財務総合政策研究所

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新  聞  発  表

平成15年6月26日


「アメリカ経済研究会」報告書

1. 研究会の目的等
 アメリカ経済は1990年代に高いパフォーマンスを示しました。しかし、2000年代に入りITバブルの崩壊に加え、不正会計問題など“グローバル・スタンダード”として多くの国から支持されてきたアメリカ型経済システムを揺るがすような問題が生じ、一つの転換期を迎えているように思われます。
 また、マクロ面でも資産市場でのバブルの問題、金融政策の在り方など、日本がバブル崩壊時に直面したような問題のほか、世界経済に大きな影響を与えかねない経常収支赤字の問題を抱え、世界経済への影響が注目されています。
 そこで、財務総合政策研究所ではアメリカ経済の現状を検証し、今後のアメリカ経済を展望するために「アメリカ経済研究会」(座長:伊藤隆敏・東京大学先端科学技術研究センター教授)を設け、昨年10月以降7回にわたり研究会を開催してきました。
 今回、研究会の成果を踏まえ、研究会メンバーによる分担執筆により、報告書をとりまとめました。


2. 報告書の概要
 アメリカ経済は1991年3月から10年続いた景気拡大が2001年3月に終わり、景気後退期に入った。しかし、2002年には2%台の成長率を達成し、景気は回復し始めているようにみえる。例えば、IMFの見通し(2003年4月)では、2003年の成長率は3.6%へ加速するとみており、ヨーロッパや日本に比べれば明るい見通しとなっている。しかし、アメリカ経済は以下のような短期的な懸念材料や中期的な課題を抱えている。

1 ) 短期的な懸念材料
 短期的な懸念材料として伊藤論文では以下の点を挙げている。
[1] これまで好調であった個人消費にかげりが出る中で、これに代わって景気を引っ張っていく牽引車役が見当たらないこと。これまで個人の可処分所得を高めてきた住宅ローンのリファイナンスやキャッシュアウトは、住宅価格の高騰そのものが終焉に近づいているとみられ、今後は多くを期待できないこと。更なる金利低下もほとんど期待できないため、住宅ローンの借り換えを通じた景気刺激も限界にきていること。
[2] 2000年には4%台であった失業率が、最近では6%程度に上昇してきていること。
[3] 製造業では需給の逼迫感がなく、IT部門では設備過剰があるといわれていること。
[4] 貿易収支の赤字拡大からも分かるように輸出需要が小さいこと。
 また、嶋中論文では景気循環論の観点からアメリカ経済の先行きに詳細な検討を加えているが、個人消費、住宅投資、設備投資は下降局面に入っているとみており、アメリカ経済は多くの懸念材料を抱えていると、伊藤論文と同じような見方をしている。
 こうした景気面への政策対応に関し、嶋中論文では、金融政策は効果が比較的小さくなっているほか、財政政策については大幅減税が長期金利の上昇を招き、消費や設備投資にマイナスの影響を及ぼす可能性を指摘している。
 他方、大幅減税に伴う財政赤字の拡大が経済に及ぼす影響について、ハバード論文では、アメリカの中長期的なファンダメンタルズは強固であるとの観点から、大統領の提案した減税策は財政赤字の対GDP比を実施年に1%引き上げるだけであり、この比率は2010年までに低下するため、経済成長への大きな障害にはならないとみている。

2 ) 中期的な課題
 アメリカ経済を中期的に展望する上で検討を要する重要な点として本研究会では大きく以下の四つの問題をとりあげている。

[1]アメリカ型経済システムをどう評価するか(コーポレート・ガバナンス問題を含む)
 土志田論文では、アメリカ型経済システムの特徴である収益至上主義、株主重視の経営、成果主義はダイナミズム、スピードといった「強み」と短期収益偏重の経営、モラルハザードといった「弱み」を同時に生み出しているとみている。エンロン、ワールドコムの問題は、株価頼みの経営、ストック・オプションの会計処理、企業統治の在り方、証券会社の利益相反、監査法人の中立性など幅広い問題を提起したが、こうした企業会計不信を含むコーポレート・ガバナンスの問題はアメリカの「弱み」を映じたものと位置付けている。
 こうした企業会計不信に対して企業改革法が策定・実施されたが、迅速な対処によってスピードを示し、必要とされるところは思い切った規制強化を柔軟に行ったところがアメリカ型システムの「強み」を立証するもの(土志田論文)であり、企業改革法の迅速な実施は学ぶべき点として評価できる(神田論文)。企業会計不信の問題は、アメリカの資本主義を本質的に揺るがす問題とする向きもあるが、適切に対策がとられて、改革が実行に移されるならば、それほど長期的、本質的な問題にはならないのではないか(伊藤論文)。
 ただし、今後の課題として神田論文では、アメリカのコーポレート・ガバナンスは「する」制度ではなく「させる」制度であることから、会計監査法人、証券アナリスト、格付け機関などgatekeeperといわれる企業の委譲を受けた専門家がしかるべき職務遂行を果たせるような制度的環境を再構築することが重要であり、専門家の法的な責任に関する現行諸制度を再点検する必要があることを指摘している。
 また、企業改革法に盛り込まれていないストック・オプションの費用計上問題については、ストック・オプション自体を禁止するのではなく、費用計上を義務付け、経営者のストック・オプション行使や売却について透明性を高めることが解決策になる(伊藤論文)。 金融システムをみると、近年の特徴的な流れとして「証券化」が進展し、資金の効率的な配分、リスク配分の効率化を通じて1990年代の好調なアメリカ経済を支えてきた。ITバブルの崩壊やエンロン事件の影響で行き過ぎたエクイティー・カルチャーの弊害を除去すべく軌道修正が図られているが、「証券化」の動きまで否定するようにはなっていない(遠藤論文)。
 このように、アメリカ型経済システムは、基本理念は確固としていても具体的な姿において固定的に捉えるべきでなく、状況の変化に応じて改革されていくもの、言い換えれば常に進化の過程にあるものと捉えるべき(土志田論文)であり、経済システムの評価は最終的には経済的な成果によるため、90代に見せたような経済的成果を再現することが重要である(土志田論文神田論文)。

[2]生産性の上昇は持続するか(“ニューエコノミー”は「本物」か)
 1990年代後半のアメリカ経済は高い成長を示したが、これは高い生産性上昇率に支えられていた。このような高い生産性上昇率を示した原因とその持続性については異なる見解がみられる。
 第1の見方は、IT産業の発展とその広範な産業への応用によってもたらされた“ニューエコノミー”が生産性の上昇、高成長、低失業率、低インフレをもたらしているため、こうした成長パターンは持続可能であり、しばらくは高成長が可能とするものである。これに対して、第2の見方は、生産性の上昇といってもIT生産部門に限定された話で、経済全体への広がりもなく、永続性もないとする見方である。
 この両者の見方の違いは、技術的には、景気回復の初期には生産性上昇率が高まるといった景気循環要因をどの程度と見積もるか、経済成長率から労働・資本による寄与を差し引いた全要素生産性をどの程度と計測するかによる。
 このような“ニューエコノミー”が「本物」だと考えればアメリカ経済は順調に3%台の潜在成長率に向かって回復することになるが、“ニューエコノミー”を全く短期的・循環的な現象と考えれば中期的にも1995年以前の低成長に戻ることになる(伊藤論文)。
 こうした“ニューエコノミー”をめぐる論争は完全に決着がついたわけではないが、最近の評価はアメリカ政府をはじめ、多くが「手放しの礼賛論」でも「完全否定論」でもない中間ケース、すなわち、行き過ぎの調整、あるいはバブルの調整は必要であるが、生産性上昇の加速という成果は持続し、潜在成長率は上昇していると考えている(土志田論文)。すなわち、90年代後半の3%程度と、それ以前の二十数年間の1%台半ばのどちらでもなく、その中間というのが、今後の生産性上昇率に関する大方のコンセンサスになりつつある。
 また、峰滝論文ではアメリカでは日欧に比べ、IT利用産業、特に卸・小売、証券業といったサービス部門における労働生産性が高く、労働生産性の上昇が広範囲に拡がっていることを検証しているほか、アメリカではIT投資が、分権的な意思決定の行われる企業組織、柔軟な労働市場、労働者再教育システムの充実などとあいまって労働生産性を高めたことを指摘している。

[3]株価下落など資産価格変動の影響をどのように評価するか
 嶋中論文では、株価変動が消費性向に影響を及ぼすには2年程度のタイムラグがあるため、2000年以降の株価下落の影響は2003年になって本格化する可能性があるとしている。これまでは住宅価格の上昇による資産効果が株安による逆資産効果を一部相殺していたが、住宅価格に鈍化傾向が生じているため、株安の逆資産効果を相殺する効果が薄れてきていることから、個人消費については厳しい展開も予想されるとし、これまで好調であった住宅投資も、長期金利の低下テンポの足踏みから、陰りが出るとみている。
 アメリカにおける2000年以降の株価下落を1990年代の日本のバブル崩壊と比較し、法專・葛見・牛窪論文では、日本でみられたように長期にわたって経済に大きな悪影響を及ぼすとは考えにくいとしている。同論文では、この理由として以下の点を指摘している。アメリカでは、住宅価格がこれまで上昇を続けてきた。仮に住宅市場でバブルが生じているとしても、バブルの規模は日本ほど大きなものではなく、日本のような急速な不動産価格の下落は考えにくい。また、アメリカでは、日本とは異なり、不動産、株式が金融システムにビルトインされていなかったので、金融機関がバブルの崩壊によって資産の劣化に悩まされることも少ないし、金融仲介機能が低下する度合いも低い。さらに、株式市場におけるバブルもIT分野にほぼ限定されていた。こうした日米間の違いに加え、アメリカには労働市場などに典型的にみられる経済システムの柔軟性や金融政策を含めた経済政策の迅速性といったより広い意味での安全弁も備わっており、これらもショックに対する耐性を高めているとしている。だからといってアメリカ経済の今後を楽観視することはできず、株価バブルの生成・崩壊の過程で生じた消費者・企業の過大な債務や経常収支の大幅赤字など様々な不均衡が今後調整される過程では、経済に相当のマイナスの影響が及ぶ可能性もあると同論文では指摘している。
 また、FRBはバブル崩壊の影響を軽微にし、デフレを回避するため、金利を迅速に引き下げてきた。資産価格と金融政策運営について、伊藤論文では中央銀行関係者の間で論争になっている二つの対立する見方、すなわち、[1]中央銀行の目標は一般物価の安定であり、資産価格は一般物価に含められる(予想に果たす役割も含めて)範囲でしか反映されるべきでない、[2]中央銀行の目標に積極的に資産価格も反映させるべきである、とする考え方があることを紹介した上で、現在では前者の考え方が主流であるが、今後のアメリカの資産価格の動向次第では後者の見方が強まるかもしれないことを示唆している。

[4]アメリカの経常収支赤字は持続可能であるか、また、ドル下落の可能性をどうみるか
 経常収支赤字の対GDP比は1990年代半ばまで1.5%程度で推移していたが、2002年には4.8%に達し、過去先進国でほとんど見られないような高い値となった。
 小川論文では計量経済学的アプローチを用いて国内貯蓄投資バランス、貿易フロー及び国際資本フローという観点から、アメリカの経常収支赤字が持続可能であるか否かを対外債務の返済可能性という点について検証した結果、いずれの観点からも経常収支の赤字は現在の水準では長期的に持続不可能であるが、経常収支赤字が国際資本流入によってファイナンスされれば(短期的には)持続可能であるとしている。
また、マン論文では、2002年の対外純投資収益は赤字になったばかりで、現在大幅な赤字が発生しているわけではないこと(ハバード論文でも同様の指摘)、また、2002年の対外純債務残高のGDP比は25%となったが、調整が起こると思われる40〜50%という基準からみると2005年まで猶予があるとする。
 しかし、こうしたGDP比の基準は(数年程度の)長期的な観察を行う上では意義があるが、短期的な持続可能性をみる上では外国人投資家の資産ポートフォリオ分析が有用である。そこでこの分析を用いると、ドルが現在の水準を維持する場合、外国人投資家は資産の増加分をすべてアメリカ資産に配分する必要がある。世界(アメリカを除く)の投資家のポートフォリオに占めるアメリカ資産の割合が一定(現在と同じ55%)のままであり続けると仮定すると、ドルは2002年の水準から40%減価する必要があり、このような調整が生じれば経常収支赤字の対GDP比は縮小して2.6%前後で安定する(マン論文)という結果になった。結局のところ、世界の投資家がアメリカの資産を日、欧と比べ、どの程度魅力的と考えるかに依存する(マン論文)が、アメリカ経済が日、欧経済に比べて好調であるかぎり、世界の投資家がアメリカ資産の組み入れ比率を拡大させることはそれほど不思議ではなく、そうだとすればドルが大きく変動することは考えられないと解釈することもできる(伊藤論文)。
 ハバード論文では、経常収支赤字の持続可能性を決める主な要因はアメリカの今後の経済政策が信頼を得られるかどうかにかかっているが、アメリカが市場重視で成長促進型の政策を志向する限り、経常収支赤字は持続的な経済成長への障害とはならないとしている。
 また、ドルの調整が生じるとした場合、その調整スピードについて小川論文では、ドルは基軸通貨であることから、ドルが減価すればドル離れを起こし、さらにドルが減価するといった悪循環に陥る可能性は低いとしている。
 なお、経常収支赤字のためにドルが減価するといった為替調整が行われる場合、実効レートで考えるべきで、必ずしもドル安・円高、ドル安・ユーロ高である必要はないことに留意する必要がある(伊藤論文)ことが指摘された。

 
3. 各章の要約
第1部 アメリカ型経済システムとアメリカ経済
第1章 ニューエコノミーとアメリカ型経済システムの再検討
土志田 征一(日本経済研究センター理事・研究参与、
専修大学経済学部教授)

 アメリカ型経済システムの具体的な特徴として[1]収益至上主義の経営、[2]株主重視の経営、[3]成果主義に基づく報酬が挙げられるが、このシステムはフレキシブル、ダイナミック、オープン、スピードといった「強み」と同時に、短期収益偏重の経営、モラルハザードを招きやすい成功報酬システム、所得格差拡大といった「弱み」を同時に生み出しており、「強み」と「弱み」は表裏一体をなしている。
 アメリカ経済が1990年代に、生産性の上昇に象徴される“ニューエコノミー”の成果をあげることができたのは、「グローバル化」、「IT革命」という潮流にアメリカ型経済システムが適応したことが基本になっている。
 他方、エンロン、ワールドコムに見られる企業会計不信は「弱み(アメリカ型経済システムの欠陥)」を反映したものであったが、企業改革法に見られるような迅速な対処ぶり、思い切った規制強化の実施など柔軟性を発揮したことはアメリカ型システムの「強み」を立証するものであった。すなわち、この問題には、経済システムの基本は変えず、問題部分を補修することにより対応したのであり、アメリカ型経済システムとは状況の変化に応じて改革されるもの、言い換えれば常に進化の過程にあるものと捉えるべきである。また、アメリカ型システムがそうであるとするならば、当面の課題としては、[1]民間活動の自由、収益重視、成果による報酬といった基本をどこまで貫くか、[2]過剰債務、過剰設備、経常収支赤字の累積といった不均衡をアメリカ型システムの有するダイナミズムが是正することができるか、といった点が注目される。


第2章 アメリカ経済の現状と見通し
R・グレン・ハバード(コロンビア大学教授、
前大統領経済諮問委員会委員長)


 1990年代に始まった労働生産性の加速が2002年も続いたほか、物価上昇率も低位安定しており、アメリカ経済の中長期的なファンダメンタルズは強固である。しかし、家計と企業のバランスシートの弱体化、企業経営者のリスク回避姿勢の強まり、民間設備投資の低迷から、現在の景気回復力は弱く、短期的には投資回復の遅れ、個人消費が伸び悩む可能性、原油価格の上昇など多くの難しい問題に直面している。
 このため、ブッシュ政権では投資、消費、雇用の伸びに的を絞り、減税と雇用創出策をパッケージとする経済政策を策定した(本年5月28日成立、実施)。財政収支からみると、いまは減税ではなく増税すべきとの見方もあるが、こうした減税策に伴う経済成長によってこそ財政収支が改善されるのであって、その逆ではない。財政赤字の規模をGDP比でみると、減税策はこの比率を実施年に1%ポイント上昇させるだけであり、この比率は2010年までに低下する。
 また、経常収支赤字の拡大を危惧する見方もあるが、アメリカは現在でも外国への債務支払いが大きな負担となる状況から程遠い。経常収支赤字の持続可能性を決める主な要因はアメリカの経済政策が今後も信頼を得られるかどうかであるが、アメリカが現在のような市場重視で成長促進型の政策を志向する限り、経常収支赤字は持続的な経済成長への障害にはならない。


第2部 アメリカのコーポレート・ガバナンスと金融市場を巡る諸問題
第3章 エンロン事件とアメリカのコーポレート・ガバナンス改革
神田 秀樹(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

 アメリカにおけるコーポレート・ガバナンスの問題とは非常に明確であり、株主の利益を最大化するためにどのように経営をチェックしたらよいかということを意味する。このように経営をチェックする担い手は1960年代では株主自身、1970〜80年代では企業買収行為、1990年代には機関投資家と推移した。また、取締役会についてみると、ここ10年から15年くらいの間に、[1]取締役会の少人数化、[2]社外取締役の普及、[3]取締役会への各種委員会の設置、といった制度上の改善が図られてきた。
 こうした中、アメリカの資本主義制度への信頼の根幹を揺るがしかねないエンロン事件が生じ、これを契機に企業改革法(サーベインス・オックスレー法)が施行された。この事件をもたらしたのは制度よりも「人」の問題の方が大きいとの見方もあるが、やはり「人」の行動に影響を与える制度的環境にも問題があったと考える方が自然である。その意味で企業改革法によって制度の一部を改正したのは自然な対応といえ、アメリカの迅速な対応には学ぶべき点が多い。
 また、アメリカのコーポレート・ガバナンスは、取締役会が監査委員会に会計監査をさせ、監査委員会は会計監査法人に会計監査をさせるというように、「する」制度ではなく、「させる」制度である。この制度を有効に機能させるために今アメリカに必要なことはgatekeeper といわれるような、委譲を受けた会計監査法人、証券アナリスト、格付け機関などの専門家がしかるべき職務遂行を果たすような制度的環境を再構築することである。


第4章 アメリカ金融システムの検証:「証券化」の功罪
遠藤 幸彦(野村マネジメント・スクール主任研究員)

 1990年代の好調なアメリカ経済を支えたのは資本市場中心の金融システムであり、こうした金融システムの特徴を表すものとして「証券化」が進行した。「証券化」は価格情報が容易に入手できることによって資金配分の効率性を高め、ローンの流動化やクレジットデリバティブなどによるリスク配分の効率性を高め、透明性の向上をもたらした。
 また、1990年代には従来、銀行や証券会社で行われていた与信判断、引き受け、借り手のモニタリング、資金調達などの業務が機能的に分解され、市場横断的に提供される「モジュール化」が進んだ。これが「証券化」とあいまって、中小企業向け資金供給チャネルが多様化し、ITの利用促進などによって金融システムの効率性向上に寄与するなど、アメリカの経済パフォーマンスに対しては総じてポジティブな変化だったといえる。
 ITバブルの崩壊やエンロン事件との関係では、アメリカでは行き過ぎたエクイティー・カルチャーの弊害を除去すべく軌道修正が図られている。しかし、「証券化」のメリットを否定するような動きにはなっていない。新しく開発されたビジネスモデルが有効でさえあれば、スキャンダルを経たとしても市場に定着し、市場の効率化に貢献していることが観察される。また、インサイダー取引といったような事件が繰り返されても迅速な対応がとられ、市場が新しい状況に即応するのも市場取引の比重が高くなっているアメリカ金融システムの特色である。


 
第3部 アメリカにおけるIT革命と生産性
第5章 アメリカにおけるIT革命と生産性
峰滝 和典(富士通総研経済研究所主任研究員)

 IT革命と労働生産性の関係については、IT革命の効果が生じるには時間がかかること、計測された労働生産性上昇分の中には景気循環的な要因が含まれていることなどから、現段階では評価が難しい。また、ITの労働生産性上昇効果のうち、資本装備率上昇の寄与については概ね確認できているが、全要素生産性の寄与についてはまだ意見の一致はみられない。
 アメリカでは日本やヨーロッパに比べ、IT利用産業、特に卸・小売、証券業といったサービス部門における労働生産性の上昇率が高く、労働生産性の上昇が広範囲に拡がっていることが特徴となっている。
 また、企業組織との関係では、IT投資は[1]分権的意思決定、労働者の自己管理といった作業現場の在り方と補完性を持っているとの実証研究もあり、柔軟な企業組織の変革がアメリカの生産性を高めたといえる。
 雇用形態との関係では、ITと高スキルの労働者との関係は補完的であるが、ITは単純労働に対しては代替的に作用するといわれている。こうした代替関係によって資本深化(資本装備率の上昇)が生じるためには、労働市場が柔軟で雇用調整を行いやすく、労働者の再教育を行うシステムが充実していることも重要で、これもアメリカにおける生産性上昇を支えている要因といえる。
 また、今後は卸・小売業や金融業以外のサービス業にもITの波及効果が及んでいくことが期待される。こうしたサービス・セクターのIT化を支えるには多種多様の知識労働者の存在が必要であり、この点でもアメリカに強みがあるといえる。


第4部 資産価格の下落と実体経済
第6章 アメリカにおける資産価格の下落と実体経済(現状と今後の展望)
嶋中 雄二(UFJ総合研究所投資調査部長)

 家計部門における個人消費、住宅投資に加え、企業の設備投資も総じて弱含む局面を迎えている。
 個人消費についてみると、株価変動が消費性向に影響を及ぼすには2年程度のタイムラグがあると推察され、2000年以降の株価下落の影響は2003年になって本格化する可能性がある。これまでは住宅価格の上昇による資産効果が株安による逆資産効果を一部相殺していたが、住宅価格に鈍化傾向が生じているため、株安の逆資産効果を相殺する効果が薄れてきていることから、個人消費については厳しい展開も予想される。
 また、これまで好調であった住宅投資も、長期金利の低下テンポの足踏みから、陰りが出るとみられる。
 さらに、設備投資も収益や雇用状況からみて好ましい環境にはない。中長期的にみても景気循環(約10年周期のジュグラー・サイクル及び約20年周期のクズネッツ・サイクル)から設備投資は下降局面にさしかかっているとみられることに加え、企業の会計不信に伴う株安、社債のリスク・スプレッドの拡大など資金調達環境悪化もあり、調整局面にあるとみられる。
 こうした中、政策面についてみると、金融政策はその効果が比較的小さくなってきている。また、財政政策では大幅な減税策がとられたが、グリーンスパン議長もいうように長期金利が上昇すると消費や設備投資にマイナスの影響を及ぼすため、ネットでの景気刺激にならない可能性もある。
 このように、アメリカ経済は多くの懸念材料を抱えており、短期的にも中・長期的にも強気の見通しはできないと思われる。


第7章 バブル崩壊とアメリカ経済−90年代日本との比較
法專 充男 (財務総合政策研究所次長)
葛見 雅之 (財務総合政策研究所総括主任研究官)
牛窪 賢一 (財務総合政策研究所研究員)

 2000年から始まったアメリカの株価バブルの調整局面は、日本からちょうど10年遅れている。しかし、アメリカの株価崩壊は1990年代の日本に見られたように、長期にわたって大きな悪影響を経済に及ぼすとは考えにくい。
 その理由として以下の諸点が挙げられる。住宅価格がこれまで上昇を続けてきたこと、仮に住宅市場でバブルが生じているとしてもバブルの規模は日本ほど大きなものではなく、日本のような急速な不動産価格の下落は考えにくいこと。また、日本とは異なり、不動産、株式が金融システムにビルトインされていなかったので、アメリカでは金融機関がバブルの崩壊によって資産の劣化に悩まされることも少ないし、金融仲介機能が低下する度合も小さいこと。さらに、株式市場におけるバブルもIT分野にほぼ限定されていたこと。こうした日米間の違いに加え、アメリカには労働市場などに典型的にみられる経済システムの柔軟性や金融政策を含めた経済政策の迅速性といったより広い意味での安全弁も備わっており、これもショックに対する耐性を高めている。
 しかし、アメリカ経済は90年代後半からの株価バブルの生成・崩壊の過程で様々な行き過ぎ(excess)ないし不均衡を生み出してきた。すなわち、家計も企業も大きな債務を負っており、住宅価格も長期的な均衡水準を相当上回っているとみられ、株価も依然均衡水準より高い可能性がある。さらに視点を広げれば、経常収支の大幅赤字といった不均衡も存在している。こうしたことから、アメリカ経済の今後について楽観視することはできない。
 今後これらの行き過ぎないし不均衡が調整される過程では、経済に相当のマイナスの影響が及ぶ可能性もあり、そうなれば、日本を含め世界経済全体にも大きな影響があろう。そのような意味において、今後のアメリカ経済の動向を十分注視していく必要がある。


第5部 アメリカの経常収支赤字の持続可能性
第8章 アメリカへの資金流入の変化と世界経済への影響
小川 英治 (一橋大学大学院商学研究科教授)
工藤  健 (一橋大学大学院経済学研究科博士課程)

 アメリカへの資本流入は、2001年以降、欧州からを中心に急減し、さらには逆流する様相を呈している。アメリカへ資本が流入しなくなれば経常収支赤字の持続可能性の問題が深刻化し、アメリカ経済、ひいては世界経済に影響を及ぼす恐れがある。
計量経済学的アプローチを用いて、国内貯蓄投資バランス、貿易フローおよび国際資本フローという3つの側面から、アメリカの経常収支赤字が持続可能であるか否かを対外債務の返済可能性という点について検証した結果、いずれの側面からも現在の水準の経常収支赤字は長期的には持続不可能であることが明らかになった。
 もちろん、アメリカの経常収支赤字が国際資本流入によってファイナンスされれば、(短期的には)経常収支赤字は持続可能となるが、最近のアメリカへの資本流入の縮小、あるいは資本フローの欧州への逆流が構造的・恒久的なものであれば、ドル減価による調整が行われることになる。
 その際、ドルが急激に調整される場合と穏やかに調整される場合とでは、アメリカ経済及び世界経済に及ぼす影響は大きく異なると考えられるが、ドルは基軸通貨であることから、ドルの減価がドル離れを起こし、さらにドルが減価するといった悪循環に陥る可能性は低く、ドルの調整は緩やかになされる可能性が高い。
 ドルの減価はアメリカの経常収支を改善する効果を持つが、その反面、交易条件の悪化を通じて購買力を低下させる。また、アメリカの購買力の低下が世界経済に波及するとともに他国通貨が増価することによって、世界経済にもマイナスの影響をもたらすと予想される。
 また、政策との関係では経常収支赤字の根本的原因である財政赤字の縮小を目指すことが重要である。国債の外国人保有が多いことから、財政赤字の拡大は対外累積債務の増大を招き、ドルの一層の減価とドル建て金利上昇の要因となるため,十分に注意を払う必要がある。


第9章 アメリカの経常収支赤字は持続可能か
キャサリン・L・マン(米・国際経済研究所シニア・フェロー)

 経常収支赤字の持続可能性の分析手法として、経常収支赤字および対外純債務残高に基づく分析(経常収支赤字や対外純債務残高のGDP比が基準)と外国人投資家の資産ポートフォリオに基づく分析(外国人投資家がどの程度アメリカ資産を買持ちするかが基準)とがある。長期的な持続可能性をみるうえでは前者の手法が優れているが、短期的な持続可能性をみる場合は後者の分析手法がより適切である。
 前者の見方からすると、経常収支の対GDP比は2002年で4.8%であるが、利子・配当などの金融所得収支は2002年に赤字に転化したばかりであり、足元の純支払規模は小さいため国内需要に大きな影響を与えていない。また、対外純債務残高の対GDP比は2002年に25%に上昇したが、変化を引き起こすとみられる基準値(40〜50%以上)からすると、2005年くらいまで変化は生じないことになる。
 他方、後者の分析(ポートフォリオ分析)に基づけば、外国人投資家が世界資産に占めるアメリカ資産の割合を一定(現在の水準と同じ55%)にするような投資行動をとると仮定した場合、ドルは2002年の水準から約40%減価し、その後も緩やかに減価する必要がある。この場合、対外純債務残高の対GDP比は30%を下回る状態が続き、経常収支赤字の対GDP比は縮小して2.6%前後で安定することになる。
 こうしたポートフォリオ分析は最近のドル安も説明することができるのであり、経常収支赤字の対GDP比だけを分析対象としていたのでは、短期的なサスティナビリティーやドル相場のいずれについても十分な考察を加えることはできない。
 将来的には、欧州や日本に比べてアメリカ国内には相対的により魅力的な(または魅力的でない度合いが低い)投資機会があるとの期待から、ドルは安定するかもしれない。あるいは、投資家がポートフォリオを再配分することで、ドルは引き続き減価するかもしれない。


第6部 総括
第10章 アメリカ経済の課題、2003年
伊藤 隆敏(東京大学先端科学技術研究センター教授、研究会座長)

 短期的には、個人消費の陰りや住宅投資の頭打ちなど、いくつかの不確実性があるものの、経済全体の先行きは日本やヨーロッパよりも明るいとみられる。
 中期的には生産性上昇の持続性の問題、経常収支赤字の問題、コーポレート・ガバナンスの問題、金融政策の問題など、いくつかの問題がある。
 生産性上昇の持続性の問題は、“ニューエコノミー”が本物か、一時的(循環的)なものか、という問題に置き換えられる。前者の見方からすると、今後アメリカは3%台の潜在成長率に向かって回復するが、後者の見方では1995年以前の低成長率に戻ることになる。この論争については(収斂しつつも)最終的には決着がついていない。
 経常収支赤字の問題は、今後とも資本流入が続いてドルは比較的安定的に推移するのか、資本流入が経常収支赤字をファイナンスできず、ドルが減価するのかという問題である。経常収支赤字の持続可能性の問題も見方が分かれているが、通貨調整が行なわれる場合でも、ドルは、各国通貨(円、ユーロ、ラテンアメリカ通貨、中国元など)に対して一様に減価するとは限らないことに留意する必要がある。
 コーポレート・ガバナンスの問題についてみると、エンロン、ワールドコムの問題はアメリカの資本主義を本質的に揺るがす問題とする向きもあるが、企業改革法にみられるように迅速かつ適切な対策がとられており、本質的な問題にはならないのではないかとみられる。ただし、企業改革法では、域外適用の問題など運用面で気をつけなければならない問題もある。
 金融政策の問題では、FRBはバブル崩壊の影響を軽微にするように早めに金融政策を緩和すればデフレを回避できるとして金利を迅速に引き下げてきており、今のところデフレに陥るような状況にはないと考えられている。
 資産価格と金融政策運営のありかたについて、[1]中央銀行の目標は一般物価の安定であり、資産価格は一般物価に含められる(予想に果たす役割も含めて)範囲でしか反映されるべきでなく、資産価格変動の金融システムへの影響は金融監督の強化で対応すべきとする考え方、及び、[2]中央銀行の目標に積極的に資産価格も反映させるべきで、資産価格が上昇している時には将来のバブル破裂による金融システムの安定性への影響を考慮して、引き締め気味に政策運営すべきとする、という中央銀行関係者の間で論争になっている二つの対立する考え方がある。現在では前者の考え方が主流であるが、今後のアメリカの資産価格の動向次第では後者の見方が強まるかもしれない。
 以上、総合的にみて、アメリカ経済は多くの問題を抱えつつも、中期的には堅調に推移するのではないかと思われ、大きな外的な変化が生じない限り、世界経済はアメリカ経済を中心に動いていくのではないか。


連絡先:

財務省 財務総合政策研究所 研究部

TEL 03-3581-4111

 総括主任研究官

 葛見雅之

masayuki.kuzumi@mof.go.jp 内線2251

 研究員

 牛窪賢一

kenichi.ushikubo@mof.go.jp  内線2253



 本報告書の内容や意見は全て執筆者個人に属し、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。

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「アメリカ経済研究会」 メンバー

(敬称略、肩書きは平成15年6月現在)

 

座長

 

 伊藤 隆敏

 

 (東京大学先端科学技術研究センター教授)


執筆メンバー(五十音順)
 遠藤 幸彦  (野村マネジメント・スクール主任研究員)
 小川 英治  (一橋大学大学院商学研究科教授)
 神田 秀樹  (東京大学大学院法学政治学研究科教授)
 嶋中 雄二  (UFJ総合研究所投資調査部長)
 土志田 征一  (日本経済研究センター理事・研究参与、
  専修大学経済学部教授)
 峰滝 和典  (富士通総研経済研究所主任研究員)

非執筆メンバー(五十音順)
 祝迫 得夫  (一橋大学経済研究所助教授)
 加藤 隆俊  (東京三菱銀行顧問・元財務官)
 滝田 洋一  (日本経済新聞編集委員)
 寺島 実郎  (三井物産戦略研究所所長、
  早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授)
 中前  忠  (中前国際経済研究所代表)
 ロバート・フェルドマン  (モルガン・スタンレー証券マネージングディレクター兼チーフエコノミスト)

財務総合政策研究所
 河合 正弘  (財務省財務総合政策研究所長)
 法專 充男  (財務省財務総合政策研究所次長)
 津曲 俊英  (財務省財務総合政策研究所研究部長)
 葛見 雅之  (財務省財務総合政策研究所総括主任研究官)
 牛窪 賢一  (財務省財務総合政策研究所研究員)

 岩下  正  (財務省財務総合政策研究所前所長、平成15年3月退任)
 森信 茂樹  (財務省財務総合政策研究所前次長、平成15年1月退任)


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