑戦の可能性を重視した施策が必要となろう。


III.


各章の要約

第1章
 所得格差の拡大はあったのか
大竹 文雄(大阪大学社会経済研究所教授)

 本章では、所得格差の拡大は本当にあったのか、あったとすれば、どのようなタイプの所得格差の拡大であったのか、という点について、現在得られるデータをもとに議論した。日本の所得格差の変化の特徴は、所得格差の拡大の主要要因は人口高齢化であり、年齢階層内の所得格差の拡大は小さいことである。しかし、生涯所得の格差を代理する消費の格差の動きは、所得格差の動きとパラレルか、所得格差よりも早いスピードで拡大していることも特徴的である。年齢階層別にみると、消費の格差拡大は、50歳未満の年齢層で観察される。こうした現象を説明する仮説としては、(1)所得階層間移動の可能性が若年層で低下、(2)若年失業率の上昇を通じた生涯所得格差の拡大、(3)消費者信用(金融市場)や家族の所得保証機能の低下、(4)遺産格差を通じた資産格差の拡大、が挙げられる。


第2章
 日本における資産格差
太田 清(政策研究大学院大学教授)

 本章では、日本における資産格差の実態をバブル崩壊から10年余りを経て再び眺めてみて、以下の点が明らかとなった。
(1)一般に資産ストックの方が所得フローよりも格差が大きく、日本でもそうである。
(2)バブルの崩壊以降、資産格差は全体として縮小してきている。土地資産がその規模、ウェイトを減じている一方、金融資産は着実に積みあがり、フローの所得に対する倍率も大きくなってきている。欧米では実物資産よりも金融資産の方の格差が問題とされることが多い。日本は実物資産のうち土地資産が大きいことから実物資産の格差が問題とされてきたが、バブル崩壊もあってこの状況は次第に変わりつつある。また、人的資産も含めて考えてみると、これまでは土地資産のようにもともと存在する資産の保有格差に目が向けられていたが、今後は、個人の能力を表し、勤労所得の源泉となる人的資産の格差(及びそれを反映したフローの所得の格差)がより重要になってくるとみられる。(3)国際的に比較してみると、可処分所得格差の大きさでは先進諸国の中で中位くらいにある日本は、資産格差ではより小さい方に位置する。(4)遺産の存在は日本でも資産格差を拡大させているとみられるが、地価の下落もあって遺産額は少額化してきており、平均的にみれば、生涯所得に対して大きな額ではなくなってきている。ただ、今後は少子高齢化の中で、個人の資産形成における遺産のウェイトは高まっていく可能性がある 。


第3章
 パネルデータにみる所得階層間の流動性と意識変化
樋口 美雄(慶應義塾大学商学部教授)
法專 充男・鈴木 盛雄・飯島 隆介
・川出 真清(財務総合政策研究所)
坂本 和靖(一橋大学大学院博士課程)


 本来、所得分配面における方向性を検証するには、一時点でみたとき人々の所得がどれだけ異なっているかという静態的所得格差と、時間の経過とともに所得階層が固定化する傾向にあるのかどうかという動態的所得変動の二つの尺度が必要である。本章では、(財)家計経済研究所の『消費生活に関するパネル調査』を用いて、90年代に入ってからの静態的所得格差の変化に加え、従来、ほとんど行われてこなかった動態的所得変動の分析、さらには所得格差の意識への影響について分析を行った。分析結果をみると、静態的な所得格差は、年齢効果を主因に近年わずかな拡大を示し、また、動態的な所得階層間の移動確率は低下し、所得階層が固定化する兆しをみせている。夫所得と妻所得の補完関係をみると、夫所得の低い世帯で妻就業率は高いがその賃金は相対的に低い上に、女性就業率の上昇等から「高所得の夫と高所得の妻」が増える兆しがみられる。そして、意識においても、人々の生活程度に関する意識のみならず、満足度も所得階層との関連をわずかながらも強め、意識面においても階層間の差が広がる傾向にある。景気停滞による一過性の現象なのか、それとも日本経済の構造転換に伴う恒常的な動きなのか、今後、新たなデータを追加することによって見極めていかなければならない。活力ある日本社会を築いていくには、これまで以上に機会の均等や再挑戦の可能性に目配りした施策が必要となろう。


第4章
 階層再生産の神話
盛山 和夫(東京大学大学院人文社会系研究科教授)


 近年、様々なところで「不平等が拡大しつつある」、「機会が閉鎖化しつつある」あるいは「階級社会が到来しつつある」というような議論が盛んに述べられ、多くの場合は、単なる推測や懸念が語られているだけなのだが、いくつかの議論ではデータも示されている。本稿は、そうした階層再生産拡大説が、基本的に「学歴媒介性が強化されたことによって階層移動の閉鎖性が強まった」と考えていることに注目し、その推論には根拠がなく、次のような理由によって、神話に近いものであることを指摘する。すなわち、第1に、データの大勢は階層移動の開放性が高まったことを示しており、閉鎖性が高まったことを示しているのは、「40歳時ホワイトカラー上層(W雇上)」だけである。第2に、階層間の学歴格差が拡大しているという証拠は何もない。第3に、それが拡大しているという思いこみは、いくつかの統計的錯覚(90年時点で40歳の人が社会人となったのは70年代であり、学歴に関する環境は現在と異なることを認識していないなど)によるものである。そして第4に、「40歳時W雇上」の閉鎖性は、階層間の学歴格差の拡大によってではなく、学歴と本人階層との関連のしかたの階層間での違いが拡大したためである。


第5章
 社会階層と階層意識の国際比較
石田 浩(東京大学社会科学研究所教授)


 日本社会において社会階層の持つ意味を検討するため、世代間階層移動のパターンと階層意識の規定要因について、アメリカとドイツとの国際比較の枠組みの中で検証した。親の世代から子どもの世代の間にみられる階層の移動と継承パターンの分析では、日本のブルーカラー階層は(他階層からの流入に対する)閉鎖性や、親階層の(次世代への)継承性が米独に比べ低いことが明らかになった。このことは、日本における労働者階級意識の希薄化と中流意識の拡大と関連していると考えられる。他方、国ごとの階層分布(「周辺分布」)の違いを捨象した、出身階層間の相対的な移動・継承チャンスでみた格差では、日米独の3国できわめて似通ったパターンを示しており、階層構造の閉鎖性・開放性では、日本はアメリカ・ドイツと大きく異なるわけではない。
 階層帰属意識(社会の中でどのような階層(上層・下層など)に属するかの主観的位置付け)を規定する要因として、社会階層(ホワイトカラー、ブルーカラー、自営、農業)、学歴、職業的威信、所得という4つの社会・経済的な指標の相対的な重要性を検討したところ、日本とドイツにおいては、社会階層が最も大きな影響力を持つことが明らかとなった。このことは、社会階層が人々の主観的な意識形成についても依然として重要な影響を与えていることを意味している 。

第6章
 教育における階層格差は拡大しているか
      −社会的セーフティネットとしての公教育の政策課題−
苅谷 剛彦(東京大学大学院教育学研究科教授)


 この章では、学業達成における階層差の実態と、それが近年拡大している傾向性について、様々なデータを用いて実証的な分析を行った。その結果、中学2年生の数学で成績下位となる可能性は、通塾の有無の強い影響を受けること、家庭の文化的環境と密接な関係のある生徒の基本的生活習慣の影響を受けていること、さらにはこれらの影響が90年代に拡大する傾向が見られることがわかった。また、小学生でも中学生でも、「新しい学力観」でいわれる自分で調べる学習などへのかかわりには家庭の文化的環境による明瞭な格差があることも確認された。さらに、1979年と1997年とで中学時代の成績(自己評価)に及ぼす出身階層の影響を比べると、97年において出身階層の影響が強まっていることも明らかとなった。これらの結果をもとに、学業達成における階層差を無視した教育政策・教育改革の問題点と社会的セーフティネットとしての義務教育における学業達成の格差拡大抑制の必要性について議論を展開した。


第7章
 劣化する若年と自営業の所得構造
玄田 有史(東京大学社会科学研究所助教授)


 1990年代を通じて、10代や20代の若年層の所得は60代の高齢層に比べた優位性が失われ、自営業も被雇用者より所得面で劣位となっている。1989年と1998年の旧厚生省「所得再分配調査」から、それらの格差の動向を検討した。
 市場経済活動による所得を年齢間で比べると、1989年には60代は20代よりも劣位にあったが、98年に60代と20代の所得差は消失している。市場所得に年金、社会保障、税金等を考慮した公的再分配所得で比べると、89年時点でも60代は20代より高所得だったが98年にその差は拡大した。定年延長等による就業拡大と年金等の社会保障制度の整備は、高齢者の所得状況を改善する一方、若年所得は失業率上昇等の就業機会の悪化を背景として相対的に劣化した。
 自営業所得は市場所得と再分配所得のいずれも被雇用者に比べて低下が著しく、自営業減少の一因となった。近年における自営業の所得構造の特徴として、加齢に応じた所得上昇の停滞、雇い人のいる場合の所得低下や、東京を含む南関東圏の高所得傾向の消失等が挙げられる。特に、一定規模以上の事業を展開していた事業主や、バブル経済崩壊後の債務負担。


第8章
 階層格差が若者の心理・行動に与える影響について
山田 昌弘(東京学芸大学教育学部助教授)


 階層分析にかかわる枠組みの変更が求められている。従来の階層論では、職業の安定性と家族形態、ライフコースの画一性を前提にした分析が行われていた。それは、男性の職業によって階層を代表させるというモデルであった。それは同時に、男性の能力、努力が生活水準に直接反映されるという「希望」に満ちたモデルであり、経済の高度成長期に最もよく当てはまった。
 しかし、ニューエコノミーの進展によって、職業の二極化、リスク化が生じている。また、「パラサイトシングル」など、家族形態が多様化し、ライフコース予測の可能性も低下している。すると、男性の職業では階層が代表できなくなる。そして、男性の収入だけでなく、女性の就労状況や親の支援の有無、家族負担の有無など、自分の能力・努力とは無関係なところで、生活水準が決定される状況が若者において強まっている。
 今まで、経済の高度成長と職業・家族の安定によって若者の希望が保たれていた状況が失われつつあり、能力が特段優れない若者のやる気が失われる状況が進行している。これを放置すれば、将来、社会の不安定要因となる可能性が高いため、努力が報われるような仕組み(アルバイトから正社員への登用制度等)が必要である 。

第9章
 格差/平等論と社会政策改革 −ジェンダーの視点から−
大沢 真理(東京大学社会科学研究所教授)


 「結果の平等」重視の見直しを求める「公正な格差」論が90年代後半から主流となり、99年2月の経済戦略会議最終答申「日本経済再生への戦略」でも表明されたが、男女間格差、ジェンダーの視点は乏しかった。社会的な格差/平等をめぐる最近の論争も、男性の一部に土俵を局限するものに過ぎず、男女格差の問題意識は薄かった。また、フルタイム雇用者の男女間賃金格差は改善されたとはいえ、先進諸国にくらべて大きな格差が残され、女性雇用者に占める比率が上昇したパートタイムのフルタイムに対する賃金格差は拡大している。
 政策については、80年代は強固な「男性稼ぎ主」型システムの補強、90年代も後半では「両立支援」型への動きがみられるものの総じて「失われた10年」だった。それに対し、経済戦略会議の延長線から出発した「骨太方針」、「骨太方針第二弾」では、所得税の配偶者控除や年金制度の見直し等「両立支援」型の政策が明らかにされてきている。
 男女賃金格差縮小や雇用機会均等施策という形で、結果平等を睨みながら、機会均等を推進して、女性の経済力をつけることが、財政再建、少子化対策としても有効である。


第10章
 消費の現場と階層意識
関沢 英彦(東京経済大学教授・博報堂生活総合研究所長)


 欧米と日本のマーケティングにおいて、階層という考え方がどう把握されているかを中心に見ていくと、欧米では、階層やエスニシティごとに消費行動が異なるため、マーケティング活動においてこれらは重要な要素とされ、市場分析に活用するのも当然とされている。
 これに対し、日本では、階層・エスニシティを持ち出さなくても性・年代・収入・個人的趣味嗜好で、市場動向の多くが説明できる。収入と生活様式も一致しないので、階層という概念を使う意味合いが低いとされている。(高級ブランドバックも、階層が異なるというタブーを感じずに購入する)
 しかし、階層の意識が存在しないわけではない。調査結果では「社会階層差」を高く感じる生活分野があり、「住まい」や「住いのある地域」は社会階層の差異が顕著に表れる。「旅館・ホテル」も階層差意識では上位であるが「一晩単位で借りる住まい」なので、容易に「階層上昇」が可能な点で意識が異なる。「ブランドもののファッション」は「日常の衣生活」に比べて階層の差があると思う率が高い。このように、日本でも、生活の場面ごとには階層を意識されるが、生活分野を貫いた形での全体としての階層帰属意識が見えにくいために、階層概念はマーケティングの現場で使用されないのであろう 。


第11章
 規制改革を通じた公平性の確保
八代 尚宏(日本経済研究センター理事長)
 規制改革が公平性を犠牲にするものという通説は誤っている。規制改革は市場競争を制約する規制を撤廃し、規制に伴う生産者や一部の消費者の既得権を解消させるという意味で、自由貿易と共通している。いずれも、経済の効率性だけでなく社会の公平性をも向上させる。労働市場の規制改革で、雇用契約の自由化を図ることは、多様化する労働者の働き方に対応するとともに、正規社員を非正規社員との対等な競争に晒すことで、両者の賃金格差の縮小に貢献する。医療改革の内、保険診療と保険外診療との併用を容認することは、質の高い保険外診療へのアクセスの平等化を図るとともに、利用者主体のサービス産業としての医療を目指す。福祉の規制改革では、限られた利用者だけを対象とした高コスト構造の介護施設や保育所について、施設補助から利用者補助への転換を進めれば、福祉施設を利用できる人々とできない人々との間の格差を是正することができる。多くの利用者にとって効率的な規制は、同時に公平な規制でもある。


第12章
 なぜ所得格差が問題か−今後のリサーチの方向についての試論−
猪木 武徳(国際日本文化研究センター教授)
 所得格差の解析は重要だが、その格差を人々が如何に受け止める(perceive)かは、社会の安定性や秩序にかかわるさらに重要な問題で、所得格差とリニアな関係にない複雑な構造となっている。満足度の構造について、アダム・スミスは、(1)他人への意識は、その所得や地位の向上のスピード、努力、運等の違いに依存する(納得できないと嫉妬心が生じる)、(2)大きな差異がないと嫉妬と怨望で不安定化するおそれがある、(3)自分と他人の差異の過大評価は悲惨をもたらす、としている。
 人々の意識を表す「国民生活選好度調査」では、格差、機会平等の問題の受け止め方の指標である「満足度」で「不満」増加傾向にあり、一方で「やる気」も低下(経済的な豊かさと情報の高度化が挑戦心を阻害)している。
 社会にとって、人々が「やる気」を持てるか、格差を「適正」と感じられるかは重要なポイントで、そのために「機会平等」がもたらす「結果の不平等」が生む嫉妬心を冷やすシステムが必要であり、また、精神的に安定している「中間層」という存在は、「善き社会」にとって重要であり、過度の豊かさ、貧しさの二極化は避けなければならない 。

連絡先:財務省 財務総合政策研究所 研究部
 TEL 03-3581-4111
 主任研究官 鈴木盛雄 (内線.5223)


 本報告書の内容や意見は全て執筆者個人に属し、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。

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「社会階層・意識に関する研究会」 メンバー

(敬称略、肩書きは平成15年6月現在)

 

座長

 

 樋口 美雄

 

 (慶應義塾大学商学部教授)


執筆メンバー(五十音順)
 石田  浩 (東京大学社会科学研究所教授)
 猪木 武徳 (国際日本文化研究センター教授)
 大沢 真理 (東京大学社会科学研究所教授)
 太田  清 (政策研究大学院大学教授)
 大竹 文雄 (大阪大学社会経済研究所教授)
 苅谷 剛彦 (東京大学大学院教育学研究科教授)
 玄田 有史 (東京大学社会科学研究所助教授)
 盛山 和夫 (東京大学大学院人文社会系研究科教授)
 関沢 英彦 (博報堂生活総合研究所長)
 八代 尚宏 (日本経済研究センター理事長)
 山田 昌弘 (東京学芸大学教育学部助教授)

非執筆メンバー(五十音順)
 鈴木 不二一 (連合総合生活開発研究所副所長)
 福原 義春 (資生堂名誉会長)

財務総合政策研究所
 河合 正弘 (財務省財務総合政策研究所長)
 法專 充男 (財務省財務総合政策研究所次長)
 津曲 俊英 (財務省財務総合政策研究所研究部長)
 鈴木 盛雄 (財務省財務総合政策研究所主任研究官)
 飯島 隆介 (財務省財務総合政策研究所研究員)


 岩下  正


 (財務省財務総合政策研究所前所長、平成15年3月退任)
 森信 茂樹 (財務省財務総合政策研究所前次長、平成15年1月退任)


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